清掃時間

「あの人達、外の状況に全然気付いて無いのね……。」


 仲の良さそうな十代後半の私達と同じ東アジア系の顔立ちをした男の人二人と、女性一人。

 その三人は神殿と呼ばれる部屋に血塗れの格好で入ってきた私とパーシャ、それから三島さんの存在を気にも止めようとせず、それぞれのレベルアップの事で喜んでいるのだろうか、満面の笑みで談笑を繰り広げていた。

 そんな和気藹々とした雰囲気をこれから私達が圧倒的な暴力でぶち壊すと考えると、若干可哀想にも思えて来るが、幸いにも私達の嗜虐心はそれを上回ってくれたようだ。


 無言で弓を引き絞る三島さん。 そして、返り血を床に垂らしながら歩いて行くパーシャ。

 私は、今回の掃除に私自身は必要無いと判断し、万が一神殿区画にほかの人間が侵入して来た時の為に 神殿の入り口の扉付近に待機する事にした。


 白い光の軌跡を描いて射ち出される三島さんの矢。 それと同時に駆け出すパーシャ。

 ――三島さんの矢は、見知らぬ女の後頭部を貫いた。

 後頭部の反対側、眉間のあたりから矢は抜け、神殿のブースの端末がある壁に当たり、火花を散らせながら血肉を交えて粉々に砕け散る。

 ブースの端末、クリスタルを刺す場所、そのクリスタルに向かって撃ち抜かれた頭を前から突っ伏す様に倒れさせる女。

 先端が尖っているクリスタルは女の顔、三島さんの矢によって窪まされた部分にめり込んで行った様に見え、クリスタルと傷口の隙間から止めどなく流れる鮮血は端末全体に広がって行き、彼女を挟んで談笑していた男達のクリスタルをも赤黒く濡らして行く。

 二人の男達は、焦って立ち上がるが、驚きのあまり言葉も出せないのか、口を大きく開いたままその場に硬直していた。

 その二人の男の首筋を、後ろから両の手に持った悪魔の角で切り裂くパーシャ。

 ほぼ同時に斬り付けられたその首筋に、ぷっ、と、一瞬鮮血が迸るが、黒薔薇の蔦が仲良く同時にその傷口を縫い付け――――パーシャが悪魔の翼で後方に大きく羽ばたくと、縫い合わせた部分が爆ぜて鮮血が噴き出した。

