勝利之宴

 陽菜が探知した敵が孝太達の視界に入る。


 彼等自身が召喚した二つの魔法の玉の光に照らされて居た六人のは全員ラテン系の顔立ちをしていた。

 男性が四人に女性が二人。 年齢は全員20代後半と見られる。

 正面から彼等に対峙した孝太達の攻撃は、まずはセオリー通り、遠距離からの陽菜の弓矢の連続射撃、続いて佳苗の魔法攻撃から始まった。

 先に殺した五人に続いて、またもや他のプレイヤーから攻撃されるのは初めてだったのであろうと思われるその六人は、呆けた顔で、横殴りの雨の様に正面から降り注ぐ陽菜の矢を全身に受け、くぐもった叫び声を上げ始める。


「水面寄りて風吹かば、其処に眠りし賢者の晶石の影が揺らめいた。 孤高なる紫苑の光を纏った貴方の使徒をお貸しくださいな。 果ては遥かに伸び行く至高で紫光の光を見せつけてあげましょう。 四点紫光クワドロプルヴァイオレットフラッシュ!」


 その後で、四本のこぶし大の紫の光線が敵を襲う。

 腹や肩、足などに矢を受け既に態勢を崩して居た六人のうち、二人いる前衛のうち、孝太達から見て右側に居た一人の肩と、そして頭に佳苗の光線は一本づつ命中した。

 肩に当たった紫の光線は、一瞬男が装備してた金属の肩当てによって反射されたが、魔法の威力が防具の耐久値を上まったのだろう、やがてその肩当てから白と紫が混ざった様な光が発せられ、紫の光線はその肩に直撃したのか、着弾してから少し時間を置いて、ぼとり、と、肩口から男の右肩が床に落ちる。

 それは致命傷とは言えなかったが、もう一つの頭に当たった光線は、男の眉間から少し右上のあたりに直撃し、佳苗が遠目から見て、頭が半分兜ごと吹き飛んだ様に見受けられる。

 完全に仕留めたと口の端に笑みを浮かべる佳苗。

 さて、残りの二本の光線のうち、一本は残念ながらもう片方の前衛の盾に斜め後ろに受け流されるが、もう一本は脇腹に付いている鎧の装甲を貫いて、男の身体を刳り、後方へと抜けて行った。

 だが、傷は与えたものの、まだ浅かったようで、脇腹の痛みに顔を顰めつつも、今だに二本の足で立つ男。

 と、そこに襲い掛かる大分手を抜いた孝太と本気の石塚。 孝太が手を抜いたのは無論敵を侮っていたからではなく、自分の歩みを遅く調整して石塚と攻撃のタイミングを合わせる為であった。

 孝太はまず石塚に先陣を切らせ、彼が狙ったのは、肩に陽菜の矢を受けて肩当を吹き飛ばされ、その肩当ての下、二の腕の上の方に矢尻による切り傷を受け、そして脇腹に佳苗の光線を受けた前衛の男。

 石塚が右手で上から男の首筋にかけて剣を振り下ろすと、男は果敢にも左手に持った盾を前に出してその剣を受け流し、そして右手に持っていた剣を下から振り上げようとする。 が、脇腹の痛みで男の剣の握りが甘くなり、手から剣がすっぽ抜けると、その攻撃はただ地面に剣を転がす為の物となってしまった。

 長剣が床に転がる音とほぼ同時に、石塚は、剣を防御しようと用意していた左手に持っていた盾で、ガラ空きになっていた男の右頬を殴りつけた。 バツン! と、子気味良い音を立てて、男の鼻はへし折られて出血が始まり、口も切ったのだろう、唾と一緒に口からも血が飛んで行った。


「っく。 くくっ。 ははっ!」


 何が楽しいのか、いきなり笑い出す石塚。 多分、純粋に戦闘を楽しんでいるのだろうな、と、それを横目で見る孝太。

 だが、それは流石に慢心だったと言えた。

 敵の中列から唱えられていた火炎爆発ファイヤエクスプロードが発動し、うすら笑いを浮かべている石塚の正面に着弾したのだ。

 一瞬の炎の閃光の後、爆風により三メートル横にいた孝太までも横に吹き飛ばされる。 が、孝太は上手く体勢を変えて脇の壁に両足で着地すると、壁を蹴ってその魔法を唱えた相手に飛び掛かって行った。

