旅の終わり
『サン・スフル 赤
2019
タケダ・ワイナリー』
100年以上の歴史を持ち、山形県を代表するワイナリーである。
自然環境を意識した畑作りを実践している。
現在の五代目は、日本を代表する女性醸造家としてワイン界隈では知られている。
今回のワインはサンスフル、酸化防止剤無添加で造られた赤ワインだ。
使われているブドウ品種はマスカットベーリーA、これもまた日本で改良された品種である。
では、説明が長くなる前にワインを開けようと思う。
開けた瞬間はやや獣臭がしたが、空気と触れ合わせ他の香りが立ち始めるとうまく調和してきた。
イチゴっぽさのあるベーリーAらしさを感じられる。
瓶内でごく僅かに発酵していたからか、味わいにちょっとピリッとした炭酸が微かにする。
渋みも厚みも無いので、サラッと飲めるタイプの造りだ。
『いも煮』
本場では秋の風物詩だが現在は春であるため季節外れであるが、同じく山形を代表する郷土料理いも煮で合わせる。
アサヒビールが提供しているレシピを採用した。
詳しくはこちらで。
https://www.asahibeer.co.jp/enjoy/recipe/search/recipe.psp.html?CODE=0000002411
細かい調理描写は省き、コトコトと煮込む。
甘辛い醤油の和の香りが胃を刺激してくる。
そして、食指を気合で抑え込んでいると完成だ。
ホクホクの里芋、甘みを感じる旨味ある牛肉、何よりも醤油の和の風味がどこか心安らかにホッとさせる。
今年の春の訪れは早いため、昼間は暖かいが夜はまだ冷える。
暖かいものがまだまだ美味しい時期だ。
では、ワインを合わせよう。
単体ではどこか物足りなく、どこか欠点が目立っていたが、料理と合わせることでうまく両者を引き立て合っている。
このワインの場合は、特に和風の醤油ベースと良く合っていると思う。
和食とともに供すると真価を発揮するかのようだ。
ワインもまた食事の一部、それぞれを活かし合う大切さがあると思う。
これが日本的、と言ってしまえばフワッとした言葉に逃げているかもしれない。
だが、和食と合わせて楽しめることが日本ワインの美点でもあるはずだ。
さて、ワインと食事が終わり、どこか満たされた気分だった。
僕は過去の旅が終着点へと辿り着き、現在の立ち位置について見直す時がやって来た。
☆☆☆
ワイナリー内でのキャンピングカー生活が終わり、それぞれの行き先へと分かれていった。
僕はロックダウン前にお世話になっていたヒュー氏のシェアハウスへと戻った。
仕事は継続して一ヶ月ほどだが、残留することになった。
仕事自体はそれほど忙しくはなく、シーズン後の後片付けがほとんどだった。
たまに、残っていたワインのブレンドなどをおこなったが、主に清掃業務であった。
広い分だけ清掃する場所が多かったわけだが。
仕事も週休二日制へと戻り、穏やかな日々も戻ってきた。
週末の休みには、町の川沿いの遊歩道を散歩する人々が穏やかな陽の光を浴びている。
その中に幾人かの見知った顔も見られた。
皆、それぞれの場所へと戻り、それぞれの生活に戻っていた。
スーパーへと食材の買い出しに出掛ければ、ロックダウン中の人数制限が撤廃され、比較的自由に買い出しはできた。
ロックダウン中に伸び放題だった髪も切りに行くこともできた。
飲みに誘われれば、色々と制約はあったが、仲間たちと気晴らしもできるようになった。
シェアハウスのヒュー氏と近隣へとトレッキングに行くこともあった。
ニュージーランドの美しい自然は、人の営みとは関係なく存続していた。
やがて仕事も終わり、帰国の日が近づいていた。
航空便も制限され、オーストラリア経由のみしかなく、以前と比べて遥かに割高であった。
検疫のための面倒な手続きも多かった。
このような手続きを早くに済ませてしまったため、特例でニュージーランドにもう少しだけ残留できることを後で知った。
残された季節労働者は、畑仕事をさせてもらえて生活費を稼ぐとができたわけだ。
すでに帰国の手続きを済ませてしまったので、僕は帰国するしかなかった。
来シーズンは給料増額、ポジションもランクアップという条件は提示されていたので、また戻ってこようと思っていた。
どうせ、来年にはコロナ禍も落ち着いて戻ってこれるだろうとタカを括っていたのだ。
だが、甘かった。
ニュージーランド政府の素早い対応と大規模な封じ込め、ゼロコロナ政策でコロナ禍に打ち勝てると思いこんでいた。
しかし、この当時は誰もわからなかった。
この解放感はただの一時のことであったのだ、と。
ワクチンができ、感染も落ち着いたかのように見られた。
だが、世界では次々と変異株が現れ、感染爆発と小康状態が幾度も繰り返された。
ニュージーランド政府は頑なに国境を封鎖し、ゼロコロナ政策を行っていた。
しかし、感染増加に耐えきれず、やがて断念しコロナとの共生へと方向転換を図った。
始まりからその間2年以上続き、コロナへの敗北とともにようやく国境が開かれたわけだ。
そして、コロナ禍による未曾有の事態によって引き起こされた激動の時代、多くの人々が大きな変化をもたらされたことだろう。
いや、今も様々な形に変わって続いている。
僕もまた、その激流に飲み込まれた。
そう。
僕の旅はここで終わりを告げることになったのだ。
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