 やがて、二人の男達は、血まみれになりながら、仲良く真ん中に座っていた女に寄り掛かるようにして絶命して行く。

 一瞬、バカな事だが、こんな死に方なら悪くないかもしれないと考えてしまう私。


「イヴォシエ?」

「はい。 これでここは全部です。」


 首を傾げながら何かを聞くパーシャに、頷きながら日本語で答える三島さん。


『何かロシア語が理解できないのが私だけなのは悔しいわ……。』

『でも念話だとヒナが理解できないです。』

『まあ、それもそうね……。 まあいいわ。 次に行きましょう。』


 ◇


 私達の言う『次』とはピピナ商店。 三島さんの矢の補給も兼ねて立ち寄ると、中には15人程の挑戦者が買い物をしていた。

 一応背後を確認する私、そして壁越しに探知する三島さんだが、この世界の兵士達の追撃はいまだに無いようである。


「三島さんは近くのブースで矢を補充して。 強くて使えそうな弓があったら勿論買っても良いよ。」

「あ、はい。 じゃあ、そちらはお任せしますね。 二人共、気をつけて。」

「今度は油断しないわ。」


 そう言いながら、顎でパーシャを指示して引き連れて歩く私。

 入り口から3番目の左側のブースに居た、珍しく女性だけという五人の集団が居た。

 身なりや化粧、髪の色から察するに、必死に化粧したり、皆似たような顔をしている事から整形でもしているのだろうか、所謂『ギャル』の様な印象を受ける私。

 中学生ならまだしも、大人になってこういう恰好をしている人達って、絶滅したと思ってたんだけど、まだ生息してるんだね……。

 かつて自分を虐めていた同級生を彷彿とさせるその風貌に、私の嗜虐心が燃え上がる。


『ここは全部私が殺すからパーシャはあっちやって。』

『わ、わかったです。』


 そして4人が居る入り口から4番目のブースに文字通り飛んでいくパーシャ。


 ……さて。

 自分がこの女達をどう料理するのかまだ考えては居ないが、取り合えずギャルらしき5人の背中側に足を進める私。


「な、何? あのガキ。」

「めっちゃこっち見てんだけど。 キモっ……。」


 こっちを見てそう言い出したギャル。 うん。 そうか。 予想はしてたけど日本人女性だったか。

 皿に女達との距離を詰める私。 すると、無表情で近づいていく私の風貌を見て、言葉を理解して尚自分達に近づいて来ると考えた彼女達の一人が、


「ん? まさかあんたも日本人なの? つーか血塗れじゃん。 どうしたの?」


 まさか、ここで自分の事を心配されるとは思わず、複雑な顔を浮かべてしまう。


「殴る蹴るの暴行を加えてる最中なので。」

「……は?」

「例えば……こんな! 感じ、かな!!」


 一番右側に居た金髪に染めた長い髪をつかみ、その髪の持ち主である女の顔を幾度も端末に叩き付ける私。


「ごっ! うごっ! がっ!」


 鼻が潰れ、額が割れ、顎骨が折れる。 そして端末の上には女の骨や血肉、更には白い歯が幾本見え、前歯をほとんど失ったのだろうと推測する私。

 では、と、最後は渾身の力を込めて首を横に270度回転してごぎりと音を鳴らして捻ってやった。


「こぷっ!!」


 喉のあたりに溜まっていたであろう血がその行為で口から逆流し、ブースの端末や周囲のギャルに飛び散って行く。


「みんな、そんな体たらくで良く生きて来れたね、こんな……世界で。」

「な……おま……。」

「普通に迷宮を攻略している様には見えないから、売春ウリでもして生きてたの? まあ、それも一つの生き方か。」

「な、何言ってんだこのガキ! 美咲に何しやがった!?」

「殺したにきまってるでしょ。 こんなに首が捻じれながらまだ生きてる人間が居たら見てみたいわ。」

「ば……バカなんじゃねぇのあんた?」

「否定はしないけど、これから私に殺されて死ぬあんたたちが吐いた捨て台詞の様に聞こえて滑稽だわ。」


 目を細めて笑みを浮かべると、おもむろに人差し指と親指を突き出す私。 その指はケバい女の眼球に突き刺さり、抉る様にしてその眼球を私の右手が抉りとる。


「ぎゃぁぁぁ!! あぁぁぁぁ!!」


 女の叫び声を、五月蠅いばかりに、右肘で顎を打ち砕くと、がぱりと強制的に女の口が開けられ、『あー! あー!』と、崩れた化粧を涙と共に零しながら必死にその砕かれた顎を戻そうとする女。

 私は何を思ったのか、必死に閉じようともがいている女の口の中に、取り出したばかりの彼女の眼球をねじ込んだ。 そして、左足を床に軸にして踏み付けて、右のブーツの裏で砕いたばかりの女の顎を上に向かって蹴り上げる。

 女の頭部は天井にぶち当たり、肩の骨が一瞬天井の石の隙間に引っかかったのだろうか、そのまますぐに床に落下はせず、だらりと四肢を下に降ろした後に鮮血をどろりと床に垂らした後、その数秒後にようやくブースの端末の上に向かって落ちて来た。

 他の女三人は血まみれの端末の前の席から立ち上がり、逃げ出そうとする素振りを見せる。


 が、私の右側から逃げようとした女の頭は、私に硬化したプロミネンスブーツの右の足の甲で蹴り付けられ、ごきりという音と共に、頬骨と頭蓋骨が砕け、蹴りによる衝撃は反対側に突き抜けて、脳漿と血と砕けた頭蓋骨が混じった物体が内側から他の二人の女に飛び散って行った。

