終章
終わりなき旅路へ
『リースリング ベーレンアウスレーゼ
2017
マントラーホフ』
前回と同じくマントラー家のワイン。
しかし、今回は第一部最後として特別なワインを開けた。
白ぶどう品種リースリングのベーレンアウスレーゼ、過熟および貴腐果実を用いた高級デザートワインである。
「貴腐」とは、果皮がボトリティス・シネレア という菌(カビ)に感染することによって果汁中の水分が蒸発して糖度が高まり、貴腐香と呼ばれる独特の芳香を帯びる現象である。
しかしながら、水分が蒸発するということはそれだけ収穫量は少なくなる。
さらに、貴腐菌が良好な状態を保つためには特定の気象条件が必要だ。
つまり、他のブドウよりも手間暇がかかる上、気候条件が揃わなければ毎年造ることができない貴重なワインなのである。
では、そんな貴重な一本を堪能しよう。
グラスに注ぐとすぐに分かる。
淡く輝くゴールド、ねっとりとした粘性は見ているだけでその濃厚さに口の中に自然と唾液が広がる。
熟して今にもとろけそうな甘い白桃などの果実やハチミツ、華やかで気品のある香り、しかし、滑らかで口当たりが良い。
力強く凝縮した甘さがあるのに、芯の通った酸味があり、柔らかで幸福な余韻がどこまでも続く。
まさしく特別な一本、ラストを締めくくるに相応しい。
『マスカルポーネとエスプレッソソース ドライフルーツのトッピング』
クセのないこのクリーミーなチーズは、ほんのり甘苦いエスプレッソソースとの相性が良い。
それだけではデザートとしてはつまらないので、レーズンなどのドライフルーツもトッピングしてみた。
うん、この甘さ控えめなデザートは期待を裏切らない。
ミルキーでクリーミーなほんのり感じる甘さ、アクセントになるほんの少しだけの苦味、ドライフルーツの濃縮された果実感が食後のデザートとして胃に優しい。
さて、この口当たりの優しいデザートと濃厚なデザートワインが合うのだろうか?
ブルーチーズみたいにクセのあるチーズやフォアグラと合わせるのが定番だが。
では、実際に試してみると、これが意外と合った。
クセも甘みも強くないデザートに濃厚なハチミツのようなソースが添えられたようで味わいにより面白みが出た。
余韻がどこまでも続いていくかのようだ。
これがワインの醍醐味なのだろう。
飽きさせない、いつまでも甘美な余韻に浸っていた。
何事にも終わりがあることは理解している。
だが、もう一杯だけとさらにグラスを傾ける。
☆☆☆
冬が終わった。
春になり、ブドウ畑には新芽の淡い色合いが目に映える。
生命が溢れる希望に満ちた目覚めの時だ。
そして、新たなる始まり時でもあった。
僕は冬の間お世話になったクリスチャンの家を後にし、パリへと向かう列車の中、一人ぼんやりと窓の外を眺めていた。
僕がフランスにやってきて1年が経った。
ビザの有効期限が切れる日もやってきた。
僕の持っているビザでは滞在の延長はできないので、帰国しなければいけない。
本当に時が過ぎ去るのは早かった。
しかし!
と、僕は思った。
たったの1年でワインの何を知ることができたのだろうか?
そうなのだ。
僕はまだ満足していなかった。
コネも経験も知識すら何もない状態で、ワインの本場で1年間生き延びることはできた。
生き延びるために目的以外の仕事もした。
楽しいことも悔しい思いも、良い出会いも別れも経験した。
良いカルチャーショックも受けた。
本場の生産者たちと知り合うという貴重な経験もした。
ワイン造りという仕事の一端にも触れることもできた。
だが、まだ足りない。
僕はもっと先を知りたい。
もっともっとワインの道を進んでいきたい。
さらなる欲求が湧いてきていた。
そう。
僕は頭の先までどっぷりと浸かり、
この旅はただの序幕に過ぎなかった。
無限に続いていくワイン道の入口をくぐるまでの物語だった。
僕は列車を降り、バックパックを背負って再びシャルル・ド・ゴール空港の地を踏みしめた。
なけなしの最後の資金を航空券に変え、次の地へと向かうために。
そして、終わりなき旅路へと飛び立った。
神の血に溺れる第一部 了
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