第24話 Another

――そろそろ頃合いかしら


 キラキラと光る海面を遠い眼で見つめながら、風紀委員――秋庭風香はようやくその重い腰を上げた。


 太陽は既に傾いていて、橙色の夕焼けが海辺の人々を照らす。ずっとはしゃいでいた生徒たちも流石に疲れたのか、疲労の見える顔色で海から引き上げていく。


 あの馬鹿とのサンオイル作戦が失敗してからも、私はパラソルの下でずーっと考え事をしていた。

 時折むさ苦しい男どもが言い寄ってきたが、一切無視した。私は自分が嫌いだが、同じくらい自分が好きなのだ。こんなところでみすみす体を汚したりはしない。


 一つ伸びをして、砂浜へと足を踏み出す。


「ええと、場所は・・・あっちだったかしら」


 ぞろぞろと海を去っていく人だかりを横目に、私は今からが本番だと言わんばかりに意気揚々と進む。

 うだるような暑さの日中に比べ、夕方は随分と過ごしやすい気温だ。

 熱されて浮ついていた心が、徐々に現実の温度へと引き戻されていく時間と言ってもいい。


「なあ歩美、今日ちょっと泊まらせてくれや」

「えー、何言ってんの・・・私彼氏居るんだよ?」

「わーってるよ、でも、な。頼む。今日も――――――――な?」

「・・・んもう、達也には内緒だよ?」


 夕方の海辺で、また一つ淫らな関係が生まれていく。

 こんな光景は、もはやこの島では当たり前のものになっていた。誰もその異常さに驚きもしないし、嫌悪感も示さない。

 

 SEP――性的接触による評価点――のルールは私たちの倫理観を劇的に変容させたと言っていい。倫理の道を踏み外すための免罪符ともいえる。

 浮気、二股、不倫、ありとあらゆる非道徳な行為が、この制度の前では正当性を持ち得るようになってしまった。勿論、本当に正しいのかどうかは大事ではない。

 もとより私たち人間は「正しさ」を測れる生き物ではないのだから。


 そしてこの時間――日が傾いて落ちきるまでの数時間。


 この島に存在する全ての人間に訪れる時間。


 心が真に解き放たれる、


 私は今日、この瞬間のためにここに来たのだ。


 自動的に歪んでしまう口元を抑えた。この時間は、私でもアレを抑えきれないときがある。ホント、厄介な島だったらありゃしない。


「――そろそろ行かないと、本当にダメになっちゃうわね」


 少し物思いにふけりすぎていたらしい。また一段と日が沈み、砂浜は徐々に暗がりに包まれてきていた。夏の夕焼けは特に短い。


 私は馬鹿な彼の元へ急ぐことにした。

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