復讐乃鐘

 今は身体が熱い。 燃え上がるように怒りで火照ったその身体を持て余してしまった私は、プロミネンスブーツを硬化させ、憤怒の表情で迷宮の床を思い切り踏み付けた。

 腹の底に響く様な重い音の後、それでも何とも無い石畳の床を舐める様に睨みつけた私は、


「くそっ!! 殺してやる!! 殺してやるっ!! みんな――殺してやる!!」


 と、日本語で吐き捨てる様に呪いの言葉を並べた。

 

『どうしたのです! 落ち着くですよ、カナ!』

『……ごめんパーシャ。 ちょっと……私、ダメかもしれない。』

『えっ!?』

『私の仲間の事だけど、殺されてるかもしれないと思ったら……私……。』


 拳を握りしめ、震わせる私。 同時に悔しさで、涙が滲み出て来てしまう。


『なんで死んでると分かるですか?』

『……分かっては……居ないわ。 けど、パーシャの召喚士が言った言葉は、私達亜種族は絶対に生き残る可能性が無いって事を指してるんじゃない?』

『えっ……そ、そうでしょうか。 パーシャには、正直言ってわからないです。』

『準備区画に帰ってから、ずっと仲間が帰って来ないのよ。 きっと召喚士達……こっちの世界の人間達に捕まって、殺されたんだわ。』

『でも、それがこちらの世界の人達の目的だと言うなら、パーシャも含めて、最初からその亜種族に希望を与える様な事を言うのでしょうか。』

『……それは……。』


 それは……そうだ。 資質が分かって居て、それが亜種族である事も分かって居て、最初から殺すつもりならば希望さえも与えようとはしないだろう。

 そのまま別室に連れて行って、そこで私達を処分すれば終わる事なのだから。


『でも、そうですね……。 確かに召喚士の言った事はパーシャも気になるです。 けど、それがカナの仲間が帰って来ない理由に直接結び付くとは思えないのですよ。』

『……何で、結び付かないと思うの?』

『動機がやっぱり分からないです。 私達に、迷宮に入って、攻略させる事が召喚士達の目的だとするなら、カナの仲間が捕らえられる理由が無いですよ。 パーシャなら放置するです。』

『じゃあ、やっぱり他の挑戦者に捕まったか……殺された、か……。』

『カナの仲間の事が心配なのは分かるです。 でも、仲間のお二人は隠蔽にも索敵にも長けて居る方なのですよね。』

『え、ええ。』

『そうだ。 分かったです、カナ。 二人が死んでいるという可能性はこの際考えない事にするです。』

『……そう、なの?』


 そういう事にする、と、言い切ったパーシャに対して、首を傾げながら曖昧な返事をする私。


『死体を見るか、実際死んだと聞くまでは、生きて居ると考えた方が良いです。 私を飼っていたマフィアのメンバー達が、殺した人間の死体を見付からない様に溶かしたりしていたの知っているパーシャが言う事ではないかもしれないですが、そうやって考えないと次には動けないですよ。 仲間を助けるって、カナは言ったです。 だから、パーシャもカナが仲間を助けるのを全力で手伝うですから、カナは仲間が生きてるって信じないとダメです。』

『分かったわ。 ありがとう、パーシャ。』

『良かったです。 では、まず準備区画に行くとして、それからどうするか、ですね。』

『……パーシャのその悪魔の恰好は、拙いよね。』

『確かに、この恰好では人間だとは言い張る事は難しいですね。 カナみたいに耳や尻尾を隠せると良いのですが、翼は大きいですし、角は多分どんな帽子も突き抜けてしまうです……。』


 いくら召喚士達の思惑通りに私達が迷宮を攻略していたとしても、自分達が亜種族である事を大っぴらに公開しながら準備区画を闊歩する事にはやはりデメリットしか感じられない。

 もしかしたら、亜種である私達が、ある一定のレベルに達するのを、召喚士達が待っているのかもしれないという可能性もある。 加えて、単純明快に言えば、人間は悪魔の姿であるパーシャを見て、視覚的に自分の味方だと思うとは考えられない。