 燃え盛るバゼラルドで渾身の力を込めて左から右に斬り付ける孝太。 だが、敵の身体に触れる寸前に弾力性のある膜をバゼラルドの炎の刃に感じ、それが炎の魔法に対する防御膜だと瞬時に理解した孝太は、


魔法解除ディスペル!」


 と叫んで剣の炎の魔法の効果を意図的に解いた。

 生身のショートソードとなったバゼラルドは、先程感じた抵抗膜を難なく通り抜け、魔法を使った男の左の脇腹に抉り込む。 バゼラルドの刀身は、先程の魔法の防御膜で勢いが削がれて居たせいか、不幸にも男のあばら骨で遮られてしまう。 が、孝太は一度着地した後に瞬時に両足と左腕に力を込め、上方向にバゼラルドを斬り付けた。

 骨を砕き、肉が裂け、血がほとばしる音と共に男の右腕は弧を描いて宙に舞う。 更に上側に斬り付けた勢いで左足の膝を男の背中側から脇腹にめり込まさせる孝太。

 みり、と、何かが軋む音が聞こえた後、苦悶の声を上げて前かがみになる男。

 と、そこで一旦左足を下ろして石畳の床を踏み付ける孝太。 そして、その踏み付ける動作と共に、右の拳を男の胸に突き出した。その孝太の拳には、既に取り出していた三本のダガーが挟み込んであり、その三本全てが柄の根本までずぶりと男の胸に突き刺さる。

 二本のダガーは的確に男の心の臓を貫いており、孝太が左足で男の身体からダガーを引き抜くと、瞬時に胸部から大量の鮮血が溢れ出して、同時に男は床にがくりと膝を付く。 更に、引き抜かれたダガーは、そのまま孝太の手に握られ、やがて振りかぶられると、後列に居た女の顔に向かって投げ付けられたのだった。

 何かが飛んでくるのをダガーの金属の反射光で何とか感じる事が出来た女は、咄嗟に状態を横に反らす。

 が、孝太はその行動を読んでおり、右へも左へのどちらに避けても良い様に、一本目に続く二本目と三本目のダガーは、それぞれ女の右側と左側に飛ばしていた。

 そして、その三本目のダガーが、見事左側に避けた女の左頬に突き刺さった。


「¡Por qué estás haciendo esto!」(何をしてるのよ貴方達!)


 それら一連の攻撃を見ていたもう一人の後衛の女が、陽菜の矢にやられて肘から下を失っている腕を押さえながら額から脂汗を流しつつ金切り声で叫び出す。

 言葉も分からなかったのもそうだが、女の言葉に答える理由が何も無かった彼等は無言で次の攻撃の動作に入る。

 孝太はバゼラルドの刀身の周囲に魔法の弾を11発召喚し、石塚は身体から火炎爆発による煙を上げながらも長剣を振り被りつつ前に進み、陽菜は味方の隙間から敵を狙う為に弓を絞り、そして佳苗は次の魔法の詠唱を開始していた。


「清浄なる我等が水よ。 我等の友愛の証を持って、友に等しくその清き水にて癒しを与えたまえ。 水乃抱擁ウォーターエンブレイス。」


 皆の攻撃が始まる前、どれ程の手傷を負っているのか分からない石塚に里香の回復魔法が届き、透明な水が彼の身体を上から下まで洗い流すように伝い落ちる。

 石塚の鎧の隙間や顔の一部から上がっていた煙は収まり、振り被った石塚の剣の先端は、先程盾で潰した鼻っ面の男の、その潰した鼻の少し上に突き刺さる。 と、そこで男の眼の神経が途切れたのか、それとも意識を失ったのか、男は急に白目を向いて、仰向けになりながら石畳の床へと倒れて行った。

 男が倒れたのと同時に視界に入る、その後ろに居た中列の男。 その男に向かって全速力で矢を放つ陽菜。

 ――が、その中列の男も、射手アーチャーであった。

 陽菜には多少遅れはしたものの、力一杯引いて居たロングボウの弓の弦を矢と共に離したのである。

 狙いは正面――同じく射手アーチャーの陽菜であった。

 陽菜が放った五本に対してたった一本の矢であったが、威力、速度共に陽菜と遜色の無い一撃が、その陽菜に真っ直ぐに襲い掛かる。


 ――その時だった。


「グルルァ!!」


 と、まるで大きな野獣の様な咆哮が聞こえた。

 咆哮を上げた影は、渾身の右手で射手の男の右顎を殴り付ける――パチュン! と、何かが飛び散る音がすぐさま聞こえ、その飛び散った物が鮮血と脳漿であるのが、咆哮を上げた人物――孝太が持っていたバゼラルドの周りにくるくると回っている火炎の弾によって皆に照らされる。

