第30話 Night:2

 ・・・え? 今、誰か扉の向こうで叫んでた・・・?


「あ、あの? どなたかそこに居るんですか?」


 随分かわいらしい、幼げな声がした。


「あ、あれ? 人いた感じ・・・?」


「えーと、生徒さんですか?」


「え、あ、はい・・・」


「一般の生徒さんはこの時間立ち入り禁止のはずですよ、校則違反です」


 ゆっくりと、扉が開かれる。

 部屋の中に立っていたのは、俺よりかなり背の低いボブヘアーの女の子だった。


「・・・おいおい、こりゃ悪い冗談だぜ。迷子か? 迷子センターはこの学校にはないからな・・・お兄さんに付いてこい」


「無茶苦茶不審者じゃないですかやめてください。別に私は迷子じゃないですし! というか、何でさっきからガチャガチャ鍵かけてきたんですか! むっちゃ怖かったんですよ! 泣くかと思いました!」


「泣けよ」


「――悪逆非道ッ!」


 ぼすん、と軽いパンチが俺の胸を叩く。ひどくか弱いパンチだ


「幽霊に閉じ込められたと思ったんですからね。むぅ・・・」


「幽霊とサンタクロースを信じるのは中学1年生までにしとけよ、恥かくぞ」


「別にサンタクロースは信じてませんから! というか中学生どころかもう高校生です! やっぱさっきから馬鹿にしてますよね? そうですよね?」


 初対面だというのにこんなふざけた会話が出来てしまうのは、この暗がりのお陰か。ただ、小さな相手の顔はよく見えないし、俺の顔も相手にはあまり見えていないというのは大きそうだ。「旅の恥はかきすて」などと言うが「自分を認知している人間が居ない」あるいは「相手が自分を認知する頃には、自分がその場にいない」ことが明らかな場合は存外人間大きく出れてしまうものである。

 覆面ヒーローにも通ずるものがある。


「で、まあアンタが迷子じゃないとして、こんなとこ何してたんだ?」


 俺の問いに小さな彼女は背伸びするかのようにして詰め寄ってくる。


「いや、それこっちの質問ですから! 私は委員会の仕事として見廻りに来たんです。部屋の鍵チェックと戸締り、ほら、ちゃんと仕事してるじゃないですか! 逆にあなたはこんな時間に何してたんですか?」


 つんけんした態度で俺を問い正すチビッ子。やれやれ仕方ない。答えてやるか。

 相手の目線に合わせるように中腰になって答えてやる。


「委員会か・・・最近の小学校は随分熱心――ってぶぼらぼえっ!!!!!」


 突然のアッパーパンチ。か弱いながらも勢いのあるいいパンチだった。


「小さいからって馬鹿にしないでください。私は熟練の高校1年生です」


「・・・高校生に熟練度なんかねえよ・・・」


 熟練の高校生なんかいたらそいつは只の留年野郎である。アホである。


「お名前は?」


「へ?」


「ですから、あなたのお名前は何ですかと聞いているんです」


 ・・・名前。


「いや、何とぼけた顔してるんですか、記憶喪失にでもなったんですか」


「・・・御影だ。御影ユウマ」


「・・・案外すんなり名乗るんですね・・・」


「聞いてきたやつがそれを言うか・・・?」


「だ、だって、この状況で名乗るのって結構リスキーじゃないですか? あなたは校則を違反しているわけですし、私が明日にでも委員会の報告で議題にあげれば多少なりとも罰則はあると思いますよ?」


「・・・」


 考えてなかった、とは言えない。ボッチだから名前聞かれること自体珍しすぎてうっきうきで答えちゃったなんて言えない。


「・・・全く動じませんね。偽名か、それとも名を知られても隠し通す術があるのか・・・ちょっと恐ろしいですよ」


 どうやら変に勘繰ってくれたらしいので、乗っかることにした。


「まあ、SEPがあれば大抵のことはうまく運ぶからな」


 ワイの所持ポイント――ZERO


「SEP・・・」


 少女の顔が暗がりの中でもはっきと分かるくらいに曇るのが分かった。少し俯いているあたり何か思うところがあるのだろうか。


「やっぱり、そういうもんなんですかね」


 自分に問いかけるように、彼女は呟く。


「・・・何がだ?」


「いえ、こちらの話です。すみませんが今日はこの辺で失礼します。鍵は私がかけておくので、御影さんは早くおかえりください」


 何かスイッチでも切り替わったのか、彼女はスッと俺の横を通り抜けて部屋の戸締りを確認する作業に戻っていった。

 何か気の利いたことでも言おうかと思ったが、特にそんな才能を俺は持っていないしく。


「キミの名前は?」


 何と呼ぶのが正しいのかわからず、キミなどと不慣れな言葉を使ってしまう。

 俺の言葉に小さな彼女はきょとんと驚くような顔を見せた。


「・・・私の名前ですか?」


「・・・他に居ないだろ」


 幽霊にでも名前を聞いてると思われたのだろうか。


「・・・藍沢唯華、です」


 なぜにフルネーム。と思いつつ、よく考えたら俺もフルネームで名乗っていたか・・・


「了解。ほんじゃまたね、藍沢さん」


 俺が手をあげると、藍沢さんもぎこちなく手をあげ返してくれた。

 月光が照らす暗がりの廊下で、俺はもしかすると一人友達を作ったのかもしれない。

 その後俺はウキウキの足取りで自宅へと戻った。




 翌日、俺に「深夜に校内への立ち入りに関する反省文の提出(3000字)」が課せられたのは、言うまでもない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る