スカーレットプリッジ -The Fox of roaring flames-

荒城夢兎

プロローグ

 それは、一瞬の出来事だった。

 バス遠足の帰り道、リュックサックに忍ばせて居た板チョコを一口噛んだその瞬間――――

 私達の乗っていたバスは、ガードレールから飛び出した。

 飛ぶ、というのは適切な言葉では無いかもしれない。

 なぜなら、瞬時に落ちるという感覚に変わったからだ。


 ガードレールを突き破った後、すぐには、悲鳴を上げるという行為を、私も含めて、誰もしなかった。

 浮遊感、落下感、それを現実の物として瞬時には受け入れられなかったのだろうか。

 口の中にチョコレートのほろ苦くも甘い味が広がって、私は27人の同級生と共に、山の上から緑広がる大地に、落ちて行った……。

 この山は、確か標高1600mと教わった。

 その頂上付近の展望台から下る途中の道から、私達の乗ったバスは、落ちた。

 しかも、断崖絶壁となっている崖の上から、である。


「ああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「きゃーーーーー!!」

「おあぁぁぁぁぁ!!!」

 

 緑の大地が自分達に近付いて来ると、ようやく状況を理解したらしい同級生から悲鳴が上がる。 私も悲鳴を上げたかったのだが、チョコレートを味わう為に口は塞がれてしまっていた。

 口をもごもごと動かしながら、私は何故か頭の中で母に謝罪の言葉を浮かべて居た。

 中学二年生。 ここまで女手一つで育てて貰ったのに、こんな事故で死んで、御免なさい、と。


 死ぬというのは、痛いのだろうか。 もしバスが爆発したら熱いのだろうか。

 そんな想像をしながら、覚悟を決めて目を瞑る私。


 …………。


 ぺたん、と、臀部に冷たい物が当たる感触。


 痛くは……無い。 何故?

 右の目だけを、恐る恐る開いてみる。

 ……が、真っ暗だ。


 死の世界とは、暗いのか。


「え? 何これ……。」

「死ん……だの? 私達。」


 その暗闇の中で、男と女の声、聞き覚えのある同級生の声が響いた。

 一緒に死んだから、死後の世界にも一緒に来たという事だろうか。

 死んでからも一緒だなんて、勘弁して欲しい。


「あっ!!」


 と、瞬時に目の前に拳大の光の玉が現れ、その出現に驚いて声を出す男子。

 その光に照らされて、自分が今居る場所が露になる。


 そこは、教室くらいの大きさの、石畳の床の部屋。

 壁も同じく石で出来て居るようだ。

 これが、死後の世界?

 にしては……感触が、普通にある。 石畳の床は冷たく、そして、湿った感じ。

 そして、嗅覚もあり、空気は、なんだかカビ臭い。


 周囲を見渡して見ると、同級生がおり、その他にはバスの運転手と先生も居た。

 と、周囲の壁の一部に木の扉があるのが見える。

 クラス委員長の樫木美佳かしきみかが、立ち上がると、その扉に向かった。


「樫木さん!! 動いてはいけません!!」


 30台後半の女性、私達の担任の先生からヒステリックにそう指示されるが、樫木さんは聞こえないフリをして、扉の取っ手に手を掛けた。

 と、その扉がこちら側に開かれる。

 しかし、開かれたのは……樫木さんの意思では無かったようだ。

 意外そうな顔をして、その扉が開くのを一歩下がって見る樫木さん。


 開いた扉から現れたのは、栗色の髪の女性、何処かの民族衣装なのだろうか、膝丈の白いワンピースに、色とりどりの布を両肩に何枚も掛けていて、頭にはティアラのような物が乗っていた。

