3Vintage チリ カサブランカ・ヴァレー

地球の反対側へ

『ヤルデン シャルドネ

 2020

 ゴラン ハイツ ワイナリー』


 中東イスラエル、そこは5000年以上前からワイン造りの歴史があり、メソポタミア文明が栄えた地域と言われている。

 しかし、イスラム教の支配でワイン造りの歴史が途絶えた時期が長く、近代に入ってから再建された。


 こちらのゴランハイツワイナリーは、イスラエルを代表する世界的に高評価のワイナリーである。

 ゴラン高原は涼しく、火山灰土壌で水はけに優れている。

 雨は冬にまとめて降り、夏の乾燥期の灌がい用水を使用、畑の標高は400〜1200メートルに広がり、寒暖差により熟したブドウには酸が乗るというわけだ


 さて、こちらのワインを開けてみよう。


 こいつは、第一印象で、濃い!

 とにかく濃厚の一言だ。


 黄色を超えて黄金に近い色合い、黄桃のようなアプリコットのような熟した黄色系果実の香りか?

 味わいもまた樽のよるボリュームが重く、圧倒される。

 しかしながら、程よい酸味が後味にスッキリとした余韻を与えてくれている。

 

 これは洗練されていて力強い、間違いなく良質なワインだ。


『シャワルマ風グリルチキン』


 シャワルマ は、羊肉や鶏肉を金属製の串に突き刺した状態で回転させて焼いた、レバント(トルコ・シリア・レバノン・ヨルダン・パレスチナ)近辺の料理のことだ。

 前述のイスラエルとは対立関係ではあるが、ワインと食事の相性は良い。


 まず始めにサフランライスを炊く。

 その間に、鶏肉の下ごしらえだ。


 チキンをぶつ切りにし、クミンやコリアンダー、ニンニクと生姜等々スパイスをこれでもかとオリーブオイルと一緒に揉み込む。

 それから冷蔵庫で寝かせている間にちびちびとワインを楽しむ。


 約一時間後、ほろ酔い気分でチキンを焼く。

 しかし、シャワルマをできる設備がないので普通のフライパン、それ故になのだ。


 実にシンプルで簡単、オリーブオイルで肉を焼くだけなのですぐに出来上がった。

 香ばしさに食欲が刺激される。


 スパイスの効いた鶏肉の脂と濃厚なシャルドネ、これが最高によく合うのだ。

 スパイスの香りが白ワインの中に溶け込み、味わいにより深みが出る。

 後味の酸味が食後の脂をスッキリとさせてくれるのでさらに食欲が促進されていくのだ。

 サフランライスもまた味わいに良いアクセントを加えてくれるのでいつまでも飽きない。


 イスラム教ではワインを含むアルコールを禁止されている。

 しかし、その料理はワインとよく合う。

 

 戒律を越えて、食事というのは面白いものだ。


☆☆☆


 アメリカから帰国し、年末年始はちょっとした短期アルバイトで小銭を稼ぎながら、次の旅への準備だ。

 目的地は南米チリ、日本からしたら地球のほぼ反対側だ。


 そんな遥か彼方の地だが、準備は至って簡単だった。


 いつも通りバックパックに数日分の着替えを用意し、もしもの備えでいつもの寝袋も忘れない。

 契約期間は晩夏の2月初めから初冬の6月中旬まで、日本出国時が冬服を着ているので荷物は夏服だけで十分だ。


 チリを含む南米は、観光地以外基本的に英語すら通じない。

 スペイン語を出発までざっくりと独学で勉強した。

 そんな短期間で身につくはずがないことはこれまでの経験で分かりきっているが、それほど心配はしていなかった。

 

 チリでの仕事、というかインターンが決まったのはアメリカに滞在中の時だった。

 その時にオンラインで面接をしたのだが、英語で対応できていたので、現地ワイナリーの仕事では問題ないと思っていた。

 しかし、これが大きな間違いだったわけだが、その話は後述する。


 そして、アメリカでは苦労した就労ビザの問題だが、こちらは意外にも日本でやることはなかった。

 現地に到着してからワイナリーで手配してくれるということだった。

 

 そうして、準備期間は気楽に過ごし、あっという間に出発の日となった。


 僕は成田空港へと向かい、出発まで待った。

 だが、いきなりトラブルが発生した。

 いつまで経っても飛行機が遅れる、というアナウンスがあるだけだった。


 この日、ちょうど大雪が振ってしまったのだ。


 いずれは雪が収まるだろうと楽観視していたのだが、結局雪が弱まることがなく、飛行機が飛べなくなってしまった。

 気がつけば日付が変わりそうな夜中だ。


 このようなトラブルを見越していたわけではなかったが、仕事が始まる予定の二日前に到着してのんびりするつもりだったので、それ程大きな問題ではなかった。

 ワイナリーへ、飛行機が遅れるので一日入国が遅れると連絡し、次の飛行機を待つ。


 とはいえ、次の日の同じ時間まで待つしか無い。

 この日の宿泊ホテルの部屋を航空会社が提供してくれていたのだが、全員分の部屋は取ることが出来なかった。

 空港泊をしてくれる志願者には、部屋代の一万円をくれるというのだ。


 僕は空港泊は慣れてしまっているので、良い小遣い稼ぎだとその話に乗った。

 現金ですぐにくれるわけではなく、後日指定口座に振込みではあったが、異論はない。


 いきなり出番の来た、もしもの備えで用意していたいつもの寝袋に包まり、夜を明かした。

 そして、日が明けると嘘のように定刻通り飛行機は飛び立った。


 慣れているとはいえ、空港泊ではグッスリと熟睡はできてなどいなかった。

 機内食のグリルチキンと白ワイン一杯で眠気が襲ってきてしまった。


 気がついたら経由地のドバイに到着していた。

 乗り継ぎの飛行機を待っている間もただベンチで横になるだけだった。


 ちなみに、チリへ行くにはアメリカ経由が早い。

 このトラブルは、行きをこのルート、帰りにアメリカ経由ならば、合計して地球一周というしょうもない理由で選んだ罰だったのかもしれない。

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