第7話 不自由さはラブコメですか?
「――ちょっと御影くん、気持ち悪い回想止めてもらっていい?」
「おい邪魔すんな。ここから俺の超絶怒涛の過去が暴露され、誰しも俺に同情せざるを得なくなるお涙頂戴展開が待ってんだぞ」
「何よそれ、別に求めてないわ。元々惨めな人間の悲惨な過去を聞いても胃もたれするだけよ。私が喋れって言ったのは結論だけ、過程じゃないわ」
吐き捨てるように言い切る秋庭。その厳しい目つきから、彼女の言葉に嘘偽りが混ざっていないことは分かった。
いやでもね、あながち嘘でもないのよ? 俺の話。
「その気色悪いくたびれ顔止めてくれる? 目障りだわ」
「く、くたびれ顔だと・・・?」
お前が勝手に首を突っ込んできたくせに! 無茶苦茶だこの女! と心の中で叫んでおく。
「ま、まあまあ二人とも落ち着いてよ」
「親見くん、この御影トウマという愚かな男と深くかかわるのは止めておくべきよ。あなたを利用して、自分だけ甘い蜜を吸おうとしている浅はかな人間に付き従う必要はないわ」
秋庭は、俺が話さなかった(話せなかった)事情を淡々と告げる。
「この男は、自分が生徒会に入るための評判作りのためにあなたを助けているだけよ」
「・・・へ?」
親見の頭上に「?」が浮かぶ。
「生徒会執行部、分かるでしょ?」
「え、ええと、それは分かるんだけど、ミカゲッチが・・・生徒会・・・?」
「信じられないでしょうね。私も、そうだったわ」
俺はただ黙って二人の会話を聞いていた。
別に、ここまで来てごまかすつもりはない。元々、意図的に隠していただけではないのだから。
関係のない話だから、しなかっただけだ。
「ミカゲッチ・・・ホントなの?」
親見が少し不安げな顔で俺に問う。だましていたつもりはないが、それでも少し罪悪感が湧いてくる。
終わり、かな。
「ああ、ホントだ。俺はお前を――」
「すごいじゃんミカゲッチ! あの生徒会でしょ!? なんでもっと早くいってくれなかったのさ! 教えてくれたら応援するに決まってるのに。あ~も~いけずだなぁほんとに!」
「・・・お、おい、親見待て、俺はお前のことを利用して――」
「利用? それはただの結果でしょ? 上手くいくかもわからないのに手助けしてくれた時点で僕にとっては御の字だよ。別に気にしてないし、寧ろもっと利用してよ! ミカゲッチが生徒会に入るために、僕に出来ることは何でもするよ! 僕ら友達じゃんか!」
華でも咲いたかのように、笑顔で俺の両手を掴む親見。
「・・・予想外ね、まさか親見くんがここまで抜けている人間だとは・・・」
「・・・親見、お前・・・」
絶句する秋庭の横で、正直俺も驚いていた。
いくらなんでも「友達に利用される」という事実を知って快く思う人間はいないだろう。だがしかし、この男は――親見という男は、そんなものも気にならないのだという。――末恐ろしい男だ。
「いやー秋庭さんが深刻な顔で話すから一体何事かと・・・。『御影くんはラブコメ世界の住人なのよ』とか言い出すのかと思って内心焦ったよ~」
「・・・それはないが、もしそうだったらどうしてたんだよ」
明朗に笑ってみせる親見に、興味本位で聞いてみる。
「そりゃあまあ・・・――剝製にして暖炉の前に飾ってたさ」
「「・・・」」
もうやだこの学校。ロクな奴が居ねえ・・・
「なーんてね、冗談冗談」
「お前が言うと冗談に聞こえねえよ・・・」
ラブコメを中心に世界が回ってると思ってそうな人間だからな。ラブコメのために犯罪を起こしても俺はお前を擁護せん。
「まあ親見くんが別にいいなら、私もこれ以上は止めておくわ。邪魔してごめんなさいね」
「うん、ありがと秋庭さん。僕は大丈夫だよ」
「――あなたのような善人が痛い目を見ないで済むことを祈っているわ。・・・悪人の思惑はうまく実を成すといいわね」
棘のある言い方で、言葉を続ける。
「――御影くん、教えておいてあげる。あなたが思っているほど、この学校は単純な構造じゃないわよ」
随分と含みのある言い方で俺に苦言を呈して、秋庭は自分の教室に戻っていった。
凛とした後ろ姿を、俺はぼんやり見つめる。
「相変わらず厳しい人だよねえ、秋庭さんって」
同じように呆けていた親見がぼやく。
「まあ風紀委員だからな、ああいう人間にしかなれんのだろう・・・」
「でもミカゲッチって、秋庭さんとあんなに喋ってたっけ? もっとよそよそしい関係性だったような」
「あ、あぁ、それはまあなんだ、その場の空気というかだな。3人ならついつい喋れちゃう的なあれだ、あれ」
どれかは分からないけどね。
「あ!」
急に声を上げる親見にびくりとする。
「な、何だ急に、俺と秋庭は別になんでも・・・って、ん?」
親見が俺の背後に視線を向け、体を硬直させていた。
「一条さん・・・」
「親見・・・くん?」
親見は視線の先に立つ、生徒と目を合わせ、数メートル越しに対面する。
灰色の薄手パーカーをブレザーの代わりに着こなす今時JKの鑑、金髪のミディアムヘアを、萌え袖からはみ出した指でクルクルと巻く女子生徒が俺たちの前に現れた。外へと続く廊下の扉から入ってきたようだった。
・・・めっさかわええやんけおい。
今にも恋が始まってしまいそうな彼女の可愛さに、俺は度肝を抜かれてしまった。
接触開始。
「えと・・・君が一条さん?」
「そうだけど、何か用? 親見くんは分かるけど・・・」
ウッ、カワイイッ、ちょっと不審げに俺を見る顔も、悪くない!
