トカイワインが甘くなかった件
『トカイ フルミント ドライ 白
2019
シャトー デレスラ』
ハンガリーのトカイ地方、世界三大貴腐ワイン産地のひとつと呼ばれている。
極甘口のデザートワインが有名だが、今回は、フルミント品種で造られた辛口白ワイン。
芳醇で華やかな香りが特徴的な品種だ。
このワインもその例にもれず、香りも豊か、味わいも熟したりんごや洋梨など実に様々な果実が感じられるほどのフルーティ感だ。
余韻も心地よく、まるでフルーツバスケットをだき抱えているかのようだ。
このハンガリーの代表品種のワインと合わせるならば、この料理しか無いだろう。
『チルケパプリカーシュ』
ハンガリーの代表料理、チキンソテーにパプリカソースがかかっているだけだが、これがたまらなく食欲をそそる。
このパプリカソースにはクリームチーズも入っているので、ほんのり酸味もあるが口当たりも濃厚でまろやかだ。
肉食で乳製品を多く食べるから、JKとはいえ胸の発育が……いえ、何でもありません。
さて、この料理はまるでインドカレーのように見えるが、パプリカには辛味成分のカプサイシンが無いので辛味がほぼ無い。
辛い食べ物が苦手な人でも気軽に食べることのできる料理だ
これを自家製パスタのガルシュカでいただく。
うーむ。
これは普通の市販のパスタの方が良い気が……
ま、改良の余地ありかな?
フルミントの白ワインとともに、チルケパプリカーシュを堪能する。
やはり、郷土料理には地元産の飲料がほぼ確実に合う。
このコンビも最高に合った。
人生も料理と同じなのだろうか?
ナンダカンダ言っても、最終的には同郷同士のほうが色々と合うのかもしれない。
☆☆☆
僕がベジタリアン農場へやって来て、早くも3ヶ月が経とうとしていた。
この頃は夏真っ盛り、収穫時期の早いフランス南部ではブドウ収穫の準備が始まろうとしていた。
フランス各地でブドウの収穫、フランス語でヴァンダンジュの作業員の募集がされていた。
ここの農場にはWIFIがないので、隣村にある図書館の無料WIFIを使いに毎日のように通っていた。
ドイツJKが倒れた後に知ったことだが、使われていない自転車が数台あったので借りていた。
僕の本来の目的はワインを造るということを知ること、その最盛期にワイナリーで働かなければ、フランスまでやって来た意味がない。
僕は当然、フランス各地のワイナリーに片っ端から応募していたわけだが、苦戦していた。
応募の仕方も、求人があるかわからないワイナリーに、ひたすらメールを送っていたから相手にされないことが多かったからだ。
正規の求人の枠は少ないし、コネも何も無い僕にはローラー作戦に出るしかなかったのだ。
僕の怪しいフランス語では、胡散臭くて返信もされないことが多かったようだ。
返信が来ても良い返事はほぼなかったが、それでも百件に一件の割合で良い返事があり、僕は喜びに小さくガッツポーズを取った。
これで次の目処が立った僕は、ベジタリアン農場を去る日が決まった。
ほんの一時の仮宿のつもりだったが、意外にも長く居着いていた。
これまでに色々な出来事があった。
だが、それは僕だけではなかった。
ハンガリーJKたちもまた、僕が去る1週間前に帰国することになっていた。
その前夜だった。
住み込みで働いているフランス人従業員のはからいで、空いたスペースでキャンプファイヤーをした。
キャンプファイヤーというほどのものではないが、焚き火を囲んで昼間に立ち寄ったワイナリーで買ってきたワインを飲んで好きに語り合っていた。
僕は静かにグラスを傾け、楽しそうにしているみんなを見ているのが好きだった。
やがて火が小さくなり、賑やかな夜も儚い人の夢のように過ぎていこうとしていた。
楽しい時はいつまでも続くことはない。
いつかは現実に戻る時がやってくるのだ。
僕たちはそれぞれの部屋へと帰ろうとしていた。
「……ねえ、一緒に歩こ?」
ハンガリーJKがいつの間にか僕の隣りにいた。
いつもの元気一杯な感じではなく、少し物憂げな大人の雰囲気が感じられた。
一瞬僕の中で何かが跳ね上がった気がしたが、相手はまだJK、僕のようなオジサンからしたらまだ子供、と言い聞かせて頭をクールダウンした。
ハンガリーJKは農作業での思い出話、一緒にしたサイクリングなどを楽しそうに語っていた。
僕はニコニコと笑いながら聞いていたが、ハンガリーJKは少し黙り込んだ。
そして、次の一言で僕の頭は混乱した。
「……I love you」
僕はしばらく間抜け面をして固まっていたと思う。
恥ずかしい話、この瞬間までまったく気が付いていなかった。
僕にとっては保護者代わりになっていたつもりだった。
それが、まさか……
さらに次の瞬間、混乱した頭の僕がした返事に、今でも自分ですら呆れ果てる。
「お、おう、そ、そうか」
ハンガリーJKがどんな表情だったのか、余裕のなかった僕には何も思い出せない。
少しの沈黙の後、何を思ってこの一言を言ったのだろうか?
「……ねえ、最後にハグして?」
「お、おう」
僕がぎこちなく軽く抱きしめた後、ハンガリーJKは自室に帰っていった。
その後姿を僕は呆然と見つめていた。
この次の日、ハンガリーJKたちは迎えに来た両親の車に乗り込んで帰国していった。
なんともスッキリとした笑顔で去っていった。
そして、その次の週、僕もついに見送られる側になった。
こうして次の目的地、フランス南部ラングドック地方を目指すことになった。
第一章完
第二章へと続く
☆☆☆
現在、僕はひとり甘くないトカイワインを傾けながらその当時を思い出す。
久しぶりに彼女がSNSに投稿していた報告を見て、僕は小さく笑った。
彼女も20代になり、同じ地元のハンガリー人と結婚したそうだ。
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