 女二人は言葉を失い、その場にへたり込むと股を小便で濡らして命乞いをし始める。


「じょ、冗談だよね。 何やってんの? ……演劇とか? もうやめようよ、ね。」


 私の行為の何がどう演劇に結びつくのか分からないが、蒼白になって私を窘めるように言う女。


「そういうのはこっちの世界のの人達が決めた事だから。 私達には戦う事しか出来ないのよ……。」


 私も一々反応しなければ良いものを、この期に及んで話が通じる相手を惨殺するのに対して自分で理由を付けたかったのかと、言った後で苦笑してしまう。


「お金とか、そうだ! ポイントだっけ! それ全部渡すから見逃して!!」

「別に貴女を殺せば貴女のポイントは全部私に入るから……。」


 と、頬に付いた血を拭う私……の手にバゼラルドが握られて居るのに今更気付く私。

 折角武器があるのに使わないのは、私の戦闘方法に変に癖が付いてしまったからだろうか。

 そう言えば、プロミネンスブーツを手に入れてからだったかしらね……私の足癖が悪くなったのは。


「ふっ!」


 とすん、と、軽くショートカットの女の左肩をバゼラルドで突き刺してみる私。

 うん……足で攻撃するのに比べて、なんだか感覚が軽いわ。 と、少し物足りなさを感じる私。


「あぁぁぁ!! ああぁぁぁ!!」


 が、刺された相手はそりゃ痛いらしく、その刺された場所を抑えながら、涙と鼻水を垂らしながら悲鳴を上げ始めた。 耳に突き刺さる様なその悲鳴は心地の良いものでは無く、ならば他の場所を負傷したらどんな悲鳴になるのかと考えた私は、バゼラルドの切っ先で女の左耳を斬り落としてみた。


「あっ! ぴゃ……。」


 ぽとん、と、床に落ちる自分の耳を見た後にそんな珍しい奇声を上げて、どくどくと血が流出し続ける左耳の根本に手を当てて、青い顔で震えながらこちらを見る女――と、その時、最後に無傷で残っていた女が私の隙を見て逃げ出した。

 その女の背中に向かって、振りかぶったバゼラルドを思い切り投げつける私。

 刃は女の肉体に完全に突き刺さる事は無かったが、尾骶骨の一部を切っ先が先端が後、柄の部分が背中に当たり、体のバランスを崩して正面から身を崩す女。

 その女のに向かって大きく跳躍した私は、膝を付いている女の右足、その踝のあたりに自分の全体重を乗せたブーツの踵を振り下ろす。

 私のブーツと床が打ち鳴らされる音、それと女の体液が爆ぜる音が聞こえ、私は自分の足元を見ると、そこには骨が粉々に砕かれて皮一枚だけで繋がっている女の左足首があった。


「はぁぁぁ!! あぁぁぁぁ!!」


 砕かれた足首を抑えて泣き叫ぶ女。 金色に近くなるまで脱色した髪を振り乱しながら。


「もう……もうやめて!! なんでもするから!!」


 それは多分、私が男であっても同じ台詞だったであろう。

 何という……つまらない命乞いだろうか。

 そんな陳腐な言葉は暗にその言葉が本心では無い事も私に伝えて来る。

 私はちらりと肩と耳から血を垂れ流している女性に目を向け、もしも足を潰された女の懇願が、『自分はどうなっても良いから耳を斬られた彼女を助けて』というものだったならば、少しは迷いもしたのだろうかと自問自答しながらも足を潰された女の首筋にバゼラルドをこれ見よがしに突き付けた。


「貴女の命以外要らないもの。 奴隷が欲しそうな顔にでも見えたの?」


 剣の切っ先が女の肌に触れ、その部分から赤い筋が垂れる。


「ちょ……く、狂ってるんじゃねぇのか!?」


 先ほど懇願した時の様な猫を被ったような声では無く、本気の声でそう叫ぶ女。

 

