窮鼠噛猫
孝太と里香が居なくなり、孝太の魔法によって作られたこの世界の兵士達の屍に囲まれて居た陽菜と石塚。
彼等はその場に、ただ立ち続けて居たのだった。
陽菜は、孝太が居ないという消失感からか、現状の把握がままならず、視線をただ一点、孝太が去って行った方向に向けていた。
それを、見守る様に立っていたのが石塚だった。
「……なぁ、陽菜さん。 多分……ここを早く離れた方が良いと思うんだが。 俺達がこれをやったと思われちまう。」
と、死体の山を見て言う彼だったが、
『咎人が誕生しました。 二ノ宮孝太。 14歳。 こ、この世界の兵士32人……及び召喚士1人を死に至らしめた……亜人です……。』
いきなりこの世界の召喚師の一人であろう女性の念話が二人の頭に響き出した。
「犯人が誰なのか、あの人達には丸わかりじゃないですか! 孝太!! 孝太っ!!」
孝太の名前を呼び、その場で両手で顔を覆って泣き崩れる陽菜。
『……彼も討伐対象ですが、彼にとっては恋人を殺される事が、死よりも辛い事だそうです……。 少々お待ち下さい。』
誰かが書いた原稿を読まされている様な口調で念話を続けると、急にそう言って念話を中断する女。
『……失礼しました。 恋人である三島陽菜を殺し、その女の首を斬り落として彼に見せる事がこの者の罰です。 三島陽菜には討伐の刻印が付与されますので、額の咎人の刻印を目印にして殺害して下さい。』
「はぁ!?」
いきなりの宣告に、声を上げる石塚。 陽菜も真っ青な顔で何も無い天井を見上げる。
「や……そんな……。」
慌てて額に手を当てる陽菜。 そして、その手と額の隙間から赤い光が漏れ出すと――――
やがて『”』という文字が陽菜の額に浮かび上がり、石塚はそれが咎人の刻印であると認識する。
「こ……これでどうやって陽菜さんを守れって言うんだよ!! 二ノ宮の野郎……。」
「な……んで……こんな……こんな事……。」
震える唇に手を当てて、茫然自失といった状態の陽菜。
「ひ、陽菜さん! まずは宿に逃げよう! それで部屋の中に隠れるんだ!」
そう言って、陽菜の手を引っ張り、もう片方の手で車椅子に付いていた陽菜の装備を回収し、陽菜に押し付ける石塚。
「で、でも私……孝太が……。 行かなきゃ。 付いて行かなきゃ!」
しかし、宿の方面に引っ張る石塚の手を、そう言って払い除ける陽菜。
「く、くそっ。 陽菜さん! 頼むから今は言う事を聞いてくれよ!」
陽菜の両肩を必死で揺さぶる石塚。
「いや! いやです! どうせ殺されるなら、せめて彼の近くで死なせて!」
「意味わかんねぇよ!! ってか……そうか……準備区画に居ても殺されるなら迷宮に行くしかねぇのか?」
『さーて。 14歳の男の子の恋人だなんて、どんな娘だろうと思って来て見れば……。』
石塚も迷宮に行こうと決めたその時だった。 石塚にとっては何語か分からない言葉、だが、陽菜にはイタリア語だが自分の母国の言語、日本語に自動変換されて伝わった。
『日本人の女の子はどの子も本当に子供みたいに可愛いわね。』
『また日本人のティーンをファック出来んのか。 良いねぇ。』
迷宮とは逆の方向から現れた複数の人影。
「貴方達……もしかして作田さんを拉致した……ラゼットグループっ!?」
『へぇ。 有名になったものね、私達も。』
日本語で叫んだ陽菜の語尾だけを拾ったのだろうが、ラゼットと自分達が言われた事に驚きを隠せない白人女性。
『ん? ……まさか、この世界の人達を殺した貴女の恋人の日本人の男の子って……ウツィアを殺した子!?』
『リーザ。 イタリア語で言っても何言ってるかわかんねぇって。』
「ウツィア……? ああ。 孝太が殺した人の事ですか?」
『ちょっと待って。 貴女、私が何を喋ってるのか分かるの?』
リーザの言葉に、つい素直にこくりと頷いてしまう陽菜。
『ブラーヴァ!
