道の一歩目へ

『シャトー ド トレヴィアック コルビエール ルージュ

 2018

 アルノー シェ』


 ワイン生産者のアルノ―・シェは、フランス南部人らしく底抜けに明るいらしい。

 ワインは人に例えられるように、その性格を反映される。


 では、その前評判通りかこのワインで試してみる。


 ほぼ黒と言えるほどの濃厚な色合い、味わいも濃厚で力強い。

 ブドウの品種は、シラーとグルナッシュのブレンドだ。

 シラーらしいスパイス感があり、完熟した果実味、実にはっきりとした味わいだ。

 明るく元気な人なのだと想像できる。

 ラングドック・コルビエールの赤ワインらしいと思える。


 しかもこの重厚さで千円台なのだから、かなりの高コスパだ。

 フルボディ好きにはたまらない1本である。


 半分ほど残して次の日に飲んでみると、渋みが落ち着いてヤンチャな少年のカドが取れたようなまろやかさが出ている。

 個人的にはこちらの方が好みの味わいだ。


『鴨肉のスモークと赤ワインソース』


 鴨肉は実に脂が濃厚なので、渋みの強いワインとよく合うと個人的に思う。

 今回は少し甘めのソースを作ってみた。

 赤ワイン、バター、塩コショウ、ハチミツのシンプルな味わいだ。


 今回飲んでいる赤ワインをベースに作ったソースなので味わいがケンカすることなく馴染んでいると思う。

 このソースの中にほんのりとレモンを混ぜているので、酸味が脂分をさっぱりとさせている。

 胃もたれしやすい人でも少しは食べやすくなっていると思う。

 レモンよりもオレンジを使ったほうが良い味になるかもしれない。


 こちらの生産者アルノ―・シェについて、輸入元では若き才能と紹介されていた。

 よく見ると、彼がワイナリーを受け継いだのは2000年ちょうど、すでに20年以上も前の話だ。

 今ではベテランの域に入っていると思う。

 現在のワインはかなりのレベルに位置している。

 しかし、その当時の彼はまだ若く経験値も低かったことだろう。

 

 初めから何でもできる人間などいないはずだ。

 中には、器用にほんの少しやってみただけでできるようになる人もいると思う。

 でも、ほとんどの人はそうではない。

 努力をしていけば、才能の壁は乗り超えることもできるはずだ。

 物覚えの決してよくない凡人である僕は、そう思いたい。


☆☆☆


 ブドウ畑に立てば、ひと目で冬の訪れを感じることができる。


 にぎやかだった収穫、その後の風景は赤や黄に変わり、さらに茶に変化して地に落ちる。

 残された枝はむき出しとなり、寒々しい。

 生命は消え失せたかのような終末世界のようである。

 しかしながら、ぶどうの木は次の春まで眠りについているだけだ。

 そして、僕たち人間は辛く果てしない剪定作業に取り掛かる。

 

 この時、僕以外にも韓国人男性が同じく住み込んでいた。

 僕たちは、オーナーのクリスチャンに、どのような枝を切っていけばよいのか教えられながら作業を始めた。

 

 使う道具は電動ハサミだった。

 これがかなりの切れ味と力なので、簡単に枝を切ることができる。

 作業効率は圧倒的に上がるし、手や指の負担が減る。

 通常の剪定バサミだと、かなりの本数を切ることになるので腱鞘炎になることが多い。

 問題は、力が強いのでブドウの木を支えるワイヤーや人間の指も、簡単に切り落としてしまうことだ。


 さて、仕立て方は垣根仕立てギヨサンプルというもの。

 来年用に1メートルほどの長い枝を1本、再来年用に二芽だけ残した短い枝を1本、それぞれ残して後は根本からバッサリと切り落とす。

 説明されて見ていると実に単純だ。


 しかし、全くできない!

 どの枝を切れば良いのか、うんうんとうなりながらおっかなびっくりして切った。


「ああ、違う違う、この枝が元気があっていいだろ? ということは、こう、こう、こうだ!」


 と、クリスチャンはサクサクと切っていく。

 僕たちがあれこれ迷いながら悩みながら1本切り終えた頃には、クリスチャンは遥か彼方にいる。

 

 さらに時間が過ぎると、僕たちの取り掛かっている列に折り返してきたクリスチャンがバッサバッサと切っていく。

 

「それも違うぞ。その枝は良い太さだが、幹の根元から遠いから来年には使えない。こっちの方だ」


 と、また間違いを指摘される。


 そうして休憩し、作ってきたサンドイッチとコーヒーを頬張った。


 その後も作業を続けたが、全くできる気がしなかった。


 全くの役立たずだ。

 僕は表には出さないが、内心自分が情けなくて悔しかった。

 

 見るだけなら簡単そうに見えた。

 やっていけばそのうち慣れるだろう、そう高をくくっていた。

 だが、ダメだった。

 その道のプロには遠く及ばないし、その入口にもまだまだたどり着けなかった。


 でも、この冬が終わるまでに、この道に一歩は足を踏み出してみせよう。

 表向きは穏やかに、内心は静かに熱くなっていた。

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