第69話 限界
「どう? 何か使えそうなものはあるかしら」
「・・・うーん・・・残念ながら・・・」
ロッカーから見た教室内に、ここから脱出するのに使えそうなものは見当たらなかった。大体、使えそうなものがあったところで、ロッカーの小さな通気口から手を伸ばすことなどできないのだから、詰まるところ必要なのは外的要因。
「何か又は誰かがこのロッカーを開けてくれる」という希望を待つことしかできないということ。
「ロッカーの中から、教室内の何かを探すこと」に、意味があるかないかで言えば恐らくないのだが、それでもロッカー内の暴力的なまでに性的な空間に思考を据えるよりはよほど健全であると判断した。そして秋庭も俺の考えを汲んでいるのだろう、「そんな無意味なことやめなさい」とは言わない。・・・単に暑さで思考力や発言力が低下しているだけかもしれないが。
それから更に少し時間が経った頃だった。
「あぁ・・・私・・・もうダメかもです・・・」
限界を迎えたかのような藍沢の声が背後で聞こえた。
俺は藍沢の方を振り向こうとするが――
「え、藍沢さんなんで私もっ――きゃっんっ!」
「ふぐっ!」
ガタン
ムニュニュ
大きな音と共に俺の顔を覆う4つの果房。藍沢と洲川が体勢を崩したらしく、汗でじんわりと湿った彼女らの制服がべたりと顔に張り付く。もはや俺の汗なのか、他の誰かの汗なのか判断することすら出来ないほどに皆汗をかいていた。
「・・・ぼんぼ、ばんでぼんばぼとに(ほんと、なんでこんなことに)・・・うぐっ・・・」
彼女らの胸に挟まれたことで籠りに籠った熱波を受けて、俺はノックアウト寸前であった。もちろん、色んな意味で。
「ほひゃ・・・あ、すみません、ちょと意識が飛んでました・・・」
「ご、ごめんね御影君、重くない!? 私重くない!?」
ロッカーの中はもう混沌と化していた。
仰向けで凹のような体勢をとる俺と、その俺に全身を預ける「への字」型の藍沢と洲川。雑技団もビックリな謎コンビネーションである。
「ごめんねっ、今退くからっ!」
「い、いや大丈夫だから、無理して動かない方が――」
「――御影君」
腕組みしたままの彼女から放たれる冷徹な声。
そして続けて放たれる、蹴りにも似た踏みつけ。
ドシッ!
「イてええぇつ!!!!」
俺の鼠径部付近の太ももに激痛が走る。勢いよく踏みつけられたのだから当然だ。固い感触が俺の太ももに触れた。
「何よ、こ・れ・はっ!」
踏みつけた綺麗な足で俺の太ももをぐりぐりとなじりながら、秋庭は俺に問う。
「そ、それは・・・」
「こんな状況で、みっともなく固くして・・・どういうつもりな訳」
俺の右太ももに伝う固いソレを、コンコンとつつくように刺激する。
「え、いや、それは元々――」
「問答無用ッ!」
ぎゅんっ!
更なる踏みつけ。今度は固いソレをすりつぶすかのような踏みつけ。
「っ、いでえええええええええええええ」
「こんなカチコチにして、恥を知りなさいっ!」
い、いやこいつ何をそんなムキになってんだ・・・!!!
