反逆狼煙

 私達は石塚君を抱き抱え、そしてパーシャは三島さんを抱いて迷宮の二階へと急いで向かった。

 派手に人間達を爆ぜ殺して来たので、私達にすぐさま追手が来る事は無いとは思うが、一応周囲を警戒しながらも少し迷宮の奥の方の小部屋に入り、一旦キャンプを開いて中に入った。


 肉体的には若干疲労感を感じている程度で、別に息は切れて居ないのだが、色々と混乱していた私。

 酷く痛め付けられた石塚君を優しくベッドに横たえて、まずは三島さんと話をする事にした。

 と、彼女と向き合うと、何故か自然と涙が沸き出して来る。

 彼女が今まで何をしていたのか、何故自分を一人にしたのか。 そんな疑問はあるけれど、彼女が生きていた事、まずはそれがとても嬉しかった。

 そして、何故か歩けるようになっていた事も、まるで自分の事の様に嬉しかった。

 私は三島さんを抱き締めると、彼女の胸の中に顔を埋め、彼女の胸当てに涙の雫を数滴落とす。

 三島さんが例え人間とは言え、仲間として誓い合った仲なのだ。 今思い返せば彼女が裏切ったと勘ぐった事さえも恥ずかしい。


「……私はあれから一人でキャンプから出て、準備区画に戻ったの。 それから――――パーシャと会ったわ。」


 私は三島さんの額の咎人の印をまじまじと見詰めると、多分彼女の方が自分よりも険しい道程を歩んできたのでは無いかと勝手に推測し、まず自分が体験してきた出来事をかい摘んで話した。


「な……では、二日前に私達が寝ている時に、パーシャさんと一緒に召喚された男を織部さんが殺していたんですか。」

「そうなるね。 そっか……丁度三島さん達が寝てる時に準備区画に居たから感知されなかったんだ、私。」


 お互い遭遇出来なかった理由が分かり、そして三島さんはぽつぽつと自分達が体験してきた出来事を話始めた。

 勿論、二ノ宮君の事を含めて。


 念話で、恋人である三島さんが殺される事が二ノ宮君の罰であると事前に聞いて居た為、さほどショックでは無かったが、自分が一人悶々としている間に二人で勝手に恋人になるまで仲良くなっていたのには少し苛立ちを覚えた。

 まあ、今更言っても仕方が無い話なので、根掘り葉掘り聞こうとは思わず、そういう事があったという事実だけを聞き流した私。

 ただ、言い訳の様に一生懸命私の事を探したという言葉だけは何故か気になった。

 私が素直じゃないだけなのかもしれないが、クラスの皆とまた合流して、皆で攻略しようとしたその場所に自分だけが居なかったのがまた仲間外れにされた気分だったのかもしれない。


