決別之時

 結論から言えば、孝太は佳苗の件に関して何の言い訳もしなかった。


 彼女を殺した後、返り血を洗い流す為に再びシャワーを浴び、小一時間程で一気に酔い潰れるまでシードルを飲むと、やがて泥の様になってベッドに倒れ込んだその翌日の事。

 死んだ人間の魔法が尚も続く事は無かったようで、佳苗の強制催眠魔法は既に解けており、十分な睡眠を取った陽菜が先に目を覚ますと、彼女に釣られる様にして里香と石塚も目を覚ます。

 三人はそれぞれ軽く挨拶を交わし合うが、酒気を帯びた孝太の様子と、佳苗の姿が見えない事に気付くと、怪訝な顔つきで首を傾げるのだった。

 やがて、その三人の様子を察したのか、孝太が酒臭い息を吐きながら半分眠りから意識を覚まし、


「――樫木さんなら、僕が殺したよ。」


 理由も何も告げず、ただそれだけを言うと、また布団をかぶり直す孝太。


 孝太の告白に、三人は三様に動揺するも、彼が殺した理由を問おうとする者は誰も居なかった。

 彼が理由を言わないのには、それこそ言いたくない理由があるのだと理解したからだ。

 

 しかし、里香にだけはそれだけでは腑に落ちない点があった。

 便利に使っていた筈であろう佳苗を、孝太が殺す理由が見付からないからである。

 身体までをも自由にさせていた彼女に、一体何の不満があったというのだろうか。

 まさか、陽菜に自分達の関係を暴露しようとしたのだろうかと勘ぐるが、それならば関係をやめれば良いだけの事。 孝太と佳苗の様子からして、孝太が彼女に強制させているような素振りは無かったからだ。

 さて、そこまで考えて、自分が無駄な事をしているのに気付く里香。 殺す理由探しなど、この世界で逆に人を殺さない理由を考える方が難しいと気付いたからだ。


「――でも、勿体無ねーな。 あんな可愛い子を殺すなんて。」


 そんな思案をしている里香の横から軽口で孝太に返したのは石塚だった。

 しかし、そんな軽口を叩いた石塚だが、孝太の発言に動揺しており、口元は僅かに震えて居た。

 ――彼の言葉に、孝太は全く反応しなかった。


「無視かよ……。」


 怒気を交え、声を荒げる石塚。 だが、孝太のベッドに近づこうと一歩踏み出した途端、陽菜によって腕を掴まれた。

 石塚は陽菜を振り返って離せと言おうとするが、悲しげな顔で陽菜は首を軽く二度振ると、彼がもし孝太をこれ以上問い詰めれば、石塚自身も殺されるとその表情で理解したのだろう。

 軽く舌打ちをすると、自分の寝ていたベッドに戻り、一旦そのベッドに腰を落ち着けて腕組みをする石塚。

 陽菜も、孝太が何故佳苗を殺したのか理由を知りたく無いのかと言えば嘘になるが、ここは堪えるべきだと自分を諌める。

 

「……取り敢えず、朝ご飯を食べましょう。 後は、孝太が起きてから。 それから……これからどうするのかを相談しましょう。」

 

 ベッドで布団を被って丸くなっている孝太を横目に、里香と石塚の二人にそう呟く陽菜だった。


 ◇


 そんな険悪な雰囲気の中での食事を楽しむ者は誰もおらず、適当に注文した食事を適当に済ませると、陽菜は弓の手入れを始め、石塚は手持ち無沙汰からだろう、うろうろと部屋の中を歩き始める。