 そして、右手で男を殴りつけて居た時、なんと孝太は陽菜に向かって・・・・・・左手に持ったそのバゼラルドの11発の火炎の弾丸を連続で撃ち始めていた。


 ――味方に魔法を放つ意味が、最初は誰も分からなかった。


 孝太が放った火炎の弾丸は、物質という物を持たない性質ゆえか、男や陽菜の矢の速度の1.5倍の速度を持っていた。

 その火炎の弾のうち、五発の弾が陽菜の矢に当たり、その場で爆ぜて、陽菜の矢は床に四方八方に転がって行く。

 そして、孝太の放った火炎の弾丸の7発目。 それが男が放った矢にかろうじてかすった時に、矢羽のあたりで火炎が爆ぜ、矢の軌道が陽菜に向かっていた方向から外れると、ようやく彼のしようとしていた事の意味が分かる陽菜。

 ――彼女は目を瞑らず、真っ直ぐに孝太を見ていた。

 そして、残りの五発の火炎の弾丸を、全て真正面で受け止めたのである。

 ――彼の魔法が、自分を傷つける筈が無い、と。


 まるで打ち上げ花火が陽菜の前でいくつも爆ぜるような光景だった。

 直撃した一つ一つは、陽菜の身体の表面で、文字通り弾け飛んだのである。

 陽菜に、全く危害を加えずに。


 そして、再度、まるで竜の逆鱗に触れたような野獣の声が響き渡る。

 よく見ると、孝太の右手の拳が、男を殴った衝撃で粉々に砕けていた。 その痛みで咆哮を上げているのかと、皆は孝太の事を見守るが、孝太はまだ生きている二人の女のうち、まずはダガーを目に食らった方に襲い掛かると――下腹部にバゼラルドを突き刺して、そのまま胸のあたりまで女の身体を服ごと引き裂き、急に迫って来た孝太の行く手を遮ろうと、反射的に付き出して居た女の両手を上手く上半身の動きで下から首をすり抜けさせると――女の首元、頸動脈があるあたりに彼の鼻先が当たり――がぱりと開かれた孝太の口、いや、顎門で、づぶりと、齧り付いた。 そして、顎と首の力でみちりと、筋ごと肉を噛み千切ると、石畳の床に息と血と涎と共に吐き出した。

 その肉塊が床にびしゃりと叩き付けられる音とほぼ同時に、女の首からは大量の鮮血が吹き出し、身体が引き裂かれた部分からは、鮮血と共にどろりと臓器が溢れだして来た。

 女の身体は全ての力を失って、うつ伏せに倒れて行き、三度程痙攣すると全く動かなくなった。


 そして、最後に残った女。 彼女は無くした腕をもう片方の手で押さえながら――――孝太達に背中を見せて逃げ出した。

 その女に一瞬で追い縋った孝太は、彼女の背中に飛び付いて、思い切り両足で蹴りつけた。

 孝太の力と、女が走っていた勢いが重なり、女は前のめりになって30m程転がりながら吹き飛ばされる。

 また孝太は一瞬で女との距離を詰めると、顔や背中を地面に打ち付けて呻き声を上げている彼女の栗色の髪を右手で掴み上げる孝太。


「……はぁ……っ……はぁ……っ……まだ生きてるのか。」


 背中の骨を砕いて即死させるつもりだった孝太だが、彼女が走っている方向に蹴ったせいで威力は半減され、更に彼女がごろごろと床に転がったせいで、床への衝撃も少なかったのだろう。

