case1.5: 葛西一葉
第27話 L Loom
放課後。
特別自習スペース291号室の前で待っていると、葛西がぱたぱたと走りながら自習室のカギを掲げてやってきた。
「ごめんね~予約したのは良いけど、鍵借りるの忘れててさ~」
「あぁ・・・大丈夫。俺も今来たところだから」
「御影くんって特別自習スペース使ったことある?」
「ん? いや一回も無いな。帰宅部だし」
「そっか。なら、良かった」
「――ぬ? 良かった?」
俺の問いに葛西は答えることなく、鍵をガチャと回して扉を開けた。
――刹那、室内にこもっていた熱気があふれだす。
「おわっ、なんだこの部屋・・・熱籠りすぎだぜ・・・」
「派手にやったみたいだね~。さ、入ろ入ろ」
派手にやった・・・? さっきからなんか絶妙に話が噛み合ってないような・・・
見えない熱気を手で払うようにしながらずいずいと中に入っていく。
「どしたの御影くん、こっちこっち。ソファ気持ちいいよ」
葛西は部屋に入るや否やエアコンのスイッチを操作しながら、ソファに腰かけた。
俺は少しだけ距離を開けて彼女の隣に座る。
「・・・予想以上にしゃんとしてるんだな、特別自習スペースって」
「みたいだね~私もちゃんと使うのは初めてだから、ちょっとテンション上がっちゃってるかも」
「葛西って部活入ってなかったっけ? 合宿とかあればこの部屋を使ってそうなもんだけど・・・」
「えー? 放課後に私が何してるか、御影くんが一番よく知ってるんじゃないの?」
葛西はぷくりと頬を膨らませながら、すらっとした足をぶらぶらと遊ばせた。スカートが揺れて、未知の生足領域が時折顔を覗かせる。
ぐ・・・あざとかわいい。
まあ確かに、放課後陽キャと遊んでいる葛西が部活に入っているわけはないか・・・迂闊な質問だったぜ・・・
「ま、御影くんって人に興味なさそうだし、別に良いんだけどね」
「・・・興味がないわけじゃない。人との距離の詰め方が分からないだけだ」
俺が自ら望んでボッチになっているわけではない。
ただ、結果としてボッチなだけである。
「じゃあ私のことは興味ある?」
「え? あ、ああ、そうだな、興味はある」
突然変な質問してくんな!
てかなんだよ「興味"は"ある」って、他に何かあんのかよ! 下心しかねえよ馬鹿野郎!
「ふ、ふーん・・・そっか」
「・・・なんだよ」
「ううん、何でもないよ」
「・・・」
なぜかそっぽを向く葛西。
なんだろう、俺地雷踏み抜いた? もう俺死んでる?
何と答えるのが正解だったのだろう・・・分からねえ・・・
「落ち着け私、頑張れ私、負けるな私」
誰と話してるんですか葛西さん・・・別に戦ってないですよ・・・
部屋の暑さは高性能エアコンによってどんどん下がっていくが、俺の心の緊張は一切弛緩されることが無い・・・
葛西はそんな俺の気を知ってか知らずか、沈黙が訪れる前に新たな話題を振ってくる。
「自習室って聞いてたけど、一人じゃ持て余すくらい広いよね、この部屋」
「・・・確かに」
言われて、部屋全体を見回してみる。個室というからもっと狭い空間を想像していたが、ここは「普通のワンルーム」と言えるレベルの広さだ。デスクトップPCとモニターが設置されている勉強机に、座り心地の良いソファ、仮眠用と思われるやや大き目なベッドなどなど、充実すぎる設備が整っている。
しかしここがどんな場所であれ、そんなことは些細なことでしかない。
別の話題を振られる前にこちらから切り出すことにした。
「・・・あのさ、俺に用ってなんなんだ? わざわざ特別自習スペースまで借りて・・・」
俺の言葉に、葛西は少し悲しそうな表情で笑った。
「・・・流れとか雰囲気とか、気にしないんだね」
「言っただろ、距離の詰め方が分からねえんだって」
俺にとって大事なのは合理的であることだ。
無駄な世間話や表面上の会話に、意味なんてない。
過程に、意味など無いのだから。
ポニーテール調にまとめられた髪を揺らしながら葛西は言う。
「御影くんはさ、欲しいものってない?」
「欲しいもの?」
予想外の質問に、一瞬戸惑った。
欲しいもの・・・ぱっと言われて思いつくようなものはないな・・・いや、無いことはないんだが、いざ聞かれて答えられるようなものがない・・・
あーだこーだ悩んでいると、隣の葛西がくすりと笑う。
「やっぱり、御影くんって面白いよね」
「・・・面白いことをしてるつもりはないぞ」
「あ、ごめん。そういう意味じゃないよ・・・うん、ちゃんというね」
なぜか葛西はそこで一呼吸おいて、一つ大きな深呼吸をした。
「私は」
「――私は、御影くんが欲しい」
「――――この学校でただ一人、ホントの私を見てくれる御影くんが欲しいの」
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