 その女性は日本人にしては目鼻立ちがくっきりし過ぎて居る。

 西洋人、なのだろうか? 遠目にも、女の私から見ても美人である事は確かだが……。


『あなた方は、元の世界で死亡する筈でした。』


 急に、頭の中に女性の声が響いた。

 ……え? 死亡する、ですって? それよりも、元の世界って……。

 同級生達も、私が疑問に思った事と同じ事を、ぼそぼそと口にした。


「なんだよ……死ぬ筈って……。」

「元の世界ってどういう事?」

「それより頭に直接聞こえてくるんだけど。」

『簡単に言いますと、その死亡する筈のあなた達をこの世界、セントガルドに召還致しました。』


 皆の声を聞き流し、そう続けて言った女性。

 と、扉が再び開き、西洋ファンタジーに出てくるような鎧を全身に着た兵士が4人、この部屋に入って来て、私達の人数を数え始めた。


「ちょっと、貴方達何なんですか!?」


 先生が、ヒステリックに声を荒げながら兵士達に詰め寄って行く。

 一人の兵士が首を傾げて、隣の兵士に何かを言った。 何語、なのだろうか。

 女性が言う様に、ここが別の世界というならば、地球上には存在しない言語という事になるが……。


「あっ!!」


 先生の一番近くに居た男子が声を上げる。

 ――――それは、一瞬の出来事だった。

 兵士は腰に挿してあった剣を抜いて、抜くのと同時に、詰め寄った先生を下から上に…………斬った。

 もっと、ざくっ! とか、ずばっ! とか、人を斬る時はそんな音がするのだと思って居たが、正解は、シャプン!! でした。

 それにしても、何と言う切れ味なのだろう。 両刃の剣というのは、人の身体をこんなにも簡単に斬り裂けるものなのだろうか。 西洋の剣は、斬るというよりも叩き斬るという話を聞いた事があるが、今の切れ味を見る限りでは全くそんな感じはしなかった。 それに、何か白い光を帯びて居るようだが、それが切れ味に関係するのだろうか。

 人が斬られる瞬間を見て、私の頭の中がどうにかなってしまったのか、そんな下らない事を考えてしまっている私。


 どちゃ。 と、上半身を右の腹から左の肩にかけてばっさりと斬られた先生が、石畳の上に前のめりに倒れていった。


 その先生の身体から、赤い血が、身体の周りに広がっていく。


 ……勿論、もう、先生は動かない。


 あまり好きな先生では無かったが……何故かぶわ、と、目に涙が溢れて来た。

 顎が、がくがくと震える。 喉から、ひっ、ひっ、と、意図せず声が漏れる。


 ――――――違う。 私は、怖いのだ。 目の前で、一つの命が消えた事が。

 無慈悲に、何の言い訳も聞かず、一刀で斬り伏せた兵士。

 その剣が、私に向いたら?

 と、私はなんとか堪えたが、むわり、と、不快な匂い、小水の匂いが漂って来た。

 誰かが恐怖のあまり、漏らしてしまったのだろう。

 不快ではあるけれど、責める事は出来ない。

 あれだけの圧倒的な暴力を目の前にして、平気な顔が出来る中学生など居る訳が無いのだから。


 ……先生が殺されてから、男子も、女子も、誰一人として口を開かなかった。

 薄情だと思われるかもしれないが、私が先生に抱く感情は、短絡的な行動をして斬られてしまった、愚かな女、という一点のみであった。

 普段からヒステリックで、潔癖症の気があった先生だった。 死ぬまでそれを通したというのはある意味立派なのかもしれないが。


邪魔・・が入ったようですが、続けます。 これから皆さんに配るクリスタルですが、それを握り、『プレイエ』と、唱えて下さい。 あなた方の能力が、手の甲に現れるので、それを私に見せて下さい。』

「能力って……ゲームかよ。」


 髪をオールバックに固めた自称不良ワルの三好君が、吐き捨てるように言った。

 何故自称なのかというと、やる事が小物すぎるからだ。 コンビニでチョコを万引きした、生意気な小学生を泣かせてやった、そんな事を自慢げに話すのが本物のワルだとは私には思えない。