 既に原型を留めていないが、辛うじて息のある女の口元に耳を近付けて生死を確かめると、暗闇の中を女の身体を床に引き摺りながら陽菜達の所に戻ってくる孝太。

 やがて里香が召喚していた白い魔法の光に、血塗れの孝太と、引き摺られた女が照らし映される。

 ひゅぅ、ひゅぅ、と、死の淵に居る様な細々とした吐息が、鼻が潰れ、口が裂け、片方の目が大きく腫れ上がった女の口から漏れていた。


 ごくり、と、生唾を飲み込む陽菜達。

 自分のでは無い血で口元を濡らす孝太と、そして彼の――――本気の目に。

 先程、止めどなく溢れる嗜虐心で股を濡らしていた里香でさえも、生物的に危険を覚える。

 それは、まるで前の世界の人間が生身で大きな虎と対峙している感覚だった。


 ――大丈夫。 彼は自分の大事な人だ、と、陽菜はその恐怖を飲み込むと、


「ありがとうございました。 孝太。 助かりました。」


 涙まじりにそう孝太に告げる陽菜。


「――――無事で、良かった。」


 ふ、と、彼に宿っていた怒りの炎が収まり、まるで猛っていた空気までもが落ち着いた様な感覚を覚える四人。 そして、周囲は静けさに包まれた。


 ……その静寂に、人の吐息だけが聞こえて居た。

 

 既に息も絶え絶えな女と、そして陽菜達と、人として数えるのなら、孝太と。


「小野寺さん。 ……これで遊びたい?」

「え?」

「回復して、石塚君に強姦して貰って、それから弄んで殺すかい? ――こいつなら別に良いや。」


 孝太の気が、何故変わったのか皆分からなかった。

 だが、今の今そんな事を言われても、里香の嗜虐心も引っ込んでしまい、そして里香の嗜虐心につられていた石塚も、顔の原型を留めて居ない女に欲情する様な加虐性愛は持ち合わせて居ない。


「さっきちらりと見たけど、顔を治したら結構美人のラテン系のお姉さんなはずだよ。 ……やる?」


 首をぶるぶると横に何度も振る里香と石塚。


「これから先、まだ殺す前にレイプとか、したいと思う?」


 孝太の声に、再び首をぶるぶると横に振る二人。


「じゃあ、しないでね。 僕、あんまりそういうの好きじゃないみたい。 しようとしたら、やっぱり君達の方を殺しちゃうかも。」

「は、はひぃ!」

「や、やりません!」


 震えた声を張り上げて答える二人。 里香は、悪魔の権化として自分が模倣していた孝太に対し、やはりオリジナル・・・・・には敵わないと、そして石塚は生物として孝太は何か別物だと怯えていた。


「……あ、あの、魔法が暴発しそうなんだけど……。」


 と、孝太達のやりとりが終わるやいなや訴え始める佳苗。


「なっ……じゃあ、これ・・に撃って!!」


 孝太は脇に抱えていた女をかつての彼女の仲間たちが居た方に放り投げる。 放物線を描いて彼女は通路を飛んで行き、びしゃり、と、何かが砕けて液体が同時に床に広がる音がする。

 それで絶命したのでは? と、首を傾げる陽菜だが、


紫光一閃ヴァイオレット・レイ!」


 額から冷や汗を垂らしている佳苗が自分の前にかざした両手から、ビシュン! と、一筋の光線が伸びる。 それは地面を一瞬で焼き進み、放り投げた女が横たわっている場所も通過して、女の身体は胴から真っ二つに弾け飛んだ。


「…………。」


 無言でそれを見詰める孝太。


「撃つなら早く撃とうよ!! 何やってんの!?」


 そして、佳苗の方を見ると、一体何をしているのだと問い詰めた。


「だって、また味方に当たるかと思って!!」

「……ああ。 そうか。 ……同じパーティだから、僕達に当たる事は気にしなくて良いんだよ。 ……次からは暴発しそうになる前に適当に撃って。」

「わ、分かりました。 ごめんなさい……ごめんなさい…………。」


 大粒の涙を流しながら謝罪の言葉を伸べる佳苗。

 流石に孝太も佳苗が持つトラウマまでは把握していなかったのだろう。 実際、陽菜が孝太の魔法を受けて無事だったのを見ても尚、愛する人が居る方向に魔法を撃つことは彼女には出来なかったのだ。