「人殺しを楽しめるくらいには狂ってるわよ。 でも、貴方の様な売女を飼う程では無いわね。」

「ば、売女って……てめぇ……。」


 私のその言葉に眼の色を変える女。 自分でも自覚していて、それを指摘されたのが悔しいのかもしれない。 上目遣いで私を睨みつける。

 目を細めて薄ら笑いを浮かべる私。


「そんなに売女と言われたのが悔しいの? こんな足じゃもうお客さんも取れないかもしれないのに。」

「殺してやる!! クソガキ!! ぜってぇ殺してやる!!」

「……そうそう。 そんな風に単純なのが良いよ。 そうだ。 初めてだけど貴女を噛み殺してあげようか?」

「……は?」

「あ。 言ってなかった? 私、人間じゃないらしい・・・から。」


 かぱりと口を開いて牙を剥く私。


「じょ、冗談だろ……?」

「さようなら、人間。 売女ってのは撤回してあげる。 私が貴女を殺す理由とは関係なかったもんね。」


 女の首筋に正面から噛み付き、喉の奥まで牙を送る。 首の筋がプチプチと噛み千切られる感触が顎に、そして血生臭く生温かい感触が舌先に伝う。


「――まっず。」


 上下の牙が噛み合うまで顎に力を入れ、首の力で肉を引き千切った後にその肉を吐き捨てる私。

 結論。 人間の生肉はあまり美味しく感じない。 特に血が不味い。


「最後は……貴女ね。 って、もしかして気を失ってるの?」


 口元を手袋で拭いながら耳を斬り落とした女を見ると、口から泡を吹いて白目を剥いて端末に頭をもたげて居た。

 私の嗜虐心も一旦は満足したのか、無表情で女の首筋をバゼラルドで斬り付ける。

 ただ、どくどくと女の傷口から流れていく液体を眺めるが、それが意味の無い事だと自分で理解すると、プロミネンスブーツで女の背中を蹴って背骨を砕いてその場を後にした。


 ◇


 さて、パーシャの方も血のお風呂ブラッドバスを作成完了していた様で、残り10人が居たであろう二つのブースからは血生臭い匂いが充満しており、床が真っ赤に染め上げられていた。


『遊んでたですか、カナ。』

『ちょっとね。 同じ国の人で、嫌いな人種だったから。 お話ししてから殺しちゃった。』

『あまりそれ・・を遊びにすると、戻れなくなるですよ?』

『それをパーシャが言うの?』


 クスクスと堪え切れない笑いを漏らして言う私。


『もし次にロシアンマフィアに会ったら、じっくりお話・・してから殺すでしょ、パーシャ。』

『……ぐっ……。 ま、まあ、お互いに程々にするですよ、カナ。』


 私は、ポーチから洗浄剤を取り出して、自分の頭と肩、そして身体全体に振り掛ける。

 これから宿屋区画に向かって人を殺すし続けるのに対して、現時点で身奇麗にする意味は無いのだが、汚れた手を洗う気分だったのだろう。

 普段はちまちまと使っていた洗浄剤も、自分に半分、そしてパーシャに半分振り撒いて、その振り撒かれた洗浄剤の量は、擦って汚れを奥から撮る必要が無い程の量だったらしく、とろりとした液体が頭の先からつま先まで滑り落ちて行くと同時に身体や服や髪に付着した血肉などの汚れを落として行った。

 まるで液体洗剤のコマーシャルの様な光景であり、苦笑を浮かべてしまう私。


「織部さん、パーシャさん、お待たせしました……。 もう済まされてるんですよね?」


 と、私とパーシャの後ろから申し訳なさそうに声を掛けて来た三島さん。 視線を赤黒く染められた石畳の床へと向けながら。

 私は振り返って彼女を見てみると、豪勢な銀色の兜、胸当て、同じく銀色の籠手にスカート調に広がった銀色の腰当てが見える。 改造も施してあるのだろう、淡い銀色の光で周囲を照らしていた。

 以前使っていたタイニーゲイルメーカーという弓は手放したのだろう、今の彼女の手には大型の銀色の弓が握られていた。

 新しい弓は上と下、両側が刃になっており、万が一の時に接近戦で戦う為のものなのかと興味を抱いた私が顔を近づけると、私に刃が当たらない様に弓を斜めにして良く見せてくれる三島さん。

