シャブリ アリス・エ・オリヴィエ・ド・ムール

『シャブリ ル・ヴァンダンジュール・マスケ

 2019

 アリス・エ・オリヴィエ・ド・ムール』


 第1章で紹介したワイナリーではあるが、もう一度紹介する。

 ブルゴーニュ北部シャブリにある、知る人ぞ知る自然派ワインの名手である。


 前回はブレンドの白ワインだったが、今回はシャルドネ100%、本物のシャブリだ。

 シャブリとは、酸味の効いたキレの良い辛口白ワインの代名詞と言える存在である。


 グラスに注ぐと色合いは淡いレモンイエローか。

 味わいは、硬質的で酸味の効いた柑橘系のように切れ味が良い。

 実にシャブリらしい切れ味ではある。

 しかしながら、樽の風味があるのでユニークな個性がある。


 オーガニックにこだわるビオ系ワインではあるが、独特な雑味がなくてかなり品質も高い。

 久しぶりに飲んだが、キュッとくる酸味が苦手でなければ気に入るワイン愛好家が多いのも頷けるだろう。

 

『鮭のホイル焼き』


 鮭の切り身を使い簡単でお手頃な料理だが、実に美味しい一品である。


 鮭、タマネギ、しめじ、バター、レモンを切ってアルミホイルに包むだけ。

 オーブンでもいいが、フライパンでも簡単に作れる。

 フライパンを火にかけ、ほんの15分ほど、はい、完成!


 アルミホイルをかけると、熱々の湯気が立ち上り、旨味を含んだ香りも広がる。

 ほんのり醤油を垂らし、ホロホロになった鮭を一口頬張る。


 くぅ!

 ひとかたまりになった食材の旨味が凝縮されている。

 

 さて、シャブリと共に味わう。


 柑橘系のシャブリとホイル焼きは最高に合う。

 しかし、レモンは入れなくてよかったかもしれない。

 シャブリだけでも十分に酸味が味を引き締めてくれる気がする。


 あるがままの自然体、余計な手を加えないほうが良いこともある。

 ワインと料理も素材の味を活かす事が大事なように、人も同じように身近な人達を大事にすることが幸せに生きる秘訣なのかもしれない。


☆☆☆


 僕はまたブドウをひたすら切りまくっていた。

 

 今回お世話になっているのは、シャブリにあるアリス・エ・オリヴィエ・ド・ムールという家族経営の小規模ワイナリーである。

 ド・ムール家のアリスさんとオリヴィエさんという単純な名前だが、フランスではよく自分の名前だけをワイナリーの名前とするところが多い。


 さて、どうでもいい話は置いといて、シャブリはブドウ栽培地域では比較的冷涼な気候で昼夜の寒暖差が激しい。

 ブドウにとっては適してはいるが、人にとっては朝の薄暗く寒い時間から畑へと向かう。

 日が昇ってくると今度は熱くなるので半袖で作業をする。

 夜になると暖房をつけないと寒い。

 身体を慣らすだけでも大変だ。


 他にも、日当たりの良い傾斜地にブドウ畑が植えられている事が多いので、足腰に堪える。

 傾斜地の方が平地に比べて土地も痩せていて水はけも良いので、良いぶどうを育てるのに適している。

 ワイン造りも農業の一部、農業は作物が最優先だから、人の都合は二の次だ。


 こちらでも前回と同じように10時の休憩ではピクニックのように軽食が振る舞われる。

 しかし、それぞれのワイナリーで提供されるメニューは少々違う。

 バゲット、ハム、チーズ、パテはだいたい同じで、コーヒー、紅茶も必ずと言ってもいい。

 ここでは何と、10時の休憩から1本目のワインボトルが開けられる。

 さすがに、軽い味わいのアリゴテ種で1杯程度しか飲まないし、それぞれ好きなものを飲んでも良い。

 

 この1杯、意外にも呑兵衛にはガソリンが入ったかのように次の仕事の活力なる。

 足腰にくる作業場所ではあるが、血の巡りが良くなったからか作業がはかどるのである。

 人による個人差があるので推奨はできないが。


 僕は今シーズンすでに別の地域でも収穫していた。

 自慢ではないが、実は収穫の速さはほぼトップだったのだ。


 そして、こちらでもランチはワイナリーに戻ってごちそうが振る舞われる。

 当然のようにワインも日替わりで色々と提供される。

 こちらのワイナリーと仲の良いワイナリーのボトルもあって面白い。


 午後からもブドウを切って切って切りまくる。

 こちらも色々な場所に畑が点在していた。

 その中で、最も良いクラスのワインがあるのだが、その畑の傾斜はとんでもなかった。

 普通に立っては歩けないので、手も使って傾斜をよじ登ることもあったし、地面に置いたブドウ収穫用のコンテナも油断すると滑り落ちていったりもした。

 面積あたりの収穫量も圧倒的に少なかったが、良いぶどうができるので、これもワインの面白さでもある。


 こうして、こちらのワイナリーでも一日の終りには収穫したブドウを果汁を絞るためのプレス機に投入する。

 ここで、通っている作業員たちは帰っていく。

 しかし、僕を含む住み込みの作業員は収穫したコンテナの洗浄だ。


 この洗い物をしないとブドウに雑菌がついて、絞った果汁の品質が悪くなるので必要な作業である。

 小規模ワイナリーとはいえ、収穫量もバカにはならないほどある。

 洗い終わるには、大体1時間から2時間ぐらいかかる。


 ワイナリーによって収穫の仕方も異なり、前回のように大きなトレーラーに豪快に積み込む場合もあれば、こちらのワイナリーのように10kgほどの小さなコンテナに積んでいく場合もある。

 

 作業効率はトレーラーに積み込むほうが遥かにいいが、小さなコンテナに積んだほうがブドウも潰れなくて品質の良い状態で持って帰ることができる。

 どちらを選ぶのかは、それぞれ何を求めているか次第だ。


 だが、この作業をすることで、無料で部屋と夕食がつくことになる。

 僕はこちらを選んだわけだ。


 ちなみに、この時の夕食に飲んだあの絶壁の畑のワインには衝撃を受けた。

 6年ほど熟成させていたのだが、あのキレのあるシャブリがこれほどまろやかでコクのある味わいになるとは思ってもいなかったからだ。

 テンプレを超えたオリジナリティのある本物の芸術品とはこういうものなのか、と。

 

 宿泊場所は今回はテントではなく、屋根と壁のあるれっきとした室内だ。

 こちらの夫婦の旧自宅らしい。

 現在はワイナリーに併設されている自宅が別にある。


 夕食も豪華でこちらのワイナリーの家族たちと一緒に食べた。

 夫婦で働いているので、おじいちゃんおばあちゃんもこの時期にやってきて手伝ってくれていた。

 おじいちゃんは収穫を手伝っていたし、おばあちゃんが食事を作ってくれていた。

 お子さんはこの当時はまだ小さかったが、なかなかヤンチャだった。


 良いワインを造るワイナリーは、家族の絆も暖かいものだった。

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