第71話 交わり

 俺は体を起こす。

 両サイドでスヤスヤ寝息をたてる二人を静かに退けて、秋庭と真正面に向き合った。

 ぎちぎちに詰まったロッカー内の熱気で全身が焼かれているかのような錯覚。

 内からも外からも、とめどなく溢れる熱。垂れる汗を拭うことも忘れ、俺は両手を前方に伸ばした。

 一応、合意は取っておく。


「あ、秋庭、始めるぞ・・・」

「いちいち聞かないでよ・・・童貞くさい」

「・・・なんだよ、珍しく緊張してそうだな」

「――っさいわね、黙って始めて」


 秋庭はそっぽを向いたまま、耳まで真っ赤にしてぶっきらぼうにそう言った。

 彼女が羞恥を前面に出すのが正直意外だった。これまであった諸々の事件においても、彼女はそれがさも当然であるかのように振る舞ってきていた。SEP自体に対する飲み込みも早く、環境への適応も万全。そんな彼女が今更この程度のことで恥じ入ることが、俺には理解できなかった。


「ま、間違っても、二人を起こすような変なことはしないでよね・・・」

「・・・・・・」


 体を小刻みに震えさせながら、彼女はそういった。


 なるほど。そういうことか。


 二人に見られてしまうのが恥ずかしい。

 第三者に見られてしまう可能性があるというスリルが、その羞恥を生んでいる。

 秋庭とは1対1でしか接したことが無いし、そういった弱点に遭遇することはなかった。


 なるほど、なるほどな。

 俺もまたそんな状況にある秋庭を前にして、興奮しているのだろう。湧き上がる欲求を確かに認める。


「じゃ、始めんぞ」


 暗いロッカーの中でもはっきりと分かる透き通った肌。汗ばんだスカートとストッキングの間に見えるその柔肌に、手を伸ばす。


 そしてぴたっ、と指を沈ませるように、彼女に触れる。


「――んっ・・・」


 じんわりと湿った感触。それでいてさらさらとしたその太ももの上で指を滑らせる。

 撫でるように、掴むように、弾くように。


「――んんんっ・・・んあっ、そこ・・・くすぐったい・・・」


 鼠径部に指を導くたびに、秋庭は押し殺すような声を漏らす。 

 その甘美な吐息は俺の脳を刺激する。


「ぁ・・・み、御影くんんっ・・・いきなり・・・はげしっ・・・二人にばれちゃうでしょ・・・」


 囁く秋庭の声に、俺の鼓動は勢いを増した。

 ただでさえ暑さでどうにかなってしまいそうな頭が、爆発してしまいそうになるほどの血流を感じる。


「・・・」

「あっ。んんっ、きゅ、急に黙り込まないでよっ、もうっ・・・」


 太ももを撫でているだけで、秋庭はおもしろいように体をうねらせ悶える。いつも横柄で無茶苦茶なことを言ってくるこいつが、俺の手で踊らされている。


 その現実が俺を極限まで興奮させる。湧き上がった興奮は血潮となり、全身を駆け巡った後更なる興奮を求めて俺の手を加速させる。

 最初は指の腹で太ももだけをなぞっていたが、気付けば手全体で、太ももから臀部の範囲までを撫でていた。

 しっかりと丸みを帯びたお尻は太ももよりも深く俺の手を吸い込んでいく。それと同時に秋庭がびくんと体を飛び跳ねさせる。


「――ひゃぁんっ! そ、そこっ・・・んんんっ、お、おしり・・・」

「・・・・・・・・・・・・」


 全てが卑猥で、全てが興奮の燃料。

 座ったまま、びくびく震えながら立つ秋庭を蹂躙する。


「――あっ・・・ッ、んもう、きいてっ、る、の・・・?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 練るように、こねるように。


「・・・んッ、はぁっ、はぁっ。んむっ、はぁっっ・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ただひたすらに、興奮の最大値を引き上げるべく、最適解を求める。

 秋庭の息は次第に荒くなり、喘ぐ嬌声のボルテージは上がっていく。


「やんっ・・・あっ・・・う~っ、んんっ、はぁ・・・はぁ・・・」


 彼女から発せられる熱気が俺のそれと混ざり合う。

 手から感じる体温が、汗が、興奮が、俺と秋庭の完成度を高めていく。


 瞬間、がしっ、と頭を掴まれる感触


「――ん?」


 突然、俺の頭を両の手で挟み込む秋庭。

 なんだろう、このまま首の骨でも折られるのか?