『すげぇな。 じゃあ、俺の言ってる事も分かる訳か。』
リーザに続いて、ポルトガル語でそう言う赤毛の男。 陽菜は一瞬迷うが、再びこくりと頷いた。
『何をやっているんだお前らは。 良いからその女を早く捕まえろ。』
『戯れるくらい良いじゃないですかミスターラゼット。 その少女に逃げ場なんてもう無いのですから。』
ウェーブの掛かった黒い長髪に漆黒の鎧を着込んだ男と、紫色のローブを着た男が陽菜と石塚の視界に入る。
これがラゼットという人物かと喉を鳴らす陽菜。
『シニョールラゼット。 探知能力者の事を聞いてみましょうよ。 もしかしたら一緒に居る男の子がそうなのかもしれませんよ。』
『……ふむ。 お前らの仲間は全部で5人か6人居た筈だな。 お前の恋人が探知能力者なのか?』
ラゼットの言葉に首を横に振る陽菜。 そして、孝太の事を擁護するあまり、自分がとんでもない失態を晒してしまった事に自分の行動の後で気付く彼女。
あっさり否定したという事は、彼等が何を言っているか意味が分かった上で、誰が探知能力者なのかも陽菜は知っているという事だと教えている様な物だと下唇を噛み締める陽菜。
『……中々豪胆な女だな。 子供の様に見えて人とのやり取りの意味が分かって居るという事か。』
「――例え知っていても教えるものですか!!」
後ろに跳びながら連続で矢を射始める陽菜。
『なんだとっ!?』
話の途中で、いきなり攻撃された事に驚くラゼット。
『絶望は臆病者に勇気を与えるって言うでしょ、シニョール!』
リーザが開いた手を前に突き出すと、白い膜がラゼット達を包み込み、陽菜の矢を四方八方に弾き返す。
「くっ!」
それを見て悔しそうに口を歪める陽菜。
だが、詠唱も無しに物理攻撃を魔法らしき障壁で弾き返したという事は、道具にしてもスキルにしても何か制限があるのでは無いかと考える彼女。
「はっ!」
限界まで引かれた弦から指を放す陽菜。
その指から弦と同時に放たれた矢は白い光のように彼女の指から伸び、リーザの作り出した白い膜を
驚きを隠せないラゼットだが、矢の軌跡をしっかりと見極めており、右足で床を蹴ってその矢を躱す。
しかし、そこに再度陽菜の矢が撃たれる。
――再び
貫通スキルは、孝太と共に迷宮から帰還した時に覚えたスキルだが、使う機会が無かった為に今まで封印していた陽菜。 著しく連射速度が低くなる代わりに硬い鎧を貫く貫通力を与える矢が撃てるというスキルだが、元々の連射速度が速い陽菜の場合、一般人が弓を射る速度と遜色無い。
さて、高速で飛んでくる拳銃の弾と同じ速度の陽菜の矢を避けられる人間が居るだろうか。
――答えは、この世界では居る、である。
「なっ!?」
これは当たる。 そう思った瞬間、ラゼットは首を捻って陽菜の矢を軽々と躱したのだ。
『ブラーヴァ! 強いわねぇ、貴女!』
リーザはそう叫ぶと、両手を前に付き出して、その両手から白い――矢というよりは槍に近い長さの棘を次々と放つ。
陽菜は自分に向かって飛んできたそれを目で追うと、先程歩けるようになったばかりのその足で、その無数の棘を横に走りながら避け始める。
棘は迷宮の奥へと次々と飛んで行き、やがて闇の中に消えて行くが、リーザの手からは止めど無く棘が飛び続けて陽菜を通路の壁へと追い詰める。
すると、陽菜は壁を蹴って斜め上へと飛び上がるしか無く――
空中で軌道を変える事は出来ないと、急に陽菜を追い掛ける棘の弾幕の速度が上がった事で知る陽菜。
「陽菜さん!!」
その陽菜の軌道を空中で変えたのはそう彼女の名前を叫んだ石塚だった。
