最後の夜
『コロンビアヴァレー メルロー
2017
シャトー・サン・ミッシェル』
2Vintageでも紹介したアメリカ・ワシントン州のワイナリーである。
今回は赤ワイン品種、メルロー主体でシラーがわずかにブレンドされている。
クラシックなエレガントスタイル、やや酸味を感じやすく果実味が控えめで軽やかなタイプのワインがそのように呼ばれることが多い。
ニューワールドスタイル、某有名ワイン評論家が好んだフルボディでなめらかな所謂「果実味爆弾」と呼ばれる。
このワインはこの2つのスタイルを上手く融合させたワインらしい。
では、開けてみようじゃないか。
グラスに注ぐとフルボディらしくダークな色合いだ。
樽の効いた香りとイチゴのような甘さも感じるが、きつすぎることはない。
味わいは見かけによらずタンニンの渋味は強くはなく口当たりがなめらか、ほどよい甘い余韻が心地よい。
『ピザ クワトロ・ジャイアント』
本当はピザを焼きたかったが、ピザ窯がないので街へ出たついでに買ってきた。
選ぶのが面倒くさかったので、4種の組み合わせにした。
日本全国どころか世界中どこでも食べられるので、詳しい説明はいらないだろう。
国によってメニューは変わるが。
そして、すぐにワインと合わせる。
これが合わないわけがない。
焦げの入ったマヨソーズの香ばしさが、ワインに絡み合いスモーキーで複雑な味わいを楽しませる。
トマトソースの甘酸っぱさともうまく味を引き立て合う。
テリヤキチキンの甘塩っぱさが味わいに深みを出す。
酸いも甘いも苦さですら、人生のスパイスであるかのように味わい尽くした。
あっという間にワインもピザもなくなってしまった。
食事が気がつけば終わっていた。
いつだってそうだ。
終わってしまえば何もかも儚い。
☆☆☆
四週間に渡ってニュージーランド全土で行われていたロックダウンが終わった。
厳戒態勢のレベル4からレベル3へと引き下げられたのだ。
そして、送り出すワインを積むタンクローリーもまたピークを過ぎた。
その意味するところは、未曾有の事態のワイン造りもまた終わりの時が来た、ということだ。
ここまででほぼ契約期間通りであったことは偶然であった。
本来ならば、この後ニュージーランドの名所などを巡って帰国することになっただろうが、今回はいつもとは違った。
コロナ禍によって、国次第では帰国すらできなかったのだ。
しかしながら、僕たちはただ放り出されるわけではなかった。
コロナによる特例で、一部のメンバーだけは後一ヶ月ほど仕事を任されることになった。
他のメンバーの一部は、ブドウ畑の剪定の仕事を紹介された。
それすらも選ばれなかったメンバーは、他のワイナリーの剪定の仕事を紹介されてもいた。
誰もがその後の世話をさせてもらっていたのだ。
ちなみに、僕は一ヶ月ほどだが、無事にワイナリーの仕事に残ることはできた。
食い扶持はこれで確保することはできたし、面倒な手続きを踏んでまで無理して日本へと戻らなくていいかなと思っていた。
そうして、緩やかに終わりが近づいてきた。
12時間交代で行われていた夜勤も終わり、早出遅出の8時間労働へと変化していった。
朝日と共に仕事が終わっていた日々も星空とともに眠る日々へと変わった。
少しずつ通常の勤務形態へと戻っていったのだ。
ついに最後の夜。
仕事自体はそれほど忙しいこともなく、緩やかに時が過ぎていく。
僕たちのチームはこれ以降使わないタンクを洗い、来期まで封印していく。
他のチームはそれぞれの担当場所の清掃を主に行っている。
プレスチームはプレス機の中を解体して、所狭しとパーツを床に並べ、高圧洗浄機で洗っている。
忙しければ他のチームの様子を見る余裕などなかったが、この時ならば見て回ることもできた。
そして、終わりの時間となった。
「ねえ、最後に一枚取っていこう?」
同じチームだったアメリカ・ワシントン州出身リンジーに、僕たちは呼び止められた。
チーム全員で見晴らしの最も良いタンクの上で一枚写真を取った。
ちなみにカメラマンは、リンジーのボーイフレンドで別チームのフランス人クレマン氏であった。
男の真の役割は女性を引き立てること、それができるからこそリア充なのだろう。
最後の夜には、星空の元でこのかつて無い日々を懐かしむように飲み明かした。
仕事からの解放、ロックダウンによる抑圧からの解放でもあった。
うっすらと天へと続くミルキーウェイ、何が起ころうともワイン道には終わりがないことを啓示しているかのようだ。
ただ、今だけは終わりの時を儚む。
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