目から鱗が落ちる

『ミュスカデ セーヴル エ メーヌ シュール リー キュヴェ アルモニー

 2019

 ミシェル デロモー』


 やたらと長い名前のワインだが、それぞれ区切ると意味がわかりやすい。


 まず始めのミュスカデは、ブドウの品種名、それと合わせて「ミュスカデ セーヴル エ メーヌ」というのは、AOC、日本語でわかりやすくいうと原産地呼称のことである。


 次の「シュール・リー」というのは、発酵終了後にワインをオリの上に貯蔵し、酵母の自己消化による旨味や風味などを付与させるワイン製法のことである。

 通常の白ワインの製法は、発酵後ワインの上澄み部分だけを残す澱引き作業をして、クリアにさせる。

 このシュール・リーには品種によって向き不向きがあり、このミュスカデは最高に相性が良い。

 

 最後の「キュヴェ アルモニー」は、このワイナリーオリジナルの名前となる。


 このように、それぞれ区切って考えればワインの名前は一気に簡単でわかりやすくなると思う。


 さて、長々と眠くなる話だったが、ここから本題のワインを飲もうと思う。


 実に典型的なミュスカデ・シュール・リーだと思う。

 爽やかな柑橘系の風味、スッキリとした酸味、よく冷やすとスルスルと飲めてしまう。

 後味もフレッシュで料理を邪魔しない、日本食に良く合うワインだ。


『白子のわさび醤油』


 あえてこの曲者を合わせてみようと思う。

 ミュスカデ・シュール・リーは生牡蠣にも合うワインだ。

 きっと生臭いコレでもいけるはずだ。

 どんなものでも試す価値はある。


 結果として、この組み合わせは合わないことはないと思う。

 でも、最高に合うとは言えないかな。


 レモンなどの酸味はカルパッチョなどの料理で生臭さを抑える効果があるので、ワインでも同じように魚介類の生臭さを抑えることはできる。

 つまり、料理を邪魔しない味わいではある。

 しかし、邪魔をしないということが最高の組み合わせ、ということには疑問である。


 他にも、生臭さを抑えるには下ごしらえであったり、オリーブオイルを使うマリネ風もある。

 そうなると完全な和食ではないと思う。

 やはり手を加えない刺し身などの和食に合うのは日本酒だ。


 だが、それではつまらない。


 初めから合うとわかっている組み合わせは無難で間違いはない。

 でも、当たり前のことをしていて何が面白いのだろうか?

 何事も試行錯誤の失敗や挑戦を繰り返して人は成長するのではないだろうか?

 

 どんなことでも新しい発見をすることはかなり難しい。

 しかし、発想の転換で思いがけない良い結果を生むことは往々にしてあることだ。

 それ故に、新しいことに挑戦する価値はどんなことでもあると思う。 


☆☆☆


 この日、僕はまだ仕事が決まっていなかった。

 しかし、気分はそれほど悪くはなかった。


 それというのも、かつて放浪の旅をしていた時代にオーストラリアで知り合った、この街ナント近郊在住のフランス人と会うことになっていたからである。


 残念ながら男ですが。

 甘い話は全くありませんが。


 さて、彼(彼氏では決してない!)と待ち合わせをしてランチを食べに行った(もちろん、デートではない!)。

 フランス北西部のブルターニュ地方発祥のそば粉で作られる郷土料理ガレットを美味しく頂いた。

 もちろん、ランチでもミュスカデ・シュール・リーも美味しく飲んで楽しい気分になった。


 それから街の観光地を色々と連れて行かれ、日が暮れるとバーへと繰り出した。

 他にも彼の友人たちと飲みながら話をした。


 そうした楽しい夜だったが、つい仕事が決まらなくて困ったという話をした。

 その時の何気ない話でその後状況は好転することになった。


「え? だったらWWOOFでいいんじゃねぇ? オレも旅している時に仕事がない時はWWOOFでしのいだぜ?」


 と、彼はあっさりと答えたのだった。

 僕はその時に目から鱗が落ちた気がした。


 そうなのだ。

 そのような手段があることをすっかり忘れていた。

 僕は目先の金ばかり考えて、本来の目的を見失っていたのだ。


 僕は別に出稼ぎでお金を稼ぎに来たわけではなかった。

 ワイン関係の仕事で経験を積みたかったのだ。

 素人どころか未経験の初心者が何をうぬぼれていたのだろうか。

 都合良く金と経験値の両方を稼ごうなど元々無謀な話だったのだ。


 この夜、僕は目の前の霧が晴れたかのようにスッキリとした気分だった。

 久しぶりに楽しい時間を過ごすことができた。

 夜が更けると僕は彼の実家に泊めてもらった。

 もちろん、ベッドは別々だ。


 次の日の朝、彼の両親にも泊めてもらったお礼を言った。

 彼の両親も、息子の友達だったら歓迎すると言ってくれてよかった。


 庭にある父親の趣味の鳩小屋も見させてもらった。

 世の中には鳩レースというものがあって、たまにエントリーしているそうだ。

 かなりの数の鳩が飼われていて度肝を抜かされたものだ。

 様々な生き方や感性を知ることも旅の醍醐味かな、と思う。


 そして、僕はユースホステルに戻ってすぐにWWOOFのサイトを開き、ワイナリー関係を探した。

 そして、これまたすぐに返事が来て向かうことになる。

 こうして冬の寒さに心まで凍えることはなくなったのだ。

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