と痛み故に溢れそうになる涙を堪えながら、俺は必死に彼女に食らいつく。
かすかに見えた光明に、縋りつく。
「あ、秋庭、それだ! それを使えばいいんだ!」
「はあぁっ!? い、いくらなんでもこんなもの使えるわけないでしょ! 何をとち狂ったこと言ってるのよ!」
なぜか彼女は俺をドン引きするかのような冷めた目で見降ろした。なんでそうなる。
「はぁ!? 何言ってんだ! 携帯だよ! 携帯! お前が踏んづけてるのは、携帯だ!」
俺のポケットに収納されている携帯。新型アンドロイドスマートフォンであり、ボッチの俺の愛用具だ。ネットニュースとスマホゲームだけが俺の唯一の心のよりどころ・・・いや、これは言ってて悲しくなるな。
ともかく、これを使って助けを呼べばこの状況は打開できるはずだ。
「あるなら早く言いなさいよ! 紛らわしい!」
「トウマ・・・ないすっ・・・です・・・ふぅっ・・・んっ」
「お、おい藍沢?」
「すーっ・・・すーっ・・・」
俺と秋庭がやり取りしている間に、ついに藍沢の体力は限界を迎えてしまったらしく、彼女は眠ってしまった。
「私汗かいてるけど大丈夫!? あーむっちゃごめん! そ、そうだ、暑かったら脱げばいっか、いやでもみっともない! あれ? でも急接近て感じ? い、いや私何言ってんだ・・・っとにかくごめん御影くん!」
「ほ、ほんと大丈夫だから一旦落ち着け洲川」
一方で洲川の方はというと、さっきからなぜか異様に落ち着きがない様子で、目をグルグルと回したまま支離滅裂なことを言い続けている。こちらも暑さで随分限界に近いようで、しばらくすると静かに寝息を立てだした。
「ふっ・・・ふっ・・・ふーっ・・・」
二人とも気を失うように眠りこけちまった・・・もう限界だな・・・
「秋庭、誰か連絡つきそうな奴いないか? できれば校内に居そうな人間の方がいいな、あんまり時間はなさそうだ」
ポケットのスマホを取り出し、電源がつくことを確認する。良かった、問題なく使えそうだ。
「ただ呼ぶだけならまだしも、この状況を見られて弁明できる自信がないわね・・・」
「そうはいってもだな・・・背に腹は代えられんだろう」
「風紀委員が2点、クラスの女帝が1点、ボッチが1点の詰め合わせよ。どう転んだって火傷じゃすまない。背に腹は代えられなくても、抱えたまま死んでいくべき秘密もあるわ」
「レジで品数を読み上げるような言い方をするな。ボッチと一緒に居るのなんて、熱愛スキャンダル発覚とかよりはまだマシだろうが」
「知ってる御影君。隠していた事実を突きつけられるより、有り得ない虚実を真しやかに語られる方がストレスは大きいのよ」
「さっきから俺のこと言ってるんだよな!? 喧嘩売ってるよなぁ!?」
「どうしてもというならあなただけはこの場に置いていくわ」
「なんでだよ!!!」
「貴方さえいなければ、この状況への合理的な弁明が出来るもの」
「・・・ちなみにどんな弁明だ?」
「SEPを稼ぐために百合せ――」
「やっぱいいわ!!!!」
聞いてられないので必死に制止する。
「何よ、背に腹は代えられないんじゃなかったの。あなたも百合成立のために死ねるなら本望でしょう?」
相変わらず顔色一つ変えずに倫理ガン無視の言葉を吐く奴だ・・・。
「本望なわけねえだろ・・・くそ、どうしたもんか・・・人を呼べないんじゃ携帯があっても仕方ねえし・・・誰にもバレずにここから出る方法・・・あー、思いつかねえっ!」
「・・・やれやれね、まったく」
「こっちのセリフだッつうの。大体お前が俺たちをロッカーに無理やり詰っこむからこうなったんだからな」
「仕方ないじゃない。こうでもしなきゃ他の生徒にばれるんだから」
「どうせこういう状況にすることで、楽してSEP稼ごうとしてたとか、そういうオチじゃねえのか?・・・つっても、死んだらSEP使えないから意味ねえけどな」
自嘲気味に乾いた笑みを作って見せる。
絶望的な状況ではありながら、最近の自らを取り巻く状況に対して俺は懐疑的であった。この展開さえも、何者かによる計画通りだったのではないかと思ってしまうほどに。
「・・・・・・そうね、確かに、その通りだわ」
なぜか、秋庭は俺の言葉に賛同した。
いやすまん、ちょっとやさぐれた気分になっただけなんだ。賛同されると少しやりづらい。
「・・・どうしたよ急に真剣な顔になって、真面目に死ぬ気になったとかいうなよ、俺は諦めてねえからな」
「・・・その手があったわ」
「・・・はあ? どの手だよ」
「SEPよ」
「・・・?」
俺は首をかしげる。はて?
「この場から出るために、SEPを使えばいいんだわ」
秋庭の目には戸惑いと決意が混じっているように見えた。
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