盾を前面に出しながら、もう片手に持った剣の
丁度陽菜が居た場所に代わりに登場した石塚は、リーザの棘の攻撃を盾で受け始める。
ツカカカカカ!! と、何か硬い物が同じく硬い物体に当たる音が聞こえ、だが段々と石塚の盾は削られて行く。
地面に着地した陽菜はその石塚の様子を見て、即座に矢を放つ。
高速の連射速度で放たれたその矢はリーザの両手に向かい、なんとリーザの棘の攻撃を矢の攻撃で相殺し始めた。
『はぁ!? 冗談でしょ!?』
今度はリーザが驚く番だった。 自分が繰り出す
『退け! リーザ!』
そのリーザの横から桜色に近い白色の鎧を着た赤毛の男が飛び出すと、あと一歩でリーザに辿り着いたであろう矢の弾幕を、桜色の、しかもいかつい顔には似合わない桜の花びらを模した盾で弾き飛ばす。
単純に連射した陽菜の矢の攻撃力にその盾を貫通する程の威力は無く、数発矢を弾かれた時点でぴたりと矢を射るのを止める陽菜。
「くっそおぉぉぉ!!」
盾がボロボロになってしまった石塚は、雄叫びを上げながら自棄糞気味になってラゼット達に右手に構えた剣で襲い掛かる。
無論、稚拙に見えるその攻撃をラゼット達は鼻で笑いつつ、それぞれが石塚の攻撃にカウンターを入れようと身構える。
――が、石塚はボロボロになった盾を赤毛の男に投げ付け、敵の意表を付いた。
剣での攻撃を想定していた赤毛の男は、石塚の盾を弾き返した桜色の盾を引き、銀色に光る長剣を付き出して居た。
その切っ先は石塚に向かう。
だが、石塚はその剣を既に盾を持っていないその左手の、その手で受け止め――
故意にずぶりとその手の奥まで剣を突き刺すと、男のがら空きの首筋に自分の長剣を叩き付けた。
「ぬぅぅぅぅあぁぁぁぁ!!」
痛いのだろう、だが、その痛みに顔を歪め、叫びながらも赤毛の男が剣を自分の手から引き抜けない様に剣を腕に絡ませ、更に鎧の脇に固定する。
何とか石塚の剣を避けようともがく男だが――
――そのもがきも虚しく、ぐぷり、と、首筋から喉に向かって石塚の剣が食い込んだ。
赤毛の男の首筋からは大量の鮮血が噴き出して、石塚の身体と床を濡らし、やがて床の上にうつ伏せになって倒れて行くと、身体を何度か痙攣させ始める。
結果的に石塚は、この準備区画で、人間に致命傷を与えてしまったのだった。
『バカな!! 咎人になる事も厭わないというのか!?』
叫ぶラゼット。 だが、彼の言う通り、既に陽菜が咎人になってしまった今、石塚も覚悟を決めて居たのだ。
同級生の女の子を守らずして、仲間として二ノ宮との約束を守らずして、何が男か、と。
「何だ? ビビってんのか? 何が殺人集団だ!! 覚悟が足りねぇんだよ!!」
『咎人が産まれました……』
「頭の中でごちゃごちゃうるせぇ!! どうせ俺の一番嫌な事は童貞のまま死ぬ事だよ!! 良かったな! もう少しでその償いは完了するからよ!!」
召喚師の念話を遮って叫ぶ石塚。 左手を振って自分の血に塗れた赤毛の男の剣を通路に抜き捨てながら。
がらん、と、音を立ててその剣は床に転がって行く。
「ほら、良いぞ。 もう俺を殺しても罪にはならねぇ。 遠慮無く俺を殺せ。 陽菜ぁぁぁぁぁぁ!! 今すぐ孝太の所に行けぇぇぇ!!」
腹の底から声を出す石塚。 その迫力に気圧されるラゼット達。
「そんな事言われて素直に行く訳無いじゃないですか!!」
「今しか逃げるチャンスはねぇだろうが!! 最後くらいは格好つけさせてくれよ!!」
『――ふ……ははははっ!! こんな子供に俺達が翻弄されるとはな!! 大したものだ。』
