第67話 洲川リナの戯言
始まりは、たわいの無い戯言だった。
「ーー洲川って、どう見ても地雷女子って感じじゃね?」
私、洲川リナは小さな人間だ。
自分を着飾ることでしか自分を表現できない。
可愛い顔、愛らしい仕草、愛嬌のある声、印象的な髪色髪型、耳ピアスからネイルまで、ありとあらゆる防具で私は自分を守った。私が私であることを確立するためには、こうするしかなかった。その嗜好がメルヘン趣味に傾倒してしまったのだけはちょっぴり弊害だ。
地雷系女子。
メンヘラ風女子。
私を形容するそれらのイメージは内面でかき消せる自信があった。実際、同性と話すのは抵抗がないからすぐに打ち解けられる。
けど異性はちょっと違った。外見のイメージが先行して、内面が全て「意図的な裏」に見えてしまうのだ。愛嬌で男を騙して手駒にしているとか、裏垢で日々悪口を呟いているとか、そういう噂が立っているのも知っていた。
同クラスの人には挨拶を欠かさずするようにしているけれど、皆が皆私を理解してくれるわけではない。特に殆どの男子生徒からは恐れられている。
「ちょっと近寄り難い・・・てか雰囲気が怖いな」
だから、こういう評価を受けるのは当たり前だ。外見でしか表現できない私が、外見で評価されるのは当然。
外見で与えた不当な評価を、出来る限りの内面でゆっくり取り返せば良い。そう思うようにしていた。
皆に分け隔てなく接する、それが私の指針。クセのある外見で補えない部分は、クセのない内面でカバーする。そういうスタンス。
そのために私が欠かさなかったのは挨拶だった。
挨拶さえしていれば、その反応で多少なりとも私への印象が掴める。
私を恐れる人はその顔に恐怖を浮かべて声に不安を乗せる。
「おはよう佐々木君」
「あ、お、おはよう、す、洲川さんっ」
「おはよ、アキちゃん」
「あ、リナちゃん! おはよーっ!」
雨垂れ石を穿つという言葉があるように、私は健気に毎朝挨拶を欠かさない。
ただ、挨拶を介しても表情や気持ちが一切読めないクラスメイトが1人だけ居た。
「おはよう、御影くん」
「おはよーさん」
私の隣の席に座る御影くん。御影トウマくん。
彼はいつも退屈そうな顔で、教室の窓から見える外の景色をただただ眺めていた。
その横顔は常に憂いを帯びているようで、それでいて何かに期待しているようにも見えた。友達は少ないようで、クラスメイトと話す時は心ここに在らずというか、話しているのに、話していないような、そんな風に私には見えた。
誰の挨拶にも無機質な返事をする彼は、きっと誰にも興味が無いのだろう。そう思っていた。
そんなある日。移動教室で先ゆく男子グループからの話し声が聞こえてきた。
「いやーやっぱシコリティは葛西さんがグンバツだろ! 昨日なんか3回も抜いちまったわ!」
「バカだろ、抜いたってSEPは稼げねえよ。俺は昨日彼女に2回口で抜いてもらって、1回は生でやらせてもらったつううの。ざまぁ」
「はー!? くっそ羨ましいけど、お前の彼女は見た目が好みじゃねえからなぁ・・・」
男子はSEP制度が発足してから、所構わず女子生徒を品定めするような発言をしている。私は一切そういった行為に興味が無いため、関与する気はないけど、いやでも耳に入ってしまうものだ。
「見た目で言ったら、洲川とかどうなんだろな、外見は120点じゃね?」
「外見良くても中身がなぁ・・・恐ろしい噂ばっかだし」
「あーやっぱそうだよなぁ。明るすぎて逆に裏ありそう」
「ホントそれな。いくら可愛くても裏の顔がひでーと萎えちまうわな」
「なあ御影、お前洲川と席近かったよな。アイツの本性なんか知らね?」
「本性もクソもねえだろ。洲川って、どう見ても地雷女子って感じじゃね? なあ御影」
「・・・」
あまりにも気分が良く無い話だったので大きなため息をついて、存在を知らせてやろう。そう思った時、
「知らんな」
ぶっきらぼうな彼の声が聞こえた。
いつも無表情で何も興味の無さそうな彼の声が、少しだけ強い語勢で聞こえた。
「つーか、見た目だけで人を判断すんなよ。洲川はすげえ良い奴だ。俺なんかにも挨拶してくれるし、フツーに性格良いだろ」
「お・・・おう、そ、そうか・・・」
「わ、わりぃ・・・」
面食らってしまった男子生徒たちに訪れる沈黙。
そのあと彼らが何をどう話していたかなど、もはや私にとってはどうでもよかった。
彼の言葉。
待ち焦がれていた興味の言葉。
彼は私の鎧では無く、その先で縮こまる私を見ていた。
退屈そうな眼で、生気の無い瞳で、小さな私を捉えていたのだ。
それを理解した瞬間、心の中で何かが弾けて気がした。弾けた何かが体を巡って、私の体を熱くさせる。血液が全身を巡って、大きな波を打つ。心が跳ねる、そんな感じだった。
それ以来、彼を目の前にすると、自然と胸の鼓動が速まる。
「おはよっ、御影くん」
「おはよーさん」
朝の教室。いつも通りの挨拶に、彼は平坦な返事をする。一切こちらを見ることもなく、表情を変えないままの無機質な返事。
けれど一切見ていないわけでは無い。彼は私を見据えてくれている。
そう思うと、胸の奥で小さな火花がパチパチと音を立てる。暖かくて、熱くて、恥ずかしくて、ほんのり体が浮かされそうになる。
この気持ちの正体を、私はまだ知らない。
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