運命分岐
ピピナ商店から出て、宿屋方面に向かおうと思った矢先の事。
悪魔的資質では本来装備出来ない二ノ宮君のダガーを手に持つ事により、悪魔から人間に戻ったパーシャであったが、その彼女が黒薔薇のドレス+P3を着て居られる事に、まずは安堵した私達。
しかしながら、自分達を戦力的に弱そうに見せようとしていた私達の意図から、他の人間から見えるパーシャのそのドレスを着た姿のせいで、掛け離れて行ってしまっている居る事に今は困惑していた。
パーシャの見麗しい容姿自体も、元々他人の目から見れば目立つと言えば目立つのだが、黒薔薇の花が咲いた様な優雅なデザインを施されたドレスが、幾度改造すればそんな色になるのかという虹色の輝きを纏ったそのドレスを、素の人間である様に見える彼女が着ると、まるで端正に作られた真っ白なフランス人形――厳密に言えば彼女の場合はロシア人形と言えば良いか、と、一緒に居る私が、どれだけのポイントを彼女に使い込んで、まるで着せ替え人形の様にして連れ回して遊んで居るのだろうかという印象を他人に与え兼ねない。 そんな錯覚を覚えてしまう程の、通常では有り得ない違和感を他人に見せ付けて居る様な状態になってしまっていたのだ。
例えばその美しさが、人間に戻る前、先ほどのパーシャの様に、悪魔的なビジュアルを伴って居たのだとしたならば、欠けたパズルのピースが嵌められた様にしっくりと来るのかもしれないが、人にとっては例えば醜悪と感じるかもしれないその悪魔的な部分が全く見えないが故、美しさのみが目立ってしまうのであろう。
しかしながら、そのドレスを防御力的な面から考えれば、+3という有り得ない段階まで改造しきった分、パーシャにとってはこれ以上の物は無いのでは無いかと言える装備であり、いざという時には羽も尻尾もしっかり出せる様に作られている構造から言っても、ただ目立つからという理由で使わないというのは、本末を転倒させたとしても、使う理由になりえると考えた私達。
だが実際に使うとなれば目立つのは必至であり、具体的にどう対応していくべきなのか。
――それが問題であった。
『まず、私達がもし誰かに目を付けられたとして、自分達が逃げたとするね。』
『はいです。』
『まあ、相手が追いかけて来なかった場合は良いけど、追いかけられてしまった場合にその人たちを殺すには、迷宮内に連れ込むしか方法がないのよね……。』
もう5分程で午前零時となる現在、私とパーシャはキャンプセットの中に居た。
その部屋のベッドの脇に、私がかつて使って居たマントを敷物として敷いて、その上で向かい合って座り、夜食代わりの小さいホールのチョコレートケーキを、二人でフォークでつつきながら。
『こっちの世界の人間達も、殺せない訳では無いですよ。』
あっけらかんとした表情で、フォークを口に咥え、首を傾げなが言うパーシャ。
『準備区画で、こっちの世界の人間を殺すっていう事を言って居るの?』
『そのつもりですよ。』
『……パーシャの言う通りにそれが出来るとしたら簡単なんだけどね。』
『そう簡単には行かないですか……。』
『殺した事を感知するシステムが存在する事は話したよね?』
『はい。 あの男が召喚士や兵士を殺した事を特定された様に、ですよね。』
『たった一度。 たった一度よ。 一度特定されただけで、私達が生き延びる可能性は無くなるんだよ。』
『何故です? このドレスが結構良い防具だと言ったのは、他でも無い、カナですよ?』
『まあ、防御力の面からだけ言えば殺されにくくなった事は確かにそうなのだけど……。』
と、そうやって息巻くパーシャに、少し身を引いてしまう私。
私も人間に復讐する事、その彼女の望みに同意はしたものの、今は彼女と自分の感情の温度差を感じずには居られなかった。