「石塚君……ちょっと特訓しない?」

「特訓って……俺と、小野寺が?」


 里香の突然の言葉に驚きを隠せない石塚だが、部屋の出口に目配せをしている里香の意を酌むと、


「ああ……。 良いぜ。」


 多少真面目な顔になり、そう里香に言い返し、部屋の出口のドアへと向かう石塚。

 陽菜はその二人の様子に多少不安を覚えるが、相談するなら相談して、互いに納得すれば良い、と、二人の事を放っておく事にし、再び弓矢の手入れを再会するのだった。


 さて、部屋着のまま外に出た里香と石塚は、早速佳苗の事を相談し始める。


「小野寺……何か知ってんのか?」

「知ってるって言えば知ってるけど……。 石塚君がそれを知っても多分意味が無いと思うよ。」

「どういう意味だよそれ。 何か知ってるなら教えてくれよ。」

「……まあ、私が隠してる意味も無いのかなぁ。 じゃあ、簡単に言えば、樫木さんと二ノ宮君の関係だけど、肉体関係があったと思うよ。」

「はぁ!? 肉体関係!? それって、二人がヤってたって事かよ!? 陽菜さんが居るのに!?」

「そんなに吃驚する事も無いんじゃない? ……石塚君だって、薄々樫木さんが二ノ宮君に気があるのは気付いてたんでしょ?」

「まあ……そう言われたら……日立が死んだ後、何か樫木が盲目的に二ノ宮の言う事を聞くようになってたのには変だと思ってたけどさ……まさかそんな、二人がいきなりそんな関係になってるなんて思ってもみなかったよ。 つーか、まさか俺達が寝てる間、横でしてたって事? ……マジかよ……。」

「それよりも……ねぇ、石塚君、これからどうしよう?」

「これからって……。」

「私達、二ノ宮君と陽菜さんにこれからも付いて行って大丈夫だと思う?」

「それは……わかんねぇ。 けど、俺達だってもう人殺しなんだよなそう言えば。」

「そう……なんだよね。 だから、そういう私たち人殺しの観点から考えれば、樫木さんが二ノ宮君に殺される様な何かをしたって風に単純には考えられるんだけど……。」

「……そうか。 二ノ宮にとっては、樫木は何でも言う事を聞く二人目の女みたいなもんなのに、そう言う点では殺す動機が無いって事か? 馬鹿なのかあいつは。 ハーレムみたいなものじゃないか。」

「そんな簡単な物じゃない……。」

「何がしたいんだ二ノ宮は、」

「私達も、彼の逆鱗に触れたらいきなり殺されたりしないのかなって考えたら……何か怖くなっちゃって。」

「……なあ。 それこそもっと単純に考えたらさ、樫木の事が邪魔になったから殺されたって事なんじゃないか?」

「そう……なるのかな。 あ! そうか……。 陽菜さん、樫木さんと二ノ宮君の事、知らないんだもんね……。 だからそれを知られる前に殺したんだ……。」

「……すげぇな。 本当に容赦ねぇのな、二ノ宮。」

「でも、多分それだけじゃないと思う。 樫木さんは何か二ノ宮君の秘密を握って居たんじゃないのかな。」

「秘密ねぇ……何だろうな……。」


 顎に手を当てて考える石塚。 ふと里香を見るが彼女も思案している様子で、その時ふと、昨日寝る前の里香と孝太のやり取りを思い出す石塚。


「ん? そうだ。 小野寺が二ノ宮に資質の話をした時、樫木が急に話を遮ったのを覚えてるか?」

「……二ノ宮君の……資質……。」

「……あいつ、寝てる時まで頭に緑色のフードを被ってるだろ。 あれって不自然だよな。」

「資質とそれって、何か関係あるのかな。」

「確か緑っぽい色の……タヌキっていう資質じゃなかったか。 もしかして……人間じゃないから……あいつあんなに強いんじゃないの? 意外に耳が生えてたりして。」

「ああ……そっか……。 でも、彼が強いって事は、仲間である私達にとっては迷宮を攻略する上では有利だって事だよね。」

「更に隠蔽と探知のスキルを二人が持ってるから、その点でも一緒に行動するには大きなメリット……か。」

「ねぇ、今の時点で、二ノ宮くんが私達を殺す理由は無いよね……。」

「そうだろうな。 俺たちはその事を知らない事になっているし、もし知っていたとしてもそれを理由に二ノ宮に何かしようと考えない限りは、仲間だと思ってくれている筈だ。」