 ただ、そんな彼にも、友達が居て、なんと彼女も居るというのだから、そんな彼と同じ基準を持って居る人には格好良く見えるのかもしれない。

 

 私達を召喚したと言った女性は、三好君の独り言には反応せず、一旦扉の向こうに戻った兵士が、人数分のクリスタルを持って私達に近付いて来た。

 クリスタルは、小指大の小さな物で、クラス委員長の樫木さんが一番最初に手渡された。

 彼女も、青い顔をして震えて居たが、やらなければ自分も殺されると思ったのか、『プレイエ』と、言って手の甲を覗き込んだ。

 何が浮かび上がって居るのか分からないが、女性は堅木さんに近寄ると、手の甲を覗き込む。


『紫の賢者、ですか。 一人目から良い素質のある者が居るようですね。』


 ? 賢者? いきなりそんな事を言われても意味が判らない。


『色は本人の属性を示し、クラスは本人の資質となります。 その下にあるのが、筋力、体力、神力しんりき、知力、敏捷度、運という個人のパラメーターです。 参考までに、成人男性の基本値は、全て8です。』


 パ、パラメーター!?  それこそゲームではないか……。


『白い、戦士。 ……将来、聖戦士になれるかもしれませんね。』


 サッカー部の越野こしの君は、来年キャプテンになると期待されていた人物だ。

 資質やパラメーターには、前の世界での生活や能力が多少反映されるという事だろうか。

 女性は、そうやって他の皆の前に立ち、淡々と属性と資質を告げて行く。 

 スポーツが得意だった人は、戦士、騎士などの資質、勉強が得意だった人は、魔法使いや精霊使い、女子には治療士が多いようだ。

 勉強も、スポーツも得意な日立ひたち君は、属性は金色、そして魔法戦士の資質があると告げられた。 なんだか羨ましくなってしまう私。

 私は勉強は中の上、運動はからっきしだ。

 そんな私の属性と資質は何なのだろうか、と、先生が殺されてる状態で不謹慎ながらも考えてしまう私。


 そんな時、私の前の人、秋月美緒さんが、空色の錬金術師、と、告げられた。


 秋月さんは、クラス一番の美人、いや、可愛い系の美人だから、一番可愛い女子というのがしっくり来るだろうか。

 空色、とか、錬金術師とか、なんか響きが良いな……。


 やがて、私にも順番が回ってきた。

 クリスタルを握り、


「プレイエ。」


 そう唱える私。 と、右手の手の甲に浮かび上がる、象形文字のような文字と、数字。

 数字は私達の為に変換されているのか、見慣れた数字が並んで居た。

 私の手を、美人の女性が取り……なんだかこの人、良い匂いがするわ……。


『紅蓮の……キツネですね。 これは珍しい。 頑張ってください。』

「え?」


 今、女性が言った言葉が、素直に頭に入って来なかった。

 ……紅蓮までは良い。 だが、その後の……キツネ? 英語で言うところの、フォックス?

 それって……一体どんな資質だって言うのよ……。


 確かに目立った特技は無い普通の中学二年の女の子だけれど、一人だけ動物は酷いじゃないか。

 しかも、頑張って下さいとか励まされたわ……。

 肩をガクンと落して、それでも自分のパラメーターだけは確かめておかないと、と、並んだ数字を見る私。

 ええ、と、一番左が筋力だから……え? 5!? 私、筋力5しか無いの!?