基本的に私の行く道と彼女が行く方向は違わないのだから、彼女の意向に首を横に振る理由など元から無いのだしと私は頷いて、その後に彼女のドレスの防御力を試してみたのだが……。
プロミネンスブーツで硬化させた私の、最初は弱く、やがて強く、そして最後には全力の蹴りを、全て受け止めた後、彼女自身は無傷で、そして私のブーツと彼女のドレスの耐久力が少し下がった程度で双方痛み分けという結果になったのだ。
そこで各自1000ポイント程度を使って装備を修理したのはなんとも勿体ない話なのだが、実りのある消費だったと、実験から得られた結果に私は満足していた。
しかし、その結果をパーシャがどう受け取ったのかは、今の彼女の多少興奮ぎみな状態から言えば……大分増長していると言わざるを得ない。
いつもは突っ走る側だった自分が、そのかつての自分を見る様に一歩引いて、苦笑いを浮かべながらパーシャを見返している私。
ならば、どんな言葉が今の彼女に届くかと考えると、複雑な気分になるが、私は嫌味にならない程度の溜息を軽く一つ付くと、
『パーシャ。 私は仲間と、貴女と、一緒に生き残りたいの。』
彼女の鳶色の瞳を真っ直ぐ見詰めて、念話で伝える私。
『なら、どうするです? また迷宮に逃げたり、返り討ちにしたり、それをただ繰り返すだけですか?』
折角の自分の覚悟が無駄になるとでも考えたのか、口を尖らせるパーシャ。
うん。 ……そうね。 多分そう来ると思った。
私も一度覚悟を決めたとしたら、多分そうやって怒るもの。
『……私の仲間は、隠蔽と索敵のスキルを持って居るのよ。 合流さえすれば、きっと活路は見いだせると思うの。』
『待って下さいカナ。 人間達を皆殺しにするのでは無いのですか?』
そう眉間にしわを寄せて言うパーシャ。
頼もしい言葉なのではあるが、彼女は根本的かつ重要な事を、綺麗さっぱり切り落としてしまっている。
今は彼女の頭が沸騰している状態なのかもしれないが、本当に何もかも全てを捨てて、ただ人間達を殺戮する夢を見ている状態なのではないか、そう私は感じていた。
だが、彼女の目を見て、私は彼女があちらの世界の人間達が作り上げた社会の仕組みという物を、捨てたのではなく、知らないのではないかと思い始めた。
マフィアに飼われて居たというのは、そういう仕組みからは外れて居たであろう事は確かだろうし。
『そうだね、パーシャ。 究極的に私達は人間を敵に回す事にはなる。 けど、物には順序というものがあると思うの。』
『順序、ですか?』
『このキャンプを使う事も、ケーキをここに運んでくるシステムも、私達二人だけで作られて居る訳じゃないじゃない。 闇雲にこの世界のシステムに抗っても、結果的にそれが私達が命を落とす事に繋がるのだとしたら、その時点で自分の首を絞めているのと一緒の事じゃない。』
『なら、実際にどうするです?』
少し不貞腐れて言うパーシャ。
成程。 マフィア的な考えで行けば、必要な物は奪えば良い、邪魔な物は殺せば良い。
そういうロジックで今の彼女は考えて居ると見て間違い無い。
ドレスを着る前に、悪魔的だがまだ少し弱々しいイメージがあった彼女だが、今は自信で満ち溢れて居る。 その自信は、私が抱いていた、人間達を皆殺しにしてやるという憎しみを彷彿とさせる一方で、かつて私を諫めてくれた彼女が、何だか少し懐かしく思えて来る。
『焦らないで、パーシャ。 貴女が言ってくれたんでしょう? 私の仲間が生きて居ると信じて、それで二人を助けようって。』
『それは……そうです。 でも……。』
『分かってるわ。 前の世界で自分がされた事が悔しくて堪らないんでしょ? それを今、人間達にやり返す事が出来る自分が居て、嬉しいんでしょ? 私も、それは、そうだから、分かる。 パーシャは、私が、分かってるって、気持ち、分かる?』
まるで子供に諭す様にそう言う私だが、一瞬驚いた表情を見せると、自信の唇を人差し指でなぞるように触るパーシャ。
