第38話 Determinate
「ねえねえお兄さん、もし相手が居ないなら、私とどう?」
「・・・?」
頭上で、聞きなれない声がする。
まさか俺ではないだろう、と思い俺は顔をあげることはなかった。
「ねーえ、聞いてるの? それとも、タチすぎて立てないとか? ふふっ」
悪戯っぽく笑うただの声に、脳の奥が刺激される。拍動が視界を揺らす。
ゆっくりと顔をあげると、声の主は俺を見下ろしていた。
「やば、お兄さん私のタイプかも」
「・・・誰だよ・・・あんた」
「誰でもいいじゃん、どうせ今夜限りの関係なんだし? ほら、たって」
「――って、おい」
手を引かれ、無理矢理立たされた。
柔らかい手の感触が俺の興奮のボルテージをまた一段階上げる。
「もしかしてお兄さん、こういうの初めて?」
「なんだその嬢みたいな質問・・・あ」
心中のツッコミが、言葉になって漏れたことに驚いた。
いや、もう驚いてすらいないのかもしれない。
諦め、という言葉に近い。全ての思考が鈍く、遅いのだ。
「ははは、お兄さんおもしろーい」
それでも尚笑いながら俺の手を引く女性に俺は無抵抗でついていく。
「さっきのアナウンス、聞いてたでしょ? 中央レジ前行こっ!」
あー? アナウンス・・・? 『絶頂先着』とかいう世にも奇妙な単語が生まれたあれか・・・いや、もう、なんでもいい・・・
引っ張られている分、こけないようにただ足を回転させることにだけ注力する。
「あー見て見て、あれ、楽しそう」
そんな俺の努力虚しく、突然俺を引っ張ていた謎の彼女の足が止まる。もちろん俺は突然止まれるわけもなく、そのままの勢いで彼女の背中に顔からぶつかる。
「――うぶっ」
「――ひゃんっ、も~。大丈夫?」
や、柔らかい背中にいい香りが・・・鼻孔から脳の回路がぶっ壊れる感覚。
湧き上がる興奮と痛む鼻を何とか抑えつつ、彼女の視線をなぞる。
「随分楽しそうにしてるねえ~」
視界には無数の男女の塊が映る。
どいつもこいつも素性は知らないし、ただ衣服を捨てて性を貪り合っているだけ。
すぐには何が起きているのかわからなかった。
「あの娘も、お兄さんとおんなじだね。まさにこれからって感じ?」
彼女は俺に分かるように、はっきりと指をさした。
「――あ・・・」
そして俺は、事態を理解する。
いかがわしい半裸の男たちに詰め寄られる、一人の少女。
そう、まさに少女というにふさわしい、小さな女子生徒の姿。
「藍沢・・・」
「お兄さん、知り合い?」
藍沢、藍沢唯華。
完全に思考停止していた脳で、一気に情報と意思が錯綜する
彼女と交わした言葉と、表情がフラッシュバックする。
「・・・」
当の彼女は獣に挟み込まれ、完全に身動きが取れなくなっていた。ゆっくり、ゆっくりと男たちが彼女との距離を詰めていくのが見える。
表情は読めない。彼女が思っていることなど、感じていることなど、俺に分かるはずもない。
・・・・・・
・・・・・・・・・・
だから、こんな行動は独りよがり以外の何物でもない。
「わり、ちょっと離してくれ」
「――え?」
知らん、知らんね。全て知ったことか。
現状の異常さも、人の気持ちも、俺自身の本心も全部、知ったこっちゃない。
この状況が望まれたものであろうと、そうでなかろうと、俺がとるべき行動はただ一つ。
――昨日今日出来た友達を、自分勝手に助けるだけだ。
揺れ続ける視界のまま、俺は駆け出した。
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