 そして、パーシャの隣に私が居るとなれば、私はその悪魔の側であると公言している事に他ならないとなれば……。


『そうです! 何か武器は無いですか?』

『え? 武器? そう言えば二ノ宮君のダガーの予備がキャンプの中あったかもしれないけど……。』

『それがもし、パーシャに資質的に装備出来なかったらどうなるです?』

『レベル0の状態に……あっ!』


 早速キャンプを開いて、そのキャンプの中で二ノ宮君の予備のダガーをクローゼットの中で発見した私は、パーシャに手渡してみる。

 すると、みるみるうちに悪魔の翼も角も無くなり、出会った頃のままの姿形になるパーシャ。

 おお、と、自分の額や背中を触って、彼女も変化を感じているようだ。


『念話は……どう?』

「ヴ、ポゴロヴィーテ、シ、テレパッシ?」


 何時間かぶりにパーシャの肉声を聴いたが、今は逆に不思議な感じがするわね。

 彼女がロシア人だと言う事をすっかり忘れて居たくらいには。


「念話はダメみたいね。 パーシャ、リターントゥデビル。」


 悪魔に戻れって、英語でこんな感じで良いのかな。

 と、適当な英語で私がパーシャに言ったならば、幸いそれは通じたらしく、パーシャはダガーを一旦手から離して床に置くと、翼と角と尻尾が彼女の身体から広がる様に再度姿を見せた。


『これで偽装して、人間のフリをして準備区画に行く事は出来そうです。 ただ、レベル7のスキルが使えないので、念話が出来ないみたいですが。』

『必要な時は合図するから、その武器を投げ捨てて悪魔に戻るっていうのは?』

『ばっちりです。 よし、行くですよ、カナ!』


 ◇


 プロミネンスマントとブーツは硬化させ、尻尾を隠して下を向いて歩き、なるべく自分を弱そうに見せる私。

 傍目からは、ただの黒いマントとブーツを履いた、魔法使いの少女に見えて居る事だろう。 弱そうに見えるかどうかは、自分ではそうしているつもりで、他人からどう見えているのかは良く分からないが。

 その私の後ろに、おずおずと付いて来るパーシャ。 手にはダガーを隠し持っていて、それを脇に隠しながら、まるで何かに怯えて居る様な仕草で歩いている。

 この二人を見て、所見ではまず危険人物だと判断されないとは思うが、と、考えながら、準備区画の神殿を過ぎ、ピピナ商店へと辿り着いて、まずは一息付く私達。

 パーシャの武器と、防具を揃える為に、次はここに寄ろうと決めて居たのだ。

 私のただの寝間着代わりのワンピースよりは、戦闘に役に立つ防具なりが買える筈だろうという算段なのだが、装備に関しての一番の心配は、その装備が視覚的に一発で悪魔的な物だった場合、正体が一発でバレてしまうのではないかというものだ。

 まあ、着替えは仕切られた場所で出来るので、もし視覚的に飛びぬけて悪魔的ならば、装備はせずにキャンプの中に放り込んでおくしか無いが。

 ちなみに、私も自分に装備出来ない武器を持って、資質を隠そうかと思ったが、万が一の事を考えると、やはり私は臨戦態勢で居た方が良いという結論になった。

 背中に尻尾を丸めて隠し続けるのは意外に辛いのだが、それはたまに人目をはばかって伸ばしたりしている私。


 午後十一時という時間ながらも、商店の中には先客が二組程居た。

 まずは入室、いや、入店と言えば良いか。 その私達に、先に買い物をしていた彼等が視線を寄せるかどうかを、赤いとんがり帽子のつばの影から僅かに双眸を覗かせて確かめる私だが、幸いその人達は自分達の買い物に夢中なようである。

 彼らは買い物に来るのを目的にしてここに居て、その買い物に集中するのは当たり前の事なのだが、逆にあまりにも無防備なその先客達に、つい嗜虐的な思考を抱きそうになり、慌てて顔を下に伏せて、顔を帽子の影に隠す私。

