失敗は成功への第一歩
『トムズ ブロック ピノ ノワール
2017
ノイドルフ・ヴィンヤーズ』
ニュージーランド南島の北海岸に面したネルソンは、緑あふれる豊かな大自然に囲まれている。
アートの街として有名だが、ワインも晴天率が高く穏やかで過ごしやすい気候から、果実味が豊かで骨格のしっかりとした高品質なワインが造られている。
僕は学校を卒業後、ワイナリーでの仕事が始まるまでこの街に少しの間だけいた。
夏の日差しは本当に強かった。
こちらのノイドルフ・ヴィンヤーズは、30年間に渡り、ネルソンで高評価を受けているワイナリーである。
出来るだけ化学肥料や除草剤を使わず生態系とのバランスの維持を目指す、サステイナブル農法を取り入れ、畑や自然環境にも配慮している。
サステイナブル農法は、絶対に化学物質を使わないのではなく、雨の多い時などの非常時に病気を防ぐために使用する場合もある。
自然農法と最新技術の融合といった農法だろう。
さて、グラスにワインを注ぐ前に、ここで大失敗を犯したことに気がついた。
グラスの香りが異常に生臭い。
原因は分かったが、試しにグラスにほんの少しワインを注いでみた。
ワインが魚介類を煮詰めた、出汁醤油のようになっている。
別のグラスもワインを注いだ。
色合いはレンガのようにやや赤茶けているが、うん、まともなピノ・ノワールの香りだ。
チェリーのように甘い果実の香り、ダークチョコレートのような香りも感じる。
ややスパイシーさもある刺激的な酸味とジュージーな黒系果実のような味わい。
原因はグラスがキレイに洗われていなかったせいだ。
明らかな凡ミスだ。
前回アラ汁は、かなり濃厚な魚介の味わいだった。
普段よりも余計に気をつけて洗うべきだったのだ。
『鶏としめじの和風ペペロンチーノ』
さて、気を取り直して料理にしよう。
パスタを茹でながら、にんにくと玉ねぎ、赤唐辛子の輪切りをオリーブオイルで炒め、食欲を誘う香りがしてきたところで鶏肉も炒める。
程よく火が通ったところで、しめじをフライパンに投入、しんなりしてきたころ、パスタもアルデンテよりもほんの少し固めでストップ。
パスタをフライパンに投入して、醤油を加えてパスタに軽く吸わせ、オリーブオイルを軽くふりかけて完成!
この辛味と香ばしいにんにくの香りが食欲をそそる。
きのこの風味がさらに香りを引き立てる。
火を通してパサつき気味の鶏肉もオリーブオイルでジューシーになった。
糖質、油、塩、まさに食欲の因果律、どこまでも暗い欲望に引きづられていきそうだ。
ここで、さらにグラスを傾ける。
ややスパイシーなワインの口当たりは、ペペロンチーノの辛味によって麻痺させられている。
果実の甘い味わいが際立つ。
フルーツの余韻があるにも関わらず、酸味もあるため後味はスッキリだ。
やや物足りない中、完食した。
食べ過ぎるという失敗をしないためにも、今回は少なめに作っていたのだ。
そして、ワイングラスもしっかりと洗い、臭みが残っていないことも確認することも忘れなかった。
☆☆☆
ワイナリーでの仕事も始まった。
始めは各チームに分かれ、それぞれ扱う機械類の説明を受けながら作業をしていった。
チームは大きく分けて3つ、
畑から運ばれてきた大量のブドウを受け取り、プレス機に投入し、ブドウを絞るプレスチーム。
プレスで絞られた果汁を処理し、発酵させワインにしていくセラーチーム。
果汁やワインの糖度や酸度、亜硫酸含有量などを分析するラボチーム。
僕はセラーチームに配属された。
チームリーダーは、白人系の地元ニュージーランド人タリー氏だ。
体格は白人にしては小さめだが、スキンヘッドでタトゥーが両腕から首筋までびっしりと入っている、いかつい男だ。
少々古いアメリカドラマ『サンズ・オブ・アナーキー』のメンバーにいそうな風貌である。
ワインを造る作業には様々な工程があるが、まずは果汁の澱引きについて語ろう。
通常、プレスされた果汁には、多くの不純物が含まれている。
その不純物を1、2日ほどゆっくりと沈殿させて、上澄み部分の綺麗な果汁で発酵させるのが一般的なワインだ。
しかし、ニュージーランドを含む新世界の規模の大きいワイナリーでは少々事情が違う。
工程を早めるために、特殊な機械を使って澱を沈めるのではなく、浮かせるのである。
その材料に、じゃがいも由来のタンパク質を注入して、澱を浮かせるという方法だ。
この方法を使えば、工程は半日以上短縮される。
ピーク時には休みなくブドウが次々と運ばれてくるので、時間短縮、コスト削減となるわけだ。
その機械を僕も使い方を習い、マニュアルに沿って、仕事をしたわけだ。
しかし、僕はなぜか初めての作業は大体失敗する。
個人的には注意しているが、不運な偶然も重なるものだ。
突然、機械は火花が飛ぶような音とともに停止した。
電源を入れてもうんともすんとは言わず、やがて焦げ臭い匂いがどこかから漂ってきた。
周囲の電気も落ち、上司たちも飛んできたわけだ。
原因は、高圧電源と繋がっているプラグが緩んでいたらしく、機械の振動で徐々に外れて焦げ付いたというわけだ。
僕は大失態に呆然としてしまったわけだが、リーダーは冷静だった。
原因が分かるとすぐに電気工事業者を呼んで電源とプラグを直してもらった。
幸い、機械自体には問題がなかった。
ちなみに、その機械は1千万円近くするので、もし壊していたらと思うとゾッとする。
手際よく修理は完了し、作業はすぐに再開された。
僕は大したお咎めもなく「しっかり注意して確認するように」と言われたぐらいだった。
見かけによらず、良い人間だったのだ。
同じ失敗は繰り返さない。
実体験を伴い、最大の教訓になった。
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