「――御影君・・・んっ・・・き、あん、っ・・・聞いて」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 そうではないらしい。

 普段の秋庭からは想像的無いようなとろけた声。

 暑さゆえか、疲れゆえか、それとも快感ゆえか。ともかくその声は艶めかしく、いやらしい。


 そうして、彼女は提案する。


「私ばっかり、もっ、癪っ、だからぁっ・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「あなたにも・・・して、あげ・・・よう、か?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 言いながら、彼女は少し体をかがめていく。

 そうして俺の頭を掴んでいた両手を俺の上半身へと滑らしていく。うわべをさするように、その存在を確かめるように。


「――ど、どう? 悪い話じゃないで――ひゃっああああんんんっ!!!」

「・・・・・・」


 秋庭の手は俺の体から離れる。――というより、離さざるを得なくなった。

 それくらいに秋庭の体は大きく跳ねあがった。

 

「あっああっ、んんんっ! 御影君っ! ま、まって、は、激しッ!!! あぁっ!」

「・・・・・・・・・・・・」


 俺の手は既に臀部から彼女の制服の中に滑り込み、その背中をなぞり、腹部をさすり、そして豊満な胸へと導かれていた。

 沈みこませ、擦り、包み込む。その一連の動作が彼女の体を確かに震わせる。


「お、怒ったのっ? な、なんでっ、別に、そういうつもりじゃなっ・・・んんんぅっ!」


 敏感になった彼女の体をさすり続けながら、俺は問う。


「秋庭、お前、SEPをぶっ壊すために、俺と手を組んでるんだよな」

「えっ、なに、を急にッ・・・あぁんっ!」

「――いいから答えろ」

「んんんっ! こ、答えるからっ、んっ、緩めてッ」


 仕方なく、ペースを落とす。


「・・・ホントにっ、容赦ないんだから・・・ッ」

「で、どうなんだ」


「・・・何でこの状況でそんなこと聞いてくるのよ・・・まったくぅうううううううっ!!!!」

「うっせえ」


 弄ぶように、彼女の体を支配していく。


「わ、わかった。今度こそ答えるからっ、だから一旦止めてッ・・・」

「・・・」

「・・・私はSEPそのものを破壊するために、あなたと組んでる・・・それはっ、変わらないわ・・・」


 ぜーぜーと肩で息をしながら、天を見上げる秋庭はそう言い切った。

 

「――なら、良い」

「どういうことよ・・・それより、ねえ? そろそろポイントもだいぶ溜まってきただろうし一旦休憩を――」

「時間がねえからな、巻きで行くぞ」

「え。ま、まってまっておねがいまってんんんんんんっ!!!!!!!!! アあぁっ!!! だか、らっ! はげっ・・・し、い・・・・っっっくううううううううううううううううううううううんんん」


 俺はタガが外れたようにその手を大きく動かし始める。


 あくまで手だけを動かして、秋庭を蹂躙し続ける。


 湧き上がる数多の野蛮な途中式を、理性で全て押さえつけて。


 全身を奔流する欲望を外界と皮膚との狭間で拘留する。


 限界まで滞留させられたソレが、俺たちの求めるもの。

 

 俺の、全て。


********


「はーっ・・・ん・・・はーっ・・・み、御影君・・・どうかしら、ポイントは・・・」


 完全に疲れ切り、膝から崩れ落ちてしまった秋庭が俺に問う。

 言われるがまま、生徒手帳を取り出してSEPを確認する。


 勿論、俺のポイントは0のまま。恒例行事だ。


 一方で、秋庭のSEPは―― 


「・・・バッチリだ、とっととプライベートサービスとやらを頼んでくれ」


 表示されたポイントは240万。

 目標としていた200万は優に超えている。


 生徒手帳を秋庭に渡す。


「御影君、さっきの質問、あれ、どういう、意味・・・?」

「ん? なんでもねえよ・・・忘れてくれ」

「・・・っ・・・あとで・・・絶対・・・吐かせるから・・・っ」

「・・・」

 

 疲労混倍で俺を弱弱しく睨みつける秋庭。


 俺は思う。


 こいつは、俺の世界を壊してくれるだろうか。


 今の俺では何かを変えることなんて出来はしない。

 誰かの力を借りないと、何もできない。


 でも、それでも、俺はもう、俺以外の誰かを頼るしかない。

 欲望のために生きている人間を頼るしかない。


 だって俺は――


 欲望の吐き出し方を知らないのだから。


 秋庭の携帯から、プライベートサービスの購入を知らせる小さなバイブ音がロッカー内で響いた。


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