シノン ベアトリス・エ・パスカル・ランベール

『シノン レ・テラス

 2017

 ベアトリス・エ・パスカル・ランベール』


 フランス、ロワール地方、シノン地区の大御所と呼ばれる自然派ワインの造り手である。

 業界で有名なニコラ・ジョリー氏のグループで、本格的にビオディナミを実践している。

 カベルネ・フランの魔術師と呼ばれ、ほぼ赤のカベルネ・フランを醸造しており、フランス本国ではかなり人気のある造り手だ。


 こちらのワインはスタンダードクラス、最も標準的な造りである。

 品種もカベルネ・フラン100%、基本的に色味の薄い方の品種だが、それでも紫がかったダークな濃い色合いだ。


 香りもベリー系がふんだんに盛られたようにフルーティ、味わいは見た目の濃さの割には柔らかい酸味で飲み口は優しい。

 カベルネ・フランに出やすいピーマンのような青っぽさが少々感じられる。

 以前現地で飲んだ時は、青っぽさが全く感じられなかったが、年による違いかもしれない。


 飲み終わりの頃、さすがの本格自然派、無濾過無清澄をしているため、ボトルの底にはオリがびっしりと溜まっている。

 洗練された綺麗に磨き上げられたワインではない。

 しかし、田舎臭さはあれどワインの個性がよく出ている。


『ジンギスカン』


 羊肉を用いた焼肉料理、肉も野菜も同時に美味しく食べられるのでいい料理である。

 じゅわっとする肉汁と野菜の旨み、甘い濃厚なタレが絡み合い、美味しさが倍増している。

 カベルネ・フランと合わせるならと、少々遊び心にピーマンも入れてみた。


 そして、ワインと料理を合わせる。


 フルーティな果実感と甘いタレとの相性が抜群に合う。

 贅沢を言えば、もう少し渋みのあるタンニンの強い赤ワインの方が、ラム肉との相性が更に良かったかもしれない。

 

 ちょっとした遊び心で入れたピーマンが意外にも良かった。

 少々ピーマンのような青臭さの感じるワインだったが、ピーマンも一緒に料理に入っていたので青臭さがぶつかり合って、うまくワインの中に溶け込んでいる。


 赤ワイン、特にカベルネ系の青臭さはブドウの熟し具合が足りないと出やすいので、ワインとしては欠陥として嫌われやすい味だ。

 だが、このピーマン臭も人によっては好むので、ワインは完全に好き嫌いの個性が出る飲み物である。

 それ故に、ワインは奥深くて面白い。


 ワインを造る側が苦労し試行錯誤を繰り返した作品がワインという飲み物になる。

 僕自身、その苦労の一端を知っているので、不味いワインというのはなく、好みに合わなかっただけであると思うようにしている。 


☆☆☆


 フランス、ロワール、シノン、ここがこの年のブドウ収穫の最後の土地だ。

 最後の一踏ん張り、僕は気合を入れて臨もうとした。


 しかし、農業にとって必要不可欠な親友であり、最大の敵が立ちはだかった。

 それは「空」、自然である。


 ワイン用ブドウの収穫で最も避けたい相手、大雨が降り続いた。

 約3週間の間、雨が降ったり止んだり、それが毎日のように続くという試練のときだった。


 雨が降るとなぜいけないのか?

 水っぽくなったブドウでワインを造らなければならなくなるからである。

 水っぽいブドウでは、水っぽいワインになってしまうので大きく品質に影響してしまうから大変な事態だ。


 しかしながら、それでも適期に収穫をしなければ、今度はブドウが腐ってダメになってしまう。

 例え水っぽくなったとしても、腐ってゼロになるよりはマシ、ということで冷たい雨が降りしきる中でも収穫を強行したのである。


 天候ばかりは人間の力ではどうにもならない相手だ。

 これから先の未来に天候を操れる時代が来るかもしれない。

 しかし、もしそのような技術ができたとしても、おそらく人はますます自然を侮り、いずれ自然から手酷いしっぺ返しが来ることだろう。


 さて、妄想を広げたところで現実は何も変わらない。

 僕たち人間にできることは、今の状況の中でできる限りの事をするしかない。


 凍えるほどの雨の中、体温は奪われ指先の感覚がなくなっていく。

 休憩時間には、暖炉の前で濡れた体を乾かし、ワインを飲みながら身体を少しでも温める。


 食事も豪勢だし、ワインも様々な種類を出してもらえた。

 過酷な労働を強いられている僕たちに対するねぎらいは本当に心にまで染み渡り労働の糧となっていく。

 たまに覗く暖かい太陽がどれだけ大切な存在なのか骨身にしみた。


 ここでの仲間たちは、他の街から来たフランス人の若者たちや古くから付き合いのある地元の人達である。

 当然、途中で逃げ出す若者もいたが、それでも僕たちは雰囲気だけは楽しく良いチームだった。


 オーナーのパスカル氏のワイン造りに立ちする情熱には圧倒されるし、奥さんのベアトリスさんも必要不可欠な柱的存在だ。

 息子のアントワンくんも当時は高校生だったが、僕たちと一緒に辛い中収穫をしていた。

 現在はワイナリーの後を継ごうと情熱を持って頑張っているそうだ。

 こうやって、何世代も過去から現在、未来へと想いを紡いでいくのだろう。


 そして最終日、最後の区画、最後のブドウを切り取ろうとひとかたまりになっている。

 この日は、雨も上がっていた。

 最後のブドウを切り終え、みんなとびっきりの笑顔が溢れた。


 晴れ間の楽しい収穫もあれば、このように過酷な収穫もある。

 農業も人生と同じように、楽しい時期もあれば辛い時期もある。

 でも、どんなに辛いことでも終わりはきっとくるだろう。

 

 僕は楽しい収穫も過酷な収穫も経験できた。

 約2ヶ月にも渡るヴァンダンジュという収穫祭、僕は最高に充実した日々だったと思う。

 これらの日々は僕の中で大きな財産になった。


 第三章 完

 第四章へと続く


☆☆☆


 この第三章は作者が実際に訪れてブドウの収穫をしたワイナリーたちです。

 かなり思い入れがあるワインばかりです。

 もしどこかで見かけることがあったら、ぜひともお試しください。

 日本でもワイン文化がもっと身近になればいいなと思います。

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