 それは彼女なりの優しさなのだと、ここは口を噤んで、佳苗の頭に手を伸ばしそうになって……その手を止める。 少し期待を交えた大きな瞳で孝太を涙まじりで見上げる佳苗。


「いたっ!」


 ぺしん! と、多少重そうなデコピンを佳苗に食らわせる孝太。


「さて、ご飯にしようか。」


 血生臭い通路の中で、そう呟く孝太だった。


 ◇


 この迷宮の中で一体何を食べるのかと思ったら、実は孝太はかつて加奈が買ったのと同じ、最高級キャンプセットを購入しており、そのキャンプの中に皆を案内して、自分のクリスタルを使ってフライドチキンやポテトサラダ等の皆で取り分ける出来る事の食事を勝手に注文し始めた。

 あんなに小さな玉からこんな部屋が出て来るのかと、興味津々で部屋を見て回る佳苗達だが、里香は左手で端末を操作している孝太の右側にしゃがんで彼の右手の怪我を見ると、その怪我の酷さに慌ててLV4の回復魔法を2回連続で使っていた。

 ポーションで治るから良いと孝太はしきりに言っていたが、陽菜の目にも何本使えば回復するのか分からない程度の傷だったのと、今日は流石にもう戦闘は無いと思われるので、陽菜の説得もあり、里香の気が済むまで任せる事にした孝太。

 里香は追加でLV3魔法2回を使い、ようやく孝太の傷は完治し、胸を撫で下ろす一行。

 実は孝太は、里香に回復して貰って借りを作るのが後ろめたかっただけなのだが、その後ろめたさは彼女をこちら側に引き摺り込んだ負い目から来た物であり、すでにこちらが側に来ている里香には関係の無い事だった事に気付いて苦笑いを浮かべた後、感謝の言葉を述べる孝太。


「……ありがとう、小野寺さん。 もう全然痛くないよ。」

「う、うん。 よかったですね……。」

 

 ぎこちない二人の様子を横目に、孝太の事を考える陽菜。

 あそこまで感情を露わにする孝太を見たのは初めてな陽菜だが、孝太が里香と石塚に、女を強姦するかと迫ってから、しないなら今後もやるなと怒ってからの後、一体どうなる事かと肝を冷やして居た。

 しかし、思いがけないタイミングでの佳苗の多少間抜けとも言える行動が、孝太の覇気を完全に抜いてくれたらしい。

 それに今回の一件で、佳苗も魔法が暴走すれば大変な事になったという事を実感し、味方に当たるというトラウマが発動するよりも先に、自己防衛の観点から魔法を撃つ事が出来そうになったのも良い事だ。

 陽菜は胸を撫で下ろし、孝太が注文した食事の皿を一先ず自分の膝に乗せると、部屋の中央まで車椅子を動かしてやがてその中央付近で皿を床に下ろすのだった。

 

 その間、流石に血塗れのまま食事をするのは嫌だったのだろう、孝太は今バスルームにおり、服を着たままお湯を頭から浴びて顔や髪の一部に付いた返り血を流して居た。

 陽菜は知らなかったのだが、彼が着ているシャドウウォーカーの表面は防水仕様となっており、首のバックルと裾のバックルを止めると、そのまま中を濡らさずに血を洗い流せるのだそうだ。

 暗殺者には便利な装備だなぁと孝太自身も関心しながら、まだ乾いても居ない頭をブルブルと横に振ると、洗浄剤を振り撒いて返り血を落とした深緑の帽子を被って部屋に戻るのだった。


「もう。 まだ濡れてるじゃないですか。」


 僅かな光を帯びた艶やかな黒の服に所々水滴が付いており、それを指摘する陽菜。


「良いんだよそのうち乾くんだから。」

 

 そう言うと、床に置いてある皿から唐揚げを手で取って食べて、ポテトサラダも手で人差し指と中指で掬い取って食べ、その指をしゃぶる孝太。 そして、りんごのシードルの入ったピッチャーに手を伸ばし、グラスにも注がずに喉を鳴らして飲み出す孝太。

 まるで子供みたいな仕草だと、口元を緩ませる陽菜。


「石塚君。 君もシャワー浴びて来た方が良いんじゃない?」


 口元に付いたシードルを手で拭いながらそう石塚に向かって言う孝太。 ラテン系の人達と戦う前に日本人の女を殺した時から鎧を洗って居ないので、石塚の鎧には沢山の返り血がこびり付いていたのだ。