 次に体力が6。 これも酷い。 神力しんりき8。 これは……普通か。 知力は11。 唯一の二桁。 でも……高いとは言えないわよね、きっと。

 秋月さんの手がちらりと見えたけれど、4番目のパラメーター、つまり知力は17だったもの……。

 敏捷度は7。 これも平均以下。 運は3という絶望的な数値。

 情けなくて涙が出て来そうだ。


 織部加奈。 14歳。


 自分の人生が何をどう間違って居たのか、つい思い出してしまう私であった。


 日本の地方都市、海の近くで産まれた私。

 大好物は魚。 魚ならなんでも好きだ。

 祖父と父が漁師だったのもあり、5歳までは良く刺身を食べて居た覚えがある。

 その二人は、私が6歳の誕生日を迎える二日前、高波で漁船が転覆して、二人とも帰らぬ人となった。

 それから、私は母と二人で生きる事を余儀なくされた。

 専業主婦だった母は、家のローンを返す事が出来ず、海の傍にあった私達の家を手放して、町の中のアパートに移り住んだ。

 今も住んでいる……六畳二間の、アパートだ。

 私は、6歳からずっとそこに住んで居るのであまり気にはしていないのだが、母は良くボロアパートと言って居る。 築45年だから、そう見えても仕方ないのかもしれないが、風呂、トイレ付きで家賃がたった二万円というのは私達にはこの上無いアドヴァンテージだ。

 母は、そのアパートの近くの弁当屋で、かれこれ8年間、パートの仕事をしている。

 そのパートでの収入が、私と母の唯一の収入源だ。

 朝の8時から夕方5時までフルタイムで仕事をする母を、洗濯や掃除等の家事の面で助けるようになったのが小学校5年生の時だったか。 中学生になってからは朝と昼の食事は私が用意するようになり……そうだ。 私の特技と言えば、料理だろうか。

 そんな豪華な物は作れないけれど、質素な料理ならば大の得意だ。

 もやし料理ならば二桁のレパートリーがある。

 その特技が今この状況で役に立つとは思えないが。


 なんか想像して更に情けなくなった。

 こんな事なら苦手な運動も頑張っておけば良かったのだろうか。

 しかし、運動というのは身体的に大きい人の方が一般的に有利だ。

 私の母は、ぴったり150cm。 私も、中学校一年生でぴったり150cmになり、そしてぴったりと背が伸びるのが止まった。

 そんな私が球技をしても、陸上をしても、体の大きい人に敵う訳が無い。

 小学校の頃は、唯一ドッジボールでボールを避けるのが得意だったくらいか。

 後は、メガネなのも運動を苦手に感じさせる理由の一つか。

 鼻があまり高く無いからか、赤縁のメガネがすぐに下にずり落ちて来るような気がして、走るのにも、飛ぶのにも結局気を使って思い切り出来ない。

 かと言ってコンタクトなんて高級品は使えないし……。


『深緑の……タヌキ。 また珍しいですね。 頑張って下さい。』


 え…………?

 私が過去の記憶を引っ張り出して再生していた時だった。

 他の誰かが、タヌキと呼ばれた。

 私と同じ動物系の資質。


 ……誰だろう。


 あの美人の女性の姿を探すと、私の右の後ろに居た。

 その前に居たのは、私と同じように、『え?』という顔をした……二ノ宮孝太にのみやこうた君。

 彼が、深緑の……タヌキ……。

 背は160cmよりちょっと上だろうか、に、童顔の彼は、男というよりも、まだ少年という印象だ。 彼の特徴と言えば、女の子と間違われるような中性的な顔立ちと、ふわふわの茶色い髪。 髪の毛が細いからだろうか、何故かいつもふわっとしている。

 失礼だが、タヌキのしっぽを思い出して、彼の頭を見て、ああ。 と、勝手に納得してしまった。 

 じゃあ、なんで私はキツネ?

 今朝、お母さんが結ってくれた背中の三つ編みの髪を触るが、色は黒いし、キツネのような印象はまるで感じなかった。

 ……身体的特徴は関係無いのかしら。 変な想像して御免なさい、二ノ宮君……。

 でも、彼はどんなパラメーターなのだろうか。 私と同じくらい、絶望的なのだろうか?

