第34話 Break
「まあ私、あっちに彼氏いますし」
特に恥じらう様子もなく藍沢は言う。
驚いた。いや、居ること自体にではなく「居る」という事実を俺に伝えたことに、だ。
あっち、というのは本土のことだろうか。
「じゃあ貞操は守らないといけないわけか」
「貞操とか平気で使わないでください。気持ち悪いです」
「・・・」
こいつのパンチは右ストレートが過ぎる。「気持ち悪い」の直球は俺の精神保護グラブを簡単に突き破ってしまう。
「だから交わる男女を見ても別に羨ましくないですし、こうして見張ってるのは、ただ仕事をしているって感じなんですよ。ほんとに」
「なるほどね・・・」
どこまでも仕事に忠実。別にそれでポイントが稼げるわけでもないだろうに・・・
ということは――
「・・・なあ、藍沢さん。あんた今SEPは何ポイントなんだ?」
「・・・0ですけど?」
うぇーい、ナカーマである。
「SEPが一定以上ないと進級できないって話は、知ってるのか?」
「・・・それはまあ、知ってます」
「彼氏居るって言ってたけど、ポイントはどうすんだ?」
「・・・彼氏は裏切れません・・・だからポイントは獲得できない・・・進級自体も諦めては、います」
藍沢はとぎれとぎれに言葉を紡ぐと、それまでしゃんと伸ばしていた背中を一瞬丸めた。
退学という絶望的な未来を彼女は既に認知しているにも関わらず、目の前の仕事には忠実である、何たる忠誠心。この子がそこまで仕える委員会はさぞ優秀なことだろう。
「そういう御影さんは、どうなんですか?」
少し力なさげに、藍沢は俺に問うてきた。廊下の壁に寄りかかって二人話す時間もそう悪くないなと思い始めてきた。
「俺はしがらみはないけど、単純にポイントが貯まんねえな。0ポイント同盟だ」
俺には致命的な欠陥がある。性的接触をしてないわけではないが、ポイントは一切入っていない。幾らか策もあるため進級を諦めているわけではないが。
「0ポイント同盟・・・ふふっ、良いですね、それ」
口元を抑えて、藍沢は小さく笑った。とてもかわいらしい。
「おま・・・笑うんだな・・・」
「な、なんですか。笑いますよそりゃあ。ロボットじゃないんですから」
それから、俺と藍沢は少しだけたわいもない話を続けた。互いの出身地や趣味の話、クラスの状況など、高校生の友達同士が話す話題を大方かっさらって、時間を過ごした。
気付けば、下校時刻を知らせるチャイムがなる18時になっていた。
「――む、下校時刻か」
「そろそろ帰りましょうか・・・というか御影さん、案外人と話せる人なんですね。てっきりコミュ障だと思ってました」
突然の右ストレートエグイってホント。
「・・・あ、ごめんなさい、つい・・・」
それ謝罪になってないからね? ただの追撃だからね?
「ま、まあいいや。とりあえず俺帰るわ。話付き合ってくれてありがとさん」
流石にこれ以上付きまとうつもりもなかったので、俺は鞄を取りに一旦教室に戻ることにした。
「じゃあな――」
完全に藍沢に背を向けて手を挙げたところで、俺の服の裾が何かにひっかかるのを感じた。
「――ん?」
振り向くと、そこには小さな藍沢が立っている。なんだろう、落とし物でもしたっけな俺。
「あ、あの、もしよかったら一緒に帰りませんか? せっかくですし」
「え・・・いや、いいけど・・・逆に藍沢さん、いいの?」
突然のお願いにビックリするが、別に断る理由もなかった。
実際話も途中で終わってしまったし、ただ一緒に下校するだけの友達なんて、最高じゃないか。
「唯華でいいですよ」
「・・・へ?」
唯華。藍沢唯華。それが彼女の名前。
「い、嫌ならいいですけど」
嫌なわけはない。
「え、えーと・・・唯華・・・」
「・・・それでいいです。はい」
なぜか、俺の心臓が通常時の3倍くらいに肥大化したような気がした。
「じゃ、じゃあ俺一旦鞄取ってくるから、校門前待ち合わせでいいか?」
ぎこちない言葉に、藍沢はコクリと頷く。相変わらずかわいらしい小動物のような反応である。
そして、俺がロボットのごとく手と足を一緒に出して歩いているのを見て、藍沢は笑った。
「なんですかその歩き方っ、やめてくださいよ・・・御影さん」
・・・・・・・ふむ。
「トウマでいいよ、俺だけ名前ってのも何かよそよそしいし」
「・・・良いんですか?」
藍沢の顔が一瞬花開くように明るくなった。
別に大したことじゃないので頷いた。
「あ、ありがとです。と、トウマ」
「うい」
今度こそ、と俺は教室へと向かってぎこちなさそのままに歩き出した。
俺は今日、記念すべき異性の友達を作ったのかもしれない。
紛れもない快挙と言えるだろう。
心の中で白井先生に0.5回分くらい感謝しておいた。
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