ラゼットは、仲間の死を何とも思っていないのか、屍になった赤毛の男を足で蹴散らしてそう言った。
『ふっ!!』
吐く息と共に、漆黒の身体が高速で動き、右手に握られた細い剣――レイピアと区分されるであろうその剣が、石塚の両肩、そして両足の膝の上を一瞬でその四カ所に突き刺される。
「ぬあぁぁぁぁ!!」
痛みに声を上げる石塚。 そして、手に持っていた剣を床に落とし、金属音が立ったのとほぼ同時に、石塚の身体も床に沈んだ。
『――おい、フレデリック。 お前の好みでは無いかもしれんが、このまま犯してやれ。』
剣に付いた石塚の血を床に振り落としながら言うラゼット。
「なっ!! やめて!! 男同士で何をしようって言うの!?」
『女。 お前が何を叫んでいるのか分からんが、フレデリックは
「……な……そんな……事って……。」
『このまま両手両足を斬り落として、フレデリック専用の
顎に手を当ててそう言い切るラゼット。 その間にも、身動きの取れない石塚の鎧を剥いで行くフレデリック。
「やめろっ!! 何しやがる!!」
『元気な子ですね。 嫌いじゃないですよそういうの。 でも、ちょっと五月蝿いかな。』
フレデリックと呼ばれた男は腰に付けた短い鞭を手に取ると、その鞭を石塚の頬に振り下ろした。
「ぷっ!!」
パツン! という肉が鞭打たれる音が通路に響き、石塚の口から血と涎が吹き出される。
「ふっ! おっ! あっ!」
頬だけで無く、鎧を剥いだ後剥き出しになった肌に繰り返し鞭を振り下ろす男。 その一撃一撃に短い悲鳴を上げる石塚。
『良い声で鳴きますねぇ。 でも、鳴く時は鞭を打っているだけにして下さいね。』
「あ……う……あ……。」
口をぱくぱくと開け閉めしながら、言葉にならない声を上げる石塚。
『――で、探知者はこの男なのか?』
腕組みをしたラゼットが陽菜に問う。
「く……。」
悔しさで下唇を噛む陽菜。 だが、相手が情報を求めているという事は、何か交渉の余地があると思った彼女は、首を小さく横に振る。
『そうか。 なら、まさかお前か。』
その声に驚愕の表情を浮かべる陽菜。 言い当てられた事もそうだが、それを知られた事で自分が何かをさせられるという嫌な予感がしたからだ。
『探知に加えて翻訳能力か。 ――俺のグループに入るか?』
まさかそんなオファーが来るとは思わなかった陽菜は、絶句して再び戦闘態勢に入る。
『やめておけ。 俺とこの二人にお前がその矢を当てるのは不可能だ。 ――で、だ。 お前が今首を横に振れば、その男もお前も俺達に弄ばれた後に殺される訳だが――どうする?』
ラゼットが本気でそうするであろう事は陽菜にも分かっていた。 そして、仲間になれという事が本気だという事も。 しかし、下唇を噛みながら戦闘態勢を崩さない陽菜。
『やはり顔に似合わず豪胆な女だな。 仲間になったフリをしてどうやって俺達を殺そうかと狙っている顔だ。 ――――残念だが交渉は決裂だな。 どれ、お前はまず俺が犯して殺してやろうか。』
「や……やめ……。」
腰が引けて後ずさって行く陽菜。 だがラゼットはゆっくりと彼女に近づいて行き、そしてフレデリックと呼ばれた男は大人しくなった石塚の服を剥き、その石塚の両足を蹴って無理矢理足を開かせると、紫のローブの下に履いていたズボンを脱いで石塚が横たわっている床の傍に捨てる。
いつの間にか集まって来て居た野次馬がラゼット達の背中に見え、本当にもうダメだと絶望して両足の膝を床に付ける陽菜。
「孝太! 孝太ぁ!!」
