禁忌証明

 シャワーから上がってきた里香。 彼女も、だいぶ疲れて居たのだろう、


「はぁ。 もうダメ。 おやすみ~。」


 と言いながら倒れ込む様にベッドの上に身を沈めると、自分の身体に布団を巻き付ける様にして手繰り寄せ、ものの二分と経たずに寝息を上げ始めたのだった。

 里香の後に髪を乾かして居たのだろう佳苗は、まだ少し濡れた髪を手櫛で梳きながら部屋に戻ってくると、既に寝息を立てている里香を見て目を丸くする。


「さっきおやすみって言って、ベッドに入って行ったよ。」


 声のトーンを下げて言う孝太に二度軽く頷く佳苗。

 そして、ちらりと孝太に視線を向けた。


「一応石塚に魔法を掛けておいてね。 変な事されたく無いでしょ。」

「じゃあ、皆に掛けますね。」


 そう言い返した佳苗に、まさか、と、嫌な予感がして彼女を見る孝太。

 すると彼女は、言葉通り石塚だけで無く、催眠効果のある魔法を孝太と自分以外の全員に掛け始めたのだった。


「彼女達にも魔法を掛けたのは……よく眠れる様におまじないをしてあげた訳じゃない、よね。」

「流石に孝太さん。 察しが良いですね。」

「……なあ、樫木さん。 もう一回だけ言う。 もうこんな事やめないか?」

「なんで? 貴方の所有物になりたいだけだって言っているんですよ? 足を舐めろと言われば舐めますし、して欲しい事があったら、何だってしますよ。」

「……少し外に出ようか。」

「え? ……構いませんが。」


 二人でキャンプの外に出ると、現在敵はおらず、相変わらずとしんとした暗闇が包み込んで居た。

 佳苗が魔法で灯りを出す様子が無い事から、孝太はバゼラルドを抜いてその刀身に無言で火を灯すと、赤い炎に二人の姿が照らし出される。


「……静かだね。 敵も居ない、か。」

「は、はい……。」


 突然そんな事を言い出した孝太に、頬を染める佳苗。


「……樫木さん、君は、本気なのか?」

「……孝太さんを今日、見ていただけで4回もイきそうになりました……。 もう我慢出来ないんです。 ここに欲しくて堪らないんです。」


 恍惚とした表情で下腹部を押さえる佳苗。


「……それ、良く男の僕に言えるね。」


 言いながら、佳苗の身体から視線を逸らす孝太。


「別にご主人様に隠すことじゃないですから。 何をされても孝太さんは変わらず私のご主人様ですよ。」

「そうか。 じゃあ、主人として命令する。」


 再び佳苗の方を向くと、真剣な眼差しで彼女を見る孝太。


「な、なんでしょうか?」

「これ以上僕と関係を持たないでくれ。」

「なっ! ……いやです! いやですよそんな! ちゃんと陽菜さんには黙ってますから、今日も抱いてください! 私を孝太さんの物にして下さい! それが所有物だっていう証なんです!」

「……証とか、そういうのは分からない。 けど、それこそ僕の所有物だって言うなら聞き分けてくれないか。 そもそも、何で僕に――亜人種で、明日にでも討伐書が出されるかもしれないっていうこの僕に拘るんだ。」

