ベジタリアン

『セレシン・エステイト

 2019

 モモ ピノ・ノワール』


 このワイン、実はニュージーランド産である。

 ブルゴーニュワインじゃない!

 と、怒られてしまうだろうが、一応理由がある。


 ピノ・ノワールという品種はブルゴーニュ地方が原産であるが、気まぐれで繊細で栽培が最も難しい品種と言われている。

 その代わり、華やかな芳香、優美な味わいのため、熱狂的なファンも多い。

 世界中で造られるようになったのは近年であり、ニュージーランドも成功している地域に入る。


 つまり、何が言いたいのかというと、どんなに困難なことでも、閃きと知識、根気と情熱を持って取り組めば、ある程度のことはどうにかなるものである。

 この話は後半にすることにしよう。


 さて、このセレシンというワイナリーは『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』で(映画監督ではなく)撮影監督を務めたマイケル・セレシン氏によって設立された。

 まだまだ話題はあるが、紹介はこれぐらいにしてワインに移ろうと思う。


 大ぶりのブルゴーニュグラスに注ぐと、すぐにベリー系の香りが漂う。

 甘ったるい感じではなく、ラズベリーのような甘酸っぱい香りが軽やかなワインだと予感させる。

 味わいは、少々シャープな酸味が感じられるが、様々なベリー系の果実を口に含んだかのようだ。

 カジュアルで気取らない飲みやすいタイプだ。

 

『豆腐ハンバーグ』


 こちらも和の食材でフランチではないが、ベジタリアンに好まれる。

 なぜこの料理なのかは、後半の話になる。


 実は、一度目の料理は失敗した。

 初めて作る料理だったので加減がわからなかったのだ。

 豆腐の水切りが足りなく、うまく固まらず水っぽくなり、味がぼやけてしまっていた。

 ちょっと残念だったが、旅や人生と同じく、何もかもが順調に上手くいくとは限らないものだ。


 後日再挑戦したら、うまく出来た。

 

 ふわふわな食感で、あっさりとした味わいが優しい感じ。

 肉を使っていないので少々物足りない気がするが、重い食事が苦手な方には丁度良いかもしれない。

 とりあえず、無難に中濃ソースをかけてみた。


 単品で食べるなら、これでも美味しくいけたが、セレシンのピノ・ノワールと合わせるなら、トマトソースでも良かったかもしれない。

 いや、正直に白状しよう。

 あまり合わなかった。


 何事も試してみないと本当に正解なのかは、わからないものだ。

 それは次の機会に合うものを探すとしよう。


 今回はイマイチ、新しい料理を試して失敗したが、良い経験になった。

 たとえ挑戦に失敗しても、次に生かすために知恵を絞ることが大事だと思う。

 あの頃の旅でも、考えて行動したからこそ、生き延びることが出来たのだ。


☆☆☆


 僕は黄金の丘コート・ドールのサイクリングを堪能したが、早くもピンチである。

 何がピンチなのか、みるみる内に口座残高が減っていたからだ。

 この程度の事態はフランス入国前から想定していた。

 

 一応、ワーキングホリデービザは比較的自由に就労することが可能なビザだ。

 ただ、どこの馬の骨とも分からない奴を雇ってくれる奇特な職場があれば、だが。

 もちろん、計画的にどのような仕事をしたいか段取り良く話を進めていたら、目標とする職場に巡り合うこともできる。

 それ以外は、日本人であれば日本食レストラン、中国系なら中華料理屋といったように、国を出る意味があったのか? ということもある。

 それが良いか悪いかは、本人次第なので、深くは言及しない。


 しかしながら、僕の場合はコネも無ければ、職業経験もなかったのだ。

 ワインの仕事、その中でも造るという職人を目指したかった。

 ワイン造りの大半は、ぶどう畑での農作業、醸造所内作業もたくさんあるが、今はこの話は割愛しよう。


 さて、そんな無謀な挑戦をした僕だったが、作戦はあった。

 それは、WWOOFウーフという国際的なNGO組織を利用することである。

 World Wide Opportunities on Organic Farmsの頭文字であり、要約すると有機農場で働きたい人、つまり農業ボランティアである。


 これならば、未経験者がいきなり給料をもらって働くよりもはるかにハードルが低くなる。

 当然、メリット・デメリットがあり、メリットは未経験者でも働くことが可能で、食と住は受け入れ先で提供される。

 労働時間は大体、一日4から5時間、週休二日制である。

 デメリットは、無給、基本住み込みになるので、受け入れ先の当たり外れがあることだ。


 当たり外れとあるが、実際には人間関係だ。

 受け入れ先も人間であるので、合う合わないという性格的な相性はある。

 が、中には無給の奴隷としか扱わない受け入れ先もあるし、タダで宿泊できる宿と考え、真面目に働こうとしない者もいるので、どちらが悪いとも言えない。

 どんなものにも、メリット・デメリットはあるものだ。


 特に、このWWOOFを利用するのは外国人がほとんどであり、文化や生活習慣が違う。

 これを異文化交流としてうまく捉えることができれば良い経験になる。


 さて、僕はそのWWOOFを利用すると決めて、実は出国前から行き先を探してはいた。

 しかし、ワイン関係は軒並み良い返事はなかった。

 

 そのことも、ワイン造りを知っていれば当然だと思うが、春先でのワイナリーの仕事は少ない。

 元々いる人員で事足りる仕事量だし、WWOOF先でも人手が足りていれば新たに受け入れることがないのだ。

 たまたま空きがあれば良いと思っていたが、人生はそれほど甘いものではなかった。

 

 困った僕は一日中、世界的なハンバーガーチェーン店でラップトップにかじりついていた。

 この時代、無料WIFIは限られた場所でしかなかったからだ。

 宿泊先ではWIFIがなかった。


 ついに、困った僕は生き延びるために何でもやろうと決めた。

 そう覚悟したら、受け入れ先はあっさりと決まった。

 それが、同じブルゴーニュにあるベジタリアンの野菜農家だった。

 食いしん坊で雑食な僕は一瞬ためらった。

 しかし、背に腹は変えられないと僕はその次の日に向かった。


 これが長い付き合いになるとは、この時の僕には露ほども思わなかった。

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