ホタテの道

『ブルゴーニュ ヴェズレ ブラン ラ シャトレーヌ

 2019

 ドメーヌ ド ラ カデット』


 ブルゴーニュ地方にある、黄金の丘コート・ドールと北端シャブリの中間に位置するワイン産地ヴェズレー。

 

 ヴェズレーという村は世界遺産に登録され、丘の上には、サント・マドレーヌ大聖堂があり、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラへと続く巡礼路の出発点となっている。

 

 ワイナリーについて語ると、地域の有機栽培生産者をたばねる協同組合の長を務めた名醸造家によって2002年に設立された比較的新しいワイナリーだ。

 パリのヴァン・ナチュール酒販店でも、ドメーヌ創業時から高い人気を保ち続けているそうだ。

 

 肝心のワインをブルゴーニュグラスに注ぐ。

 濃いめのイエロー、ボリューム感のある白ワインを予想させる。

 しかしながら、芯に酸味があり、味にメリハリがある。


 第一印象で樽を使っているような感じがしたが、調べてみるとステンレスタンクで発酵後、ステンレスタンクで9から10ヶ月熟成させていた。

 その代わりに、シュール・リー製法(発酵後の白ワインを澱の上で熟成させる醸方法)をしている。

 シュール・リーを行うと、味わいに厚みが出るのである。


 それにしても、樽を使っているような気がするのにおかしいなぁ、ともう一口口に含んで首を捻った。


 まあいいや、細かいことは気にしないでおこう。


『ホタテのポワレ レモンバターソース』


 まずはオリーブオイルで夏野菜のなすとししとうを火が通るまで軽く焼きまーす。

 次に、にんにくのみじん切りをオリーブオイルで炒めまーす。

 ガーリックの香ばしさが食欲をそそるー。

 そして、ホタテの貝柱を投入しまーす。

 ホタテに火が通ったら、最後にレモンバターを作りまーす。

 仕上げに盛り付けたホタテと夏野菜にレモンバターをかけて完成でーす!


 さてお味の方は、にんにくの香りがたち、バターのまろやかさにレモンの爽やかな酸味が良いアクセントになっている。

 こいつと白ワインはたまらない!

 特にこのワインはシャルドネ、絶妙のコンビネーション、マリアージュだ!


 何という危険なめぐり合わせなのだろうか?

 ひと夏のアバンチュールかのごとく、あっという間にボトルが空いていた。

 

 ひと夏のアバンチュール、か。

 そんなもの……


☆☆☆


「ねえねえ、早くこっち来てよ! イイ眺めだよ!」


 ハンガリーJKは、弾けんばかりの笑顔で僕を手招きしている。

 僕は若くて元気だなぁ、とフッと笑いながら歩いていく。


 僕が隣に並び、丘の上に築かれた城壁の先には、緑豊かな森や緩やかな起伏のある畑、中世の時代から変わらないかのような小さな集落がぽつんとある。

 さすが世界遺産に登録されているだけあって、幻想的で心休まる風景だ。


 ここは、ブルゴーニュ地方にあるヴェズレー村、荘厳な大聖堂とキリスト教の巡礼路サンティアゴ・デ・コンポステーラの起点となる村だ。

 他にも巡礼路はいくつもあり、ここからの道はリモージュの道と呼ばれている。

 巡礼のシンボルであるホタテガイが、道標として様々な場所でマークになっている。


 僕とハンガリーJKは二人っきりでデート、というわけではない。

 同じ農場のみんなと来ている。

 農場主の奥さんは熱心なクリスチャンなので、僕たちも連れてきてくれた。

 週末も働いている旦那さんも今回は特別に一緒だ。


「うわぁ! すごい、すごい!」


 ハンガリーJKは踊るように、はしゃぎながら写真を撮っている。

 古今東西、JKというのは変わらないな、と見ていて思う。


 この村のシンボル、荘厳なサント・マドレーヌ大聖堂を見学したり、村の個性的なアトリエや土産物屋を見て歩いた。

 そして、村内のレストランでみんなでランチを食べた。

 この夫婦の知り合いの神父も同席した。


 メンバーはよく入れ替わるので、この時はひげのもっさりとしたアメリカ人の20代男と一緒によくいた。

 僕たちは入ってきた順番で席につこうとしたら


「もう、あんたはこっちじゃない! 順番代わってよ!」


 と、アメリカ髭男は追い払われ、僕は入れ代わってハンガリーJKの隣の席につくことになった。

 髭男は、クレイジーだな、と不機嫌だったが、僕はやれやれ随分と懐かれたものだ、と苦笑いをしながら頭をかいた。

 

 全員が席について、ランチタイムになった。

 食前に神父の祈りの言葉を聞いていたが、何を言っているのかよくわからない。

 そのすべてを一言ですます「いただきます」の国の人で良かったと思う。


 僕たちは地元ヴェズレー産ワインで乾杯をした。

 神父も一緒に昼間から飲んでいたが、何も驚くことはない。

 キリスト教総本山バチカン市国は、人口一人当たりのワイン消費量が世界一なのだ。

 さすが、ワインはキリストの血と豪語しているだけはある。


 そして、ハンガリーJKも飲んでいた。

 ヨーロッパでは飲酒年齢制限は低い。

 アルコールの種類によるが、ワインやビールなら16歳か18歳からという国が多い。

 年齢的には高校生であるが、文化の違いもあり法律上問題はないのだ。

 

「日本では神についてどう考えている?」


 神父は英語で僕に話を振ってきた。

 この時の僕は簡単な会話ならフランス語もわかるようになったが、宗教的な話をすることはどうやっても無理だった。

 それで、僕はキリスト教的な神ではなく、森羅万象に神が宿るという神道的な考え方を説明した。


 ハンガリーJKが文化の違いに感心したような目で僕を見ているな、と思っていたが、後にまったくの勘違いだったことを知った。

 どこかのラノベのニブ系主人公のような僕には、ひと夏のアバンチュールなど全く縁などなかった。

 

 もう一度言うが、この物語はひと夏の熱く甘い恋とは全く無縁の話だ。

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