 三日月形に湾曲している刃は鈍い光を発しており、ただ存在するだけでも何故か鋭さを感じさせる。


「あと、矢も在庫があるだけ購入したのですが……よく考えたら持って歩ける訳が無いので……返品した方が良いでしょうか?」


 三島さんが矢を購入したであろうブースの前を眺めると、これから大部隊に弾薬を補給するのかと言わんばかりに山積みにされた矢の束が見えた。

 しかし、これから矢の補給が出来るかどうか分からないとも考えると、無謀の様に見える彼女の行動も理に適っているように感じる。


「キャンプセットの中に入れられるだけ入れてみて。 もし必要なら予備でもう一個キャンプセットを買うから、どんどん入れちゃって良いよ。」

「あ、はい。 わかりました。」

『じゃ、パーシャ。 私達もブースに行って商品を見てみましょう。 前に見た時とラインナップはそんなに変わってないと思うけど……。』

『はいです。 カナに宝石を買ってあげるですよ。』


 笑顔でそう言うパーシャ。 私も何か彼女に買ってあげられたら良いのだけれど……。


 ◇


 残念ながら、パーシャに装備出来る有用な装備は一つも無かった。

 私が買ってあげると約束していた手袋も、残念ながら特殊な効果な物があるものは何一つ無く、何の変哲もない長手袋を購入し、ただ+10に改造するだけしてパーシャに渡した。

 私が買ったせいで強制的に色は真っ赤になってしまったその手袋だったが、それを受け取ってまるで宝物の様に抱きしめて嬉しがる彼女に、私は顔を綻ばせずにはいられなかった。

 ちなみに、パーシャは私にクリムゾンアポカライズを二つ買ってくれた。

 ポイント自体は……私とパーシャ、それぞれ160万以上持っているので、更に宝石を買っても良かったのだが、元となる宝石のピジョンブラッドの在庫が切れてしまったのもあるし、今の私達にポイント自体をどう使うのかゆっくり考えている余裕など無かった。

 私とパーシャは対魔法宝珠や高級ポーションなどを在庫の限り買い漁ると、次は日用品などを購入し、もう一つ高級キャンプセットを買った後にそのキャンプセットに放り込んで行った。

 そして、三島さんが矢をもう一つのキャンプセットの中に入れる作業続けていたので、それをパーシャと共に手伝う事にした。

 すると、急に手を止めてこめかみのあたりに手を当てる三島さん。


「通路……6人歩いて来ます。」


 敵を探知したであろう三島さんから私に伝えられ、一旦矢をキャンプセットの中に入れる作業を中断すると、パーシャにも念話で伝えて戦闘態勢に入る私達。


「商店の方に向かって来ているの?」

「ええと……いえ。 今、商店の正面を通り過ぎて……迷宮の入り口の方に向かっているようです。」

「……そう。 なら三島さん、その人達の背中を弓で攻撃しましょう。」

「はい。 こんなに大型の弓は久しぶりなので少し緊張しますね。」

「何ていう名前の弓なの?」

「シルバーグローリーです。」


 悔しいがちょっと響きが良いとか思ってしまう私。


『三島さんが弓で攻撃するから、パーシャはさっきみたいに敵を飛び越えて相手の退路を塞いで頂戴。』

『わかったです。』

「じゃ、出るわよ。」


 ◇


 ピピナ商店から飛び出した私達、まず前方を私が、そして後方をパーシャが警戒しながら通路に踊り出た。 たとえ三島さんの感知のスキルがあるとは言え、隠蔽している敵が居ないとも限らないからだ。

 気配から敵はすぐ近くには居ないと判断した私は、三島さんの前を一歩横に移動して彼女と敵の射線を開く。


 プツパァン!!