『カナ……。 この子、まずいです。』

『えっ?』


 私と三島さんが話をしている間、パーシャが石塚君の看病をしていたのだが、そのパーシャが私にいきなり念話を送ってきた。

 彼は左手に大きな怪我をしており、両手両足に剣で刺された痕、それから無数の鞭の傷を追っていた。

 胴体に目立った傷は無いから、休めば回復するかもしれないと思っていたが……。


『――もうダメって事?』

『血を失い過ぎてるです。 猟奇的スナフビデオを撮っている時に、子供がこういう状態になると……最後の仕上げ・・・に入る……程度の状態に見えるです。』


 何度かそういう光景を見てきたのだろう、生き続ける事が既に困難であるというその最後の線を越えていると念話で発言するパーシャ。

 彼女には、身体をどう壊せば人が死ぬのか良くわかっているのだろう。


「石塚君。 ……私が分かる?」


 私は腰をベッドに乗り上げて、薄く目を開いている石塚君に問い掛ける。


「お、織部……加奈だろ……。 何だよ。 本当に……滅茶苦茶強ぇんじゃねぇか。」


 生気を失った虚ろな目で私を見て、紫に変色した唇で、振り絞る様に喋る石塚君。

 ――私も、これはもうダメだと悟った。


「――最後に、何かして欲しい事、ある?」

「何か……? 何かって……。」

「タバコ吸いたい、とか、酒飲みたい、とか。」

「不良かよ……。 って、そうか……。 俺、死ぬのか。 ……嫌だな。 死にたくねぇな……。」


 うっすらと涙を滲ませる彼。


「俺……童貞だけどさ。 キスもまだだったんだ……。 せめて、可愛い女の子とキスでも……したかったな……。」

「キ、キスぅ……?」


 最後の小さい「ぅ」で口を尖らせる私。

 ……可愛い女の子、ねぇ。


「三島さん、ダメ?」

「だ、ダメですよ! 孝太が居るんですから!」


 それもそうか。 消去法で言えば……。


「織部じゃ……ダメか?」

「ダメよ。 私、可愛くないもの。」

「えっ……いや……その……。」

『パーシャ。 この男の子、死にそうなんだけど、最後に美少女からキスして欲しいんだって。 お願い出来ない?』

『パーシャがですか……? ……カナがそうしろって言うならしますけど……でも、そうですね。 悪魔の口付けが最後の記憶というのは、皮肉で良いかもです。』


 顔が腫れまくって居る石塚の頬をそっと撫で、彼の唇にピンク色の唇を押し付けるパーシャ。


「んっ!?」


 悪魔の角を生やして居るとは言え、見目で言えば見麗しい彼女に、いきなり口付けをされて驚く石塚君。

 だが、パーシャは単に唇を押し付けるだけでなく、口の中が切れて血の味がするであろう彼の咥内を優しく舌で愛撫するように舐めて、自分の唾液を絡めさせる。

 やがて、驚きながらも目を細めてパーシャの舌使いを受け入れた石塚君。

 くちゅ、くちり、と、静寂の中で響く……何故だか卑猥には聞こえない音が響き渡る。

 それが卑猥に聞こえなかった理由は、多分石塚君が細めた目から止めどない涙を溢れさせて居たからだと思う。

 やがて、頬をやや赤く染めたパーシャが彼の口から唾液の糸を垂らしながら自分の口を離すまで、その別れの儀式・・・・・は続いた。


 今度は、本当に静寂が訪れ、ふぅ、と、溜息にも似た吐息を漏らす石塚君。


「……俺の為に、あんたみたいな……可愛い子が……本当にこんな事してくれんのか……やべぇな。 嬉……しいな……。」

「……プラシェ・モイブルグ。」


 血塗れの石塚君の手を取り、優しく握り締めるパーシャ。 私も、つい手を伸ばしてパーシャの手の上から石塚君の手を握り締めた。

 パーシャの様子から、多分これが彼の最後なのだろうと思ったからかもしれない。


「あ……った……けぇ……。」


 ――それが、石塚栄吉の最後の言葉だった。

 彼の両手からは力が抜け、幸せそうな笑顔と共に、彼は逝った。

 私とパーシャは彼から手を離すと、私は半開きになった彼の瞼を親指と人差し指で閉じてやり、パーシャは彼の両手を胸の中央に置いた。


『……パーシャ、最後に何て言ったの?』

『友よ、さようなら、です。』

『……それ、前に死んだ子にも言ったんだね……。』

『わかるですか。』

『手慣れてるもの。 わかるよ。 ……良い子だなぁ。 パーシャは。』


 初対面の男の子なのに、まるで自分の仲間が死んだかのような悲しそうな顔を見せるパーシャを、私は抱き締めずには居られなかった。

 彼女は、こうしていくつの別れを乗り越えて来たのだろうか、と。


『カナの仲間じゃなかったら……こんな事しないですよ……。』

『そっか。』

『人間なんて……皆、敵です……。』

『そっか。』


 私は、彼女では無いから本心は分からない。

 だが、口ではそうは言うものの、溢れそうな涙を必死に堪えている彼女の表情からは、ただの強がりにしか聞こえなかった。

 私は彼女のウェーブの掛かった金髪を優しく撫でると、彼女の顔を抱き締めた胸の辺りにじわりと何か・・が染みてくるのを感じる。

 勿論、私はそれが何なのかを指摘はしない。 ただ、私は彼女の髪を弄ぶフリをして、抱き締めた。


『カナこそ……良い子です……。』

『そう言えば、私と同い年なんだっけね。』


 こくり、と、私の胸の中で頷くパーシャ。


「あの……パーシャさん、でしたっけ? 織部さんと会話が出来るのですか?」


 と、私達の様子を見て、恐る恐ると私に聞いて来た三島さん。

 彼女にとって石塚君の死はどうでも良いのかと一瞬考える私だが、傍から見たら私達が無言で抱き合っている風にしか見えなかったのかもしれないのが気になったのだろう。

 仲間の死を何度か乗り越えて来たのか、私たちよりは落ち着いて既に遺体となった石塚くんの顔に、ベッドから解したシーツを被せてそう尋ねる彼女。


「Она может меня понять, если я думаю, что я хочу сказать.」(頭の中で考えれば彼女には分かって貰えるです。)