「お、俺はみかげ―――」
ガラリ、と
俺の言葉を遮るように、Dクラスの教室のドアが勢いよく開けられる。
続けざまに、怒号のような声が廊下に響く。
「――おいヒカリッ! どこ行ってたんだ!」
現れたのは、さっきまで教室の中でシャーペンを人一倍動かしていた男子生徒だ。人一倍ってなんだよ、と思うかもしれないが、ホントに一人だけ勢いが違った。丸つけだとしたらプリント自体を引き裂くレベルの勢いだった。
ヒカリ・・・? 誰?
まさかと思いながら、一条を見遣るとバツが悪そうな顔をしていた。
「タクマ・・・ごめんって」
タクマ・・・? 誰? 俺?
あからさまに下の名前であるタクマという言葉に、俺の恋は始まる前に終わりを迎えそうだった。
「もしかして、またあいつらに意地悪でもされたのか。ったく懲りねえ奴らだなあ」
タクマ、と呼ばれた男子生徒(俺)はつんつんした髪の毛の生えた頭を掻きながら、俺と親見には一瞥もくれず一条と会話を続ける。
横柄な態度に見えるわりにカッターシャツはズボンにインされていた。校則通り。
「違うよタクマ、ちょっと外の空気が吸いたくなっただけ。――それよりさ、見てよタクマ、さっき校舎裏で撮った写真なんだけど、どう? 滅茶苦茶きれいじゃない?」
「おいなんだよこれ、むっちゃ良いな、よし、今からでも見に行くか。勉強もひと段落付いたとこだしよ!」
スマホの画面を見入るようにして、勝手に盛り上がる二人の生徒。
一条のスマホは無数のアクセサリでキラキラと輝いていた。
「うんっ、いこいこ! ――あ、ごめん、それで・・・ええと、トカゲくん? だったっけ。何か用?」
男子生徒の「俺の女に手を出すな」的な強烈な視線を感じた。
俺は爬虫類か。アウトオブ眼中か。
すました顔のまま、俺は返答する。
「あー、ごめん。なんでもない、大した用事じゃないんだ。また来るよ」
撤退宣言。親見が驚いた顔で俺にエールを送るが無視した。
すまん、俺は今この二人を前にして戦う勇気は出ない。
俺はスタートラインに立つもっと前で退場宣告を受けたのだから。
「そう・・・じゃあ行こ、タクマ~。親見くんもまたね~」
一条は萌え袖のまま可愛げに手を振って見せるが、それは俺に向けたものではなく「恩人」である親見にむけられたものだと分かっていたので、俺は振り返さなかった。
そうして、仲良さげに体を寄せ合ってどこかへ向かう二人を見送った。
しばらくして、親見が口を開く。
「ミカゲッチ・・・」
「まあそう落胆するな親見。物事にはタイミングというものがある」
「タイミング・・・か」
そう、タイミングだ。
機に臨み、変に応じる、臨機応変さこそ必勝の極意。
そんな言い訳をして、いつまでたっても何にも挑戦できない人間が生まれていくのだ。おい、俺のことじゃないぞ。
「今日は帰るか、運勢の悪い日かもしれんしな」
「ミカゲッチって占いとか信じる派だっけ・・・?」
「いや全然」
ぷっと親見は吹き出して笑う。
「相変わらず真顔で変なこと言うよね、ミカゲッチは」
俺の訳の分からない臆病なだけの言動に怒るでもなく笑ってくれる友を、俺はもう少し大事にすべきなのかもしれない。
その後、教室に戻って用事のなくなった俺と親見だったが、親見は「ラブコメを読みたくなった」といつもの決まり文句で駆け抜けるように帰っていった。
教室に居た秋庭はいつものように静かに本を読んでいたが、もはや俺たちの存在など見えないと言わんばかりに自分の世界に入り込んでいるようだった。
************
親見が帰ってからしばらく時間が経った頃。
校舎の窓からは徐々に夕焼けが差し出していた。
誰も居なくなった教室、寝伏していた俺は体を起こし、廊下に出た。
「・・・折角だ。行ってみるか」
そうして、さっきDクラスの前で話していた時に一条がやってきた方向、――そして一条とその彼氏らしき男子生徒が消えていった廊下先への暗がりに、ゆっくりと歩を進めた。
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