有名なクロアチア人

『カピストゥラニ ツルニ セレクテッド

 2019

 イロチュキ ポドゥルミ』


 西側から南側は紺碧のアドリア海に面し、「アドリア海の真珠」と讃えられる世界遺産ドブロブニクで有名なクロアチアのワインである。

 このワインは、ドナウのワイン王国と呼ばれる内陸部イロクで造られている。


 日本ではあまり知られてはいないが、クロアチアのワイン生産は紀元前から始まっており、こちらのワイナリー、イロチュキ ポドゥルミは創業1450年である。

 ちなみに、世界有数のアルty……じゃなかったワイン消費国イギリスでは英国王室のワインリストに加えられている。

 

 こちらのワインの品種はフランコフカ主体で造られている。

 オーストリアのブラウフレンキッシュのクロアチア名になる。

 いずれにせよ、あまり馴染みの無い品種だと思う。


 では、この古くも未知の神の血を堪能してみよう。


 グラスに注いでみると色合いはそれほど濃くはなさそうだ。

 香りはラズベリーのような軽やかな赤い果実みたいだ。

 味わいは渋みをほぼ感じることもなく、ベリー系の風味と軽やかな酸味が感じられる。


 滑らかでスッキリとした上質な味わいである。

 ピノ・ノワールに近いかな。


『トリッパ風モツのトマト煮』


 トリッパ、牛の第二の胃袋のことで、ハチノスのような見た目でグロいが、意外にも様々な国で食べられている。

 イタリアではトマト煮が有名だが、クロアチアでも同じように食べられる。

 今回は手に入らなかったのでモツで代用した。


 モツは臭み抜きが面倒なので、下処理済みを買ってきた。


 ニンニク、タマネギ、ニンジン、セロリをざっくりとみじん切りにする。

 オリーブオイルで炒め、火が通ったところでモツも投入。

 大体炒め終わったところで白ワインを少々アルコールを飛ばす程度に煮詰め、トマト缶、コンソメ、ベイリーフなどを加えて更に煮込む。


 塩コショウで味付けはされているが、最後に調整して完成だ。


 モツのコリコリとした食感はもちろん、臭みも見事に抜けているので食が進む。

 トマトソースの中に様々な野菜やモツの脂の旨味も溶け込んでいるので、バゲットを浸して食べても良きかな。


 これだけでも美味いのだが、やはりワインも共に楽しみたくなる。

 ワインと合わせてみる。


 こいつは余計な御託はいらない。

 ただ盛り盛りと食べ、神の血とともに己の血肉とするべし、だ。


☆☆☆


 仕事が振り分けられるとそれぞれの作業の配置につくことは当然のことだ。

 ピーク時になれば、自然とそれぞれの仕事はある程度パターン化されてくる。

 特に大規模ワイナリーではよくあることである。


 僕が主に担当していた仕事は、白ワインの発酵酵母の管理だった。


 通常、ワイン用の発酵酵母は様々なタイプがあり、パッケージ化された乾燥酵母がほとんどだ。

 それぞれ使用する酵母で風味などに影響が出る。

 その性質を使って、ワインの味わいをある程度まで事前に設計していくのである。

 

 自然派と呼ばれるワイナリーでは、畑由来の野生酵母で発酵させていくこともある。

 それが個性的なワインとなるので、熱狂的なファンもいる。

 しかし、野生酵母の管理は難しく、好まない匂いや味が発生しやすくなるというデメリットもあるし、どのようなワインになるのか完成するまで想像がつきにくい。


 そのため、大規模ワイナリーではリスクを避けるために乾燥酵母を採用することがほとんどだ。


 乾燥状態から酵母を目覚めさせるためには、多くの手順がある。

 長くなるので省略するが、通常のタンクサイズなら10Lのバケツ程度の大きさの容器で事足りる。

 だが、ここでは桁外れの化け物タンクが主要なのである。

 中小規模ワイナリーとは違って、酵母をぶどう果汁に添加して発酵せるために、さらにひと手間いるのだ。


 酵母のざっくりとした説明だけでここまで長くなってしまったので、そのひと手間については次回に説明しようと思う。

 ここからは、チームメンバーとの絡みも交えていこう。


 担当する仕事は大体決まっていたわけだが、当然ながらワイナリーの仕事というのは日々ぶどうの収量の増減があるので、ひたすらそれだけやっていれば良いわけではない。

 一日にやるべき担当の仕事が多ければ、同じ作業だけで終わることもあるが、基本的には空き時間に他のメンバーの仕事を手伝う。


 さて、僕は自分の担当する仕事が終わり、他のメンバーの仕事を手伝うことがあるかどうか探しに歩く。

 僕の担当していたエリアの目の前では、巨大なプレス機が休みなくぶどうを搾っている。

 プレス担当チームが機械の操作をしているのを横目に通り過ぎる。

 

 闇夜に煌々とした照明の下、そこにチームメンバーの一人が作業をしていた。

 ヒゲ面の長身の男、クロアチア人のマテ氏だ。

 

「よう、調子はどうよ?」

「ぼちぼちでんな~」


 という程軽い挨拶だった訳では無いが、それぐらい気軽な関係だということだ。  

 マテ氏はセメント袋のような物体を抱えている。

 これはワインをキレイに清澄させるために使われるベントナイトという食品添加物用の粘土で、足元のパレットの上にはその袋が山積みされていた。


「ほんじゃ、手伝うぜ?」

「ほな、頼んまっせ!」


 ここには、ミキサーが回り、ぬるま湯が渦巻いている巨大な銭湯のようなタンクがある。

 その中にサラサラとベントナイトの粒を投入していく。


 これがなかなかの重労働なので、Tシャツになり一汗かいてしまう。

 ジムに通う必要の無いほどの筋トレをすることになるわけだ。


「わい、日本で一番有名なクロアチア人知っとるで?」

「……へえ、誰だよ?」

「ミルコ・クロコップやろ!」


 確かに、30代以上の日本男児なら知っていることだろう。

 僕たちはお互いに笑い合い、夜は明け始めた。

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