「念話が出来るって事ですか!?」


 三島さんは他の言語が理解出来るのだったな、そう言えば。

 ロシア語で何かを答えたパーシャに驚いて声を上げる彼女。 勿論、パーシャは自分のロシア語が理解された事に驚いて居た。


「うん……一応その子、私の眷属だから。 ――えっと、可愛いでしょ。」


 いつの間にか私の胸から顔を上げていたパーシャは、若干頬を赤らめながらも悪魔の羽を羽ばたかせ、艶やかな角を見せ、そして同じく艷やかに濡れた尻尾をくりくりと動かしながら、時折微笑みを浮かべて牙を見え隠れさせる。


「か、可愛い……っていうか、頼もしいというか……。」

「この子の素質は悪魔。 私と同じで人間じゃないわ。」

「あ、悪魔……? そういう素質も……あるのですか……。」

「そうだ。 そんな事よりも二ノ宮君とはどうなったの?」

「え……っと……孝太……は……多分私や石塚君に被害が及ばないように、亜種だと発覚した時点で小野寺さんを人質にしたフリをして迷宮に入りました……。 たぶん、その小野寺さんはそのうち解放されると思います……。」

「なに、それ? 亜種だと発覚すると何か不都合な事があるの?」

「織部さんはまだ知らなかったのですか……。 亜種がLV10を越えた場合、告発すれば討伐書を書かれる事になるそうです……。 今回の場合、孝太のステータスが上がりすぎて、LVを上げる為の端末のシステムが多分エラーを起こしたのでしょう。 それがこちらの世界の召喚士と兵士達に感知でもされたのでしょうか……私達が神殿を出た所で彼等に待ち伏せされたのです……。」

「そんな……。 でも、なんでLV10なの? なんでそのLVまでは討伐の対象にならないの?」

「理由は聞いて居ないので推測しか出来ませんが……私は人間の手に余るからなのではないかと感じて居ます。 織部さんが先程50人程を虐殺してきた様に、人間達には織部さんと、パーシャさん、でしたっけ? の、二人を止める術が無いのではないでしょうか。」

「でも、いきなり動きを止められたり、地面に叩き付けられたりっていう魔法でも無い、力でも無い、念力みたいな物があるよね。 あれが実際どう動いているのかは分かる?」

「無理です。 何かヒントになるかと色々な事象を重ねて考えているのですが、鍵の一つも見つかりません……。」


 うーむ……参った。 もう私も彼女も咎人になってしまったので、準備区画に戻る事は不可能だ。

 せめて最後に神殿に寄ってレベルでも上げておけば良かったのかもしれないが、後の祭りという奴である。


「それよりも……彼をこのまま寝せておくだけでなく…火葬しませんか?」

「……良いわね。 賛成。」


 私は石塚君の背中と足を抱き上げ、三島さんは部屋の扉を開けてくれた。

 彼の身体はゆっくりと床に降ろされ……。


「あ、織部さん。 これ使って下さい。 孝太の置き土産です。」

「……これ、バゼラルド? 二ノ宮君が買ってたんだ……。」

「これでも売って当面の食費と宿代に使えって意味だったのだと思いますが……。」

「三島さんは勿論追い掛けるのよね。」

「……はい。」

「じゃあ、使わせて貰うわ。 私も自分勝手なあの唐変木に蹴りの二発でも入れないと気が済まないわ。 何よ。 自分だけ悲劇のヒーロー気取って戦いに行くなんてさ。 しかもたった一人で? 強くなって頭が沸騰してるんじゃないかしら。」