 以前の弓とは比べ物にならない程の音量で矢が撃たれる。 私はそれを間近で聞いてしまい、思いがけないその音に顔を顰める。

 だが、撃っている本人にはさほど影響は無いのか、真顔のまま今度は連続でシルバーグローリーを撃ち始める。

 改造で壊れる可能性のある+5まで強化されたその弓矢の威力、それに三島さんのスキルである連射速度が加わり――――100本以上の矢が重機関銃の様に瞬時に放たれ、遠目にしか見えない人間達の身体に吸い込まれて行き、ある者は腕や足を吹き飛ばされ、またある者は、頭を吹き飛ばされて宙に大きな赤い華を咲かせた。 

 文字通り敵が一掃されたその光景を見て、ふふ、と、笑みを漏らしてしまう三島さん。

 自分の力だけで敵を一掃する。 その快感に酔いしれているのかもれない。 そう考えながら横目で彼女の笑みを眺める私。

 と、一旦羽ばたいて宙に舞っていたパーシャは、私の表情を見て気を抜くとふわりと私の隣に降り立ち、自分の出番は無かったな、と、おどけた表情を私に見せたのだった。


 ◇


 次の目標である宿屋区画に入ると、三島さんを中央にして私が左、そしてパーシャが右に立ち、先程と同じように三島さんは轟音を鳴らせて矢を弾き出す。

 食事の乗った皿は中身ごと吹き飛ばされ、酒が入ったグラスを傾けて居た男の腕が吹き飛び、テーブルそのものを粉々に撃ち抜いて、次々と人体を、食器を、食料を、何もかもを破壊していく三島さんの矢。

 真っ直ぐに全てを貫いた矢は石造りの壁に当たると激しい衝突音と共に銀色の粉末になって消えて行く。 矢に壁から跳ね返る程の強度が無いのだろうが、きらきらと光る銀色の粉末は光に照らされ、まるで銀色の雪がその場に降っていくかのように見える。

 ただ、そんな幻想的な光景とは真逆に、その矢が突き抜けた世界には破壊という二文字の結果のみが残されていた。

 阿鼻叫喚。 例えるならそれしか無いであろう状況を見て喉を鳴らす私。

 しかし、尚も三島さんの攻撃は続く。

 男にも、女にも、私達と同じような年頃の少年少女にも、人種にも分け隔てなく、圧倒的な銀の雨が降り注ぐ。

 叫びながら反撃をしようと動き出した者も居た。 が、それを察知した三島さんはその者への攻撃を優先させ、その人たちが構えようとした武器を持った腕を狙って射貫く。

 射貫かれた腕はその衝撃から胴体から吹き飛ばされるか、良くても皮一枚繋がる程の被害を齎し、呻き声を上げながら仲良く真っ赤に染められた床に沈んで行った。


「What fuck is going on! defend us from her attack!」


 右奥に居た集団の一人が声を張り上げ、盾持ちの二人を前面に上げさせる。

 私達の出番かと地面を踏みしめる私、そして自分も前に出ようかと翼をはためかせるパーシャ。

 と、それを片手で静止する三島さん。


「……何?」

「たまには良いとこ見させてくださいよ。 結構鬱憤溜まってたんですから。」


 そう言い終わったか否か、再び轟音を上げて矢を撃ち始める。

 光の筋を描いて盾を持った二人の人物の正面に矢が向かい――――ゴゴゴゴゴンッ!! と、銀色の粉末を撒き散らすと共に、なんと敵が持った盾を歪ませて行った。


「My...my shield is gonna be broken! head back!」


 まさか盾が矢の攻撃でひしゃげられるとは思って居なかったのか、逃げ場が無いにも関わらず下がれと命令する男。


「遅い!」


 すでに鍋の蓋をひっくり返した様に窪んでしまっている盾の部分に集中砲火を浴びせる三島さん。

 ゴゴッ! と、二度矢が当たった後に鉄が鉄を擦る様な甲高い金属音が上がり、遂に盾は三島さんの矢によって真ん中に穴を開けるのを許してしまう。

 貫いた矢はその後ろに居た人物の腹に突き刺さり、更に続いた矢がその腹に風穴を開けて胴体ごと後ろに吹き飛ばす。


「Get back! get back! she is gonna kill us all!!」

「そうよ!! あんた達なんて皆殺しにするんですから!! いつも挑発するみたいに人の事を見て! いやらしい目で見て! 惨めな物を見る目で見て! 死ね!! 皆死んでしまえ!!」


