第31話 Truth
「御影、なんで昨夜C棟にいたんだ? もしかして深夜徘徊の趣味でもあるのか?」
束になった反省文を適当にペラペラとめくりながら、我らが担任白井先生は訝しむような顔で言った。体のラインが強調されるタイトなスーツを着こなして、刺激的な網タイツで包まれた足を組んで座っている。その目はいつも以上に冷徹だ。
ここは職員室。言うまでもなく、課せられた反省文を提出しに来たのである。
「反省文にも書いてますが、たまたまL Loomで居眠りしてしまっただけっす」
「そういうことじゃない。私が聞いてるのは、"そもそもC棟に行くような用事"がどうしてあったのかってことだ」
"葛西に呼び出されたから"というのが理由だが、適当にはぐらかそう。
学校きっての美女と、俺のような日陰者が繋がっていると知られるのは得策ではないしな。
日陰者は日陰者らしく、事実を捻じ曲げて生きていきのだ。
「先生は俺をなんだと思ってるんですか・・・特別自習スペースくらい普通に使いますよ。一人で使うには十分すぎるくらいですけどね」
俺の余裕ぶった言葉に、白井先生は足を組み直しながら返答する。
「お前、あの部屋を一人で借りたのか?」
・・・?
「え、いや、まあそりゃ俺基本一人ですし・・・」
白井先生は俺の言葉に頬を大きく歪ませた。大人びた美しい顔に、随分悪い笑みが浮かんでいる。
「くくくっ、御影、お前面白いなあ」
肩を揺らし、口元を手で押さえて笑いをこらえる白井先生。
なんだ? 俺の社会の窓でも開いてるか? いや、開いてねえな。
「お前、L Loomってなんの略称か知らないだろ?」
「Learnig Loom・・・要は、学習部屋の略じゃないんですか?」
俺が答得た瞬間、さもその答えを待ってましたと言わんばかりに、白井先生は俺の両肩を勢いよく叩いた。
「あっはっはっは! お前最高だな! 真面目な顔して大馬鹿だ! 傑作だ! あっはっはっは!」
なんだこの冷徹美人女教師。煽られてるのは分かるが如何せん内容が分からない。
「あの、何がそんなにおかしいんですか?」
放課後の少し賑やかな職員室でも、ひときわ大きな笑い声が響いている。周りの教員たちもチラチラとこちらを見ているのが余計に居心地悪い。
白井先生はそれでもそのまましばらく笑った後、笑いすぎて涙目になった状態で口を開いた。
「いやー笑った笑った。すまんな御影。お前のことはそれなりに気にかけていたし、ある程度中身も理解しているつもりだったんだが、・・・くくっ、いや、すまん、L Loomの略称はLeaning Loomなんて高尚なもんじゃないんだ」
ほう。だから笑っていたのか。いや、でも何がそんなに面白いんだ。
半分不貞腐れながら聞き返す。
「・・・じゃあなんなんですか?」
「らぶるーむ。Loveだよ、Love」
「らぶ・・・」
「そう、ラブルームだ。SEP獲得活動を学校側が支援するために用意している施設ががLove Loomなんだ。・・・だからそもそも、あの部屋を一人で借りる奴なんてまず居ない。そんなことをするのは一部のおかしな生徒だけだ」
・・・ラブルーム・・・なんちゅう下品な名前なんだ・・・そしてすごく紛らわしい。すごくやめてほしい・・・
「で、もう一度聞くが、昨日はなぜC棟に居たんだ?」
少しばかり真剣な顔つきで白井先生は俺を見据えた。
先生との間に存在する空気がひりつくのを肌で感じる。
「・・・人から呼ばれてたんすよ。話があるって」
「珍しいな、友達の少ない御影がわざわざ呼び出されるなんて・・・感謝した方がいいかもしれないぞ」
どこぞのいけ好かない風紀委員と同じようなことを言う担任である。
「ありがた迷惑な話ですけどね・・・ともかく、その呼び出した本人が早々に帰っちゃったんで、一人で仮眠取ってたって訳です」
「ふうん」と、キャスター付きの椅子の背もたれにドカッと寄りかかる白井先生。はち切れそうな胸元のボタンに嫌でも目が行く。
「・・・誰に呼ばれたかは、言いたくないか」
「まあ、相手のこともあるんで」
「ふっ、お前は変なところで人の気持ちを汲むんだな」
「変なとこですかね、ここ」
「ああ変だとも。ある種コケにされたようなものなのに相手を気遣う必要はないだろう。ましてや反省文まで書くハメになってるわけだし」
「反省文を書くハメになったのは別に俺の責任ですからね、あんま関係ないっす」
葛西が俺をL Loomに呼び出したことと、俺があの場でつい仮眠をとってしまったことに因果関係はない。いや、マジでなんであの時寝ちゃったんだろうな・・・
俺の言葉に、白井先生は目を丸くする。
「どうしてそれで友達が出来ないかねえ・・・」
「俺もそう思います」
「そういうとこかもな」
くっ、罠か・・・! 嵌められた!!
「まあなんだ、最近は所かまわずSEP獲得のため乱れ狂う生徒も増えてきているし、先生としては御影も早くその一員になってくれることを願うばかりだ。反省文についてはこれで受領とするので帰っていいぞ」
俺の精魂込めて描いた反省文(3000字)は大して吟味も査閲もされることなく、山のように資料が積みあがった白井先生のデスクの山頂に重ねられた。
「あの、先生」
この制度が発足したときから、少しだけ気になっていたことがある。
「ん? なんだ?」
白井先生はそう言いながら、スーツの上着のボタンを乱雑に外し、胸元を少し開いた。
夏真っ盛りだ。そりゃ暑いだろう。
「SEPって教師は持ってるものなんですか?」
俺は白井先生のはだけた胸元を直視した。
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