「そ……それは……。」

「ごめん、気、悪くした? じゃあ、腹パン二回で済ませておいてあげる。」


 と、苦笑いを浮かべながら私にバゼラルドを手渡す三島さん。 

 二ノ宮君は三島さんに渡す時に所有権の初期化も済ませて居たのだろう、私の名前を新規登録するように促して来るバゼラルド。


「いつかあんたの主人に返してあげるから。 それまで私に使われて、ね。」


 そう言って、自分の名前を思い浮かべるや否や、私のフレイムブレイドの魔法とバゼラルドがリンクされ、なんと詠唱無しで通常バゼラルドが出す炎よりも高威力の炎の剣が召喚出来る様だと頭の中に情報が伝達される。

 LV1の魔法の使用回数は私にとって結構貴重なのだが、そういう条件ならば文句は無い。

 残り三回使える魔法のうち一回を使ってバゼラルドに炎を召喚すると、通常赤く燃える筈のバゼラルドの炎に私のフレイムブレイドの炎が混じったせいで高温になったのか、バゼラルドの刀身の黒い部分を中心に炎は白く光り、外側は青く燃え盛っていた。

 更に、炎の刀身全体は私の身長程の長さとなり、刃の幅は柄に一番近い部分で約30cm程もあり、柄の細さと比較するとアンバランスに見えてしまうのだが、これで攻撃のリーチが長くなったのは有難い。


「――じゃあね、石塚君。」


 安らかに――とか、また来世――とか、そんな言葉も頭に浮かんでは来たが、信じても居ないのにそんな事を考えてしまう自分がバカらしくなり、その自分を嘲らう様に笑いながら別れの挨拶だけを告げる私。

 そして……床に横たえた彼の身体を足元から焼いて行った。

 バゼラルドの剣からは水分も一瞬で蒸発させる程の温度の炎が出ているのか、爆ぜる様にして一瞬にして灰になっていく石塚君の身体。

 やがて胴体を焼き、そして顔を焼いて……全ては灰になった。


 三島さんはその灰を一撮み掴むと、小さな袋に入れて自分のリュックサックに仕舞い込む。

 彼女なりの、仲間だった人物になった者への敬意なのだろうな、と、考えて軽く目を瞑る私だった。


 ◇


 さて、その後キャンプに戻って少し休んだ私達だが、次の一手を決めあぐねいていた。

 心理的にはすぐにも二ノ宮君を追い掛けて迷宮を進みたいのだが、彼は隠蔽のスキルを持っており、三島さんには感知出来ない。

 よって、闇雲に進んだところで彼と合流出来るとは思えない。

 そして、もう一つ気掛かりなのは、二ノ宮君が一緒に連れて行った小野寺さんの存在だ。

 もし予定通り彼女を開放したとするならば、たった一人で準備区画に戻った所で……男の人達に拉致され、慰み物にされる可能性もある。

 私が一人だった時に覚えた恐怖を思い出して身震いする。

 加えて、私にはまだ戦うという選択肢があったが、聞けば、小野寺さんはまだ武器も買っていない状態らしい。 素手のヒーラーが複数人に襲われて……無事逃げ遂せるとは到底思えなかった。


「でも……今すぐにでも追い掛けないと……孝太に何かがあったら間に合わないかもしれません……。」


 しかも、彼女が今発言したように三島さんには現段階では二ノ宮君の後を追う事しか考えられないらしい。

 これは小野寺さんの事を諦めるしか無いかと思った時だった。


『そう言えばカナ、咎人になったのに額にその子の様な印が無いですね。』

『……えっ?』


 慌てて額を押さえる私。 その仕草で三島さんも気付いたのか、


「咎人の……証が、無い……? 何……で……?」


 と、口を手で押さえて言う。


「でも、そんなのおかしいよ。 念話で通達はされたもん。 私が咎人だって。」

「ちょっと待って下さい。 咎人と討伐対象の違いって、何なのでしょうか。」

「……さぁ……。」


 そんな事をいきなり言われても分からないと首を傾げる私。


「もしかして、織部さん達亜人種を咎人として指定しても、本当は拘束力は全く無い……かもしれない?」

「うん……? 拘束力……?」

「秋月さんがされた様な念力の様な力が、織部さん達には効かないかもしれないって事です。 あくまでも仮説ですけど……。」

「でも、二ノ宮君の隠蔽は看破されてたんでしょ? その仮説はどうかと思うなぁ……。」

「看破されていたのは孝太だけだったんです。 孝太の隠蔽のスキルは私達には効いて居て、それを解除する為に召喚士の女の人は魔法・・を唱えたと仮定すると……。」

「……そうか……。 私達をこっちの世界の人達が完全に掌握しているのなら、仲間が居るかもと考えて二ノ宮君の隠蔽を魔法で解いたってのはおかしいわね。 ……でも、結局最初に特定はされてるんだよね、二ノ宮君は。」