「石塚君と私に殺しを覚えさせたんだから、最初から殺すつもりだけなんて事は無いんだもんね。 やっぱり二ノ宮君も私達を仲間だとは思ってくれてるんだ……。」

「……そうだな。 じゃあ、まだ二ノ宮達に付いて行く、で、俺達は良いか。」

「うん……。 なんかちょっと今日の石塚くん、冴えてたよ。 ……相談して良かった。」

「ただ……陽菜さんの足の事なんだけどさ……。」

「ん? 私の魔法の事? あともうちょっとかな。 多分明日の昼には使えると思うんだけど……。」


 以前、孝太達が日立を手伝う交換条件として、里香の回復魔法で陽菜の足を回復させてみる話があった事を思い出す里香。


「もう日立は居ないんだからさ。 俺達に絶対手を出さないって約束させてから、使ってみるのはどうだ?」

「……それは……ありだね。 うん。 二ノ宮君、約束は絶対に守ると思う。」

「樫木も何か余計な事をしなきゃ生きてたのかもしれないけどな。 もしかして、弱みを掴んで無理矢理肉体関係を迫ったのって、実は樫木なんじゃないの?」

「お、女の子の方から……そんな事するのかなぁ……私は絶対無理。 無理無理。」

「っていうか、小野寺、変わったな。 何か前はガチガチな壁が前にあった感じだけど、すげぇ話しやすくなった。」

「一回堕落しちゃうとね……あ、私が宗教入ってたの知ってた?」

「ああ……まあ、一応。」

「堕落した今になって考えるとバカみたいだよね。 あんな教え、平和な世界じゃなければ通用しないよね。」

「俺には良くわかんねぇけど、今の小野寺はなんか良いと思うぜ。 話しやすいし。」

「バカ。 そんな事言っても、簡単に身体は許さないよ?」

「冴えてるとか褒めてた俺はどこに言ったんだよ……。」

「下心がすぐに見えるの。 まずはすぐ人の胸見る癖やめようよ。」

「……バレてんだアレ。」

「……さて、まあオチも付いた事だし、部屋に戻ろう。 私だけで襲われたら大変だからね。」

「襲わねぇよ! っていうか、モンスターの事か……。」


 ◇


 30分程で戻ってきた里香と石塚を見て、胸を撫で下ろす陽菜。

 二人に笑顔が戻っている事から、頭の整理は付いたのだろうと考えたからだ。


「二ノ宮はまだ寝てるのか。」

「今日は一日起きないかもしれませんね。 ……好きなだけ寝かせておいてあげてください。」

「……ああ。 俺は別に構わないさ。」

「そうだ。 ちょっと本当に特訓しようよ。 私も前衛になって戦わなきゃ。」

「良いけど……いきなり実践形式で殴りあったりするの? 俺と、小野寺が?」

「やるからにはおもいっきりやろう。 大丈夫。 どっちが怪我しても私が回復するから。」


 部屋の真ん中でファイティングポーズを取り、戦い始める二人。

 石塚は前の世界でサッカーをしていたせいか、得物無しだと足技中心の攻撃になっており、勿論攻撃も様になっていた。 対して、大丈夫なのかと不安を抱いて居た里香の構えも、何故だか様になっているのに、目を丸くして驚く石塚。

 彼女は、元々の運動神経は悪く無く、動体視力もすこぶる良かった。

 その彼女の動きは、実は孝太の動きを参考にしたもので、石塚の蹴りを左手で受け流すと、一気に懐に入り込んで、胴体に右の拳を打ち出すという攻撃や、攻撃のタイミングを故意に外して、敵のガードの隙から攻撃するなど、本当に素人とは思えない程の動きに、里香自身も驚いていた。

 実はステータス的には石塚よりも里香の方が若干上なので、なるほど、これならば鈍器を持てば十分に戦えると自身を付けた里香だった。

 対して、里香に翻弄されるような展開になってしまった戦士の自分が少し情けなくなる石塚だったが、うちの防御の要なんだから、しっかり私達を守ってね、と、里香に耳打ちされると、柄にも無く耳を赤くして恥じらいで居たのだった。


 ◇


 朝食を食べてから数時間が経過し、そろそろ昼かと汗だくになった身体をシャワーで洗い流し終わった石塚と里香。 二人は早速何を食べようかと端末でメニューを見ていると、ようやく孝太が起き出した様で、陽菜が慌てて彼に水差しを突き出した。


