優雅な週末

『ペティアン ナチュレル ピノ ノワール

 2020

 ヨハン ヴィンヤーズ』


 ヨハンヴィンヤーズはオレゴン州都セイラムの西に位置するバイオダイナミック農法のブティックワイナリーである。

 ワインは少量生産であるが、ブドウは他のワイナリーにも売っているようなので畑の規模自体は小さくはないようだ。


 ではこちらのワインだが「ペティアン」とは、微発泡性のワインである。

 醗酵している途中で瓶に詰め、その中で残りの醗酵を行うというものなので、通常のスパークリングワインに比べてガス圧が低く、フレッシュな感じになりやすい。 

 このワインはさらに野生酵母で醗酵させ、蔗糖を加えずに造られている。


 実際に開けてみると、オリも残っているので色は少し濁っている。

 だが、香りは比較的酸味のあるフレッシュないちごの風味、味わいにやや桜のような雰囲気も感じる。

 泡も柔らかくて喉越し良く飲めてしまう。


『帆立稚貝のワイン蒸し』


 ムール貝が近所のスーパーで手に入らなかったので、帆立稚貝で代用した。

 お手軽な値段で手に入るが、身が細かいので少々食べづらいのが難点だ。


 では、調理!


 帆立稚貝を流水でざっくりと洗う。

 ニンニクをみじん切りに刻み、刻んだ玉ねぎと輪切り唐辛子とともにオリーブオイルで炒める。

 ニンニクが香ばしくて食欲をそそるが、唐辛子が少々目に染みる。


 次に帆立稚貝を投入し、軽くワインを垂らし、水、醤油もほんの少々加える。

 そうして蓋をして、貝が開くまで火にかける。


 貝が開いたら、塩を散らして火を止め、盛り付ける。

 最後に薬味の刻みネギを散らして完成!


 磯の香りが漂うこの風味がたまらない。

 小振りな身ではあるが、塩味を効かせたのでワインが良く進む。

 

 だが、真のメインは出汁の効いた汁なのだ!


 バゲットを一口サイズにちぎって浸す。

 芳醇な海の味わいに、ピリッとした唐辛子の辛味が手を止まらなくさせる。


 このペティアンはドライに造られているが、果実の風味が甘く感じさせる。

 そのため、辛味を和らげワインも食べる手も進み続けた。

 

 気がついた頃には、どちらも空になっていた。

 

 食前酒としても良いほど軽やかなワインだったが、食事とともに飲んでも楽しむことができた。

 だが、今回の組み合わせは食事のメインというよりも食前酒とオードブルのような気がする。


 そう、この当時の僕は気がついていなかった。

 嵐の前の静けさ、本シーズンが始まる前の準備運動に過ぎなかったのだと。 


☆☆☆


 本格的な収穫が始まる前にやることは当然ある。


 まずは使う道具類、ポンプなどの機械やタンクなどの容器を薬剤を使いキレイに洗う。

 この作業は基本的に、世界中どこのワイナリーに行こうが必要となる作業だ。

 収穫されたブドウを受け入れる準備を進める。


 次に畑からブドウのサンプルを取ってきて、データ分析を行う。

 主に糖度、酸量、PH、味わい等、成熟度合いを計るのだ。

 ブドウの状態を確認しつつ、適した収穫時期を決定する。


 品種や生産者によって好みの味わいは異なるが、基本的に早すぎると味わいの薄い酸っぱいだけのワインになったり、遅すぎると濃いが酸味のない間の抜けたような味わいになったりもする。

 タイミングを間違えると、病気になって腐ったりするし、雨に降られて薄まってしまうこともある。

 作業の進捗状態で、できるかできないかも変わる。

 適期の収穫をする判断は難しい。


 さて、仕事も始まったばかりだったので、計測機器の扱い方の説明を受けながら行った。

 学校で習ったやり方とほぼ同じ、機械の型が違ったので多少慣れるまでは時間がかかった。


 分析結果として、最も早い区画の収穫まで1週間から10日程になるだろうという予測だった。

 収穫が始まるまでまだ少し間があり、週末は通常通り連休になった。


 僕は、天気が良く車があるということでぶらりとドライブに出かけた。

 

 ビーバートンはそこそこの規模の街だが、少し中心部を外れればすぐにだだっ広い牧草地になる。

 それでも郊外には大型のショッピングモールがあるので交通量はそこそこある。

 だが、車線が多い上に信号もほとんどないので流れは早い。


 やがて、完全に市外へと出ると鬱蒼とした山道に入る。

 オレゴン州は州の半分が森林であり、林業も全米最大である。

 そのおかげなのかは分からないが、山道であろうとも道路がしっかりと整備されていて走りやすい。


 そして、80マイル弱(約120km)の道のりだが、1時間半ほどで目的地キャノンビーチに到着した。

 

 ここのビーチは白い砂浜というほどでなく灰色がかっている。

 大昔に溶岩が流れ込んで出来上がった岩がいくつもあるので、それも自明の理だと思う。

 しかし、海の水は冷たいがよく澄んでいるし、裸足で散歩すると気持ちが良い。


 そうして歩いていると「ヘイスタック・ロック」という巨岩にたどり着く。

 ここは国立野生動物保護区の一部で、面白い顔をした海鳥エトピリカの営巣地にもなっている。

 引き潮時に周辺を歩くことができ、潮溜まりにはイソギンチャクが触手を伸ばしていた。

 家族連れも多く、穏やかな観光地だ。


 さて、ビーチ沿いのダウンタウンでムール貝のワイン蒸しをいただく。

 優雅にまったりとした週末、アメリカ生活も悪くないかなと少し思い始めていた。

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