 これがあの三島さんかと思う程、憤怒の表情を浮かべて叫びまくる彼女。

 私は戦おうとしていた手を下し、パーシャに視線を向けると、ここは彼女に全部始末を付けてもらおうと軽く頷いた。


 ◇


 五分後。 食堂で生きている者は瀕死の者を除けば私達三人だけだった。

 三島さんはその瀕死の者達を故意に踏み付けながら、時にはシルバーグローリーの刃先で首筋や目や顔などの急所を刺して止めを刺しながら食事が出て来るカウンターがある場所に向かう。

 そしてクリスタルを差し込むと、孝太が好んで飲んでいたシードルを注文し、先端をシルバーグローリーの刃先で斬り落とすと、瓶のまま口を付けて飲み始めた。


「ぷっ……ははっ!! あははははっ!! 惨めね、人間共!! 人を貶め、人から搾取して、人を騙して、人を誑かして、同族でお遊びは楽しかった? これがあんたたちの結末よ!!」


 いや、三島さん、貴女も一応人間なのだけれど? という突っ込みは無粋だったらしく、


「二人の仲間と一緒に私はこれからも進むわ。 貴方達人間の敵としてね!!」


 なるほど。 そう来たか……。

 人であれ、人ならざる者を生きる道を選ぶ、そういう事なのだろう。

 涙で滲む瞳を私とパーシャに向けた三島さん。

 勿論、私達は彼女の決意を頷く事で受け入れる。


「殺す! 殺す! 皆殺しにして……孝太を迎えに行ってやる!!」


 彼女の叫びは食堂に木霊し……。


『物騒な話だな。 緊急事態だという話だったが、これほどとはな。』

「なっ!? い、いつからそこに……。」


 頭の中に急に伝えられた念話に飛び退いて体勢を整える私とパーシャ。 三島さんはその私とパーシャの丁度間に驚愕の視線を向けて急に現れた男に言う。


『君がシードルの瓶を斬って中身を飲み始める頃かね。 ふむ……隠蔽の護符の効果はあったようだな。』


 私は更に数歩男から距離を取り、パーシャも同じく空中で羽ばたいて上下左右に動けるような体勢を取る。

 真っ黒なマントに覆われた20代後半の男は、ゆっくりと食堂の中央に歩みを進めると、血飛沫が飛び散っている椅子をその血を気にも止めずに無造作に引き寄せると、その椅子に座って足を組む。


『まず、何から話したものかな。 それとも何も話さず我々とも一戦やるかね?』

「……貴方達はこの世界の住民なの?」


 私は三島さんとパーシャに交互に視線を向けると、まずは男に問い掛けてみた。


『その通りだ。』

「何故私達に迷宮を攻略させるの?」

『ふむ……要点を付いた良い質問だ。 だが、それに対しては我々に利益があるからとしか良いようが無いな。』

「この状況でさえも利益になるの?」

『また良い質問だ。 この状況というのは、この殺戮の事だろう? ……残念ながら微塵の利益にもならなかったな。 だからこそ君らとの交渉の場に俺が来ざるを得なくなったとも言えよう。』

