第44話 New Heroine

「いらっしゃいませ・・・あ、秋庭さん、今日はいかがなさいますか?」  


「裏カタログを見せてもらえますか?」


「承知しました。少しお待ちください」


 礼儀正しい女性は、頭を下げてそう言った後、備品が立ち並ぶ裏へと消えていった。

 視聴覚室を出て、俺と秋庭はこの学校の購買部へとやってきていた。

 ウチの購買部はSEPで売買が可能だ。


「・・・購買部の人に名前憶えられてんのか」


 ふん、と秋庭は鼻を鳴らして偉そうにした。


「ええ、アナタと違って私は普段からここで買い物しているもの」


「ふーん・・・」

 

「ちなみに裏カタログを見せてもらうことが出来るのは、"SEPで10万円分の買い物"を行った人だけよ。感謝しなさい」


「10万円分って・・・そこまでしなきゃカタログすら見れないってイカレてるな」


「"何でも買えるSEP" においては "何が買えるのか" という情報が貴重なものになるのは当然のことじゃないかしら」


「ま、理屈はわかるけど・・・・・・・・裏カタログねえ」


 裏カタログ――この購買部では一般的に仕入れられる消耗品(弁当やパンなどのいわゆる購買部の典型的な商品)に加えて、裏カタログによって商品の販売が行われているらしい。

 

 俺は視聴覚室での会話を思い返していた。


 ――藍沢唯華はSEPを何らかの形で利用して、昨年度からこの学校に在籍していた。


 ――となると、このSEP制度の発足時期そのものもある種のコントロールされたものと考えるべきでしょうね

 

 ――SEP制度は2週間前から始まったものではない、ということか


 ――ええ。制度自体は、私たちに知らされる前から実は存在していて、と考えれば辻褄が合うと思わない?


 ――辻褄は合うかもしれないが、そんなことをする動機と目的がさっぱりだな。藍沢がそんなことをする必要性があるのか・・・?


 ――情報を隠匿したのが、本当に藍沢さんかどうかは一考の余地がありそうね、あくまで彼女が手にしたのは「1」と考えるべきでしょう


 ――それする意味もわからねえけどな・・・SEPってなんだよまじで・・・


 ――そういえばSEPで何が買えるのかすら御影くんは知らないものね・・・

いい機会だわ、裏カタログを見に行きましょうか


「――お待たせ致しました、こちらでご確認ください」


 事の経緯を思い出しつつ、謎ばかりの現状に頭を抱えそうになったところに、購買部のお姉さんは戻ってきた。黒色の分厚い冊子を持っている

 

「お連れの方はどちらさまですか?・・・無関係の方に裏カタログを見せるのは違反事項となりますが・・・」


「あ、えと、俺は・・・」


「ああ、その人は・・・――私のペットです。もはや家族も同然なので、見せても良いですよね?」


 いやペットじゃねえよ!!! と突っ込みたかったが、裏カタログを見せてもらうためにここは黙っておくべきか・・・口ごもる俺を見て購買部のお姉さんは不思議うそうな顔をした。


「はぁ・・・ペット、ですか?」


「そうです。ねえ? 御影くん」


 二人の視線が向けられる。

 おい、ペットに対して圧をかけるな。判断が出来ん。


「・・・え、ええと・・・俺は・・・」


 俺の人生が走馬灯のようにフラッシュバックする。


 これまでの生活で「俺はペットです」だなんて自己紹介したことがあるだろうか・・・


 小学生と中学生の時の記憶を呼び戻しても、平凡な自己紹介の記憶しかない。


 百歩譲って、ウケを狙った自己紹介という形式なら出来るかもしれないが、今そういう状況じゃないよね? 確実にホントだと思われるよね?


「お、おおおおお俺は・・・」


 超絶キョどった俺を見て、購買部のお姉さんは吹き出すように笑った。


「っ・・・ふふふ、あはははははははははは! ご、ごめん、やっぱ我慢できない・・・こんなの笑っちゃうよ風香ちゃん!」


「・・・え?」


 吹き出した購買部のお姉さんは、なぜか秋庭を下の名前で呼んでいた。

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