マドモアゼル
『マドモアゼル L
2017
シャトー ラ ラギューヌ』
フランス・ボルドー、オー・メドック地区に属し、著名なシャトー(ワイナリー)が名を連ねるメドック格付け第三級に位置している。
そのシャトーのサードラベルのワインになる。
ファーストラベルは最上級となり、そのシャトーの顔である。
セカンドラベルは、ファーストラベルに使われない若い樹や区画、醸造初期に選別されたワインが使われる。
で、サードラベルは特に何という規定は無いが、その造り手のスタイルでありながら、比較的カジュアルで親しみやすいワインが多い。
他にも語るドラマはあるが、待ちきれないので、とっとと開けてしまおう。
グラスに注ぐとやや濃い目、明るいガーネットに見える。
開けたばかりはまだ香りが閉じていたが、時間が経つとチェリー系の濃い果実や樽のような木質感がある。
若いしっかりとしたタンニンを感じるが、きつすぎることはなく滑らかな飲み口である。
余韻が心地よく、楽しいワインだ。
『豚の角煮丼』
味わいのしっかりとしたボルドーワインなので、肉の甘味としょうゆの塩辛さを味わう豚の角煮を作ってみることにした。
難しいことはないが、じっくりコトコトと時間をかけてゆっくり味を染み込ませるという根気の必要となる料理だ。
豚バラブロック肉をたっぷりの水と生姜、ネギとともに火にかける。
沸騰したら、ちょうど良い弱火になる石油ストーブの上に移動してアク取りだ。
ここでじっくりと二時間ほど煮込むことになるので、部屋を暖めると同時にできるストーブは冬場では一石二鳥、さらにこの間に、事務仕事やカクヨムでもしていれば火の番や脳髄の疲れた頃に気分転換でアク取りもできるので、一石三鳥となる。
二時間ほど経ったら、火から下ろしそのまま冷ましてやる。
手でつかめる温度になったら、表面だけさっと水で洗い流し、丁度良い大きさに切り分ける。
その後、お好みのタレで30分程弱火で煮込む。
この時に胃が刺激されるがここは我慢しなければならない。
煮込み終わった後、冷ましてあげると肉に良く味が染み込むからだ。
ゆっくりと味を染み込ませた翌日、ついに実食となる。
箸を軽く差し込んだだけでホロホロと崩れる。
口の中ではとろけるように崩れ、甘塩っぱさがよく染み込み、至福の時となる。
当然、このワインとも相性は抜群だった。
マドモアゼル(少女)のように若々しいワインだったが、人生の酸いも甘いも知り尽くした師匠である老婦人と出会い、立派なマダム(淑女)に成長していく物語のようだ。
某ワイン漫画のようによくわからないポエムみたいになってしまったが、料理もワインも美味しかったということである。
☆☆☆
前回では、準備が整い活性化された酵母を化け物タンクに送り込む、という話で終わったと思う。
今回はその続きをしようと思う。
これもまた、それほど難しい話ではない。
が、規模が問題なのである。
並のワイナリーの規模であれば、タンクへと送り込むホースの長さはたかが知れたものだ。
しかし、この大ワイナリーでは、ホースの長さだけで数百メートルはある上に、バズーカ砲が撃てるほどの大口径だ。
僕の担当していた場所は大体ワイナリーの中心部、そこから各場所へ、だ。
移動だけで一日に何キロ歩くのだろうか。
もっとも、本当に大変なのは最初だけだ。
一度ホースのシステムを組んでしまえば、その後は微調整だけでなんとかなる。
分岐点でバルブを切り替えれば、各場所のタンクのある箇所につながるわけだ。
だがしかし、ホースの中に入っているワインだけで300Lはざらにあった。
ざっとワインボトル400本程だ。
この時期は感覚が麻痺しているが、冷静になると一度のミスで起こりうる損失に肝が冷える。
三回に渡って長々と語ったが、このような仕事を主にしていたわけである。
さて、自分の仕事が終われば、同じチームのメンバーの仕事を手伝う。
チームの仕事すらなければ、他のチームの仕事を手伝うことになる。
僕は自分の仕事が終わり、ワイナリーの樽のある棟へと歩いていく。
普段、その棟には数個のタンクと広々とした空きスペースがあるだけだ。
だが、この時は違っていた。
空の木樽がその空きスペースにいくつも並び、タンクにホースが接続されていた。
そこでは、フランスのマドモアゼル、クリオが樽に赤ワインを詰めていた。
マドモアゼル、未婚のお嬢さんという意味のあるフランス語だが、僕は何も期待はしていなかった。
ガールフレンドのいる美女がザラに居るこの世界は残酷なのだとわかっているからだ。
仕事が終わり、ディナー(朝)を食べる時間になった。
「今日はクイズナイトだぞ!」
工場長のポジションにいるクリス氏が、キャンピングカー村へと戻る僕たちに声をかける。
そう、
ロックダウンの状況であるため、娯楽のない僕たちに息抜きのためにレクリエーションを会社が用意してくれたのだ。
さすが、労働者に優しいホワイト企業が多い先進国である。
元々は倉庫だった建物を急ごしらえで整えた食堂へと向かう。
そこには、各班ごとにテーブル席が作られ、学校の体育館にあるような大スクリーンが用意されていた。
プロジェクターで問題が提示され、四択の答えをチーム内で話し合いをして答えるというスタイルだった。
各自に地元ブリュワリーの缶ビールが配られ、夜勤明けの不思議なテンションも加えられたことで各チームは白熱していく。
もっとも、問題はどこかのチームメンバーの出身国についてのだったのでそれほど難しくはない。
例えば、この男は誰だ? と近年最も有名なアルゼンチン出身のサッカー選手の顔写真が出た。
他にも、元アメリカ大統領トランプ氏の変顔写真の後、選挙スローガンはどれだ? とかだ。
そして、僕の日本についての問題も出てきた。
日本でも最も人気のあるスポーツは何だ?
「わかった! SUMOでしょ!」
フランスのマドモアゼルが自慢げに答える。
そう、世界での日本の認識などその程度のものだ。
かつてのフランス大統領シラク氏は熱狂的ファンだったが、日本で国技とはいえ国内の人気はそれほど高くはないと思う。
「いいや、野球だよ」
僕がドヤって反論をするとみんなは「信じられない」と言う。
だが、僕が堂々としていると半信半疑で野球を選んだ。
そして、見事に全チーム唯一の正解となった。
僕は称えられ、この世の春を謳歌したかのようだった。
もちろん、モテ期など事象の地平面にあったが、主役気分は悪くなかった。
調子に乗って某ワイン漫画のようにポエムをしたくなったが、勝利の美酒に酔いしれるだけで、心地よい時間が過ぎ去っていった。
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