はじまりの合図
『コレクシオン・カラーズ・ピノ・ノワール・カサブランカ・ヴァレー
2019
ヴェラモンテ』
ピノ・ノワールという品種は栽培が難しいため、大量生産に向かず高級路線で造られることが多い。
こちらのような品種でも、チリでは比較的安価に造られている。
カサブランカ・ヴァレーはチリの中では比較的な冷涼な気候であるため、ピノ・ノワールやシャルドネといったブルゴーニュ系統の品種が栽培されている。
尺がないので(笑)、早速スクリューキャップを捻って開けてみよう。
グラスに注いだ瞬間、獣のような香りが鼻を突く。
品評会ではマイナス評価となるが、ワインを楽しむ分には好みの問題だ。
個人的には、多少であればアリだが、強すぎれば飲めたものではないと思う。
今回の場合、僕にとっては許容範囲だ。
味わいとしては、ベリー系のようなほのかな甘さがあり、呑み口は優しい。
しかし、味わいははっきりとしていてわかりやすい。
肩ひじ張ることなく気軽に飲むようなタイプだ。
『チーズバーガー』
今回はシンプルにチーズバーガーで合わせた。
メインとなるハンバーグも凝ったところもなく、簡単に焼くだけだ。
パンの部分のバンズにバターを置いて、熱々に焼けたハンバーグで自然に溶かす。
チーズもハンバーグに乗せてトロッととろけさせる。
スライスしたトマトとアボカド、少々のレタスを間に、ソースもシンプルにケチャップとマヨネーズで完成だ。
たまには、こういうジャンクなものもありだろう。
溢れ出す肉汁とともに、トマトの甘みやまろやかなマヨネーズが絡み合う。
豪快な一口の中にいくつもの複雑な味わいが調和していく。
では、ワインとともに合わせる。
まあ、当然合うに決まっていた。
ハンバーガーには様々な食材と肉の重みがあるが、ピノ・ノワールの僅かな渋みや甘みもよく絡み合う。
さらに、ワインの欠陥に思われる獣臭が、肉の味わいとよく調和している。
マイナスに思われる部分も組み合わせ方によってはプラスに働く、これがワインの面白いところである。
つまり、細かいことは気にせず、与えられたものをただ楽しめということだろう。
☆☆☆
色々とあったが、ビザを無事に手に入れ、チリでの日々は過ぎ去っていく。
ワイナリーの仕事も順調にこなしつつ、週末には近隣の都市へと遊びに行ったりした。
前回のビザ申請地バルパライソを観光したり、その隣りヴィーニャ・デル・マールのビーチでのんびりしたり、同じインターンのメキシコ人女性の友人のホームパーティに連れて行ってもらい首都サンティアゴで飲み明かしたりした。
しかし、半分お遊びのような日々は突然終わった。
ついに収穫されたブドウが運び込まれてきたのだ。
これが、毎年恒例の始まりの合図、Vintageの始まりである。
始めに持ち込まれてきたブドウは、冒頭の品種ピノ・ノワール、まさにこの時のブドウで造られたワインだ。
チリの大概のワイナリーは機械収穫であり、ここのワイナリー、ヴェラモンテも例外ではない。
ほとんどのブドウは機械で収穫された状態で大型トレーラーで搬送されてくる。
だが、このピノ・ノワールという品種だけはどこの国・地域でも機械で収穫されることはほぼない。
様々な理由があり、長すぎて眠くなるので今回は割愛するが、一言で言えば、それだけ『繊細』な品種なのである。
そのピノ・ノワールが手で収穫され、1m四方、高さはその半分程のコンテナで次々と搬送されてきた。
そのブドウを選別ラインへと流すわけだが、様々な工程がある。
回転式のフォークリフトで豪快にラインに投入(この時点で繊細さの欠片もない)され、まずは房ごと選別される。
前半のラインでは、明らかに熟していない房や病気等で腐っている房が弾かれる。
他にも葉などの異物も同様に捨てられる。
次に除梗破砕機という、ブドウの房を粒と軸の部分を分離する機械へと流される。
この時にうまく軸と粒がうまく分離されれば良いが、そう簡単に理想通りにいくことはない。
後半のラインでは、ブドウの粒が実っていた軸のちぎれた部分を取り除きつつ、明らかに熟していない緑や真っ赤な薄い色の粒を取り除く。
そうして、始めに説明されたコンテナへ選別されたブドウが集められる。
段階に応じて、亜硫酸(酸化防止や雑菌の繁殖防止の為)を投入しつつ、ドライアイス(これも酸化防止の為)で保護していく。
ある程度溜まったら発酵タンクへと投入されるのである。
この作業も回転式のフォークリフトで行うので、肉体の負担は少なくなる(が、ブドウに対しては優しいのかは別の話だ)。
この作業をそれぞれ分担していき、やがて空だったタンク達はあっという間に埋まってしまった。
こうなると様々なブドウのケアが必要となってくる。
ポンプオーバーと呼ばれる作業、ブドウの果汁が上下で均質になるように且つ最上部の皮に雑菌が繁殖しないようにする作業が必要となる。
他にも発酵管理、酵母のための栄養剤の投入など仕事はいくらでもある。
ここのワイナリーでは日に二回ポンプオーバーを朝と晩に行っていたので、これまで五時の定時に終了していた仕事も六時、七時、ピーク時には十時を超えることもあった。
ワイナリーの仕事で最も優先されるものはブドウである。
その為、いくら緩いラテンの文化といえそこは例外ではなかった。
しかしながら、ボスたちは下っ端労働者への労いは忘れられなかった。
残業の始まる時間、その時に小休止があるのだが、その時にサンドイッチとジュース(さすがにワインではなかった)がそれぞれ配られた。
どれだけ作業が辛くとも、労いの気持ちをもらえるだけでも労働者は嬉しいのではないだろうか?
少なくとも、僕はそれだけでも有り難いと思えた。
だがしかし、チーズバーガーもサンドイッチと呼んでいたことには笑ってしまったが。
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