「……陽菜。」

「飲んで。 薬とかじゃなくて普通の水ですけど。」

「……ありがとう。」


 掠れた声でそう言うと、喉を鳴らして水差しから水を飲み始める孝太。 大分飲み過ぎた様で、顔色もあまり良くなかった彼だが、やがて頬に赤みがさして来ると、状況を把握する為に部屋全体を見回した。

 と、陽菜の他に石塚と里香の姿を見付けた彼。 またしつこく糾弾されるのかとうんざりした顔を彼等に向けると、


「聞かないよ。 何も。」


 そうはにかみながら言う里香。 それが意外だったのだろう口を半開きにしてその里香を見詰める孝太。


「……だから、飯食ったら、また俺達に命令してくれよ。 もう俺達にとって、お前がリーダーなんだから。」


 石塚も、後頭部に両手を当てて笑顔で言った。

 意外すぎる二人の反応だったが、彼等も彼等なりにどう生き残って行くのかを考えた結果、佳苗の事を無条件で認める事にしたのかと考える孝太。


「二つ目の殺人集団のリーダーか。 ……悪くないかな。」

「ただ、俺達からの条件が一つある。」

「なんだい?」

「陽菜さんの足を治した後も、俺と小野寺を見捨てないで欲しい。」


 真っ直ぐな目で孝太を見る石塚。 佳苗の事を詮索しないのならば、言われなくてもそのつもりだった孝太だが、石塚が提案してきた事に驚愕を覚え、そして、何故だか誇らしく思えたのだった。


「良いよ。 約束だ。」

「良いのか? 殺すな、じゃなくて、見捨てるな、だぞ?」

「ちゃんと理解してるよ。 ……陽菜もそれで良いかい?」

「は、はい……。 小野寺さん、石塚君……。 何か……その……ありがとうございます。」


 ぺこりと二人に頭を下げる陽菜。 目には少し、涙が滲んでいた。


 ◇


 その日の午後から夕方に掛けては、孝太が戦闘に参加出来そうにもないので、そのままキャンプの中で一日過ごす事にした。


 何故か、全員言葉は少なかった。

 必要以外の言葉を話さないのに、普段は気不味い感じのする四人だったが、朝の話し合い以降、石塚でさえ軽口を叩かず、普通に里香と手合わせをしていた。

 それを見て、気になる動きを指示する孝太。

 二人の動きは段々と早くなって行き、本気で相手に当てる拳や蹴りを繰り出し始める。

 と、石塚の拳に鼻っ面を叩かれて、鼻血を流し出す里香。 その痛みに泣きそうになりながらも、石塚の腹に右拳の一撃を、そして頬に左拳の一撃を与えて身体を捻りながら、右の踵を石塚の腹目掛けて繰り出す里香。


「ごっ! お……あ……。」


 内蔵の一部にダメージを与えたのだろう、苦悶の表情で後ずさる石塚。

 と、そこに水乃抱擁ウォーターエンブレイスという治癒魔法が鼻血まみれの里香の口から紡がれ、石塚の腹が白く光ると、痛みが無くなった様で腹を押さえて居た腕を下げる石塚。

 その時、里香は、手の平で流れる鼻血を拭って居た。

 それを見て、ついにやけてしまう石塚。 神様だの何だの言ってた小女が、男と本気で殴り合いをして、しかも自分を後回しにして回復するとは、何と言う根性だろうか、と。


 その日は結局、里香の回復魔法の回数がほぼ尽きるまで戦った二人だが、石塚は結局里香の可愛い顔に攻撃する事が出来ず、腕や足などの部位を狙う事となり、結果、拳や足の甲を治す為には自分に魔法を使った里香だったが、それ以外の魔法は一方的に石塚が里香に殴られた怪我を治す為に使われる事となったのだった。


 ◇


 夕食中も、皆口数は少なかった。

 孝太と陽菜も、互いに必要以上の言葉を交わす事なく、それぞれ注文したパスタと、ローストビーフを食べる食器の音と、それを咀嚼する音だけがキャンプの部屋の中に響いていた。