「私達が無造作に人間を殺すのは好ましくないのね。」

『少なくとも……この準備区画では好ましくはないな。』

「では、迷宮の中ならば?」

『人殺しを推奨した覚えはないが、特に人間同士であろうと殺し合う事に罰則は無い筈だ。』

「それで察しろ、と?」

『俺が話せるのは俺が与えられた権限までの事だ。 残念ながらそれ以上の事を説明する権限は今の俺には無い。』

「ふぅん……。 なら、迷宮の攻略って、何階までを進んで、何をすれば攻略になるの?」

『聞かれるとは思ったが、それも言えんな。 ただ、俺が持つ報告書では現在迷宮の11層目は確認されて居ない。』

「11層目……という事は、10層目に全ての元凶であるボスが居るって事? 何でそれを先に言わないの?」

『俺がここでその情報を君らに伝える言うという事は、その情報が攻略に直接関係あるかどうかは確定的では無いという事になるな。』

「何よそれ……バカにしてんの?」

『っ……ははっ!! 言わばその通りだよ娘。 何の為にお前達人間、おっとお前は亜種だったな。 そのお前達を死の淵から呼び寄せたのか分かってるのか?』


 呼び寄せた……理由? バカにしている? 何故その二つが結びつくの……?


『カナ。 私達は使い捨てのチェスの駒という事ですよ。』

『なっ……。』


 パーシャからの念話に唖然とする私。


『そちらの娘は理解したようだな。 一度死んだお前達にもう一度希望を抱かせて……戦わせるのが俺達の目的だ。 諦めてこちらの世界で生きる事を決める者も居るが、お前達が殺してきた人間の様に、叶えられる願いとやらに希望を抱いて迷宮を攻略していたのが大半では無いか?』

「饒舌ね……。 私達がそのどちらも選ばずに貴方達と対立する事を選んだと知っていて言っているの?」

『ああ。 勿論そうだ。 だから、まずは最初にこちらの切り札を知って絶望して貰おうか。』

「は……?」

『君等のクリスタルのポイントから物品への交換を停止させる。 そして、キャンプの部屋を開く宝珠のゲートも封じさせて貰う。』

「……か、神にでもなったつもり!?」

『怒るのも無理は無いな。 それを踏まえて死ぬまで我々と戦って貰っても構わん……が、我々も今回の件で少しは反省している。 ある条件を飲むならば全ての罪を免罪しようではないかという結論に至り、更には亜種である君らには討伐書の発行をしない事も決定した。 そして……俺が君達との交渉役になったという訳だな。』

「まるで私達がその条件を必ず飲むと言わんばかりの表情ね。」

『ああ。 飲むと思うぞ。 単純明快だからな。 準備区画での殺戮を停止し、迷宮内でも極力人を殺さずに……迷宮を攻略する事に尽力したまえ。』

「今更……迷宮攻略ですって!? 私達が今まで……どんな気持ちで生きて来たか分かっていて言っているの!?」

『君達がただ・・使えない存在ならば我々もここまで譲歩はせんよ。 我々の仲間を何人殺したと思っているのかね。 君達を抹殺しようとする意見も少なからずあり、実は俺も君達を殺したいと思っていた人物の一人だよ。』

「く……。」

『認めたくはなかろうがな。 ここがお互い落とし所だとは思わんか?』


 血の海を見渡す男。 この光景をもう一度見て、気が済まないかどうか改めて考えてみろとでも言わんばかりに。


「二ノ宮君の討伐書も……撤回してくれるの?」

『そこの少女の恋人だな。 君達が合意したならば撤回する事を約束しよう。』

「……う……く……。」


 歯を食いしばり、拳を握りしめながらながらも返答に迷う私。


『カナ……。 悔しいですが、ここは首を縦に振らないですか……。』

『パーシャはそれで良いの? この人達の言いなりになって、私達は迷宮の奥で息絶えてしまうかもしれないのよ?』

『パーシャだってこんな事受け入れたくないですよ! でも……パーシャは素直に、ここでカナに死んで欲しくないです……。 一緒に、もう少しだけ一緒にパーシャと生きてくれないですか?』

『パーシャ……。』


 そして、シードルの瓶を握り締めたまま立ち尽くす三島さんを見る私。


「分かったわ。 その条件……飲むわ。」

『良いだろう。 ただ、この食堂に居た人殺し集団の様に好き勝手されるのは困るのでな……我々に反抗的な態度を見せたり、約束を反故にした場合は即座にクリスタルの使用停止とゲートの使用を不可にさせて貰う。』


 私は口を一文字に引き締め、静かに頷くのだった。

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