 俯いたまま、軽くパーシャに顎で合図し、入り口から二番目の、左側のブースに座る私達。


 物珍しそうに周りを眺めるパーシャ。 それがあまりにも初心者がする様な仕草に見えて一瞬心配になる私だが、良く考えたら彼女は牙を隠している虎の様な物なのだ。

 舐めて掛かって私達を迷宮まで追いかけて来たならば、その時は私が先ほど微かに抱いてしまった嗜虐的な愉しみを思う存分味わおうかしらね。

 などど、下らない事を考えながらも、私はクリスタルをテーブルの窪みに嵌めた。 すると、それを真似て、パーシャも自分の椅子の前のテーブルにある窪みに自分のクリスタルを刺して、二人隣り合わせで椅子に腰かける私達。

 席が六つあるのだから、一つや二つ空けて座っても良いのだが、まあ、それが今の私とパーシャの距離感という事だろう。

 お互いが少し首を傾げると、お互いの端末の画面を見る事が出来るその距離で、実際お互いの端末を見合う私達。 ちなみに私が162480Pで、パーシャが160072Pという恐ろしい数字が並んでいた。

 私は約一週間、パーシャに至ってはこの世界に来てから三日目という短期間にも関わらず、二人とも凄い量のポイントを持ってしまっているのだが、それが誰かに盗み見られて居ないかと、一瞬後ろを振り向いて左右を確認してしまう私。

 杞憂だったのは言うまでも無く、私達の後ろには誰も居なかったのだが、こんな大金を持って居るのが誰かに知られる前に、さっさと使ってしまおうとする私。

 パーシャは取り敢えず端末の使い方が分からないので、私がどうやって使うのを見るようだ。


 私の目的の物、それはまず《バゼラルド》(仮)。 私が装備出来る唯一良さそうな武器。

 だったのだが……無くなっていた。 既に売り切れて居たのだ。

 46000Pも払って買う人が、私の他にも居たなんて……。

 と、小さく溜息を付く私。

 全部で何人の挑戦者がこの迷宮に居るのかは分からないが、魔法使いが持つ武器としては案外悪く無い物として評価されていたのかもしれない。

 だが、40000P超えの物が、たった二日の間で売り切れてしまうとは……やはり一度では信じられなくて、もう一度武器のリストを高い順にして上から順に見て行く私。

 リストの一番上にあるのが、片手で使える剣で一番高い剣であり、それはソードオブヴァルファーという武器だった。 価格は88000P。 勿論私には使う事は出来ない。

 それから四本程の強そうな名前の片手剣が続くが、やはり46000Pのバゼラルド(仮)は売り切れて居た。

 もしそのバゼラルドという片手武器が、物理攻撃としても使えるのなら、私の炎の剣と物理と魔法の二刀流が出来たのかもしれないのに……と、考えるとまた悔しくなってしまう私。

 また溜息を付きながら横目でパーシャを見ると、私が端末を操作した事で使い方が分かったのか、彼女はまず下着をいくつか選んでいて、それを決済している途中だった。

 商品の受け取り口である引き戸の上が白く点滅し、やがてその中に商品が落ちて来る。


「……?」


 パーシャは首を傾げるので、その受け取り口の取っ手を引いてやると、6枚程の下着が入って居るのに気付いて、顔を綻ばせるパーシャ。

 ……と、真っ黒な六枚のショーツだけで、ブラを買っていないのに少し驚く私。

 乳首は私よりも小さめだが、胸自体は私よりもあるのだから……使わないというのはどうなの? そう一瞬考える私だが、外国にはジュニアサイズのカップの入った下着というのはメジャーでは無いのだろうか。

 私は自分のタイトローブの襟元を少し引っ張って、自分の下着をパーシャに見せてみると、『ああ!』と、何かを思い出した様な顔をした後、六枚の黒いTシャツも買った彼女。

 そういう意味では無かったのだが、まあ、世界にはブラを使わない人も居るのだろうし、と、勝手に自分を納得させる私。

 パーシャは商品を受け取ると、早速試したいのか、私に目配せをする。

 試着なら試着室を使えば良いのだが、流石に下着であるし、自分達のキャンプを開いて、その中で着替えた方が良いだろうと判断した私は、ポーチから宝珠を取り出して、自分達が座っている椅子のすぐ後ろの床に扉を出現させた。

