第8話 不穏さはラブコメですか?
「タクマ・・・もうっ・・・こんなとこで・・・あんっ、だめだってばぁ・・・」
「誘っておいて何言ってんだよッ、ほらもっと腰上げろ」
「ち、違うってばぁ・・・ひゃん・・・」
・・・案の定、というか思惑通りというか。
校舎裏で乱れる1組のカップルの姿が、目に入る。
校舎によって象られた巨大な影によって、校舎裏は別世界の様相を呈していた。暗く、ジメジメとした雰囲気が一帯に漂う。一帯とは言っても、精々50m四方程度といったところ。視認できるのは冬場に使うのであろうストーブなどがむき出しになっている備品倉庫くらいだ。
俺はお楽しみ中の二人に気付かれないように物陰からそっと覗いている。
断言しておくが、覗きがしたいわけではない。
少し、気になっただけだ。――彼女の目的がな。
「ったく、最近全然ヤラせてくれねえから・・・溜まってたんだよッ」
タクマ――と呼ばれていた男子生徒もとい性獣君は、一条のキュートなお尻をがっしりと掴んで、吠えながら動いている。
「――ッ、タクマぁ、激しいってば――」
あぁ、ちなみに言っておくと二人は裸ではなく、局部だけを露出している状態だ。これも別に興味があってみているというわけではないことを誓っておこう。
なんだ、このデジャブは。
つい昨日もこんな光景を見た気がするのだが。
というか、ここ、学校だよね?
目の前で繰り広げられる情事に頭がバグりそうになるが、しかしこの高校はそもそもロクな場所じゃないことは百も承知だ。まだ、まだ踏み込まねばならない。
俺はバレないように、視認できる範囲を広げるべく体を少しだけ乗り出した。
一条の嬌声と、獣のうめき声が少し大きく聞こえるようになった。諸刃の剣である。
「――ッ、ねえっ・・・タクマ・・・あん、この前の話、考えてくれた?・・・んんッ」
「ハァ、ハァ、この前の話?・・・あぁ、アレか・・・」
「――なに・・・? だめなの・・? ――ってもう、激しいんだってばぁ」
「――ぐっ・・・もう限界だ」
「出そうなの?」
「あ、ああ、もうダメだ、いくぞッ・・・!」
「――私のお願い聞いてくれるなら、いいよ」
「・・・はッ?」
「――好きにして、良いよ」
「おま、それ・・・わ、分かった。聞いてやるから今は――ってう、そんな激しく――ああぁッ――」
一度ピタリと止まったはずの二人の動きが、男の承諾によって加速する。そして、そのまま男の唸り声と共に、二人の情事は終わりを迎えた。
会話が生々し過ぎて、聞いてるこっちが吐き気を催しそうだったぜ。いや、ほんと。
・・・もう一回言っておく、俺の狙いは断じて覗きなどではない。
「言質とったからね。頼んだよ?」
乱れた髪を整えながら、一条は少し冷めた態度で男に声をかけた。
まず大事な部分を隠しなさいよ、と寮母のごとく出て行って俺の手で直々に隠してあげたかったが、当人は局部が露になっていることなどお構いなしのようだった。
こういうことが初めてではない証拠でもあるか。
「しゃあねえなあ、分かったよ」
男は渋々何かを了承して、二人してあたりをきょろきょろと見回し出した。俺はバレるわけにはいかないので身を潜め、息をのんだ。
「――ところで、さっき教室に来てたあの男ども、なんだったんだ?」
「え? ああ、あれは・・・ただの知り合い・・・と爬虫類?」
一瞬だけ間があって、俺が爬虫類認定されていたことが発覚する。トカゲじゃねえから! 御影だから!
今すぐ飛び出してやりたい気分だった。
「変な虫がついたら困るからな、お前も遊びすぎんなよ」
「なによ、タクマだって散々遊んでるって聞いたよ? 説教しないでよ」
・・・? さっきまでラブラブよいしょよろしく情事に勤しんでいたはずなのに、なぜか二人の空気が良くないように見える。賢者モード・・・か?