「ええ……そこが分からない点です。 だからやっぱりただの思い違いなのでしょうか。」

「待って。 パーシャにも意見を聞いてみるわ。」


 私は三島さんにそう告げると、現状で持っている全ての情報を彼女に念話で伝えた。


『……コータさんが人間達に発見されたのは、神殿というシステムが異常を感知して警報の様な物を鳴らしたのでは無いですか? その時に、同時にマーキングしたというのがパーシャが考えられる限界ですよ。』


 限界どころか、パーシャの意見に多分それだと確信めいた物を抱く私。


『だとしたら何で私は咎人として認定されたのかしら。』


 だが、それでも引っ掛かる点があるのでそれもパーシャに聞いて見る。


『カナや私の事をまだ・・人間として誤認していたのではないですか? LV10と言うのが人間として認識出来る限界、彼等の特別な力が通用する限界だと考えれば、それ以上になった亜種に討伐書を出す理由も分からなくも無いです。』

『挑戦者全員に協力を求めて、逃げ場を無くして追い詰めて……殺す、か。 私達亜種にとっては気持ちの良い話じゃないわね……。』

『でも……カナ。 今回の事で色々な事が分かったのは良い事です……。』

『この世界の人間が、本気で迷宮を攻略させようとしている事、こちらの世界の人間同士は挑戦者に対してでさえも強い仲間意識を抱いて居る事ね。』

『カナ。 ……カナの仲間は、パーシャ達の事を話した上で、もしこれからカナとパーシャが人間達を殺しに行くと言っても、一緒に来てくれるですか?』

『そうじゃなかったら私が仲間なんて呼ぶ訳が無いじゃない。』


 私の返事の何が気に食わなかったのか分からないが、少し口を尖らせるパーシャ。

 そのパーシャの頭をまたぐりぐりと撫でてあげる私。

 ――よし。 心は決まった。


 ◇


「三島さん。 これから準備区画に戻って三島さんが感知出来る全ての人間を皆殺しにしよう。」


 簡潔だが事情を話した後にそう三島さんに告げる私。


「……えっ。」

「追って来る人間が居なくなれば逃げる必要も無い、でしょ?」

「そ、それはそうですが……。 本気……ですよね。 聞くまでも無く。」

「まあ、うん。 良い加減この世界の人間に振り回されるのはやめようよ。 二ノ宮君の為にだってきっとなるよ。」


 私が二ノ宮君の名前を出すと、急に三島さんの両眼に火が灯る様に輝き出した。


「……孝太の為に……。 そうですね……全てを壊してしまいましょうか。 私達を縛ってきたしがらみと共に。」


 私達の反撃の狼煙はこうして上げられたのだった。


 ◇


 迷宮から戻った私達を迎えたのは、死体の後始末をしていたであろうこちらの世界の人間14名、それから何事かとそれを見ていた野次馬達12名。

 三島さんが持っていた矢の残りは僅か17本。 だが、その一本一本を貫通ピアーシングスキルを使いながら撃ち始める彼女。


 閃光が走り、掃除をしていたこちらの世界の女の左胸の下を背中から貫き、後ろに居た挑戦者と思わしき男の腹を突き抜ける三島さんの一撃。

 パーシャは漆黒の翼を広げて羽ばたくと、三島さんの射線を遮らない様に通路の天井ギリギリを進む。 私は通路の左側の壁を走りながら、炎を失ったバゼラルドを睨んで舌打ちした。

 効果が持続する魔法はやはり準備区画では使用出来ないらしい。 これで私が使えるLV1魔法はあと2回という事になる。

 接近してLV2魔法である業火噴出ヘルファイヤエラプションを使ってある程度数を纏めて殺そうかと一瞬考える私だが、ピピナ商店で矢を補充出来るかもしれない三島さんに対して、私の魔法には即時の回復手段は無い。