愛しい人の名前を呼ぶ彼女に、返事は無い。
悔しさで止めど無く流れる涙を、両手で必死に拭う事しか彼女に出来る事はもう無かった。
『シニョール。 私から交渉してみましょうか?』
手持ち無沙汰で小型のナイフを手で弄びながら言うリーザ。
『ふむ……そうだな。 やってみろ。』
『シニョールシィ!』
そう言って軍隊風の敬礼をするリーザ。
――と、その時、フレデリックと呼ばれた男の頭がいきなり吹き飛んだ。
飛ばされた頭は通路の壁に叩き付けられて、水風船の様に血と脳漿をぶち撒ける。
やがて、突風にも似た衝撃波がラゼット達と陽菜を襲い、陽菜は思い掛けないその突風に吹き飛ばされて迷宮の入り口方向へと転がって行き、身を丸くする。
突風を起こした犯人である人物は、ラゼットの横に着地すると、その体躯に似合わぬ、ズドン! という鈍重な音と衝撃が響き渡る。
さて、そこには一人の少女――赤いとんがり帽子を被った、赤い縁のメガネを付けた小柄な女の子が現れたのだった。
◇
何が起こっているのか分からないが、同級生を襲っている男を全力で蹴ったらこうなった。
『咎人が産まれました。 織部加奈。 14歳。 両手両足を切り取って、死ぬまで犯して下さい。』
やっぱりか!! やっぱりそうなるのか!!
頭の中に伝わる念話に青ざめる私。
一回でも失敗したらダメとパーシャに言っていた矢先にやってしまった……。
だが、私の怒りはもうそんな事を後悔させる暇さえ与えなかった。
二ノ宮君も、三島さんも咎人にされ、石塚君の様に嬲り殺されてしまったのだと思うと……。
くそっ!! もう良い!! 皆殺しにしてやるわよ!!
「パーシャ! リターントゥデビル!」
「ダー!」
私が言うやいなや漆黒の翼を広げた後に私の隣に飛んで来るパーシャ。
「What a....」(な、何だと……。)
漆黒の鎧に黒い長髪の男が唖然とした様子で降り立ったパーシャの姿を見る。
『パーシャ! こいつら、やるわよ!』
『はいです!』
頭に生えた角を両方の手に取ると、漆黒の鎧の男に襲い掛かるパーシャ。
男の動きは思いの他素早く、パーシャの右から左へと薙いだ右手に続いて、左下から右上に薙いだ左手も躱す。
「我が信愛なる紅蓮の炎よ。 清く熱く切に赤く、彼の者の血潮をも熱く赤く滾らせ給え。」
その間、魔法の詠唱を開始する私。
その私に向けて、白い槍が無数に飛んで来る。
「っ!!」
私は瞬時にプロミネンスマントを硬化させてそのマントに身を隠す。
槍を飛ばして来たであろう女性の詠唱が無かった事を不自然に思う私だが、甲高い音を立ててマントに弾かれていくその槍にまずは安堵し、そのマントを貫通する威力は無いと自分に言い聞かせて詠唱を続ける。
「して、沸っする鮮血よ、弾け、放て、紅蓮の光と共に。 ララヒート、ナヒートヴォル、クレティアニカ、フォルテ。 グレーゼ、グレーゼ、ララ、グレーゼ――――」
右手に集まって行く魔力を感じる。 槍は未だに私を攻撃し続けているが、私は思い切り床を蹴って身体を壁へと飛ばし、更にその壁を蹴って反対側の壁に向かい、それを交互に繰り返して向かってくる槍の弾幕を回避しながら前へと進む。
――と、パーシャが私の意図を念話無しでも見抜いたのか、悪魔の翼をはためかせると漆黒の鎧を着た男を飛び越えて背後に回る。
慌ててパーシャを振り向く男だが、丁度振り向いた瞬間に、私の右手は男の背中に触れて居た。
「
やはり知力が上がったせいだろう、かつて同じ魔法を唱えた時よりも何か
「Damn it!」(くそっ!)
