第36話 Normal

「着きましたね」

「あ、あぁ・・・でもなんか変な看板だな。ほんとに此処で合ってんのか・・・?」


 さっき訪れた薬局から歩くこと数分、俺たちはまた別の薬局に来ていた。

 外観は完全にただの薬局だが、俺が気になったのは看板の光だった。

 ロゴらしきマークが怪しげにライトアップされている。


「薬局の看板って、あんな蛍光色で光ってるもんだっけ?」


 鮮やかな紫色のライトが、視界の中で滲むように光っていた。


「もう夕方ですし、この島のお店って大体あんな感じだと思いますよ? 多分」


「・・・俺が無知なだけか」


 休みの日は部屋に引き籠っている俺が「この島の多少おかしな点」に気付いたところで、それはもはや「島の中では当たり前」なのかも知れない。


「休みの日に外出とかしないんですか?」


 看板を見上げながら俺に問う藍沢は少し息が上がっているように見えた。

 ちょっと早く歩きすぎたのだろうか、俺もなんだか体が熱い。


「・・・外出する意味もなけりゃ、一緒に行く相手も居ねえよ」


「・・・なるほど。すみません、ご愁傷様です」


「おい勝手に殺すな、外出しないだけだぞ」


「生ける屍、ということですね」


「だから死んでねえ! 生ける生身だ!」


 などと冗談を言いながら、俺たちは薬局に入っていった。そこらへんのスーパーくらいの大きさといえば大体想像がつくだろうか。自動扉を抜けた店内はひんやりとした心地の良い温度だった。

 そして、店内に入ってすぐのところで謎の霧の噴射を受ける。


「――わっ、なんですかこの霧ぃ!」


 藍沢は霧を受けるや否や、飛び上がるような大げさな反応を見せた。が、噴射と言ってもただの水蒸気だ。おそらく室温管理のためにやっているものだろう。


「ふっ、世間知らずめ」


 さっきのお返しだ。


「む、むむむぅ・・・これはですね・・・うう」


 ぷくり、と小さく頬を膨らませる藍沢。

 これでおあいこだ。


 と、遊ぶのは大概にして、本来の目的を果たさねえとな。

 店内は思ったよりも人が多く、男女のペアが無数に商品を選んでいる。

 ・・・何つー薬局。


「俺適当にここらへんでぶらついとくから、唯華が欲しいの、買ってこいよ」


「え?」


「ウチの学校の生徒多いみたいだし、変な噂建てられるの嫌だろ?」


 何を今さらとは思うが、それくらいにこの薬局には生徒が多かった。

 いくら友達と言っても、男女が二人して薬局で買い物なんてカップルと思われても仕方なかろう。疑わしきは回避しとくべきだ。


「・・・わかりました、パパッと買ってきますので待っててください」


「おう、のんびり待ってるわ」


 藍沢も俺の意図を組んでくれたのか、頷いてから早歩きで目当ての売り場へと向かっていった。


 俺は入り口付近で売られている商品を適当に眺めることにした。何も買う予定がなくとも、ウィンドウショッピングというのは案外楽しいものである。その商品を使っている妄想をして、勝手に満足する。なんというコスパ。いや、コスト0だからパフォーマンスは∞か。

 アホみたいなことを考えていると、近くの客の話し声が嫌でも聞こえてきた。ウチの学校の生徒だ。


「ねえ、ヒロトォ、今日はこれでしようよ」

「ん? ああ、これ? いや、今日は無しでいいっしょ」

「いいっしょ、って・・・今日危ない日だよ?」

「大丈夫大丈夫、最悪出来たら出来たでたんまり補助してもらえるんだからさ」

「もー、無責任なんだからー・・・でも、そういうとこも好き」


 無責任が好きってなんやねん。「責任を持たない」って表裏デメリットしかないから。何もいいとこ無いからそこ。

 と、暇なので心中だけで強めなツッコミをしておいた。


「今日の夜も寝かさねえからな、ミサト」

「うん♡」


 ♡、じゃねえよムカつくなぁ・・・

 ひたすらイチャコラするカップルに怒涛のツッコミをしてやりたかったが、俺は早々に切り上げてただぼーっとすることにした。

 どうせそこの金髪ロングヘアーは今夜、ツッコまれていることだろうし。


 うんざりしながら店内を見回してみたが、やはりやけにカップルが多い。夜伽アイテムがたくさん売ってるんかねえ・・・


 自分の惨めさに辟易していると、天井から無機質なアナウンスが流れてきた。


『お客様の皆様に、ご連絡いたします』


 店内の無数のカップルが一様に動きを止める。


『これより、本日のタイムセールを開始します』


 タイムセールか、しかしアナウンスなんて、薬局にしちゃ珍しいな。


『通例通り、ご希望の商品を "" に応じて割引させていただきます』


 ・・・は?


「――ッ!?」


 瞬間、店内に爆音のBGMが流れ出す。聞いたこともない、ただ騒がしい音楽だ。


『それでは~これより店内はぁ! ナイトクラブっぽーく照明を変えて~媚薬入り濃霧を充填させちゃいまーすッ! 皆楽しんでね~!』


 突然人格をあらわにしたアナウンスが、言いたいことだけ言ってブツリと切れる。


 ・・・ちょ、ちょっと待て。


 爆音BGMに脳を揺らされているせいか、混乱している。

 え、えと、何が起きてんだ・・・?


 俺の思考を待つことなく、店内は暗転する。

 そして数秒後、


「・・・な、なんじゃこりゃ・・・」




 ――先ほどまで薬局だったはずの店内は、完全に怪しい夜のお店が如く、紫色の異世界へと変貌を遂げていた。

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