 両手いっぱいに下着とシャツを抱えて、嬉しそうにその扉の中に入って行くパーシャ。


「…………。」

『カナ!! お尻のところに穴が無いです!! シャツの背中のところにも翼が出せる穴が無いですよ!!』


 うん。 何となくそうなるとは思ってたわ。 キャンプの中でダガーを手放して、悪魔化したであろうパーシャからの念話に、目を瞑りながら首を縦に二度振って頷く私。


『言うのを忘れて居たわね。 買ったノーマル品は、全部改造しないと自分仕様にならないのよ。』

『えっ! だからカナの下着には尻尾用の穴が空いていたですか!』

『そうよ。 ポイントはまだ沢山あるから大丈夫だと思うけど、改造費は高いからそのつもりで買い物はしてね。』

『わ、わかったです……。』


 パーシャからの念話が途切れると、キャンプの扉が開いてまた人間に偽装した彼女が下着とシャツを持って現れた。

 私は首で、それを一枚一枚受け取り口の所に入れてみたらと指示すると、なるほど、と、頷いてまずは黒いショーツを中に入れて、端末の画面を眺めるパーシャ。

 改造費が100Pと表示されているのを見て、下着の10倍の値段に首を傾げてちょっと高いのでは? と、私を見るパーシャだが、そんなものよ、と、軽く頷く私。

 ちなみに改造して出来た下着は+P1になっていた。 もしかして数字の前は名前のイニシャルでも取って付けているのだろうか。

 しかし、パーシャの改造が私のに比べて少しずるいと思ってしまった点がある。

 パーシャの下着の尻尾の穴には、金の金具が付いていたからだ。

 確かにパーシャの尻尾の先端はかなり鋭利なので、私の下着の様に尻尾の穴の形だけを縁取る形式だと、何度か履いて居るうちに破けてしまうからかもしれないが、その高級感の違いがたった50Pで出来るというなら私もしたいなどと思ってしまう私だが、その自分のあまりのケチさに苦笑してしまった。

 こんなにあり余る程のポイントがあるのに、下着の金具一つで羨望の眼差しを向けるなんて、ね。

 

 さて、その様にパーシャは自分の下着の改造を続けたり、服を選んだりしているのを横目に、私は再び自分の武器探しに戻る。


 自分の使える武器として、杖にはいくつか良い物があるのだが、私の攻撃スタンスに向いた杖は置いていなかったので、結局また地団駄を踏みそうになりながらも他の武器の項目を見る私。

 最悪、プロミネンスマントに召喚した炎の剣は差せるのだから、両手で使う武器でも構わないと言えば構わない。 では、と、その両手武器の項目も探してみるが、自分に装備出来る物は残念ながら無いようだ。

 全く。 バゼラルド(仮)なんていう私にしか使えないような意味の分からない武器を、どこの誰が買ったものやら。

 仕方ない、武器は諦めるか。 今回、もう何度になるのか忘れてしまうくらいの回数になる溜息を付いて、端末の画面を防具に移そうとして、ふと私の目に止まる《ホウセキ》の項目の文字。

 そう言えば、見た事が無かったが、どんな物が置いてあるのだろうか。


††††††††††††††††††††††††††††††††††††††††


ルビー - 4800P ― 〇

ガーネット ― 3800P ― 〇

ピジョンブラッド ― 5200P ― ○

レッドスピネル ― 3600P ― ○

ブラックオニキス ― 2200P ― X

サファイヤ ― 4200P ― X

↑ ↓             *162480P*


ブキ ボウグ ニチヨウザッカ ホウセキ モドル

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 ふむ……宝石の中にも、装備出来る宝石と出来ない宝石があるのか。 色系統で言えば、赤の物が装備出来るらしいが、一体装備して何の効果があるというのだろうか。

 ちなみに説明を見ても、その宝石の形状や色などの説明があるだけで、効果は何も書いて居なかった。

 しかし、装備出来る以上、何らかの意味はあると思うのだが……。

 そう思ったのと同時に、ポイントに余裕があるのも思い出した私は、ついピジョンブラッドなる宝石を一つ購入してみてしまった。

 最悪、装備に意味は無くとも、人に渡したり、交渉の道具に使ったりは出来るのではないかという考えもあったが、興味の方が強かったのが正直な気持ちだ。

 さて、商品の受け取り口に現れたのは、親指大の血の様に深い赤の、美しい宝石。

 別段そういったもの、つまりは宝石やアクセサリーに左程興味があった訳ではない私だが、綺麗な物を見て綺麗だと思うのは、成程女としては、いや、人としてか?