私の右手が触れた男が悔しそうな台詞を吐き――――
パキン! と、何かが割れる音がしたが、結局私の魔法は発動しなかった。
「えっ!? 何で!?」
まるで炎が吹き消される様に、私の魔法は男の背中で消えて行った。
自分の魔法が打ち消されるのは初めてでは無いので、男自身か鎧に魔法防御の効果があると分析する私。
――ならば。
「我が信愛なる紅蓮の炎よ。 具現してはならぬと否定する輩にその存在の証明をしてみせよ。 孤高たる紅蓮の炎よ、熱き気高き己の存在を示すのだ。 レイ・アルブリアンテ・クレタ。 アルプーテ、ララ、クリティアニカ。」
パーシャの攻撃は何度か男の鎧を掠めているのだが、硬い金属音から察するに物理防御で弾かれているようである。
やはり魔法で攻撃するのが効果的か?
と、パーシャが漆黒の鎧の男に攻撃を加えている合間に考えている間に、次の魔法の詠唱が完了した。
「
私の突き出した左手から現れる私の身長程の大きさの炎の獣の顔。 その獣の顔ががぱりと口を開けると、燃え上がる炎の牙が剥き出しになり、3m程前に居た漆黒の鎧の男を頭から齧り付いた。
――と、私が魔法を発動した瞬間、その隙を付いて白い槍が私の右足の太腿に突き刺さった。
「くっ!!」
私はその突き刺さった白い槍を抜こうと手を伸ばす。 が、その槍に手を触れた瞬間に細かい粒子になって霧散してしまった。
――途端、槍が突き刺さって居た傷口から鮮血が噴き出す。
それとほぼ同時に、漆黒の鎧の男の魔法防御が
それは何と全部で15枚。 一体どんな装備をすればそんな数の魔法障壁を得られると言うのだろうか。
しかし、その全ては私の魔法で噛み砕かれ、やがて炎の玉が男の頭上に浮かび上がると、
「ララ・エスフィリアンテ!!
炎の玉は赤い光を放ち、私の身体を照らし始める。 その眩さに一瞬目を細める私だが、先程傷付けられた右の太腿がほわりと暖められる感覚の後に、瞬時に癒やされて行った。
「インポッシービレ!」
私に向けて白い槍を放った女が驚愕の表情で何かを叫ぶ。
『カナ! 引き付けますからもう一回魔法です!』
『わかったわ! お願い、パーシャ!』
念話の後に漆黒の鎧の男に執拗に両手に持った角を振り回すパーシャ。
男はレイピアを使いながらパーシャの攻撃を躱すが、反撃の糸口は掴めて居ないようで防戦一方になる。
私は再びマントを硬化させて身を隠しながら
その私に、今度は四方八方から同時に白い槍が降り注ぐ。
何故パーシャを狙わないで私を執拗に狙って来るのか意図は分からないが、パーシャの防御を突破するのはこの槍の威力では多分不可能だろう。
それが分かっていて、私に攻撃しているのだとしたら、相当鼻の効く人物なのだろうと思う。
マントの外側から、押し潰される様な衝撃が一気に私に襲い掛かり、一瞬息が止まる。
だが、幸いにも私のマントはその攻撃を全て止めてくれたようで――
衝撃が収まった時には
「つぁ!」
私は床を蹴ると、漆黒の鎧の男に飛び掛かり――――
男の背中を思い切り自分の前に蹴り出した。
「ぐぉ!!」
身体を背中側に曲げられ、宙を舞う男の身体。 私は再度床を蹴ると、男の身体に追い付いてもう一度前に向かって蹴り出して―――
野次馬達が集まる中央、その上に男の身体は飛んで行き、もう一度床を蹴った私が男に追い付くと、今度は魔力が満ちる右手を突き出した。
「
ツパァァァン!! と、激しい音と共に男の身体は弾け飛び、衝撃波が野次馬達を襲い――――
「ディスト、グレーゼ、ララ、グレーゼ。
その衝撃波と共に飛び散った血が再び収束すると、煮え滾るその血はやがて一度目よりも強い血の水蒸気爆発で野次馬達全員を巻き込んだ。
悲鳴を上げる暇も無く、その爆発に巻き込まれる野次馬達。
数は50を超えるだろうか。 人間共を大量虐殺するその感覚に、身を震わせる私。