 普通に蹴り殺すのが一番良いかという結論に達し、バゼラルドを逆手に持ち替えて突き進む。

 第二射、第三射が三島さんから撃ち出され、パタパタと数人が血の海に倒れて行くと、ようやく自分達が何者かに攻撃されているのだと認識し始める人間達。

 蜘蛛の子を散らす様に逃げ出すのだが――既に彼等を飛び越えて宿屋区画側の方に回り込んで居たパーシャに行く手を遮られる。

 そこに追い付いた私は、掃除道具しか持っていないこの世界の人間達、一番手前に居た女性と思われるその人物に向かって容赦無く硬化したプロミネンスブーツで右足を下から蹴り上げた。

 ブーツの足の甲の部分は女の腕をへし折った後に更に肋骨を砕き、その折れた骨が肺に達したのであろう、口から血反吐を吐きながら通路の天井に叩き付けられる女。

 パァン! という肉が壁に打ち付けられる音の後、やがて重力により身体が血と共にどちゃりと床に落ちて来る。

 小気味良い感触に、身体を震わせる私――と、三島さんの第四射が私の反対側の通路に居た掃除夫の頭を貫いて、脳漿と血を射抜かれた場所から反対の方向に噴き出し、がくりと床に膝を落とす。

 

 逃げ場をパーシャに塞がれた人達は、やがて奇声に近い悲鳴を上げ、ある者はその場に立ち竦み、ある者は頭を抱えて床に座り込む。

 無論、現時点で何をしようが、彼等、彼女等の運命は変わらない。


 私とパーシャは、人間達を虫を殺すが如く頭を蹴り殺し、角で刺し殺し、短剣で切り刻み、四肢を捻りながら引き千切って死に至らしめる。

 身体中に生暖かく、生臭い鮮血を浴びながら、私とパーシャは艶美な微笑みを浮かべて居た。

 やがて、申し遅れた様に念話が響き渡る。


『と、咎人が……産まれました。 パーシャ・イリインスカヤ……14歳。 罰は……信じられる仲間・・を目の前で犯された後で細切れにされ……その肉をボルシチ? に、入れて食べさせられる事だ……そうです。』

『な、何て事考えんのパーシャ!! その犯された後に細切れにされる肉って私の事なんじゃないの!?』

『し、仕方無いですカナ! それが本当にパーシャにとって一番嫌な事なのです!!』


 彼女に念話でそう言われて改めて考えると、確かに彼女は私を大事に思っている様で対応に困る私。


『……まあ良いわ。 どうせ私の罰だって碌なものじゃないしね。 残りを片付けましょう。』

『はいです!』


 私は、最後に残ったこの世界の住人の女の喉をバゼラルドで突き刺しながら念話で言うと、挑戦者の男の腹に右手で角を突き刺して、そして左手に持った角で胸を切り割くパーシャ。

 左手で斬り付けられた傷は即座に黒薔薇の蔦で縫われ、そして傷が閉じた様に見えた瞬間に傷口が爆ぜて鮮血が飛び散って胸の大部分を抉られて即死する男。

 相も変わらずえげつないパーシャの攻撃であるが、まるで自分の事の様に誇らしく思えて来てしまう私だった。


「織部さん! 後ろ――来てます!」

「……えっ?」


 それは一瞬の油断。 三島さんの声で自分の後ろを振り返って見ると、ただ攻撃を受け入れるだけの存在だと勝手に思い込んで居た挑戦者の男の一人が、両手で持った大剣を私に向かって振り上げて居たのである。

 ――この体勢での回避は――不可能だ。


『クリムゾンアポカライズ!!』


 私は、祈るようにして左腕に着けて居る腕輪状になっている宝石の名前を心で願う。

 ――瞬時に、宝石の中に閉じ込められて居た業火噴出ヘルファイヤエラプションが発動した。

 油断一つで六万ポイント近くする宝石を浪費する愚かしさに、上顎から牙が剥き出て来て私の口を半開きにさせる。


 円状に噴き上げた炎は私を中心にして爆風を巻き起こし、男を外側に吹き飛ばすと同時に外縁に辿り着いたその男の身体を猛烈に焼き上げる。

 鎧も剣も真っ赤に燃え上がるのが見え、だがその装備の持ち主の姿が見えない事から、中身の方が瞬時に燃え尽きてしまったのであろうと判断する私。

 炎の勢いは更に広がり、時計回りに私の周りを2回転しながら周囲4mを燃え上げて行った。

 前回使った時は2m程の範囲だったが、パラメーターが上がったせいなのか、それとも宝石クリムゾンアポカライズを介したからなのかは分からないが以前に比べて倍近い距離をそうして炎は広がり、やがて私が先程作り上げた人間の死体を焼くと、私自身にも感じる程の余熱を残して消えて行った。


