第64話 かくれんぼ
「うわっ、え・・・? きみら何してんの・・・?」
心底信じられない、といった顔で俺たち汗だく三人衆を見据える洲川リナ。
まあ、そりゃそうだよな。教室の開いたロッカーの前でゼーハー言ってるやつが居たらその反応になるよな・・・
なんと言い訳した物か――
「かくれんぼよ」
迷ってる間に、光の速さで秋庭が答えた。キリっと言い切った口調だったが、彼女の頬はまだ紅潮していて、吐息の漏れる音が隣の俺まで聞こえていた。
しかし、よりにもよってその返答はないだろう・・・
「か、かくれんぼ・・・?」
ほれ見ろ、洲川も飲み込めてないじゃないか。
「ええそうよ洲川さん。私たちはかくれんぼをしていてこのロッカーに隠れていたの。で、さっき終了したからこうして休んでいたのよ」
「そ、うなんだ・・・」
「そうよ。ねえ? 藍沢さん」
「ふぇっ!? 私ですか!? え、ええと、あー、はい。かくれんぼです。してましたです」
突然会話を振られた藍沢も良く分からないまま賛同する。そのせいで語尾がおバカちゃんみたいになっている。
「男女でかくれんぼ・・・ロッカーに隠れて・・・かくれんぼ・・・」
ぶつぶつと言葉を反芻する洲川。果たしてこんな言い訳が通用するのだろうか・・・
まあ、別にロッカーの中で何か悪いことをしていたわけでもないのだから、別に本当のことを話してしまっても良かったのではないかとは思うのだが。
そこらへんは秋庭の考えがあるのだろう。
体の火照りも次第に落ち着いてきたようで、思考がゆっくり安定してくる。
「洲川さんもどうかしら? かくれんぼ」
「え、わ、私も!? さ、流石にそれはちょっと・・・」
「かくれんぼって案外楽しいものよ。スリルと安心感の緩急でドキドキしちゃうの、小さい子供の遊びと侮るのは早計よ」
秋庭。多分だけど洲川は「子供の遊び」だからやらないのではないと思うぞ・・・TPOだ、多分。
「ほら御影君も黙ってないで洲川さんを誘いなさいよ、この能無し。かくれんぼを一番楽しんでいたのはあなたじゃないの?」
「いや俺は別に楽しんでたわけでは――」
ガシッ。
「うげっ!!!」
洲川からは見えないところで、地に着けていた俺の手が秋庭の手で上から潰される。
「――楽しんでたわよね?」
満面の地獄のような笑みで、秋庭は俺に問いかける。
「・・・そ、そうなの? 御影君」
洲川もこちらを見ているため、迂闊なことはできない。俺は洲川と直接話した記憶はないのだが、一応名字で呼んでくれたようで何よりである。洲川は人見知りなのか、俺が彼女の方を見るとすぐに視線を逸らした。
毎度のこと、俺に抗う術は用意されていないようである。
「・・・あぁ、楽しいよ、かくれんぼ」
高校生にもなってこんな言葉を吐くことがあるとは・・・我ながら驚きだ。
「そ、そうなんだ・・・かくれんぼ、御影君好きなんだ・・・」
うーん、なんか語弊がある気もするんだけど、墓穴を掘るのも嫌だし黙っておくか。
「そうよ! 洲川さんも興味が湧いて来たでしょう?」
秋庭はうんうんと満足げに頷きながら、事の仕上げに入った。
こいつの事実を歪曲させて結果として丸く収める能力には常々驚かされる。いや、というかこの学校の人間が大半バカばっかりなのか・・・?
「・・・う、うん、ちょっとだけ、気になるかも」
洲川もバカなのか。なんだこの学校。
俺の知る限り、洲川リナという女子生徒はクラスカースト最上位に君臨する「誰にでも好かれる」生徒であることは間違いない。かといって決して不真面目な訳ではなく、日々の授業態度や成績から教師からの信頼もあつい。特別委員会に所属しているわけでもないのに、クラスのまとめ役などを任されられているのもしばしば見かける。見かけの地雷メンヘラ雰囲気とは裏腹に明朗快活真面目な彼女のギャップにくらりとさせられる男子生徒は後を絶たない。
さらに洲川は、このSEP制度が発足してからも「所かまわず性行為に明け暮れる」一部の生徒たちとは違い「通常通りの学校生活」を送っているようだった。勿論「通常通りの学校生活」を送っている分別のある生徒たちはプライベートが確保された場所で「性行為に精を出している」のが普通なわけだが、普段真面目な洲川もそちらに分類される生徒なのだろうと俺は踏んでいた。
だというのに、このチョロさは一体なんなんだ。
「じゃあ、延長戦ということでもう一回しましょうか、かくれんぼ。いいわよね? 御影君、藍沢さん」
「え、あ、うん、大丈夫です・・・」
「・・・」
秋庭の意味不明な提案に、俺は黙って頷いた。
洲川の目が輝いているのが見えてしまったから、というのもある。
「あ、ありがと・・・」
何がありがとうなのか、良く分からん。が適当に頷く。
「それではかくれんぼの準備をしましょうか。流石にこのロッカーに隠れるのは無しね。暑すぎてさっきみたいに逆上せてしまうもの」
秋庭がおしりの埃をはたきながら立ち上がる。よろめくこともない凛とした立ち姿である。
先ほどまで肩で息をしていた淫らな空気を微塵も感じさせない。
「そ、そうだね。あ、でもかくれんぼってことは鬼が――」
洲川が事の核心を突こうとした瞬間、
「ったくもー、リナー、忘れ物見つかったー? 待ちくたびれたよ~」
「「「「!?」」」」
――戦慄。
先ほどのクラスメイト――洲川の友達と思しき人たちの声が、遠くに聞こえた。
「お、おい、秋庭っ!?」
「ひゃっ! 秋庭さん!?」
「わ! え、何々!?」
瞬間、秋庭は目にもとまらぬ速さで俺、藍沢、洲川をロッカーの中にぶちこんだ。
それはまさしく閃光。押し飛ばされるわけでも投げ飛ばされたわけでもなく、迅速にロッカーの中へと導かれる感覚。
3人入ったことで既にぎゅうぎゅうになったロッカーの中には一瞬で熱気が籠る。
「リナー、忘れ物どこまで探しに行ってんだーい。机の中に四次元ポケットでもあるんかー?」
すぐそこまで迫るクラスメイトの声。
「さあ、かくれんぼの始まりよ」
そう言って、既に超絶密になっているロッカーの中に秋庭の体がぎしっぎしっ、と押し込むように入っていく。
「お、おい秋庭、待て、この狭さで4人は流石に――ッ!!」
バタン。
そうして、四次元ポケットもビックリのロッカーは閉じられた。
「おーい、リナーってあれ、居ない・・・? もしかして入れ違いだったかな?」
「うーん、みたいだね・・・もう先に校門に居るかも。戻ろっか」
俺は真っ暗な視界の中で3つの吐息がすぐ近くに聞こえるままの状態で、平穏を祈った。
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