第35話 Ab
「うーん、これでもないし・・・これでもない」
藍沢は右手に持った青色のボトルと、左手に持った緑色のボトルを見比べて、首をかしげる。
「お目当てのモノ、見つかったか?」
「いえ・・・どうやらこの店には置いてないのかもしれませんです・・・近くに系列店がもう一店あるので、寄っても良いですか?」
「別にいいぜ」
俺たちは学校からの帰り道に、ドラッグストアに寄っていた。絶海の孤島であるこの島には、目立った娯楽施設などなく、その癖して日常生活を送るには困らない程度の雑貨店や薬局が島の各所に点在している。
だからまあ、こうして藍沢の買い物に付き合う時間もある意味では交友関係を深めるために必要不可欠なイベントだったりするのである。
藍沢はハンドソープを買いに来たとのことだったが、目当ての商品はこの店には置いてなかったらしく、特に何も買うこともなく店を出る。
「ごめんなさい、変なことに付き合わせてしまって・・・」
店を出るや否やぺこりと頭を下げる藍沢。さらりとしたボブスタイルの髪が垂れる。
「いやなんで謝ってんだ、商品が無いんじゃ仕方ないだろ」
「でも、無駄な時間をすごさせてしまってるわけで・・・」
「あー? 気にすんな。俺、家に帰ってもずっと暇だし、ちょうどいい運動だ」
部屋にこもってただ寝ている俺の日常に比べれば、友人と無駄足を踏む時間でも何千倍も有意義に決まっているのだ。
「・・・優しいですね」
胸の前で両手の指をつんつんしている。なんだそのカワイイ仕草。
「トウマは何か買いたい物とかないんですか? 私の買い物だけに付き合わせるのも気が引けますし・・・」
道中、藍沢はそんなことを聞いてきた。
「んー、ねえな」
即答した。
「え・・・今ちゃんと考えて答えました?」
「うん、考えてもねえなあと思って」
「物欲とかないんですか・・・?」
物欲・・・うーん、無いわけじゃないんだろうけどなあ。余りにも抽象的な言葉しか思いつかず、言葉にならない。
「・・・ねえなあ・・・」
「じっくり考えてもないものは無いんですね・・・」
少し引く藍沢。おい。
「逆に聞くけど、ゆ、唯華はなんかほしいものとかあるのかよ」
彼女の下の名前はまだ絶妙に言いなれない。
藍沢は俺のそんな様子に、少し悪戯っぽい笑みを浮かべてから答える。
「そうですね・・・私は買いたい物とかはいっぱいありますけど・・・欲しいものはもう、手に入ってるのかもしれません」
・・・彼氏ですかねえ。本土の。
満足げな顔でこちらに微笑みかける藍沢。眩しいぜ・・・
「そりゃ結構なこった」
「なんか反応薄いですね、つまんないですよ」
「はあ? 惚気聞かされても困るっつうの、とっとと次の店行くぞ」
「べ、別に私は惚気てなんか――って、待ってくださいよトウマー!」
俺は歩く速度のギアを2段階ほど上げた。
後ろに藍沢がついてくるのを確認しつつ、先を急ぐ。
「急げよ、あんま時間ねえぞ」
もうすぐ、今日も日が暮れる。
日が傾く、紅の太陽が世界の光と闇の狭間に落ちる時。
この時間はなぜか心がざわついてしまう。
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