 その仲間の立てる食事の音が、自分の食欲を掻き立てる。

 食べろ。 食べろ、と。


 いつしか少年少女達は、ただ生き残る事に夢中になっていたのだった。


 ◇


 夕食後の束の間の休息の後も、石塚は自分の剣を構えながら振り回し、里香は自分の攻撃のステップが気になるのか、孝太に指摘された攻撃が当たる瞬間に集中するという練習を繰り返し、やがて夜は孝太と同じ様にシードルを飲んで寝床に付いた。

 孝太も陽菜も、そんな風に生きる事に夢中になっている彼等に、横槍を刺すような無粋な真似はせず、二人が眠りに付くまで温かい目で見守るのだった。


「……もう、寝たかな。」

「二人が、いきなり戦闘訓練を始めるとは思いませんでしたよ。」


 小声で話す孝太と陽菜。


「本気になったって事だろうね……。 正直、彼等となら戦って行けると僕は思うよ。」

「……孝太。 樫木さんの事ですが……絶対、私にも理由を言わないで下さいね。」

「何で? ……気にならないの?」

「不公平じゃないですか。 私だけが知ってしまうのって。」

「そうか……。 そう……か……。」

「もしそれが貴方の罪だと貴方が思うなら、私も背負います。 だから、今はこれで良いんです。」

「陽菜……。」


 孝太は、いつしか大粒の涙を流し、陽菜の首筋に顔を埋め、彼女の温もりと匂いを感じ、更に嗚咽を上げていた。

 夜は更け、いつの間にか寝息を立てて居た孝太の頭を撫で、そっとベッドに横たえる陽菜。


「本当は樫木さんを殺したのって、私の為でもあったのでしょう? ……優しい人。」


 小声でそう呟くと、孝太の額に口付けをして、自分も寝床に付く陽菜だった。


 ◇


 次の日、朝食を食べた後はレベルアップの為に神殿に戻る事となった。

 佳苗の分も含めて、稼いだ大量の経験値とポイントは、石塚と里香に大きなアドヴァンテージを与えるだろうという考えからだ。

 無論、孝太とて更に上があるのならそれを目指したいと考えて居て、陽菜も同意見だった。


 殺人集団との遭遇に警戒しながらも、迷宮の入り口に向かう一行。


 ◇


 さて、雑魚モンスターとの戦いはいくつかあったが、無事に入り口にたどり着き、そして神殿前へと辿り着いた四人。

 現在無人だった神殿部屋に入ると、一番近くにあるブースにそれぞれ腰を掛け、石塚はLV14になり、里香はLV16、どちらもステータスはオール18となっていた。

 陽菜も、足の障碍のせいで低かった敏捷度は未だに上がり続けており、そのLVが上がったお陰で足が動き出すという事は無いものの、敏捷度は17まで上がり、LV20という結果となっていた。

 残念ながら彼等三人は新しいスキルも魔法も覚える事が出来ず、孝太に至っても新しいスキルは覚えられなかったが、ステータスが更に上がっていて……。


 キンリョク 34(+4)

 タイリョク 28(+4)

 シンリキ 1

 チリョク 18

 ビンショウ 3*(+6)

 ウン 1


 敏捷度が40を超えたところで、システムが認識しなくなったのか、本来数字があるべき場所に変な記号が現れた。

 しかし数値的には上がっている事から、一応前回の36からの+6で42だと勝手に解釈する孝太。

 LVは3つも上がって居た。 殺人集団の一人を殺した事もそうだが、佳苗の分も結構な経験値となったのだろう。


「孝太さん。 次はまた迷宮に戻るんですか?」


 全員のLVアップが完了したところで、孝太に声を掛ける里香。


「そうだね……いや、その前に武器だろうね。 小野寺さんの武器も、石塚君の武器も新調しないとね。」


 と、そんな話をしながら神殿の扉から出る四人。


 ――その時だった。

 

