Despacito

『パッシート ディ パンテレッリア

 2021

 ペッレグリーノ』


 アフリカに最も近い地中海の島、イタリア南端シチリアの離島パンテレッリア島で造られる甘口ワイン・パッシート。

 8月末の灼熱の太陽の下でブドウをパッシート(乾燥)して糖分を凝縮し、醸造され、さらにワイン由来のスピリッツを加え酒精強化している。


 パンテレッリア島は火山島で独特な自然の景観があり、知る人ぞ知るリゾートアイランドらしい。

 そんな情熱的な太陽に照らされる土地で甘い大人の夜のような雫を造り出すのは、シチリアの伝統と歴史を誇るワイナリー、ペッレグリーノ社である。


 では、ボトルを開ける。


 グラスに甘みの凝縮された琥珀色のネットリとした液体が注がれていく。

 まるでハニーのような甘い香り、アプリコットジャムのような濃厚な味わいである。

 酸味が芯を一本通してるため、この甘さが心地よく魅惑的だ。


 しかし、ワイン単体ではグラス1杯で十分だと思える。 


『レアチーズタルト』


 今回は買ってきたデザートで合わせる。

 甘さ控えめなレアチーズのタルトだ。


 まろやかに発酵されたレアチーズが甘さ控えめで口当たりも滑らかだ。

 タルト生地も甘さ控えめでサクサクとした食感、このままでは少々味気ないが、これならばと逆に期待できる味わいだ。


 そうして軽く味見をしてワインとともに合わせる。


 予想通り文句なし、いや期待以上だ。


 シンプルなレアチーズタルトにコンポートをトッピングしたかのように味わいに豪華さが出る。

 同時にワインの後味に心地よい余韻が生まれる。

 お互いがお互いの不完全さを埋め合い、さらに食を進ませる。


 これぞマリアージュ、ワインと食事は結婚に例えられることが多く、良い悪い組み合わせも星の数ほどある。

 今回の結婚は当たりだったと言えるだろう。


 人生もまた良い結婚、悪い結婚というものもお互いの相性次第ということになるだろうと思う。

 ワインだけや食事だけという独身シングルも楽しみ方の一つだ。


 だが、人は社会を形成して群れで生きる生き物だ。

 ふとしたキッカケで、孤独に押し潰され心がへし折れそうな時もあることだろう。


 そんな時にお互いの弱点を支え合うパートナーとマリアージュが出来ていれば良い人生食事を送ることができるのではないだろうか?


 ……しらんけど。


☆☆☆


 酒に飲まれてやらかした僕は気が滅入っていてどうも調子が良くなかった。

 原因となったアルゼンチン女子やチリの若い男はすでに去り、気にする必要などないのだが気にする者は自分自身だということだ。


 そんな中でも仕事は無難にこなし、着々と今シーズンも終わりに近づいていた。

 やるべき仕事も少なくなり、定時で仕事が終わる日も多くなった。


「ミ・レイ! ダチがエンパナーダを大量に作るんで家に来いよ?」


 と、ベネズエラ移民のぽっちゃり体型チャモ氏に誘われた。

 チャモ氏は意外と英語が堪能だった。

 僕自身、断る理由も無いし、気分転換になればいいかと了承した。

 他にも同じインターン仲間の男たち2名も誘われて一緒に行くことになった。


 ちなみに、ミ・レイとは、この当時チリを含む全世界同時配信されていた『ゲーム・オブ・スローンズ』に影響されて流行っていた言葉だ。

 意味は『陛下』のスペイン語である。


 ついでに『チャモ』とは、やんちゃ坊主という意味を持つあだ名だ。


 この日は定時に仕事が終わり、行くことになった男三名は近隣の町カサブランカに住むチャモ氏の住処へと向かった。

 この頃はすでに秋も終わり冬が近付いて来ていたため日も短い。

 暗くなった頃、チャモ氏の住処に到着した。


 そこは日本で言うところの公営住宅のような場所だった。

 チャモ氏はそこに住む友人夫婦の部屋を一室間借りしているらしい。

 移民という存在は貧しくとも生存能力がたくましい。


 友人夫婦は気にせず僕たちも招き入れてくれ、チャモ氏の部屋でエンパナーダを食し、満腹になるまでのんびりと過ごした。


「さて、バーに飲みに行くぞ!」


 給料の入ったばかりのチャモ氏は強気の行動に出て夜の街へと繰り出した。

 僕たちも連れて行かれて町外れの妖し気な店へとやってきた。


 屈強な体格の用心棒バウンサーにジロリと一睨みされてから許可を受けたかのように店内に案内された。


 店内は薄暗くラテンの音楽が大音量で流れ、視界がややタバコの煙で霞んでいる。

 僕たち以外にも男たちが数組すでに飲んでいる。

 カウンターではダイナマイトなボディをした女性たちが談笑し、入店して来た僕たちに気づいて注文を取りに来た。


 そうして注文されたビールなどを持ってきた、と思っていたが僕たちの席に一緒に座り話に加わってきた。

 もちろんスペイン語なので僕は全くわからない。


 チャモ氏が通訳をしてくれて紹介してくれた。

 彼女たちはコロンビア移民なのだそうだ。

 僕はよくわからないまま話が盛り上がり、雰囲気でここは日本で言うところのキャバクラのような店なのだろうかと思った。


 話は更に盛り上がり、奥にある個室でダンスをしようという話になった。

 僕はわからないまま一緒についていった。


 会話もできないほどの大音量でダンスミュージックが流れ、退廃的な雰囲気に飲み込まれていく。

 ダイナマイトなボディのコロンビア美女に手を取られ、僕もリードされながら踊る。

 この当時以前から流行っていた『Despacito』が流れる。


 情熱的な瞳に見つめられ、目が釘付けにされる。

 魅惑的な磁力に惹きつけられていくかのようだ。

 理性では抗えない。


 ちらりと横を見ると、チャモ氏と他のコロンビア美女が絡み合うように踊るDespacito

 二人は更に奥の部屋へと消えていく。


 情熱的に踊りうっすらと汗ばみ妖しく光る褐色の肌、リズムに乗って危険な場所にいざなわれてしまう。

 そこにあるパンドラの箱を開けてしまうのだろうか?


 だけど焦ってはいけない。

 少しずつパシート少しずつパシート、気持ちを通わせていきたい。

 でも、小悪魔のような君の瞳に熱く固まりそうだ。


 幻のような空間に流れるDespacitoに意識が蕩けていく。


 一夜限りのComplete

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