「拘るって……好きだから、じゃ、ダメなんですか?」

「ダメに決まってるだろ!? 君は女の子じゃないか! 何でもっと自分を大切にしないんだ!」

「大切にって、その自分の身体が貴方を欲しがってるんですよ? 何をどう大切にしろって言うんですか。」

「兎に角、僕にはもう……出来ない。 いや、はっきり言う。 君とはもう二度と……したくない。」


 佳苗の目を見てそう言い切る孝太。 ならば、と、再び切り札を出す佳苗。


「なら……討伐書を書かれたくなかったら、貴方の身体を私の好きなようにさせて下さい。 ちゃんと気持ちよくしますから。 ね?」

「樫木さん…………。」

「な、なんですか?」

「――――君が今しようとしているのは、紛れも無い強姦だよ。 僕はさっき言ったよね。 レイプを強要する人は、僕が殺してしまうかもしれないって。」


 静けさの中、孝太の静かな怒りを感じ、背筋を凍らせる佳苗。


「な、何を言ってるんですか……今これから五人で頑張ろうと思って居たところじゃないですか。 そんな今、私をここで殺す? 意味が分からないわ。」

「君に抱かされる事と、僕達が生き残る事は話が別だ。 君の身体がどんなに魅力的でどんなに価値があろうとも、僕にとっては掛け替えの無い人が他に居るんだよ。」

「偽物なのに?」

「――偽物? 何故それが本物かどうか、僕の陽菜に対する気持ちが本物かどうか、それを君に判断されないとならないんだ。」

「肉体から始まった、偽物……。」

「ふざけるな! 君が何と言おうと、僕はその偽物を本物として決めた。んだ!」

? って、何なの? その、約束とか、絆とか――信じあうとか、気持ちが悪いわ。 今更貴方達が善人面しても、只の偽善者にしか見えないわよ。 心地が良い事に身を委ねて、都合の悪い事は隠して生きて行くのが人間わたしたちでしょ。 ましてや私なんかよりも何人も多く人を殺している貴方にこそ、そんな事が分からないなんて……それこそおかしいわ。」

「君がそういう観点で物事を見ているのは分かってるし、僕がその点では身勝手なのも分かってる。 自分達が生き残る為に人を殺すのは許容して、君と肉欲に埋もれる事だけはおかしいって言ってるんだからね。 ……だけど、それが分かっていても、絶対に譲れない物があるんだ。」

「譲れない……物?」


 孝太の声が段々と震え出し、まるで泣き始めてしまいそうなその声に、小さく復唱する佳苗。


「……少し長い話になるけど、付き合ってくれるかい?」

「あ、はい。」


 孝太は、一度キャンプに戻ると、再び注文したシードルが入ったピッチャーを片手に戻って来た。

 もう片方の手にはバゼラルドを人差し指と親指で握った他の指に二つのグラスが器用に挟められており、その二つのグラスを床に置くと、無言でそのグラスにシードルを注ぎ始める孝太。


「君とは、小学校も一緒だからね。 多少は噂を聞いた事があるだろう? 僕と日立の事。」

「え……ま、まあ。」


 日立の名前が出て来て、何故かどきりと胸に背徳感を感じる佳苗は、曖昧な返事で孝太に答える。


「あいつと毎日の様に喧嘩してたっけな。 それで……小学校六年の時、田舎の山に住んでいるおじさんが、僕の心身を鍛える為と、山、自然の楽しさを教えてくれる為っていう名目で、夏休みを挟んでの三ヶ月間、山に篭っての暮らしを勧めて来たんだ。」

「へぇ……。」


 そう言えば夏休み中と、その少し前と後、孝太が欠席していたのを覚えている佳苗。


「山の中で食べられるもの、食べられない物の見極め方、そして総合的なサバイバル技術、加えて戦闘訓練、罠の作り方や人体を破壊する方法を教えて貰った。 最初は何もない山に篭ってどうするのかと思ってたけど、毎日充実した日々を過ごしていたよ。 僕が一番熱心に教わったのは、ナイフ投げだったな。」

「ナイフ、投げ……。 っていうか、戦闘訓練?」

「おじさんは変わり者でね。 当時40歳くらいだったけど、大学を出てから結婚もしないでずっと山で一人暮らしをしてたんだ。」

「へぇ。 確かに……変わり者と言えば変わり者ね。」

「――――まあ、ある夜にトイレに起きた時、ポラロイドカメラで風呂に入っている僕を隠し撮りした写真を見ながらあそこを擦って、その写真の上に白濁液を吐き出すのを見るまでは尊敬してたよ。」

「えっ……。」

「おじさんは女の人に興味の無い、少年趣味だったんだ。 いや。 本当は小さい女の子も好きだったのかもしれないけど……それは今でも分からないな。」

「……分から、ない?」

「死人に口無しってね。 もう死んだ人に何を聞いても答えてくれないでしょ。」


 死人というのと、その少年趣味という言葉が重なって、孝太の手を見る佳苗。


「証拠は何も無いよ。 おじさん自身がそう言う事を教えてくれたんだ。 死体を残さないで殺す方法もね。」

「殺すって……孝太さんが殺したの?」

「――――ああ。 僕が殺した。 おじさんの自慰を見た後、いつか絶対に僕に来ると確信して警戒していたたんだけど、まさか次の日なんてね。 ――いや。 おじさんも自慰を見られた事を知っていて、実行するならばすぐが良い、と、僕を犯す事、そして、その後で殺す事を決意したんだと思う。」

「何……それ……。」

「布が擦れる様な物音に、眠い目を擦りながら目を覚ましたら……おじさんのモノが目の前にあったんだ。 僕が目を覚ましたと判ると、血走った目で僕を見て、そそり立つそれを、臭いそれを握りしめて、僕の口に押し付けながら、それを舐めろって言ったんだ。」