 ちょっと見せて、なんていきなり言うのも変だし、今年からクラスメイトになったので、彼とはあまり話をした事も無い。 内気な私が、そんな積極的になれる筈も無かった。

 結局は溜息をついて諦めるが、そんな思いとは裏腹に、彼のパラメーターを見るチャンスが直ぐにやってくるのだった。


『では、これで全員ですね。 これからあなた達には、迷宮ダンジョンを攻略して頂きます。』


 女性のいきなりの発言、いや、念話か、に、目が点になる私。


『各階の転送ゲートの定員は、6名まで。 よって、6名づつでパーティーを組んで攻略して頂きます。 前衛と後衛とを良く考えて構成して下さい。』


 いやいやいや。 その展開はおかしい。

 前の世界で死んだ私達をこの世界に転送して、迷宮を攻略? 意味が分からないわ。


『あなた達が動ける場所は、迷宮と、この準備区画だけです。 準備区画には、宿屋、飯屋兼酒場、雑貨屋、神殿などがあり、それぞれの施設を利用する為にはポイントが必要になります。 今あなた達が持っているクリスタルには、本人のパラメーターを示すと共に、を倒した時にその敵の強さに応じてポイントが入るカウンターの役割もありますので、絶対に無くさないようにしてください。 再配布は可能ですが、ポイントは前回に店などでポイントを使った際の履歴までしか遡れません。 沢山敵を倒して準備区画に帰って来ても、倒したポイントは入って居ない、という処理になる訳ですね。 お気をつけ下さい。』


 ……そうですか。 ご丁寧にどうも。


『次に、レベルの話ですが。』


 レ、レベル!? レベルがあるの!? レベルが上がったらステータス上がるの!?


『手の甲の右下に、0という数字と、その右に4桁の数字がある筈です。 それは現在のレベルと、次のレベルに上がる為の必要経験値となります。 必要経験値を満たし、準備区画の神殿で確認されると、次のレベルに上がり、ステータスが上がる場合・・があります。』


 ……上がらない場合もあるって事?

 自分の、運、3の数字を見る私。

 なんだか……期待はしない方が良さそうだ。

 なんだろう。 結局ダメダメではないか。


 って、ちょっと待って。 私の次のレベルへの必要経験値……5桁なんですが。

 しかも、28600って何? 強くなるのも絶望的って事?


 ――――酷いわ!!


 そんな私の心の叫びは勿論無視され、先生の死体が、面倒臭そうな顔をした兵士二人に運ばれて、扉の向こうに消えて行った。

 あの死体とかどうするの……かな。

 もう、色んな事が頭の中で交錯して、先程は感情の大半を占めて居た恐怖心が薄れてしまった頭で、そんな事を考えてしまう私。

 

 そして、更に女性による現状の説明は続けられる。

 

『皆さんに与えられる初期ポイントは1000、これで装備を整えて下さい。 魔法職の方は、最初は前衛の方と一緒に行動してレベルを上げて、レベル1になった時点から、そのレベルに応じた回数の魔法が使える様になりますので、焦らずに行動して下さい。』


 私は、前衛、では、無い……わよね。 むしろキツネって、どうやって戦うのか教えて欲しいわ。


『あと、これは重要な事なのですが、迷宮を攻略した最初の6名には、特典が与えられます。』


 ……特典? 何の事?


『最初の6名の、願い・・は叶えられます。 例えどんな願いでも。』


 女性のその言葉に、ざわめく同級生達。

 つまりは……迷宮を攻略した最初の6人の一人になれば、元の世界に帰る事も、億万長者になる事も、一生もやしが食べ放題の願いも叶えられるという事だ。


 彼女がそう言った、すぐ後だった。

 バスの運転手、40台後半だろうか、の、男性が、革靴を石畳にカツカツと慣らしながら、私達の近くにやってきた。

 その意図が判らず、首を傾げる私。

 そしてそのまま無言で、よいしょ、と、秋月さん、あのクラスで一番可愛い女の子を小脇に抱えて、扉に向かい……え? え? と、きょろきょろと周りを見て居た秋山さんだが、私よりも小さい彼女は、まるでぬいぐるみの様に抱えられ、男と一緒に部屋を出て行ってしまった。


 …………え。

 声を掛ける暇も無く、そうして扉の向こうに消えてしまった運転手と秋月さん。


 ……二人で攻略を始めるという事なのかしら。


 そう、他の同級生も解釈したのだろう、ならば自分達も早くチームを決めないと!