 何にせよ、それは当然の事なのかもしれない、と、感じる程の美しさを感じた私。

 実際に手に取ってみると、これがまたなんとも美しいのだ。

 青白い部屋の灯りに照らされた、緋色の宝石。

 正しく血の様な赤い宝石の表面は、美しく見える様に人工的に磨かれており、全体的に丸みを帯びて居たと遠目から見えたその石には、無数の先端エッジが作られて居た。

 そのエッジの部分に光は区切られ、様々な色を私に魅せる。

 今度は無念では無く、感嘆の溜息を吐きながら、その宝石を手で転がす私。

 と、パーシャも興味深そうにそれを眺めて居た。


 しかし、持ってみたところで、何の特殊効果があるかとも浮かばない私は、パーシャに見られていた恥ずかしさもありながら、結局宝石は宝石か、と、自分に言い聞かせてポーチに仕舞おうとするが……手を止めてしまう。

 何の武器か分からない時に鑑定した時の様に、この受け取り口に戻せば、何か効果があるのか調べられるのでは無いかという考えが浮かんだからだ。

 さて、受け取り口に宝石を入れて、そこに現れた文字は、《カイゾウ》という四文字と、62400Pという値段だけだった。


「……なんという……。」


 改造、である。 元の宝石の値段の12倍で改造が出来るというのだ。

 一体その結果で何が出来るのか、それは分からない。

 ただの綺麗な首飾りになってしまったら、それは視覚的に大層美しかろうが、ただの綺麗な首飾りであろう。 もしかしたら、宝石が巨大化するだけかもしれない。

 だが……何だろう。 何かが私の背中を押して来るこの感覚は。

 またあれか。 下世話な話になるが、レベルアップの時と一緒で、ゲーム的な何かを感じてしまった私は、何か不思議な物があると試してみたくなるゲーマー病らしきモノを発症してしまったらしい。

 もう数さえ覚えて居ない程人を殺して居るのに、ゲーム的な感覚は抜けないものなのだなぁ、と、自嘲しながらも、改造に同意する『ハイ』という文字を押す私。

 すると一瞬、他の改造の時とは違って、何故か水蒸気の様な物が商品の取り出し口の隙間から噴き出した後、《カイゾウカンリョウ》という文字が端末に浮かび上がる。

 これで合計67200Pが無駄遣いになるかどうかは、何が出来たかによるが……。


《クリムゾンアポカライズ》


「えっと……。」


 反応に非常に困る私。

 だって、その名前の……響きが、何だかとても……心地良い。

 商品の取り出し口を開くと、そこにはピジョンブラッドの宝石が12個付いた腕輪が、まるで霧の中に身を隠すように水蒸気を纏ってそこにあった。

 ごくり、と、生唾を飲み込む私。

 物欲はそれほどある方だとは思って居ないが、先程手に取って感嘆の声を漏らしてしまったものが12個も付いた、人生の中でこれ以上に綺麗な物は見た事が無いという程の腕輪がこの手の中にあるのだ。

 神々しいとさえ感じて、手を震わせてしまうのは、それは仕方が無いというものだ。

 指先を震わせながら、その腕輪に手を伸ばすと、左手の指先から腕に向かって滑らかに差し入ってくるその腕輪。 手首の部分に適度な重みを感じながらも、《クリムゾンアポカライズ》というまるで存在感の塊の様な腕輪を装備した私。