 そして、今回の戦闘で鎧の下に着ていた服が焼けて沢山穴が開いている様で、代わりの服があるのかと聞けば、無いそうだ。

 孝太の服はサイズが合わないだろうし、流石に裸に金属の鎧を着るのはどうかと思った陽菜だが、部屋着の上から鎧を着るから大丈夫と言ってバスルームに向かう石塚。

 結構無頓着な人なのだなと良い意味で感心する陽菜だった。


 ◇


「孝太。 結局、あの人達は今日は来ないんですかね。」


 食べ物が乗った皿を中心に、孝太達は輪になって座っていた。 陽菜も車椅子から降りて、孝太の隣に座っており、その陽菜が唐揚げを飲み込んだ後孝太に尋ねる。


「ああ。 殺人集団の事? 少し休んでからもう一回外に出て探知して見よう。 それで来てなかった今日は休もうか。」

「はい。」

「それに、僕はLV1の魔法も2の魔法も今日あと一回づつしか使えないんだよね。 ……LV3からの魔法も積極的に使ってみた方が良いんだろうか。」

「もう一人前衛が居たら魔法を使っても楽なんでしょうけどね。 LV2の魔法よりも詠唱が長いんですよね?」

「そうだね。 詠唱はかなり長い……。」

「あの、ちなみに、どんな魔法なのか聞いても良いですか?」


 孝太に上目遣いで言う佳苗。 別に教えても大丈夫かと思う孝太だが、陽菜を見ると首を横に振る。


「ちょっと……言い難いから、ごめん。 使う必要に迫られた時に、実際に見せるよ。」

「LV4の魔法の事なら良いのではないですか?」


 全部を秘密にするのも何だか悪いと思ったのか、そう口にする陽菜。


「……そう、だね。 今、LV4の魔法は一日4回使えるんだけど、その4回を全部使う広範囲殲滅魔法なんだ。」

「という事は、実際は一日に一回しか使えないっていう事ですね。」


 孝太の情報を一つでも知る事が出来て嬉しいのか、はにかみながら言う佳苗。


四季滅殺フォーシンズアナイアレイター。 僕の魔法にしては珍しく、4種類の属性攻撃魔法を組み合わせた魔法でね。 風、火、土、氷の属性の魔法の玉を、僕の正面から放射線状にその順番で打ち出す魔法なんだ。」

「それって……結構強いんじゃ……?」


 孝太の説明で魔法の効果を想像した里香が、首を傾げながら苦笑いを浮かべる。


「誰か僕が詠唱を完了するまで前線を足止めしてくれたら使えるかもね。 そう言えば、僕の隠蔽の効果なんだけど、詠唱を始めた途端に効果が無くなって敵に発見されるから、樫木さんも気を付けて。」

「あ、はい。 わかりました。」

「攻撃魔法かぁ。 良いなぁ。」


 佳苗の返事の後、羨ましそうにそう言う里香。


「こればっかりは素質だから何とも言えないね。 でも、僕なんてLVが上がるのが遅かったから、陽菜がLV6の時、LV2か3だったんだよ。」

「あれ? 二ノ宮君の素質って確か……深緑の……なんだっけ。 何かの動物だったような。」


 その里香の言葉に、食べる手を止める孝太。 陽菜。 そして佳苗。


「し、資質の事なんてどうでも良いじゃない。」

「そう? 良いのかなぁ。 そうかなぁ。」


 そう佳苗が言い出した事で、これは何かあると察した里香。

 頭の中で記憶を巡らせると、忙しくてそれを考えるどころでは無かったが、孝太は佳苗に性的行為をご褒美として上げる予定だった筈――それと何か関係が?

 そこまでは考えられたが、それを繋ぐ糸口が見付けられず、そしてまた資質が何だったのかを再び聞く雰囲気でも無い事から、今回は仕方無いかと口を噤む里香。

 それに、実際自分が生き残っていく事と、二人が何をしているのかは関係の無い事だ。 そう自分に言い聞かせると、彼女には本当に些細な事の様な気がして来た。

 自分は他人を殺して生きる道を許容しており、その道を無理矢理にでも教えてくれた仲間である彼等を疑ってどうすると言うのだ、と。

 里香は二度首を横に振ると、自分が魔法で盗み見た事全てを忘れる事にした。

 二人の関係も、作田志乃の事も。

 そして今作田志乃の事を思い返せば、何という妙案だったのだという考えが里香の心を満たしており、つまりは彼等がした事は殺人集団からの自衛行動であったとはっきり彼女にも理解出来る。