 誰も予想していなかった人物達が、その神殿の部屋の前にずらりと並んで立っていたのだった。


『人間を遥かに超えた能力の保有者を感知。 深緑のタヌキ。 LV10以上の亜種ですね。』


 そこに居たのは、白いローブを来た召喚士らしき女性と、この世界の戦士達8人、そして魔法使いであろうローブを着た4人の集団だった。


「僕に何か用でもあるのかな。」


 白いローブを来た召喚士の女は、自分が被っていたフードを取り、首で孝太にも同じく取る様に促す。

 頭が混乱している孝太だが、ここは素直に従うべきかと、フードを取り……自分のタヌキの耳を皆に晒した。

 と、そこで確認は完了したと言わんばかりに首を一度縦に振る召喚士の女。

 それに嫌な予感を感じて身構える孝太。


『……こ、孝太。 LV10以上の亜人種は、この世界では討伐対象となるのだ……そうです。 今まで言えなくてごめんなさい。』


 いきなりの陽菜の念話に、顔を青ざめさせる孝太。

 と、そうしている間に、召喚士の女がこの世界の言葉で魔法を唱え始めた。

 

「リビアンテ・アル・ラミエル――」


 孝太は一瞬で召喚士との距離を詰めると、彼女に対して右手にショートソードオブライトニングで攻撃を仕掛ける。

 パキィン! という音に、何か硬いガラスにその剣が弾かれる感触。


「――アルシエ・リビア。」


 そして、弾かれた瞬間に女の詠唱は完了し、孝太は青白い光に包まれる。

 が、青い光は一瞬して掻ききれた。 何の意味がと逡巡する孝太が、何かされた事は確かなので、その効果の分からない魔法に対して一歩身を引いて身構える孝太。

 だが、その魔法はやはり孝太になんら傷を負わせる事は無く、女は訝しげな顔で孝太を見た後――孝太の後ろに居た三人が居る事にようやく気が付いて、驚愕の表情を浮かべてその三人を見る。


『貴方達、まさかこの亜種と行動を共にしているの?』


 ぞくり、と、恐怖で身を震わせる陽菜。

 ――この流れは拙い。 相手はきっと隠蔽のスキルの効果を魔法で看破したのだ。 もう、何をしても……自分達の命運はここで尽きるのだ、と。


「――いや。 残念ながら違うな。 俺の遊びに付き合って貰っているだけだ。」


 いつもの口調とはがらりと変え、鋭い目付きで召喚士達を睨みながらそう言う孝太。

 馬鹿な、と、陽菜は思った。 何故そこで私達を切る必要があるのだ?


『遊び? この人間達を奴隷扱いしているとでも言うの?』


 召喚士の女は、孝太と他の三人の人間が仲間だと微塵も信じて居ないのか、あっさりと孝太の嘘に騙される。

 人の心を読んだり、身体を動かせなくしたりと、孝太の想像を超える事をしてきたこの世界の住人達だったが、亜種に対する意識はそんな稚拙な嘘までも見抜けなくさせるものらしい。

 ならば――――


「説明して欲しければ懇願でもするが良い。」


 相手を挑発する様に口の端を上げてそう言う孝太。


『人類を害する敵からの説明など必要もないわ!』


 …………敵、と、呼んだのか? 自分を。

 その言葉を反芻し、一気にこの危機的状況の突破口をパズルの様に組み立てる孝太。


「いや、聞きたそうにしているじゃないか。 なあ、そこの女。 身体の自由にならないお前が犯された時の事でも説明してやれ。 結構良い声で泣いた事もちゃんと説明しろよ。」

『こ、孝太……!! 何を言って!!』


 指輪で念話を伝える陽菜だが、それを遮る様にしてまくし立てる孝太。


「しかもお前、犯されてから俺の事を自分の男だと勝手に思って居るだろう? ――残念だったな。 一昨日殺した女も一度犯してやったら俺の女のつもりになりやがって。 自分以外の女に手を出すなと言い出す始末だ。 救えない奴等だよ、人間のメスってのは。 まあ、五月蝿いから結局殺したんだがな。」