「…………。」

「でも、おじさんもバカだよね。 急所が何処かを教え込んだ相手に、その急所を安易に見せたんだよ。 僕はマットレスとベッドの間に隠していたナイフを取り出して、おじさんに教えられた様に、その急所を突き刺した。 股の下から、こう、ずぶりとね。」


 腕を振り上げて、突き上げる様を見せる孝太。


「う、嘘でしょ……?」

「嘘だったら良いよね。 僕もそう思うよ。」


 目を細めて笑う孝太に、身を一歩引いてしまう佳苗。


「電話も、電気も無い場所ってのが君に想像出来るかどうか分からないけど、まあ、本人が連絡しないと決めたらまず連絡は取れないだろうね。 その連絡手段も、山道をずっと下り続けて約二日歩かないと無いんだから。」

「その人の死体はどうしたの?」

「……やっぱり気になる? 簡単だよ。 斧で細切れにして山の中に捨てて来た。 後は獣か何かがその肉を食べるか、鳥にでも貪られたんじゃないかな。」


 さらりとそんな事を言う孝太に、顔を青ざめさせる佳苗。


「そうして処理した後一週間後、街に戻って父さんに電話で連絡した。 『修行は終わったよ。 おじさんは元気だった。』ってね。」

「そんな事……ある筈無いじゃない! 日本のどこにそんな場所があるって言うのよ!」

「別に信じてくれとは言っていないし、まあ、一応反論しておくと、山を丸々一つや二つ持っている人は、田舎にゴロゴロ居るし、私有地の為に立ち入り禁止って書いておけば、人もまず入らないね。」


 遂に、孝太の前の世界の罪というのが分かった佳苗だったが、それでもまだ信じられず、口元を震わせながら孝太を見詰める。


「樫木さんが考えている通り、それが僕のだろうね。 それにしても、まさか自分と似たような境遇の、それも女の子が同級生に居たなんて思いもしなかったよ。」

「それって……織部さんの事?」

「ああ。 だから、彼女に惹かれたのには、本当の意味で、同族としての感情があったのかもしれないね。 大人の……いや、人間の欲望を見せ付けられて、僕も彼女も戦う事でしか自分を守れなかったんだ。 でも、結果的にそれで心に深い傷を負ってしまった。 もう一度織部さんに会えたなら、……僕の事もちゃんと話をしないとね……。」

「何で私に今日その話をしたの?」

「……樫木さん。 今の話で本当に分からないのかい? 君が自分をどんなに魅力的だとアピールしようが、僕には圧倒的な力で自分を脅迫する存在にしか見えないんだよ。 自分の身体を支配される事の恐ろしさを、君はきっと味わった事が無いのだろうし、今の口ぶりからすると自分の信じた物を守る、例えば尊厳なんていう物も持ち合わせていないんだろうね。 ――でも、それはそれで構わない。 君がそうやって僕に強要した事を決めた様に、僕はそれを拒む事に決め、そして今、君を殺す事も決めた。 それが今回の結末だって話だよ。」


 顔を顰めてそう吐き捨てる孝太。 その言葉に、ショックを隠す事が出来ない佳苗は、口元を押さえながらその場にぺたりと座り込んだ。


「君に僕の昔の話をしたのは、自己防衛みたいなものかもしれないね。 そういう過去を持った僕だからこそ、君みたいな魅力的な女の子でさえも殺すことが出来るんだっていう理由付け。」


 呆けた様子の佳苗を無視して、話を続ける孝太。


「この世界に来た時、君達に見捨てられたと分かった時には……陽菜はただ絶望したかもしれないけど、実は僕は内心ちょっと嬉しかったな。 そのせいで、人生で初めて、仲間って胸を張って言える存在が出来て、その仲間との絆が出来たんだから。」

「で、でも、仲間だって言うなら私だって……。」

「仲間を脅して強姦しした人を誰が仲間だって信じるって言うんだよ。 日立が織部さんを脅して犯していると置き換えて考えたら吐き気がする。 ……でも、今はここには居ないけれど、織部さんは君と違って、僕の仲間だ。 皮肉にも、亜種との種族としてもね。 陽菜と結ばれた今だって、多少気まずいけど織部さんの事は気にかけて居るし、彼女ともしもう一度会えたら、陽菜との事も全て話して、そして一緒に生き残って行こうと思ってる。」