ある者は全身を壁に叩き付けられて、臓器も血液も全て壁にびしゃりと塗り付けられた。
ある者は爆発の衝撃で両腕をもがれ、身体を床に打ちながら転げ回り、やがて絶命した。
ある者は、他人の吹き飛ばされた腕に頭を射抜かれて、更に衝撃波でその頭の中身が吹き飛ばされる。
「――ははっ! あはははっ!!」
私は笑いを堪える事が出来ず、爆心地に着地すると腹を抱えて笑い出してしまった。
『カ……カナ……凄いです……。』
『――おっといけない。 もう一人居たわね。 次はそっちをやるわよ。』
『はいです!』
私の念話で、パーシャは翼をはためかせると、私に向かって執拗に白い槍の攻撃をしていた白人の女に向かって文字通り飛び掛かるパーシャ。
と、女は白い膜を前方に作ってパーシャの一撃を躱した。 しかし、パーシャの一撃で吹き飛ばされた女は、通路の奥へと飛んで行き――――
「――――ん?」
暗くて良く見えなかったが、同じく通路の奥、迷宮側へと駈け出した私の視界に、見慣れた女の子の姿が……。
「って、三島さん!?」
嬲り殺しにされていると勝手に思っていたが、まだ生きて居たなんて……。
嬉しさに、私の両目からじわりと涙が滲み出る。
『パーシャ! 黒髪の女の子は私の仲間よ! 殺しちゃダメ!』
『えっ!? お仲間さん、生きていたですかっ!?』
『ごめんパーシャ、今は油断しないでっ! 女が何かしようと手を伸ばしてるわよ!』
私がパーシャに念話をした途端、突き出した女の手から無数の白い槍が飛び出す。 詠唱が無い事からスキルなのだろうが、私の
パーシャは女を追い掛けようと開いた翼を、瞬時に自分の身体を包み込む様に閉じる。
女が飛ばす槍はそのパーシャの翼に弾かれて、四方八方に飛び散って行き、自分のスキルの効果はパーシャには無いと判断した女は、一度舌打ちをして迷宮の入り口の方へと逃げ出したではないか。
――どうする、追うか?
と、一瞬迷ったのはパーシャも一緒だったのだろう。
彼女も立ち止まって指示を仰ぐ為に私を振り返っており、その間に女の姿は迷宮の入り口へと消えて行き、
「チンクエグラディピアーノ!」
そう叫んで女の姿は消えて行った。
『逃がしたわね……まあ良いわ。 いずれまた会った時にでも殺しましょう。』
『パーシャも頑張ったのですが……ごめんです、カナ。』
『貴女が謝る事じゃないわ。 気にしないで。 それよりも……私はさっきの日本人の男の子を拾って来るから、パーシャはその日本人の女の子を抱いて頂戴。 そして一旦迷宮に入りましょう。』
『分かったです。』
「三島さん! 私! 私だよ!」
「――え? お、織部、さん?」
目の前で起こっている事が理解出来なかったのか、床にぺたりと座り込んで震えて居た彼女が、ようやく私を認識して眼の焦点を私に合わせる。
「今、私の仲間が三島さんを抱いて迷宮に逃げるから。 ちょっと悪魔っぽい娘だけど気にしないでね。」
まんま悪魔なのだが、一応パーシャに気を使って語尾に少し可愛さを付け足してみた私。
「あれ? そう言えば車椅子はどうしたの?」
「あ……あの……私……。 その……。」
「どうしたの? さっきの人達に何かされたの?」
「……わ、私、実は今……歩けるんです。」
そう言ってすくりと立ち上がる三島さん。
「はぁ!?」
だが、驚いた所で、事実は変わらない。 本当に二本の足であの三島さんが立っているのだ。
「お互い話す事は沢山ありそうだね。 ――迷宮に入ってから話そう。」
「あ、はい。 あっ!」
そう言えばパーシャにもう抱かなくても良いと念話するのを忘れて居たが、まあ良いやと私は私で石塚君を脇に抱えて迷宮の入り口へと向かうのだった。
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