『この下郎! 一体何を抜かすか!!』


 念話で怒りを露わにする召喚士の女。 同じ女として耐え難い屈辱だと感じたのだろう。


「人間の女の代表として怒ってる訳か。 ――なら、こうしたらどうする?」


 孝太は、右隣に立っていた里香の首を手繰り寄せると、その首筋にショートソードの切っ先を突き付ける。


「えっ!?」


 驚いて声を上げる里香。


『やめろ! どの道貴様はもうお仕舞いだ!』


 念話で声を張り上げる召喚士の女。 つまり――孝太の脅しは効果があった事になる。


「お前らとの遊びは結構楽しかったよ。 だから、俺からの礼をさせて貰おうかな。 おい、女。 今すぐあの女の足を治せ。 魔法を使えないとか言うなよ。 お前が使える事は知ってるんだからな。 絶対に使え。」

「そ、そんな……何言ってんの二ノ宮く……っがっ!!」


 意外そうな顔をして彼を見上げる里香の左の頭の側面を、容赦なく武器を持って居ない手で殴り付ける孝太。

 

「良いから黙ってやれ。 耳を削ぎ取るぞ。」

「い……痛……。 く、で、でも……。」


 痛みと状況で混乱する里香に、冷やかな視線を落とす孝太。


「あっ!? わ、わかりました。 ……従います。」


 そこでようやく孝太の意図が分かったのか、慌ててそう言う里香。


「そっちの奴等も、手を出すなよ! 別にこの女が今すぐ殺されても良いっていうなら掛かって来い!!」

『清浄なる我等が水よ。 晴れ渡る空の下、空から落ちた恵みが一粒――――』


 孝太が叫んだ後、詠唱を始める里香。 その詠唱に反応してざわめく召喚士率いる兵士達。


『大丈夫! これは回復魔法よ! 少し下がって様子を見るわよ!』


 同じ言語を使える者同士、そうして念話で伝える必要は本来無い筈だったが、里香に意図を伝える為でもあったのだろう、その念話は孝太達にも響いて来た。


『暖かな恵みは我が手の中に落ち、やがて我に囁きかける。 優しき君よ、これは君の涙。 傷付き、倒れそうな君の仲間を癒やす為に、君が零した最後の希望の涙。 嗚呼、愛しき我等が水よ、我はその雫を指ですくい取り、我が友にの痛みに触れましょう。 ラピュイレ、ララ、エフロマーテ、クインデル。 空色之涙スカイブルーティアーズ!!!!』


 その詠唱が終わるや否や、


『応援部隊20名到着! いつでも参戦できます!』


 と、今度は現地の言葉で話した兵士達。

 しかし、陽菜の言語スキルでその内容は把握されている。

 やがて白く青い粒が陽菜の足元に渦を巻く。

 ふわりと彼女身体は持ち上げられ、暫く感じていなかった神経が、ぷつり、ぷつりと繋がる感触。

 やがて床にゆっくり降ろされると……そこには二本足で立っている陽菜の姿が居た。


「受け取れ! この女の足の理療代だ!」


 高価なバゼラルドという武器を、鞘ごと石塚に放り投げる孝太。


「男。 お前のゲスい所は楽しかったぞ。 でも亜人の真似などもうやめろ。 黙ってここに閉じこもって居るんだな。」


 召喚師の笑みに、不適な笑みを返す孝太。


「お前……まさか、自分で全部責任を――――」

「最後くらいは遊ぼうじゃないか。 大丈夫。 お前らは殺さないでやるよ。 石塚。 背中を貸せ。」


 ぐるりと石塚の背中に回ると詠唱を始める孝太。


「こ、孝太君、もうやめよう! 逃げよう!」


 小声で孝太に言う里香。


「俺の名前を呼ぶな! お前は人質だから逃げられないんだから黙ってるんだよ!!」

「そ、そんな……。」


 すう、と、一口息を吸うと、流暢に詠唱を始める孝太。


「The Planet of green remains memory of seasons. (この大地にが覚える四季よ。 緑の季節を覚えているな。)Please show me your Spring as you strong wind.(お前の春の春嵐を見せてみよ。) Please show me the heat even I could get burned.(お前の大地が焦がされているのを見せてみよ。) Please show me the fall like every body is getting ready to winter.(冬に備え、皆がその準備をする姿を見せてみろ。)..and, my precious winter. (そして貴き冬よ。)breaks everything.(全てを壊せ。) Reset them all. No mercy no pity exception.(肱も無く、全ての季節を破壊するのだ!

