第9話 兆し

 翌朝の教室は、なぜか朝から慌ただしかった。


 喋るだけでも体力を消費しそうな暑さだというのに、クラスメイトたちの瞳には真剣さが宿っている。


 ・・・こういう時、スッと会話に入っていけない自分の残念さを痛感する。入学して早2カ月経つというのに俺の友達は未だ――


「ミカゲッチおはよー! なんか皆騒がしいね! なんだろ、もしかして転校生でも来るのかな? となると、もしかすると転校生が僕の席の隣にやってきて、授業中も休み時間も僕にしか気づかないような甘酸っぱい悪戯を・・・ムフフ」


 こいつだけである。『残念さ』の秤に、更に重りが乗っかったような気がした。

 

「朝から元気だな、お前も――クラスの皆も」


 親見の様子にはさほど驚くことはないが、クラスの様子は少し気になる。なんの話をしているのだろう・・・


 素知らぬふりをしながら、聞き耳を立ててみた。

 いつもは元気に仲良く話しているクラスの女子グループが珍しく気落ち気味に会話している。一体何が話題になっているんだ・・・


「――だってさ、信じられる?」

「うそでしょ? ありえないって・・・」

「で、でも、ホントなんだって、Aクラスの友達から聞いたんだから、絶対だって」

「そんなのやばいじゃん・・・」

「・・・・・・」

「・・・」


 うわ、なんか気まずい空気だな。しかも何話してるのかは分からん。


「ま、とりま先生に聞いてみよ? 今心配してもしょうがないじゃん。朝から暗い気分で過ごしても仕方ないし。ね?」


 女子グループの中心人物である洲川リナが、暗い空気を打破すべく声を発す。桃色のツインテールに、耳ピアス、黒ネイルの三拍子によって、見た目は確実に地雷系美少女という感じだが、それに反した溌溂とした声に謎のギャップを感じてしまう・・・萌え。


「リナちゃんが言うなら・・・うん、わかった」

「・・・そだね。うん、私も」


 肯定する声が続く。


「ありがと! ――そうそう、そういえばさ、昨日の"水ドラ"見た? 展開チョーやばかったじゃん?」


 洲川の気の利いた話題転換は、彼女の人望もあってかスムーズに進行する。先ほどまでに不穏な空気が漂っていたクラスの空気がほんの少しだけ和らいだのを肌で感じる。


 なるほど、友達が出来る人間というのはああいう芸当が出来るのか。うん、俺には無理。話題とか出せないし、出してもらっても付いていけないから。『話題』という巨大な雪山で遭難しちゃうから。


 時刻は8時30分。

 俺たち1-Dの教室にはぞろぞろと生徒が登校してきていた。


「おはよう御影くん、親見くん」


「あ、秋庭さん、おはよ~」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・よう」


 いけすかない風紀委員――秋庭がやってきて俺たちに挨拶してきた。なんとか言葉を返したが、こいつは何かとムカつくので、最低限の反抗として挨拶にブラーをかけてやった。しょっぼ。

 いつもの凛とした様子に今日も変わりはない。他のクラスメイトにも均等に挨拶を交わして、自席に着くや否や、窓際の席で読書を始める。クラスの妙な喧騒にも我関せず、といった様子だ。


「あ、そうだミカゲッチ。今日はまた一条さんのとこに行くんだよね? 葛西さんのことは一旦保留でも仕方ないし・・・」


「あ、あぁ、そうだな。昨日と同じように放課後にでも声を掛けてみるか」


 昨日の情事を見てしまったせいで普通の顔をして話せるかという懸念はあるが、仕方ない。今日は何とか事情を聴きだしてみるか・・・


「お前ら席に着け。HRを始めるぞ。今日は大事な話があるから心して聞くように」


 ピシッと黒スーツをキメた担任の白井先生が教室に入ってくる。黒髪ロングを一つ束ねるポニーテール調の髪に、全てを悟っているかのような冷ややかな目。クラスの一部男子から「白井女王様」などと呼ばれているらしいが、まあ、言わんとすることは分かる。


 ――にしても、大事な話とは何だろう。

 いつもの光景の中に、いつもと違う異様さの片鱗を感じる。


「あ、HR始まっちゃうね、またあとで、ミカゲッチ」

「おう、後でな」


 ずっとラブコメ妄想をしていた親見がようやく我に返って席に戻っていった。

 俺は妙な胸騒ぎと共に、窓の外の景色を眺める。


 から見える地平線に思いを馳せながら。

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