自由の国での不自由な手続き

『カベルネ ソーヴィニヨン カリフォルニア

 2017

 グラン クリュ ヴィンヤーズ』


 グラン・クリュ・ヴィンヤーズ、正直に言って、ただ名前が面白いから買ってみただけのワインだ。

 グラン・クリュ、フランス語で特級畑、その割には千円台のお値打ちワインである。


 ワイナリー情報として、大手ワイン会社ブロンコ・ワイン・カンパニーの傘下ワイナリーらしい。


 開けてみると、暗い赤系の色調、ベリー系の果実味の濃い香り、味わいとしても濃厚だが、気軽に飲みやすいタイプだ。

 カジュアルで気取らない、フランクな西海岸のアメリカ人みたいなわかりやすいワインである。

 典型的なカリフォルニアの赤ワインといった感じで、コスパの高いワインだと思う。 


『アメリカンビーフの生姜焼き風ステーキ』


 シンプルなワインだったので、合わせる料理もシンプルに肉を焼いただけだ。

 それだけだとつまらないので、ニンニクと玉ねぎを付け合わせに炒め、生姜と醤油で生姜焼き風のソースを作ってみた。

 安い赤身肉だったので、オリーブオイルとローズマリーで少し香りをつける。


 ちょっと手を加えただけで充分に良い感じのワインのツマミになった。

 シンプルな筋張った肉もオリーブオイルのおかげかまろやかな口当たりになり、単調な味わいにも楽しみが出てくる。


 残念ながら、肉が少し薄かったので、血の滴るレアステーキには出来なかったので、後半の再現は出来なかった。

 しかし、味付けを濃い目にしたので、ワインをガブ飲みし、肉もぺろりと平らげた。


 ワインとは本来、気軽に楽しむ飲み物なのである。

 肩ひじ張って、格式高くして厳かに飲むのはほんの一握りのワイン、そのような食事は一生に数える程度だから特別になるのだ。


 忙しい日々でも普段の食事は気軽に楽しみたいものだ。


☆☆☆


 到着してから実に手続きが多かった。

 

 まずは、ビザの仲介業者へ、入国した日が押されているスタンプのあるパスポートのページをコピーして送らなければならない。

 これは写真で撮った画像でもよかった。

 アメリカ政府へ居住先の住所の届け出が必要だからだ。

 もし、これを入国から10日以内に行わなければ『強制送還』になる。


 ちなみに、僕は入国した次の日にやればいいかとのんびりしていたら、すぐに送りなさいと怒られた。


 次に、ソーシャルセキュリティナンバー(SSN)、社会保障番号の申請だ。

 日本で言えばマイナンバーだが、これがないと働いても給料が貰えないし、銀行口座も開設できない。

 発効されるまでに3週間ほどかかるが、それまでは申請したことを証明する仮証明書でよかった。

 

 ちなみに、このSSNは最も重要な個人情報である。

 もし盗まれて悪用されたら、本人の自己責任となるので、人生を終わらせることもできるほど危険な番号だ。

 

 アメリカの地方都市で生活しようと思ったら、車は必需品である。

 僕も例外にもれず、車を借りた。

 マンスリー契約600ドル、大体1週間分の給料だ。

 決して安くはないが、3ヶ月だけの生活ならば買うよりはマシだ。

 

 ちなみに、なかなか年季の入っているマニュアル車のセダンだったが、走る分には問題なかった。

 左ハンドル、車線も逆だったので慣れるまでは大変だった。

 ウインカーを出そうとして何度ワイパーを動かしたことか。


 それから銀行口座の開設だ。

 上司ジル氏と同じ銀行だったので、銀行の担当者を紹介してもらい、すんなりと手続きは終わった。

 当時はすでにスマホが普及しており、ネットバンクもその場で登録したので、簡単だった。


 他にも細々としたものはあったが、とりあえず終わった。

 

 居住場所も上司宅だったので、家賃や水道光熱費を払う必要がなく、他の人よりは楽であったと思う。

 ジル氏とは職場は同じになるが、勤務時間がいつも同じとは限らないので車は必要になったし、食事もお互いに別々の時間に好きな物を食べた。

 スーパーへと買い物に行き、驚くこともあった。


 基本的にアメリカの一般のスーパーの品々は、日本の業務スーパー並みの量だ。

 一人ではかなりの量になるので、3日ぐらいは同じメニューになる。

 これは、ニュージーランドやオーストラリアでも同じだったので、さほど驚くこともない。


 驚くべきところは、オレゴン州は消費税がないのだ!


 そのおかげで、生活費は安くなり、ちょっと贅沢気分ができたのだ。

 アメリカでの新生活にもようやくなれ、仕事も始まると思い少しワクワクしていた。


「へーい! ビザ業者から連絡あったけど、時期の早いカリフォルニアはもうVintageが始まってるな。でも、もうすでにインターンが事故ったらしいぞ。プレス機(ブドウを絞る機械)に挟まれて、腕切断したってよ。明日からの仕事は気をつけろよ」


 と、帰ってきたジル氏に言われた。


 僕はその時、血の滴るレアステーキを食べていた。

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