!) ラフレイレ・エレメレントス・パナーティア!! 四季滅殺フォーシンズズアナイアレーター!! 死ね糞共が!!」


 緑の閃光と突風、そして赤い灼熱炎、続いて地面がいつしか盛り上がった土が敵集団の足を捕らえ、やがて吹き荒ぶ氷の塊の礫が敵に襲い掛かる。

 30人以上居た兵士はその圧倒的な威力の魔法に巻き込まれ、ほぼ全てが命を散らした。

 召喚士は流石に魔法障壁を持っていたらしく、足を床に付きながらも孝太の魔法に耐えて、その場に立っていた。


 しかし、孝太は里香を脇に抱えながら気に召喚士に距離を詰めると、定番の極刑の台詞を他の人間に言わせる前に、女の召喚師の口元をショートソードオブライトニングで突き刺した。


「ほごぉ! おごぉ!」


 舌先に丁度突き刺さった剣の先端が与える痛みに、声を上げる女。 その声に、豚が鳴く様な音が混じっているのを感じた孝太は、


「人間よりはマシな声が出せるんじゃねぇか。 次に生まれ変わるなら豚をお勧めするぜ。」


 そう言った後、涙まじりの召喚士の女の首筋にショートソードを喉の奥に突き立て、召喚士の女の命を絶った孝太だった。


「……何……やってんの、孝太。」


 静まり返った世界で、陽菜はふらふらとよろめきながら孝太に近づいて行く。


「馬鹿野郎。 俺はただの悪人で、お前を騙した張本人なんだよ。 だから……ここでさようならだ。 絶対に迷宮を攻略したりしようとするなよ! お前なんてすぐにまた他の男に食われちまう! ここで黙って……全てが終わるのを待っててくれ。」

「昨日の話は何だったの!? 皆で頑張ろうって、何だったの!?」

「……石塚。 陽菜の事、頼む。 同じ人間なんだから、お前なら何とか出来るだろ。」

「俺……か? ……分かった。 ……おい!」

「なんだよ。」

「また、会えるんだよな?」

「知らねぇよ。 おい、里香。 挨拶だ。 最後の別れを言っておけ。」


 ◇


 それから迷宮の二階に入り直す孝太。

 第一声は、キンキンと頭に響く里香の声だった。


「バカなんですか!? 何してんですか!? 私達を見捨てて陽菜さんと手を取り合って逃げれば良いじゃないですか!」


 迷宮の中に逃げた里香と孝太は、里香は孝太を背中から叩きながら抗議し、孝太はそんな里香の頬を手で締めながら持ち上げる。


「それじゃあいつらも君も俺の味方に見えるだろうが。 っていうか、この話し方疲れたわ。」

「何考えてるんですか……本当に。」

「教えない。 さあ、運良く僕から逃げれられたって準備区画に帰るんだ。」

「はぁ!?」

「どさくさに紛れてやってしまったけど、陽菜の事はありがとう。 バゼラルドは売って身銭にしてくれ。」

「……ばかっ! ばか!! 迷宮の奥に、一人で行くつもりなんでしょ!?」

「帰る場所も無い以上、突き進むしか無いよね。 鈍器は自分で買って使ってね。」

「そういう問題じゃないでしょ! もう……。」

「…………というか、なんでまだ付いて来てるの。」

「二ノ宮君と居ると隠蔽の効果があるもん。」

「だからって僕に付いて来ても良い事ないよ。 死にたくないでしょ?」

「私だって貴方を死なせなくないの! あんな心にも無い嘘まで付いて、一人ぼっちになろうだなんて、そんなの……自殺行為と一緒だよ。」

「まさか攻略するまで付いて来るつもり?」

「二ノ宮君は攻略するつもりなんでしょ。 ついでにか弱いヒーラーに一人にもおこぼれをくれると嬉しいな。」

「もう良い……勝手にして。」


 今回の決別はそれぞれあらぬ方向に進み、孝太達は明確な目的を得たのだがが、陽菜と石塚は準備区画で未だに突っ立って居たままだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る