「な……じゃ……私……は……。」

「繰り返すようだけど、君は自分を脅迫して強姦しようとしている相手を、本当に仲間だと言い切れるのかい?」

「ち、違います! 私は貴方の所有物だから!」


 孝太は一度真っ暗な架空を仰ぐようにして、その後、ため息交じりに樫木に向き合う。


「……良い加減その汚い口を閉じろ。 言い訳の様に口にするその言葉に、どこに僕が主人だと感じさせる敬意がある? 逆にその主人という言葉で僕を縛っているだけじゃないか。」

「あ……だ、だって……陽菜さんとの事なんて……恋愛ごっこで……。」

「人の気持ちを勝手に決め付けるなよ! お前にとってはごっこに見えるかもしれなけど、僕にとっては掛け替えの無い絆なんだよ!!」


 佳苗の胸ぐらを掴んで、上に持ち上げる孝太。


「ぐっ……がっ!! はっ!!」


 息苦しさに、足をバタつかせ、孝太が掴む胸ぐらを手で押さえる佳苗。

 と、孝太は触られるのも嫌がったのか、彼女が手に触れた瞬間、佳苗を石畳の床に放り投げた。


「げほっ! ……っはっ! ……つぅ……。」


 背中を打って、一瞬息が止まる佳苗。 その痛みに涙が溢れ、彼女の頬を濡らす。


「な……んで……しようよ、気持ち良い事、一緒に、しようよ。 孝太さんのと子供、欲しいよぅ。」


 佳苗は、ここに至っても自分を構築している世界を否定する事は出来なかった。

 それは、彼女も既に分かっていたからかもしれない。

 過去の事を孝太が全て彼女に話して、彼女をを殺すと決めた以上、彼女の全てはここで終わるのだ、と。


「……樫木さん……君は最後まで……。」

「わ、私は、貴方の為に何でもするのよ? あなたの盾にもなるし、自爆して相手を殺せと言われてもきっとするわ。 それなのに、貴方の愛を私にはくれないの?」

「愛? それがどういう定義なのか良く分からないけれど、人にただ押し付けるだけの感情も愛と言うのかい? なら、君からの愛はあるかもしれないけど、僕からの愛は――無い。」

「やめてよ! もう言わないで! 私の何が悪いって言うのよ!」

「もう茶番は沢山だ。 ……どうしても納得出来ないなら僕を恨んで……恨んで……そして……。」

「……そ、そうだ。 良いの? 私を殺したら極刑になるんじゃないの?」


 目を伏せて呟く孝太の話の続きが聞きたく無かったのだろう、その言葉を遮る様に慌てて言う佳苗。


「もう頭も回って無いのか。 ここは迷宮だ。 誰が何の罪を咎めるって言うんだよ。」

「あ………や………やだ………。」


 首を小刻みにふるふると横に振り、床を這って逃げる佳苗。

 

「しかし、そんな有り様の君が、良く僕を脅せたものだね。 確かに準備区画なら僕は首を縦に振らざるを得なかったんだから。」


 くくっ、と、笑う孝太。


「ご、ごめんなさい……ごめんなさい!」

「今更謝るのかい? 本当に滑稽だな、君は。」

「と、討伐書の件と、亜種の資質を与えられる理由の……こ、事は……私と日立君しか知らないから。 だから、誰にも言わないから。 お願い……殺さないで……。」


 そこで、はっ、と、息を飲む佳苗。

 孝太は口の端を上げて佳苗の愚かな言動を蔑む様な視線を彼女に向ける。


「――なら、君を殺せば石塚君と小野寺さんはあの事を知らないままで居られる訳だ。」

「まさか、迷宮に入ったのって、最初から私を殺す為……?」

「流石にそこまでは考えて無かったな。 でも、君から命令されて犯されるのが嫌になったから、迷宮に逃げようと考えたのは本当かな。」

「仲間のフリをしてたって事?」

「君も結構しつこいね。 何度も君に言ったじゃないか。 僕を脅すのはやめておけって。 考え直してくれって。 それでも君は聞かなかった。 もし今日君が僕に無理矢理迫らなかったら、仲間として協力して生きて行こうと考えて居たのは本当だよ。」


