秘境の公国

『ボレロ ジュランソン モワルー

 2016

 ドメーヌ コアペ』


 フランス南西地方、ピレネー山脈の麓ジュランソンで造られる甘口の白ワイン。

 プティマンサンという品種のブドウを遅摘みして造られ、まさに南国のトロピカルフルーツのような味わい、そしてまるで蜂蜜のようなとろりとした上品な甘さだ。

 しかし、甘口となっているがしっかりとした酸味が芯を通っているため、甘ったるく感じること無いのですいすいと飲めてしまう。

 

 人の味覚というのは面白いもので、糖度が低くても酸度が低ければ甘く感じるし、糖度が高くても酸度が高ければ甘ったるくは感じないものだ。

 数字にしてわかりやすく言えば、高級生食ブドウのシャインマスカットは糖度18度以上が基準となっているが、ワイン用ブドウは20度以上で収穫される品種が多いのだ。

 ワイン用ブドウは生食用ブドウに比べて酸度が高いので、甘すぎることもない。

 ついでにいうと、酵母がアルコールを生成する際の発酵中に糖分を食い、ワインを作る段階で糖分は無くなっていくのだが、専門的な話になるので割愛する。


 特にこのプティマンサンは25度を超えることもざらにある。

 それでもワインとしての体裁を保つことができるのは、高い酸度の影響が多分にある。


 この甘口の白ワインが世界の厳選甘口ワインに数えられるのも納得だ。


『ブルーチーズ  エーデルピルツ・ケーゼ』


 本当は、同じピレネーのブルーチーズ、ロックフォールにしようと思ったのだが、手に入らなかったので、こちらのドイツ産ブルーチーズにしてみた。


 試してみると独特な辛味がそれほど強くなくて、まろやかで食べやすいタイプだ。

 羊乳を使ったクセのあるロックフォールに比べれば食べやすい。

 が、少々物足りないかな?


 この辛さは、青カビの量で変わってくる。

 普通にカビが多ければ辛いし、少なければ辛味は減る。

 辛いとは言っても、塩辛いと言った方が正しいかもしれない。


 そして、この2つの組み合わせが合わないわけがない。

 

 甘口ワインのジュランソンと合わせるとブルーチーズの塩味をまろやかにしてくれ、青カビ特有の刺激的な風味に隠れていたクリーミーな味わいをより一層広げてくれる。


 日本人の酒飲みは甘いモノが苦手な方が多いが、この組み合わせは新たな境地を開いてくれると思う。

 自分自身の見えなかった部分が見えるかもしれない。

 

 同じように、このピレネー山脈には、人々の目から隠されたかのように目立たない国が実は存在するのだ。


☆☆☆


 アンドラ公国、フランスとスペインの国境にあるピレネー山脈の中腹に位置する小さな国である。

 面積468平方メートル、日本でいうと金沢市ぐらい、人口8万人ほどのミニ国家だ。


 なぜこの国に行こうと思ったのか、理由は単純でバカバカしい。

 ヨーロッパにある深い山々に囲まれた秘境の小国家、そして、公国と名の付く国、なぜか冒険心をくすぐられたのだ。

 別に、大泥棒三世が姫の心を盗んだアニメ映画に影響されたわけでは断じて、ない、はず、だと思、う……

 どちらかといえば、モデルはリヒテンシュタインのはずだし……


 意外とアンドラ公国の歴史的は古く、国内の遺跡から紀元前1万年頃から定住が推測されている。

 その後の公式の歴史では、ポエニ戦争で有名な名将ハンニバル(人肉を食べる博士の方ではない)のカルタゴ軍がこの地の先住民と接触したことが記述されている。

 フランク王国の辺境領になって、なんやかんや色々とあってフランス王とスペインのカタルーニャ州のカトリック教会ウルヘル司教区の司教が共同で治めるアンドラ公国になった。


 さて、バルセロナから長距離バスに乗ってやって来た。

 この国には鉄道も空港もないので、バスか車で来ることになる。

 大体3時間ぐらいなのでそれほど遠くはない。


 実際にやってくると、ゴート札を作っていた伯爵領とは全く違って、街の中心部に怪しい雰囲気はない。

 この当時はまだタックスヘイブンの時代だったので、外資系の有名ブランド店がいくつも軒を連ねていた。

 1時間程度で中心部は回りきれるほどの広さしか無い。


 この国はタックヘイブン以外でも観光地としてヨーロッパでは人気がある。

 冬季のスキーやスノーボードなどのウインタースポーツ、夏季のトレッキング、他にもスパが人気だ。

 町外れを歩いていると湯気が出ているので、硫黄の匂いは強くないが温泉もある。

 

 街なかには変わったオブジェが所々にあって目がいき、街の隙間からはピレネーのゴツゴツとした岩山が顔を覗かせる。

 郊外に出るとその景観にはさらに目を奪われた。


 深い山々の中にひっそりと佇む秘境の小国家、それを眼下に収めていると創作意欲が掻き立てられるのものだ。

 決して、姫の心を盗みたかったわけではない。

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