二人は少しの間、冷戦のような互いの腹の探り合いのような会話を繰り広げた後、別々の方向へ向かって歩き出した。
ってやばい、一条がこっちに歩いてきてるッ!!!
「・・・? 誰かいるの・・・?」
いやいませんいませんいませんいません! 居るのは一匹のトカゲです見逃してくださいッ!!!!
コンクリート壁に同化するように体を固定し息を殺す俺はまさにカメレオン・・・やっぱ爬虫類じゃねえか。
「・・・気のせいかな」
幸い、一条がやってきたのは俺の隠れている備品倉庫の裏手――ではなく、正面までだった。
遠ざかっていく一条らしき足音に、俺は胸を撫でおろす。俺が悪いことをしていたわけでもないし、なんならあいつら二人の異常さこそ問題なわけだが。
ゆっくりと体を動かして、備品倉庫からあたりの様子をうかがってみた。よかった、今度こそもう誰もいないみたいだ。
二人が情事を繰り広げていた網ネット付近を探る。網ネットを掴んでガシャガシャと音を立てながら喘ぐ一条の姿が脳裏に焼き付いてなどいないが、無駄な熱気が残っている気がした。
校舎を見上げてみる。金はかかっている割に、こういうところに監視カメラの1つもない。
いや、そりゃまあ学校に監視カメラなどある方がおかしいっちゃおかしいが、実はこの学校の教室には監視カメラが設置されているのだ。「生徒の勤勉さ」を図るため、という名目で。
その癖して、この校舎裏に監視カメラはない。「生徒の不真面目さ」を洗い出すには、十分意義のある投資だと思うが・・・
昨日の理科準備室での一件と言い、今日の件と言い、そろそろ「俺の知らない何か」の存外を嫌でも認めざるを得ない気がしていた。
――あなたが思っているほど、この学校は単純な構造じゃないわよ
秋庭の言葉がよぎる。
「単純な構造じゃないってなんだっつうの・・・ん?」
うまくまとまらない疑問にうんざりしていたところ、最悪のモノを見つけてしまった。
「うお、こんなとこにおいて帰るなよな。誰かが見つけたらどうするんだ」
コンクリートブロックに置き捨てられた大人な使用済みゴムを見つけ、俺は鼻を摘まんだ。ポイ捨てダメ、絶対。
とはいえ、学校は専属の清掃員を雇っているのかと思うくらいに綺麗な校舎である。ポイ捨てしている生徒も0ではないだろうが、校舎にゴミが放置されていることはまずない。そういった面から鑑みるに、環境整備&維持にはそれなりのお金がかかっているはずだと考えるのが妥当だろう。
おそらく、校舎裏も例外ではなく。
「・・・・・・・・・・」
網ネットに囲まれるコンクリートブロックの塀を端から端まで眺めた。
ところどころ年季を感じさせる傷はあれど、汚さは微塵も感じられない。――ポイ捨てゴミの1つもありはしない。
「まさか・・・な」
湧き上がる荒唐無稽な回答をぐっと喉元で押さえつけた。
そうして長居は不要だと判断した俺はその場を去ったのだった。
*************
帰路に着くころにはすっかり日が暮れていた。ジメジメとした暑さがただでさえ面倒な帰り道をより一層不快にしてくれた。
徒歩30分の登下校。遠くもないが、近くもない一番中途半端なやつである。
だらだらと、ため息をつきながら、悩みながら歩いて帰る。
「ラブコメの世界・・・ねえ・・・」
笑顔の親友の顔を思い浮かべながら、俺は自身の仮説から目を背けようとしたが、纏わりつくような暑さにやられて、つい口にしてしまった。
「ラブコメじゃねえが、こりゃ随分ヒドイ世界にいるのかもしれねえぞ・・・」
じわじわと流れでる汗をぬぐいながら半ばやけくそに呟いた。
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