第70話 決断

「SEPを使ってこの場を出る・・・?」


 うだる暑さもそのままに俺は秋庭に問い返す。


「ええ、そうよ」


 きっぱりと言い切る秋庭だが、その表情は何処か強張っているようにも見える。


「携帯貸して頂戴」

「お、おう・・・よく分からんが、どんな商品なのか教えてくれよ。特殊な工具とかか?」


 ノーハンドでロッカーを開けられる秘密道具・・・いや、要らなすぎる・・・


「何をよくわからないこと言ってるの。買うのは『人手』よ」

「人手・・・? それって実質的に誰かに助けを求めるのと一緒じゃね? あんだけ他の人にばれるわけにはいかないって言ってたくせに・・・」

「ええ。ばれるわけにはいかないわ。だからこそ、SEPで人手を買うんじゃない」


 相変わらずよく分からない理論だなあ、と俺がタメ息をつこうとするのに合わせて、秋庭は携帯の画面を突き出してきた。


「はい、これよ」


 俺は携帯の画面に映し出された文字列をそのまま読み上げる。


「プライベートサービス・・・?」


 黒を基調とした画面に、白文字でそう書いてあった。

 "あなたの秘密をお守りします!"と謳い文句も添えられている。

 これが、秋庭のいう「人手」ということなのか。


「なんだこれ」

「プライベートサービスってのは、文字通り『プライベート』を守るためのサービス。この場においては、こっそり私たちを助けてくれる救急隊だとでも思ってもらえればいいわ」 

「・・・なんつーか、SEPの底が知れねえな・・・」


 この間見せてもらった裏カタログにはそんな商品はなかったようにも思うが、つくづくSEPの可能性を感じさせられる。「SEPで買えるモノの幅広さ」たるや・・・。


「規格外の商品はSEPを効率的に稼ぐために存在し、SEPもまた商品を購入する唯一の資本として存在する・・・認めたくないけれど、よくできた構造ね。このプライベートサービスも秘密裏にSEPは稼ぎたい人にはうってつけなわけだし」


 いかん。


 あーだこーだ解説を聞いている場合ではない、俺たちの体力も時間と共にジリジリと削られている。今でこそこうして会話できているがいつ限界が来てもおかしくないほどに俺たちは極限状態にあるのだ。


「じゃ、とっとと呼ぼうぜ、それ」


「――っ」

「?」


 俺の言葉が癇に障ったのか、秋庭はぷいっとそっぽを向いてしまった。


「お、おいどうした秋庭、早く頼んでくれよ。そのプライベートサービスとやらを」

「・・・っ・・・」


 なぜか、秋庭の顔が苛立ちと羞恥の感情を表に出し始める。


「え、えーと、秋庭さん?」

「・・・200万SEP」

「・・・は?」


 ぼそり、と吐かれた言葉に俺は呆けてしまう。


「プライベートサービスの手配に必要なSEPは200万。今の私の手持ちじゃ足りないわ」


 ・・・ほお。

 えーと、つまり、今すぐプライベートサービスとやらを購入できる状態ではない、ということか。

 純粋にポイント不足。資金不足。


「・・・えと・・・先日葛西からいくらかポイント貰ってなかったか」

「あの100万も入れて、今の所持ポイントは140万。あと60万足りないわ。言いたいことは分かるわよね?」


 俺は茹る世界で一つの答えにたどり着く。

 しかし、瞬時にその答えから目を逸らした。

 俺が思いつかない回答を、秋庭が出してくれることを祈った。


「えーと・・・ちょっと待ってくれよ、あ、あれか、俺が実家に電話でもかけて助けを――」

「校外の人間を頼る時間は残されていない。あなたも分かってるでしょう」


 俺の隣で寝息を立てる二人を指す。

 ・・・確かに、これ以上のタイムロスは二人の命に関わる。あまり悠長なこともしてられない。

 

 しかしそれは、俺が辿り着いた最悪な答えに丸を付けるようなものだ。

 ソレしかないと決定づけるようなものだ。


「・・・と、いうことはどうすればいいんだよ・・・俺らは・・・」


 秋庭は顔を赤らめながら、それでもなお凛然とした様子で答える。


「・・・ここでするしかないわっ」

「・・・なにをでしょう・・・」

「・・・言わせないでよッ・・・バカ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 俺はゆっくりと体を起こし、秋庭の火照る体に手を伸ばす。


「・・・後悔すんなよ」


「生憎、私の人生は後悔だらけよ。今更アナタに体を許して嘆くことなんてないわ。・・・けど、半端なことしたら許さないから」


「――ああ、そりゃ結構」


 俺は、更に手を伸ばす。


 俺の答えは、


 俺たちの命綱は、


 きっと汗と涙と性欲で出来ている。



「―――――んっ」


 真夏のロッカーに淫らな色香が漂う。

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