 と、必死に会話をし始める同級生達。

 『日立君、組もう!?』『あ、うん。 小野寺さんも一緒?』『そうしよっか!』『作田、組もうぜ!!』『運動部の人!! 私入っても良い?』『組むか!』『おう!』『ど、どうしよ。 ねえ、藤木君、あたし達も良い?』『女子が? 勿論だよ!』

 

 その会話に、勿論、私も参加しようとしたのだが……。


 追い詰められた人間の判断という物は凄い。

 取捨択一を瞬時に行ったのだろう。

 たった10秒で4つの編成が決まっていた。


 優等生チーム、男子3、女子3。 スポーツ万能チームプラス応援チーム、男子4、女子2。 不良チームプラスギャルチーム、男子2、女子4。 男女、ヲタ系チーム、男子4人。 女子2。


 私も、系統で言えばヲタ系チームなのだが、あっちの二人の女子は二人共同じ系統のアニメが好きで、私は主にゲームが好きだった。

 その差が出たのか、それとも私の資質のせいなのか、10秒の間で、私は……選ばれなかった。


 やがて、皆……チームを組んで、後ろ、残った私達をちらちらと見る人も居たけれど、部屋をそのまま出て行ってしまった。


 残ったのは……私達、3人。


 私、織部加奈。

 タヌキの彼、二ノ宮孝太。

 そして、下半身不随の、車椅子の少女、三島陽菜。


 私達3人は、一瞬で自分達の状況を把握する事が出来た。


 ……捨てられたのだ。 クラスの皆に。


 優等生チームの、クラス委員長の堅木さんは、献身的に三島さんを補助していた記憶がある。

 だが、この場面になって、良い子を演じる必要が無くなったからなのだろうか、三島さんには声も掛けず、魔法戦士の日立君とチームを組んで、行ってしまった。


 取り残された私達がする事。

 それはまず情報の共有じゃないかと考えた私は、三島さんに近寄って行った。


「あ、あの。 三島さん。 私、紅蓮のキツネです。」

「……織部さん。」

「う……うん。」


 不安そうな顔で、私を見る三島さん。 ……当たり前だろう。

 車椅子の彼女が、どんな思いで現在の状況を考えて居るのか、少し想像するだけでも分かる。

 ここは現代の日本では無いし、何があるのかどうか、もしくはバリアフリーなんていう概念があるのかどうなのかも分からない。

 移動教室の時などにいつも彼女を介助していた堅木さんは、彼女には目もくれず、行ってしまった。

 裏切られたと感じて居るのか、それともこれからどうしようかと言う不安を感じて居るのか、彼女の表情は、絶望的に暗く感じた。

 取り敢えず、励まそうと考えたけれど、何と言えば良いのか分からない私は、三島さんの手を握って、


「属性とか、資質とか、あと、パラメーターとか、教え合いっこ、しない?」


 そう言った。 言った瞬間、三島さんは顔をくしゃりと歪めて、無言で涙を零し始めた。

 ……私、何か変な事を言ったのかな?