 もし二人が動いて居なかったら、まだ戦い方も知らない自分と石塚が作田志乃を発見して、助けようなどと下らない事を言い出していたかもしれない。

 ――そうなっては、遅かったのだ。

 だからこそ、石塚と自分にあの状況を見せまいとしたのだろう。

 こっち側の人間になって色々と見えてくると、自分がなんという稚拙な考えで動いて居たのだと実感してしまう里香だった。

 だが、彼女も現在では一級品の殺人者マーダラーである。

 殺した人達から奪ったポイントで、ピピナ商店で売っているであろう一番高い鈍器と盾と胸当て、それから女性用のきらびやかな兜に手甲、脛当てに、真っ白なグリーブ。 それらを揃えて、最前線で敵を殴り殺す事を想像する里香。

 ああ――。 ゾクゾクしてきた。

 と、身を震わせながらお腹の膨らんだ身体をベッドに放り投げ、バタバタと足を動かすのだった。

 スカートの裾からは、その彼女の動きで下着が見え隠れし、孝太は慌てて視線を逸らす。


「お、小野寺さん。 下着が見えてますよ。」

「石塚君はまだシャワーでしょ? 二ノ宮くんなんて女の子の下着なんて見飽きてるから良いじゃない。」

「慣れとかそういう問題じゃないでしょ……男は可愛い女の子の下着なら、大抵反応しちゃうと思うけど……。」


 里香の姿から目を逸らしながら言う孝太。

 そう口で言う割には、自分の下着を見ようとはしないのだなと、首を傾げる里香。

 実は少し孝太を挑発していたのだが、これが本当に陽菜だけでなく、佳苗にも手を出している男の態度なのだろうかと、改めて疑問に思う里香。


「ふーん……じゃあ、気を付けるよ。」


 そう言ってスカートの裾を引っ張り、孝太から下着が見えない様に隠す里香。


「下着と言えば、今日、石塚君が精力を持て余して悶々としているかもしれないから……皆、一応気を付けてね。」

「確かに……寝込みを襲われたくは無いですね……。」


 話題を石塚の事に切り替えて言う孝太。 魔法を使えという事ですよね? と、孝太を見上げる佳苗。 それに軽く頷く孝太。

 その言葉と仕草に、孝太は何かを佳苗にさせるつもりらしい。 やはり策士だなぁと思う里香だったが、この場は敢えて何も言わなかった。


 ◇


 自分の浄化魔法で既に身を綺麗にしていた里香だったが、宴の後、気分を変える為にも佳苗を誘って二人でシャワーを浴びに行った。 その間、まだ石塚は食べ足りなかったのか、残った食事を黙々と口に運んで居た。

 それを横目に、装備の点検をしながらシードルをちびちびと飲む孝太。

 その横では、孝太に分けて貰ったシードルが少し効いたのだろうか、うとうとと船を漕いでいる陽菜がおり、それを発見すると彼女を抱き抱えてベッドの上に移動させ、他の防具は全て取っていたが、最後まで付けていた胸当てを取ってやり、その後で布団を掛けて彼女を寝かせ、優しく頭を撫でる孝太。


「何か手慣れてんな……。」


 思わずそんな感想を漏らしてしまう石塚。


「君にも大事な人が出来たら分かるさ。 慣れとかじゃなくて、自然に手が出るものだと思うよ。」

「それが自然に出来る様な奴からお前は陽菜さんに好かれたんだろうな。」

「それは……分からないけど。」

「お前は凄いよ。 俺なんて、色々流されっぱなしでさ……。 ちょっと情けないよな。」

「今は同じ立場だよ。 そんなに卑屈にならなくても良いさ。」

「あー! ちょっとそれ俺にも寄越せ!」


 孝太からシードルのピッチャーを奪い取ると、中身を喉に流し込み始める石塚。


「ふぅん。 結構甘くて美味しいな。 ちょっと苦いけど。」

「嫌なことを忘れるには一番の薬さ。」

「気障な事言いやがって。 ……俺は先に寝る。 また明日な。」

「ああ。 おやすみ。」

「あと……今日、俺と小野寺の事、見捨てないでくれて……ありがとうな。」


 布団を被りながらそう言う石塚に、孝太は答えずただ微笑みだけを浮かべたのだった。

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