 そして、悲しげな表情を佳苗に向ける孝太。

 その視線に、嘘は混じって居なかった。 何もかもを台無しにしたのは、欲望を抑えきれなかった佳苗自身。 それをようやく受け入れた佳苗は、腕をだらりと下に降ろす。 

 自分は女だからと、だから女の身体は陽菜の様に武器になると、勝手に思い込んでいて、そして、いつか陽菜から奪い取ろうと姑息な考えを抱いていた。

 彼女よりもふくよかな肉体に、絶対に孝太は溺れる筈だと、信じて疑わなかったのだ。

 それがどうだ。 彼女の全てを与えると言った後、孝太が口にしたそれを受け入れられない理由が、あろうことか佳苗が下らないと感じていた言葉や、約束なのだそうだ。

 彼は人を殺し続け、その他人の絆や約束をいくつ断ち切ってきたのかは分からない。 だから、佳苗は勝手に誤解していた。 既に自分の様に、孝太も陽菜も、人として壊れて居るのではないかと。

 しかし、本当に壊れて居たのは、全ての価値観を勝手に壊し、勝手に自分に都合の良い様に再構築した佳苗だけだったのだ。


「もっと嫌がってくれた方が、僕にとってはやりやすいんだけどな。」


 急に命乞いも止め、まるで自分の過去を見詰めるように考え出した佳苗に愚痴を零す孝太。


「最初に、ただ貴方が好きだと私が貴方に告げたら、私にもチャンスはあったのかしら。」

「陽菜とは相談しただろうね。 君にそう言われたって。」

「ハーレムでも作るつもりだったの?」

「陽菜が断ったら勿論君にお断りの返事を返していたさ。」

「ねぇ。 最後に一つだけ聞いて良い?」

「……何?」

「私の身体、気持よかった?」

「とても背徳的に気持ちよかったよ。 だからそれがまた僕の中では気持ち悪い。 陽菜と比べたりした自分を殴りたくなるね。 でも、そんな事君に言ってもわかんないか。」


 ふるふると首を横に振る佳苗。


「もう良いわ。 私は何もかもを間違えた。 前の世界でも、この世界でも。 悔やむべきは前の世界で貴方ともっとお話をしておけば良かったと思う事くらいかしら。」

「友達の居なかった僕はもしかしたら君に夢中になっていたかもしれないね。」


 はぁ、と、溜息を付く佳苗。


「何故かしらね。 こうなったら、結局貴方に殺されるのが本望な気がするわ。 どこの誰かに殺されるよりは、よっぽど良い。」

「……もう死ぬのは怖くないのか?」

「もう無様な命乞いは済ませたでしょ。 だからかしら……なんだか気が抜けたわ。」

「なら、最後に何か言う事はあるかい?」

「呪いの言葉をあげるわ。 貴方を、本当に、愛していたと。」

「凄い呪いだ。 君を殺す為に握った剣を震えて落としそうなくらいだね。」


 孝太は、そう言いながら、本当は震えてなど居ない手でバゼラルドを構え、二人を正面から炎が照らし出す。


「遺体を他の誰かの目に晒すつもりは無い。 細切れにした後は足の先から頭の先まで全て燃やし尽くして……僕の戒めとして君の灰の一部を袋に入れて、死ぬまで僕が持って行くよ。」

「随分生々しいのね。 でも、灰になったら……懐に一緒に居させてくれるんだ?」

「全てをただ忘れたら後味が悪すぎる。 君の呪いの言葉に罪悪感を抱きながら生きていくよ。」


 皮の袋を腰のポーチから取り出す孝太。 その中に彼女の灰を入れるつもりなのだろう。


「……貴方の様な人間が、本当に居るのね。」

「――どういう意味さ。」

「強くて、優しい、ある意味無慈悲で、でも実は思慮深い。 何か昔の侍みたいな感じがするわ。」

「意味は分からないけれど、褒めてないよね。」

「いいえ。 褒めてるつもりよ。 ……ねぇ。 滅茶苦茶に痛くして殺してくれない?」

「無茶苦茶に痛くって……。」

「ああ。 そうだ。 私の四肢を食い千切って、味わいながら噛んで吐き捨ててよ。」


 何を言い出すのかと思ったら、潤んだ目をしながら孝太を見てそう懇願する佳苗。

 ――彼女の目は完全に本気だった。


「呪いの言葉だけじゃなく、一番酷い殺し方をしたら、私には勿論の事、貴方の記憶の中にも残るかと思って……ね。 ああ。 勿論、犯しながら殺すという選択肢もあるわよ。 私としてはそちらの方が嬉しいけれど。」