 部屋の中には、先程私達の属性と資質を伝えた女性と、私達三人だけが居た。


 彼女は、じっとこちらを見つめて居た。 私と三島さんを見て居るのだろうか。


「あ、あの……質問とか、良いですか?」

『あなた方が喋って居る言葉は、私には一切理解出来ません。 片側通行だと解釈して頂けますか。』


 そう……なんだ。

 それにしては解説とか説明とか、随分スムーズだったが……慣れて居たのかな。


「私、白銀の射手アーチャーです。」


 と、鼻声で、そう私に言う三島さん。 そして、隠す事無く、自分の手の甲を私に見せて来た。


 筋力12、体力11、神力13、知力12、敏捷度2、運12。


 ……敏捷度が絶望的だけど、他は全体的に私よりも高かった。

 アーチャーなのに、知力が私よりも高い。

 運は…………12もあるのか。


「私は、こんな……感じだよ。」


 恥ずかしいけれど、私も彼女にパラメーターを見せる。

 え!? という顔を一瞬してしまう三島さんだが、パラメーターは嘘を付けない。

 そうか、こんな数字か、と、納得したのか、もう良いよ、と、私の手の甲をそっと触ってもう片方の手で押した。


「……二ノ宮君も、見せてくれますか?」


 私は前の学年で同じクラスでは無かったが、二人は面識があるらしく、三島さんの方からそう二ノ宮君に促してくれた。

 正直、中性的な二ノ宮君でも、男性である彼に私から声を掛けるのは何だか怖かったので、彼女の発言には助けられた。


「う……うん。 けど、酷いよ?」

「似たような物だから、気にしないで。」


 そう私から自然にフォロー出来た。 実際私のパラメーターは酷過ぎるので、苦笑いを浮かべながら私から手の甲を二ノ宮君に向けた。

 と、何故か、先に私のパラメーターを見るのはダメだと判断したらしく、私の手の甲を片方の手で触れない様な位置で止めて隠し、先に自分の手の甲、つまりは自身のパラメーターを見せる二ノ宮君。


 筋力7、体力8、神力3、知力6、敏捷度19、運2。


 ……酷いと言った彼の言葉が、どれだけ酷いのか理解して居なかったが、私と似たり寄ったり。

 敏捷度以外は、ほぼ全滅のようであった。


「……似たようなものって、言ったのに。」


 私は、私の手の甲を隠して居る二ノ宮君の手から自分の手を引いて、今度は彼の手の更に上に出して、自分の手の甲を彼に見せた。


「……あ。」


 ……何か言ってくれても良いのに。 『あ。』はないでしょう。


「ご、ごめん……ええと、僕達三人で、迷宮とやらを攻略する事に、なるのかな?」


 話題を変える二ノ宮君。

 ……まあ、そうよね。 僕と一緒で酷いね、そのパラメーターとか言うよりは、話題を変えた方が賢明よね。

 ……私は、二ノ宮君と、三島さんを見る。

 まあ、なんとか頑張るしか無いのか……な。

 現時点では、私は何も出来そうに無いから、二人の補助をするしかないけど、やれる事と言えば……そうだ。


「私、三島さんの介添するね。」

「え? 良いんですか?」


 意外そうな顔で私を見る三島さん。 私の方に振り向いた時、肩口までの黒髪がふわりと揺れた。


「そういえば、三島さん、弓とか使った事あるの?」

「う、うん。 事故に遭う前はアーチェリーやってましたから……。」


 そう……だったんだ。

 だから、敏捷度以外は運動系のパラメーターに近いのかな。

 詳しくは聞いた事が無いが、中学に上がる少し前に、交通事故で怪我をして、下半身不随になったとだけは知って居る。


「じゃあ、この部屋から取り敢えず……出た方が良いよね?」


 そう二ノ宮君が提案してきた。 確かに、ここでまごまごしていても何も始まらない。

 私は三島さんの車椅子を押して、石畳の上を扉に向かって進む。


「カイエン、フォイエミチェウルフォンド。 ケスティエルヴィミッヒ。」


 そんな時だった。 私達を召喚した女性が、初めて口を開いた。

 そして、そう言って、物悲しそうに私達を見て居た。


 ……同情、されたのだろうか。


『頑張って下さいね。』


 また、頭の中に聞こえてくる彼女の声。

 勝手に召喚して、勝手にキツネとか言って、頑張ってとか。


 余計なお世話だよーーー!!

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