 ちなみに、装備した場合の直接の効果は、何も無い。

 無いが、ただ一つだけ素晴らしい特性があった。

 LV1から4までの、炎系統の魔法を、一度だけ蓄積チャージ出来るという物だ。

 私の魔法で言えば、炎の剣フレイムソード業火噴出ヘルファイヤエラプション真紅炎噛クリムゾンフレイムバイトの三つがその対象になるらしい。

 事前にチャージして置けば詠唱の必要が無く、《思う》だけで魔法が発動出来るというのは……うん。 視覚的な物だけでは無く、67200Pの価値はあるわね、これ。

 プロミネンスシリーズを手に入れた時にも感嘆したものだが、今回は物品の美しさがあまりにも圧倒的過ぎて、つい装備した腕を撫でてしまう私。

 パーシャも、私のその腕輪を見て、『それは良いものです。』という表情を見せながら、上から横から、と、腕輪をじっくりと眺めて居た。

そんな風に見られると、大事そうにその腕輪を撫でる自分が子供じみて見えて恥ずかしくなってしまう私は、貴女は何を買ったの、と、彼女の収穫物を眺めてみた。


《黒薔薇のドレス+P3》


「はぁ!?」


 得意げに私にまず見せてきたのが、そのゴシックロリータ調の黒のドレス。

 白を通り越して、虹色に光って居た。

 +3って……パーシャ貴女……。

 ゲームの知識が無いから一気にやってしまったという事なのか。 ちなみに+2の改造の成功率は50%。 +3の成功率は……僅か5%である。

 彼女の椅子の周りに散乱している失敗作と思わしき品物は既に灰となっており、その数は20以上。

 私がピジョンブラッドに呆けて居る間に、彼女はひたすらドレスを加工エンチャントしていたらしい。

 彼女のポイントを横目で見ると、既に42000Pまで減って居た。

 これでは武器を買う余裕など無かろうに。

 だが、予備もあるのよ、と、一着の黒薔薇のドレス+P2までもを得意気に見せられた時には、何故か笑いがこみ上げて来てしまう私だった。


 ◇


 雑貨や消耗品も諸々と購入し、一旦キャンプに戻った私達。

 まずはパーシャのドレスのお披露目だ。

 ゴシックロリータ仕様のそのドレスには、沢山のドレープが作られてあり、その隙間から自然に羽が出て来る仕組みになっており、なんと尻尾は腰にくるりと巻いて、バックルの様に見せる事も出来るらしい。

 金髪美女にそんな物を着られるとさぞ目立つかと思ったが、逆に自然に思えて来るから不思議である。


『ロシアって普段着どんなの着てたの?』

『遊ばれている時は普段は裸ですかね。』

『ふむ……なら、外に行く時は?』

『ああ。 特別な恰好はしますが、マフィアに飼われてると一目で判る恰好をするですよ。』

『外に行くのに?』

『美しいドレスの横に、乳首や局部に金属のピアスを付けて、その部分だけを出した黒くてぴっちりと吸い付くような革のジャケットを着た女が立って居ればどうでしょう?』

『どうでしょう……って。 まあ、その乳首や局部が見えて居るのだから、恥ずかしいわよね。』

『ああ。 私の側から見れば、恥ずかしいというのはそこに掛からないです。 綺麗に着飾った女達が、私を見下ろして、見ずぼらしい。 そう考えた時に、私は初めて羞恥心を覚えるのです。 そして、女達はそれがとてもたまらなく好きだった。 一度に二人の男に抱かれ、内臓を揺さぶられて苦しんでいるのか喘いで居るのか分からない声を上げる私の胸のピアスを、思い切り引っ張って私の反応を愉しむのです。』

『女達は、パーシャの境遇を……蔑んで、愉しんで居たのね。』

『そういう事です。 ……これからは、そんな事はもう無いですが。』

『でも、逆にはなっちゃったかもね。』

『かもしれないです。 けど、こういう世界なのですから、受け入れるしかないのも現実ですし、幸い……パーシャにはとても楽な生き方でありますから。』

『何を言って居るの?』

『悪魔という存在になれた事が、結局パーシャは嬉しいのですよ。 結局パーシャは、人に……人類に復讐したいのかもしれないです。』


 なるほど。 そういう考え方もあるのか。

 しみじみと言う彼女の言葉を頭で巡らせる私。 確かに、彼女がされて来た事は、人という存在その物を恨んでしまって当然の事だろう。 彼女は、そんな仕打ちを受けても、生きたいという気持ちがあったこそ、その煮え湯を飲んで耐えて生きて来て、尚且つ彼女が正気を保っているというのが、本当に不思議なくらいの体験だと思う。


『人が持って居る悪意や望み、その全てを知った少女が……人間に審判を下すという話は、パーシャ的には面白く感じます。』

『奇遇ね。 私もだわ。 でも、仲間を殺すのはやめて頂戴ね。』

『分かってるよ、カナ。 じゃ、次は宿屋の方に行って見るですか。』

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