 と、私に敵意を向けた事に対しての反撃だと判断したのか、残る二人の男女の挑戦者は私に背中を向けて逃げ出し、通路の横幅の半分を覆う様に広がっている悪魔の翼を羽ばたかせて宙に浮いているパーシャに正面から突っ込んで行った。

 パーシャの中でどういう思案が成されたのかは分からない。 だが、彼女は次の攻撃方法としてまるでその男女二人を弄ぶ様な方法を選んだ。

 悪魔の尻尾の先端から黒薔薇の種を一つづつ飛ばすと、一つは男の右足の踝のあたりに着床し、もう一つは女の左足の膝の上に着床した。

 パチン、と、パーシャが指で音を鳴らすと同時に、種は発芽して爆ぜる。

 血肉が周囲に飛び散り、バランスを崩した男女は床に転がる。 ――と、転がった男女の残った足をそれぞれ片方の手に持ち、身体を上下逆さまにしながら天井近くに飛び上がるパーシャ。

 そして今度は翼で自分の身体に下側に勢いを付けて、床に当たると思われた瞬間に再び翼を大きくはためかせると、手に持っていた男女の身体だけが床に叩き付けられる。

 パーシャから10m以上も距離が離れて居た私だったが、その私にさえも血肉が飛んで来る程の勢いで床にぶち当てたのだ。

 パーシャの両手に残ったのは、胴体から千切れた男の左足、と、そして女の右足。

 その残った物を宿屋区画の方に思い切り放り投げるパーシャ。


『……カナに手を出したら許さないです。』

『それ私に対して念話で言っても仕方無いでしょ……。』


 そうだった、と、念話の後に呆けて私を見るパーシャ。 

 無邪気な暴力っていうのは……結構怖いものね。 まあ、私が言っても説得力は全く無いのだろうけれど。


「織部さん、大丈夫ですか?」


 私に向かって駆け寄って来る三島さん。


「うん……ちょっと油断した……。 それより、感知はどう? 近くに反応は?」

「神殿のある部屋の中に3つあります。」

「よし。 じゃあ、次はそれをやろう。」


 私はパーシャを念話で呼び寄せて、通路を見張っている様に指示する。


『パーシャ。 迷宮から誰かが出て来たら殺して。 もし大勢が宿屋区画の方から出て来たら私達も一旦下がるから、一応両方見張っていて頂戴。』

『カナはどうするですか?』

『三島さんと一緒に神殿の中の人を殺して来るわ。』

『……分かったです。』


 と、寂しそうな表情を浮かべるパーシャ。 一時でも私と離れるのがそんなに嫌なのだろうか。


『……やめた。 パーシャ、やっぱり一緒に殺しに行こう。 どうせ皆殺しにするんだから、見張りなんてしても意味ないよね。』

『です……か? それで、良いですか?』

『良いよ。 パーシャを一人にしようとした私がバカだった。 一人がどんなに怖いか私自身が知ってる筈なのにね。 ごめんね、パーシャ。』

『……カナ……。』


 翼を丸めて私の横に近づいて来ると、目を潤ませながら私を見上げるパーシャ。


『さ、行くわよ。 私みたいに油断しないでね。 六万ポイントが一気に塵になっちゃった。』

『次はパーシャがプレゼントするですよ。』

『ありがと。 じゃあ、私はパーシャに手袋をプレゼントするね。 血塗れだよ、手。』


 高速詠唱ファストキャスティンググローブを振って、そのグローブに付着していた血と脂を振り払う私。 防水仕様なので、綺麗に床に汚れが飛んで白い手袋が再び現れる。


『グローブは良さそうです。 パーシャにも装備出来るですかね。』

『…………。』


 軽口を叩いた自分を後悔する私。 魔法使いの資質が無いなら魔法系の装備は出来無いというのをすっかり忘れて居た。


「さ、さあ、行くわよ。」


 誤魔化すように日本語でそう言うと、パーシャに後ろから付いて来いと顎で指示する私だった。

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