タンクローリーだッ!
『シードル ロゼ
NV
ヤーニハンソ』
バルト海沿岸に位置する小国エストニアからやってきた。
今回はいつもと違ってシードル、リンゴで造られたスパークリングワインだ。
原材料はリンゴだが、シャンパンと同じように造られている。
エストニアは北国で寒すぎるため、ワイン用のブドウを栽培することに適していない。
そのため、リンゴで造られたシードルはビールと共に愛飲されている。
このヤーニハンソという生産者は、18世紀から造っている歴史ある醸造所だ。
では、ポンッと開けてみよう。
グラスに注ぐとキメの細かい泡が立ち上り、ロゼワインのように濃いピンクの色合いが鮮やかだ。
熟したリンゴの香りに酸味と甘味のバランスもよく、気持ちよく飲めてしまう。
『スルトゥ』
エストニアを代表する郷土料理、豚肉のブイヨンを固めた煮こごり、見た目はゼリーである。
作り方はそれほど難しくはないが時間がかかる。
レシピに忠実に作ってみようと思う。
まずは豚足、豚ロースのブロック肉、豚バラ肉をすべて鍋に入れ、水に全体を浸らせてから沸騰させる。
アクを取りながら透明になるまで煮込む。
そこに皮付きの玉ねぎとニンジンを丸ごと豪快に投入、塩コショウ、お好みのスパイス、ローリエを入れたら3~4時間煮込む。
肉が簡単に骨から外れるので、骨と肉を分けて肉を細かくバラバラにする。
ニンジンと玉ねぎを取り出し、スープを漉してバラバラにした肉を戻し、再沸騰させる。
容器にスープを流し込み、一晩冷やせば完成だ。
彩りに刻んだニンジンをスープに入れても良いし、ビネガーや、マスタード、西洋わさびなどをトッピングして良い。
今回はわさびにしよう。
次の日の夜、ようやく実食だ。
見た目はぷるんぷるんのゼリーなので、スプーンで簡単に口に運ぶことができる。
何とも不思議な出会いだ。
ひんやりとしたゼリーの食感なのに、豚の濃厚な出汁と旨味が凝縮されている。
わさびの爽やかなツンとくる感じが、どこか刺し身を食べている気分になる。
まさに未知との遭遇と言える。
日本人の口に合わせることは難しい味だと思われる。
が、これはこれで面白い。
そして、シードルと合わせる。
これが見事にイケる。
同じ郷土の物同士、お互いに旨味を活かし合っている。
伝統に裏打ちされた食文化というものは、決して侮ってはいけないものだ。
☆☆☆
コロナ禍によるロックダウンでの隔離生活も大きな問題もなく進行していた。
衣食住は事足りる上、娯楽もワイナリーが提供してくれていたので生き延びることができていた。
強いて言えば、寒暖差の激しいニュージーランドである。
夜勤の僕たちはキャンピングカーで昼間に寝ていたので、サウナのようになってしまうわけだ。
ドアを開ければ涼しい風が入ってくるが、体感温度に個人差があるので簡単には大丈夫とは言えないだろう。
だが、僕はちょうどよく眠れた。
さて、ワイナリーでの仕事であるが、僕たちは馬車馬のごとく働いていた。
世間はロックダウンで時が止まったかのように緩やかだっただろうが、日々忙しく動き回っていたので気がつけば月日は流れているのである。
初期の頃に仕込んだワインもほぼほぼ完成していたので、出荷される時期になった。
とはいえ、商品化はまだ先の話で、瓶詰めラインのある工場へと送られるだけだ。
だが、これがまたスケールが違う。
瓶詰めラインのある工場は別の場所にあるどころの話ではない。
別の島であり、ニュージーランド最大の街であり国際港オークランドにあるのだ。
その理由として、コストが圧倒的に安くなるからだ。
このワイナリー・ヴィラマリアは世界中にワインを輸出しているのである。
億単位のワインボトルに詰めてから運んでいたら、輸送するためのトラックが莫大に必要になる。
それなら、港に瓶詰め工場を造ってしまった方が安上がりというわけだ。
そのワインを運ぶために、タンクローリーや港にある巨大なコンテナにワインを液体のまま詰め、トラックで運ばれ船に乗って島を渡り、さらにトラックで陸路を縦断する。
終盤になるとこの作業がひたすら行われた。
この作業は基本的にコンビで行われ、相棒はエストニア人のクリス氏だった。
「ああ、テステス。クリス、聞こえる?」
「おお、聞こえるべ!」
トラックがやってくる前に準備を整え、最後にトランシーバーでチェックをする。
距離が遠いので、作業のやり取りするために必要となる。
準備が整えば、トラックがやってくる。
トラック業者は外注であるが、必要不可欠な人員で仕事なので、同じように別の場所で隔離されているので問題はなかった。
が、港町からピストン輸送でひたすらやってくるから大忙しであった。
「ん、そろそろ一杯になりそう、チェンジ!」
「オッケーだべ!」
作業をする時は、タンクの上から覗き込む役と下でポンプと切り替えバルブの操作をする役がいる。
バルブの操作やポンプのスピードを調整して満量まで入れていくわけだ。
タンクローリーは外から見ると一つだけに見えるが、中は何部屋にも分かれている場合がある。
それは、ワインのロットごとに分ける場合もあるからだ。
さらに、タンク内を容器内に満タンにして運ばないといけないので小分けの場合の方が便利な時もある。
タンク内を満タンにしないといけない理由は、空気に触れるとワインは酸化してしまう性質があるということもあるが、最大の理由は安全面からだ。
中途半端に入っている液体は輸送の振動で激しく揺れるわけで、トン単位の液体が時速百キロでの急ブレーキやカーブ時の衝撃を想像してもらいたい。
そうして、タンクローリーへ満タンに充填すると次のタンクローリーへと移る。
基本的にタンクローリー一台で二両編成なので、かなりの量になる。
が、タンクも化け物サイズなので、一本だけでもローリーが8台ほどやってくるのだ。
「ラスト一台!」
「けっぱろう!」
この作業だけで一日は終わり、それだけで時間が足りなければ、切りの良いところで次のシフトへと引き継がれていく。
こうして、大掛かりにワインを送り出していき、やがて今シーズンも終息に向かうわけであった。
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