さらばアメリカン

『オレゴン ピノ ノワール

 2018

 ドメーヌ ドルーアン オレゴン』


 フランス・ブルゴーニュにあるメゾン・ジョセフ・ドルーアンがオレゴンに設立したワイナリーだ。

 先代本家社長がブルゴーニュの特有品種であるピノ・ノワールの育成に最適な場所であると直感したことからその礎が築かれた。

 現在、歴史あるワイン生産者の一族は、オレゴンでもその名声を高めている。


 では、こちらのワインを開けよう。


 ピノ・ノワールは軽くてフルーティーな赤ワインと思われがちだが、このワインはダークな色合いで、黒系果実の味わいに濃厚な力強さがある。

 それでも酸味が芯を通していて、柔らかさとともに余韻が長く続く。

 これは良質なピノ・ノワールに間違いない。


『ナスの肉詰め』


 今回はお題に合わせてというよりも、アメリカンサイズに巨大なナスを貰ったので豪快に料理してみた。

 

 まずはナスを縦半分に、中をくり抜いてみじん切りにし、ミンチ肉と調味料を混ぜ合わせる。

 それをナスのくり抜いた部分に入れ直して焼き上げた。

 ナスの中にハンバーグが入っているみたいな見た目である。


 ソースもハンバーグらしくケチャップベースで作りかけてみた。


 さて、お味の方は中のジューシーなハンバーグっぽい肉の旨味が口の中に広がる。

 ナスの焼きが甘かったからか、少し水っぽい味わいになったところは失敗か。

 ソースの甘酸っぱさが夏の暑さで疲れた身体に染み渡ってくるところは良い。


 ワインと合わせてみる。


 うーむ、これはちょっとイマイチかな?


 ワインの芳醇なフルーティーさがソースの甘酸っぱさに飲み込まれてしまっているようだ。

 ワインの酸味とナスの青臭さが際立ってしまった。

 

 後日、ソースにお好み焼きソースとマヨネーズに代えてみたら、この組み合わせは良い感じに味わいを引き立て合っていた。

 料理単体だけならば、どちらも十分に美味しい。

 しかし、ワインと合わせるとなるとなかなかに難しいものである。


 これもまたワインの奥深さ、知った気になってもまだまだ試してみないとわからないこともある。

 それ故に、人はさらなる挑戦へと踏み出すのだろう。


☆☆☆


 ワイナリー内での仕事もほぼ終わり、ワインが完成されるまでを見守るだけとなった。

 そのため、僕は畑仕事に駆り出されていた。


 この頃には冬が近づき、朝晩はかなり冷え込んでいた。

 遠くに見えるオレゴン最高峰マウント・フッドの三角錐の上部は白く染まっていた。

 週末の休みの日に麓を歩いてみたが、空気が澄んでいて穏やかだった。


 さて、畑仕事ではあるが、収穫はすでに終わり、剪定を始めるにはまだ葉が落ちきっていない。

 この間に休暇を取る生産者が多いが、こちらではやることがあった。

 柄の長いスコップでブドウの木の横に伸びる根を切る作業だ。


 これは根が地中深く伸ばすようにするためだ。

 表層土の栄養豊富な土壌だけでは過剰な養分や水分を取りすぎるので、実よりも木の本体だけが大きくなりすぎるのを防ぐためだそうだ。

 実際、科学的に立証されているのかは分からないが、それぞれの生産者でやり方があるということだ。


 一見地味な作業だが、これは意外と大変な体力仕事だ。

 広大なブドウ畑の木、一本一本行うので、一日の終わりにはヘトヘトだ。


 それでも急ぎの仕事ではないので、一日8時間、週休二日だったので休みも満喫した。


 海沿いをドライブしてランチにシーフードたっぷりのクラムチャウダーを食べたり、映画『グーニーズ』の撮影地アストリアでクラフトビールとフィッシュアンドチップスを堪能した。

 

 またある日は、内陸側のコロンビアリバー沿いを走り、人間の何倍もある岩の転がる森を歩いて滝を眺めた。

 このエッセイを書きながら知ったことだが、小高い絶景ポイントは映画『トワイライト』の撮影地だったそうだ。

 見たこと無いからよく分からないが……


 オレゴン南部にある世界トップクラスの深く美しい湖クレーターレイクにも行ってみた。

 火山活動で山の頭頂部が吹き飛んでできた湖であり、その山道を歩くと縁から覗くことができる。

 湖には溶岩が固まってできた島が浮かび、自然の神秘に魅せられた。

 ここまで遠いので、映画『サイコ』のようなモーテルで一泊した。


 もちろん、ワイナリーにも訪れた。


 冒頭で紹介したワイナリー、ドルーアン・オレゴンにも行った。

 広大なぶどう畑の丘の上にあり、邸宅のようなテラスでは辺りが一望できる。

 セレブ気分になれるようなテイスティングルームだった。


 少し話は戻るが、本場のハロウィンもあった。

 ワイナリーのボス・ジル氏の自宅は郊外の住宅地にある。


 そのため、近所のちびっ子が


「トリック・オア・トリート!」

 

 と妖精になってやってきたことは微笑ましかった。


 オレゴンは比較的治安は良いが、その後ろにパパが控えていたので悪さはそう簡単にできないだろう。

 当然、しないが……

 この夜、ジル氏は出掛けていたので置いていったお菓子を、僕が渡してあげた。

 

 他にも色々とあったが、終盤は仕事も休みもバランスよく堪能することができた。

 そして、インターン期間も終わり、帰国の日が近づいた。


「次はどうするんだ?」

 

 ポートランド空港へと向かう車の中、ジル氏は僕に問いかけてきた。

 僕は簡単に答える。


「次はチリに行きますよ」

「……そうか。ワイン造りを続けていけよ。お前は、センスがある」

「は、はい。ありがとうございます」


 僕は認められていたことに胸の内からこみ上げてくるものがあった。

 でも、グッと堪えて笑った。

 

 そして、空港に到着し、僕たちは力強く握手を交わして別れた。


 次の修行の旅は南米チリだ。

 僕はまだまだ経験値が圧倒的に足りないと自覚していた。

 旅は次のステージへと進むことになる。

 でも、今はアメリカで実績を積み上げたことを喜ぼう。

 

  第二部 2VINTAGE 完

  第二部 3VINTAGE へと続く


☆☆☆


 この後、帰国前にワイン産地ナパバレーではなく、NASAケネディ宇宙センターへ観光しに行ったことをKAC2022作品『推し活に思う』で書いた。

 ここでは内容は割愛する。


 さて、この当時は今の世界情勢になることは全く想像もしていなかった。

 気軽に世界へ出て旅をすることができる。

 それだけで幸せなことだったのだなと思う。


 こんな時代だからこそ、ワイングラスを傾けて今をささやかでも楽しみたい、そう思う。

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