「……き、君は……。」

「ふふ。 それで私の経験値もポイントも全て持って行って。 貴方らしく、合理的な結末で、全部を終わらせて。」


 佳苗は今、泣いて居た。 恐怖から理解、そして、死を前に、本当に自分は孝太を好きだったのだと、もう一度言葉で伝えたかったのだろう。


 孝太は、何も答えなかった。

 ――そして次の瞬間、右の拳で、佳苗の腹を殴りつけた。 身体をくの字に曲げて、先程口にしたばかりの食事を吐き出す佳苗。

 その吐瀉物を出している口の下、顎に向けて孝太の右肘が向かい、べきりという音と共に佳苗の顎の骨が砕かれ、形の良く尖った顎が、潰れて無残な有り様になってしまう。

 その二度の攻撃による衝撃で、佳苗の頭の中に、自分の走馬灯が流れ始めた。

 既に腹を殴られた時点で彼女の内蔵のいくつかは内部で破壊されており、それが故、自分の死を感じ取ったのだろう。

 やがて、首筋に熱い感触を感じた佳苗。 それが愛しい人の吐息だと分かった時、下腹部に熱い物を感じる佳苗。 しかし、愛しい人の尖った牙が自分の首筋に突き立てられ、その牙は自分の肉を噛み千切って行く。 その噛み砕かれた部分から大量の自分が彼の口内に流れ込む感覚――の後、一気にその場所が毟り取られ、消失感を覚える佳苗。 その噛み千切られた部分から、大量の血液が溢れ、孝太の顔を濡らし、そして自分の身体を伝って床に流れて行くと、がくり、と、佳苗は膝を床を付けると、ゆっくりと前のめりに倒れて行った。

 孝太は次は背中側から佳苗の肩に齧り付き、骨ごと噛み砕いてむしり取る。 そして、彼女の身体をひっくり返して正面を向けさせると、彼女の上半身を覆っている衣服を引き裂いて、彼女の乳房を露わにさせた。 何故その部分を噛み千切ろうと思ったのかは孝太にも分からなかったが、舌先に乳首の感触を感じた後、顎と首の力を使って思い切り食いちぎった。 そしてその後、頬張ったその肉を二度程咀嚼してあげた。 人間の血と肉に美味さなどは感じない孝太だったが、息も絶え絶えながらも、最後にそれを見て佳苗は満足したのか、


「あ………ああ………うう………。」


 と、恍惚とした表情で言葉にすらなっていない声を孝太に向かって吐くと、僅かに動く左手を孝太の頬に伸ばした。

 孝太は首を二度横に振ると立ち上がり、大の字になって倒れて居る佳苗の右足を自分の右足で思い切り踏み付けた。 膝の部分の骨が砕け、膝の下の部分は3m程小部屋の床に転がって行く。

 既に佳苗の周りには致死量の鮮血が流れており、しかしそれでもまだ、彼女の息はあった。


「最後にこれくらいは、挨拶として許してくれるよね、陽菜。」


 孝太は、朦朧としている佳苗の頭を持ち上げると、先程吐瀉物を吐いていた唇に、触れる様な優しいキスをして……。

 かつては美しかった彼女の頬と目と鼻を殴り付け、後頭部を思い切り地面に叩きつけて脳漿を床に飛び散らしたのだった。


「君は本当に特別な存在だったよ、樫木さん。」


 最後にシードルで口の中に残った彼女の血ごと喉を潤すと、そう吐き捨てる孝太だった。


 ◇


 やがて絶命した彼女の全身は孝太のバゼラルドで焼かれ、ひとすくいの遺灰が小さな袋に詰められ、約束通り孝太のシャドウォーカーのポケットの中に捻り込まれた。

 それはまだ温かく、まるで佳苗の温もりがあだあるかの様だった。

 そして最後、その温もりを感じた場所に手を当てて、そっと呟く孝太。


「君の言う通り、僕こそが子供なのかもしれないけど、僕なりの筋の通し方なんだ。 ……だから、謝らないよ。」


 だが、静かに呟いた言葉とは一転し、孝太は止めどない涙を流し始める。


「なんで、みんな僕に人を殺させるんだ! 何で僕に人を傷つけさせるんだ! 何で……そうしなきゃならない理由を、君達人間は作ってしまうんだ……。」


 孝太の手に持ったバゼラルドの炎は一度揺らめくが、それ以外は真っ暗闇が静寂を保っていた。


 やがて泣き止んだあと、孝太はキャンプへと再び足を進める。

 そのキャンプから出た時は二人で、そして帰る今は、一人で。

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