第63話 二段構え

「アキーっ、リョーコっ、まだー?」


 誰かの声が、聞こえた。

 その声と同時に、取っ手から手を放すような音がガシャンと響く。


「あ、リナごめーん!」

「もー、遅いから迎えに来ちゃったじゃん。早く行こうよ~・・・って何してんの? ロッカーの前で・・・」

「う、ううん! 何でもない! 帰ろ帰ろ!」

「え、何か用事あったんじゃないの?」

「大丈夫大丈夫! 清廉潔白なリナちゃんには関係ないから!」

「――えっ、ちょっ、どういう――」

「帰るぞー! オー!」

「オー!」


 その言葉を契機に、クラスメイトの女子二人はロッカーの前から離れて行く。


「な、何、え、どうなってんのー!? って、私を持ち運ぶなーっ!」


 ドタバタと廊下を駆ける音と一緒に、リナと呼ばれた女子生徒の声がこだましていた。


「行ったみたいだな・・・」


 俺は止まらない冷や汗を全身に感じながら、つぶやいた。ロッカー内の熱気はずっとMAXである。


「・・・はーッ・・・はーッ・・・」


 藍沢は息も絶え絶えになりながら顔を真っ赤にしていた。

 目の焦点が合ってない。


「・・・ッ・・・イッたみたいね・・・」


 顔を上気させる秋庭。恍惚とした表情で上の空のようにも見える。


「・・・いや、こうはならんだろ・・・まじで・・・」


 余りにも凄惨な現場に、俺はこれ以外の言葉を吐けない。


「事実なってっ、る、でしょ・・・」

「これ以上はもう・・・無理・・・」


「・・・ごめんて・・・」


 どうしてこんなことになってしまったのか。


 大きなため息をつきながら、ロッカーを内側から開けて外界に出る。


「ぷはーっ・・・死ぬかと思った・・・」

「トウマに殺されるかと思いました・・・」

「御影くんに・・・わたし・・・」


 緊張感から解放された反動か、皆地面に膝をつく。

 舞い込む空気は少しだけ涼しく感じられた。

 それだけ、ロッカーの中の温度が異常だったということか・・・


「あのなあ秋庭、そもそもなんであんなとこに――」


 まだ肩で息をしている秋庭を問い詰めようとしたその時だった。


「――まさか私も忘れ物するなんてね~ 困った困った困ったちゃんだね~」


 完全に、油断していた。

 ――教室の扉が開きっぱなしになっていたことを忘れていた。


「うわっ、え・・・? きみら何してんの・・・?」


 桃色のツインテール、耳にはピアス、漆黒のネイル。メンヘラメイクに包まれた麗しいご尊顔。

 地雷系美少女の典型ともいうべきその出で立ち。

 我らがクラスのトップカーストに君臨する洲川リナが、立っていた。


「「「・・・」」」


 汗だくの男女が息も切れ切れになりながら、地面に倒れ込んでいる姿を見てヒトは一体何を思うのだろうか。


 俺はこう思うに違いない。


 なに卑猥なことしてんねんこいつら、と。


 そして今、その「」に俺はなっているのだろう。

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