第50話 Friend
「唯華ちゃんおはよ~」
「あ、おはよ、萌ちゃん」
早朝の教室、読書をしながらHRの開始を待つ私に、
「それ何読んでるの?」
「ん? ああ、これはね――」
彼女は、私がこの高校に入学して2週間の内に唯一出来た友達だった。
自分の人見知り加減には少しうんざりするが、それでも大きな一歩であることに違いはない、と胸を張る。
私は読書が好きだった。
特定のジャンルが好きというわけではなく、手あたり次第、目についたものから読んでみるタイプ。
一方、萌ちゃんは溌溂で運動神経の良い子だった。
私が読んでいる本の魅力を力説しても、
「――ほえ~、なんか内容難しそうだねぇ。私本読むのとか得意じゃないからさ~唯華ちゃんが内容を要約して教えてくれるだけで満足しちゃうかも」
「・・・私が話したのはあらすじ部分だよ、萌ちゃん・・・ここから物語が展開してどんどん深みが――」
「待った! ネタバレ厳禁!」
「いや、絶対読まないでしょ萌ちゃん!」
「読む読む! だからこの話は一旦終わり! それよりさ、今日一緒に帰ろ? 寄りたいお店あるんだ!」
「え~、相変わらず不真面目だなぁ萌ちゃんは・・・」
「まあまあそう固いこと言いなさんなよ唯華殿。ね?」
「突然のキャラ変・・・普段ギャルっぽいのに・・・」
「ギャル言うなし!」
「その発言がもうギャルじゃん!」
「むき~! 怒ったもんね! 絶対今日は一緒に帰って寄り道してもらうから! ぷんぷん!」
「まーた始まったよ・・・謎キャラ・・・」
彼女と初めて会った時、私とは正反対の人種だと思った。「藍沢」と「麻木」。出席番号が連番になるような名字でなければ、私は彼女と関わることはなったかもしれない。
彼女は、
「初めて会った時からビビッと来たんよね~あ、この子と絶対仲良くなるわ! 絶対仲良しチルドレンだわ! ってさ」
なんて言っていたけれど、どうなのだろう。
「じゃ、今日は二人で寄り道! 決まりね!」
「・・・嫌って言っても連れていくんでしょ? パワー系ギャルなんだし」
「そだよ! 引きずってでも這いつくばらせてでも行くからね! あ、パワー系いうなし!」
「ギャルなことは否定しないんだ・・・」
彼女は真面目ではなかったし、勉強もそこまで出来なかったように思う。
でも、私は大体いつもこうして彼女の口車に乗せられて、不真面目なことをして、彼女と時間を過ごすようになっていた。気さくな彼女と仲良くなるのには、2週間もあれば十分だった。
「萌ちゃん、そういや今日の数学の予習やってきたの? 前回の授業寝てたみたいだけど」
「・・・げっ・・・なにそれ・・・そんなのあったっけ・・・?」
「え、あったよ・・・」
「うわああああああああああ頼みます唯華さまぁ!!! 見せてくださいいぃぃぃぃぃぃぃぃ唯華さまの頭脳で私を救ってくだされえええええ」
「掌くるっくるじゃんか・・・」
「私の掌はまな板の上のタイのように踊っておりまする!」
「死の直前だよそれ! 諦めちゃってるから!」
笑いながら、私はびっしりと書き込まれた自分の小さなノートを彼女に手渡した。今日の予習も勿論完ぺきにこなしている。
「さすが唯華ちゃん、いえ、唯華さま・・・! このご恩は必ずっ!」
「それ何回目~? まあ、いいんだけどね」
「にしても唯華ちゃんって絶対こういうの忘れないよね~、授業もいっつも起きてるし・・・」
「いや授業は起きてるのが当たり前だよ・・・ま、まあ私中学の時からずっと真面目だったってのはあるかもだけど・・・」
「まじめか~ く~ たまらんですなぁ~。いやしかし、そんな真面目な唯華ちゃんを不真面目な道に堕とすのもまた一興ですな~」
噛みしめるように拳をつくる彼女がおかしくて吹き出すように笑ってしまった。
私は、こういう人に会いたかったのかもしれない。
真面目な私を解放してくれる、不真面目な誰か。
元々私には勉強しか取り柄が無かった。誰からの期待に対しても「真面目」であることでしから答えられれなかった。皆から真面目過ぎると言われ続けてきた。
でもほんとは真面目で居たかったわけじゃない。
この生き方しか知らなかった、真面目に生きる以外の道を一人では見つけられなかったのだ。
でもそんな私でも、こんな不真面目な友達が出来たのだと嬉しかった。
楽しく会話しているうちに、HR前のチャイムが鳴る。
「あ、HR始まっちゃう、じゃまた後でね、唯華ちゃん」
「うん、また後で」
自分の声が高ぶる気持ちに合わせて、上ずっているのがはっきりと分かった。
***
その日の帰りに寄り道して付いた先は、大通りから外れた小さな駄菓子屋だった。
彼女は駄菓子屋に行ったことが無いらしく、田舎出身の私が仕方なく駄菓子屋のお作法(まあそんな大したものはないけど)というものを教えてあげた。
よーぐるの食べ方とかね。
そんな私の話を聞きながら、初めての駄菓子屋を満喫する彼女は目を輝かせていた。
「唯華ちゃんって私の知らないこと、いっぱい知ってるよね。・・・あ、だからかな~、唯華ちゃんと過ごす時間がこんな楽しいの、なんてね」
にぱっと笑みを浮かべる金髪の彼女。
私も自然とこぼれた笑みで返した。
「お、良い笑顔じゃん」
「ありがと。萌ちゃんのお陰だよ」
「・・・? 何か私の顔についてる?」
「ふふっ、どうかな」
「ええっ? 無茶苦茶笑顔じゃん! え、なんか私の顔変かな!?」
何より、友達と過ごす時間が私にとって貴重な宝物だった。
こんな楽しい高校生活がいつまでも続いてほしいと思った。
楽しめなかった過去の日々を上書きするような日々が待っている。そんな予感がした。
でも現実はそこまで甘くなかった。
入学してから2カ月が経った時、ある制度が校内で発布された。
「本日より、この学校にSEPという評価制度を設けます」
「SEPがあれば、この学校の全てを決めることができますので、皆さん頑張って勉学に励むようにしてくださいね」
体育館で行われた全校集会で、羽佐間という理事長から放たれたその宣言は私たちの世界を一変させてしまった。
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