『そうです。 パーシャは……何を考えてたですかね。』
そして、今までで一番優しい笑顔を返して彼女は言ったのだった。
『分かってくれてありがとう、パーシャ。 そう。 最後に人間達に勝つまでは、死ねないのよ、私達は。』
『でも、勝つっていうのは、具体的に何をしたら勝った事になるですか?』
『そうね。 私も悩んで居たけれど、パーシャ、貴女がヒントをくれたわ。 この世界の摂理を奪うのよ。』
『摂理を、奪う……ですか?』
『そう。 迷宮を攻略した六人が持てる権利、その権利を――――私達が奪うのよ。』
『なっ! そんな事!!』
『あり得ない? 逆にパーシャが、人間達を全部殺す事を考えてくれたお陰で私は分かったのよ。 私達が、この世界の人間達に管理しきれない存在になれば、その私達の
『成程……譲歩、ですか。 お互い手打ちにする理由を突き出すって事ですね。』
『多少考えがマフィアっぽいけれど、概ねそれで合ってるかな。』
ようやく少し落ち着いた様子のパーシャは、フォークで大きめの形にチョコレートケーキを切ると、それを口一杯に頬張るのだった。
『なら、悔しいですけど、カナの仲間さんと合流するまでは、人に追いかけられたら迷宮に逃げる、やっぱりそれしか無いですね。』
そんなに口いっぱいに物を入れては喋れないだろうに、念話だから普通に聞こえて来るのがなんだか可笑しくて、つい笑みを零してしまう私。
『まあ、そうね。 その恰好だとやっぱり目立つだろうし、それを少しでも目立たないようにするなら、なるべく夜に行動する事にしましょうか。 ばらつきはあるけど、やっぱりこの世界でも昼に行動している人間達が多いみたいだから。』
『なら、今の時間帯あたりが丁度良いですか。』
一々クリスタルを端末に刺して時間を見るのは面倒なので、と、新しく購入した壁に掛けるタイプのアナログ時計を見るパーシャ。
私達前の世界と同じ12時間と60分と60秒をそれぞれ独立した秒針が刻むアナログ時計だ。
『そうね。 このくらいの時間帯が一番良いかもしれないわね。』
一瞬、時間の概念が前の世界と合致しているのに、不思議な感覚を覚えた私だが、そんな事を考えても今は何の意味も無い、と、軽く頷いて、出発の準備をするのだった。
◇
宿屋区画に来るのは何日ぶりだろうか。
兎に角、最初に記憶に浮かんだのは、二ノ宮君と三島さんと一緒に逃げる様にして出て来た宿屋の部屋の様子と、148という部屋の番号だった。
あまりにも多くの事があり過ぎて、まるで遠い彼方にその記憶があるような気分である私。
宿屋に併設された食堂には、深夜にも関わらず多数の挑戦者、まあ、私達は餌と呼ぶことにした他の人達が居た。
宿屋とその食堂の方は、一応仕切りで区切られて居るので、中の様子をそっと私が窺った後、顎でパーシャに宿屋のフロント方面に向かう様に指示する私。
黒い影が私の後ろを過ぎり、それとほぼ同時に私も宿屋のフロント方面に身を移す。
ここまでは……問題無かったようだ。
特に誰にも気付かれる事無く、宿屋のフロント、まあ、無人の端末があるだけだが、その端末の前へと辿り着いた私達。
――そうだ。
部屋の鍵は……二ノ宮君が持って行ったのだったか。
まあ、今回は確認だけだ。 二ノ宮君と三島さんが準備区画に帰って来たとして、レベルアップと買い物を済ませた後に立ち寄るのとしたら、次はここに来ている可能性は高い。
それに、キャンプに帰れないという事は、安心して寝る場所が無いという事であり、別れてからずっと外に野晒しで居るという事は考え難いし、もしかしたならば……願わくば……二人がここに居てくれれば、その足止めしている何かを私とパーシャが排除すれば、二人を救出出来る。
そんな願い、想いが交錯して、私の指先が震える。
その指先をもう片方の手で押さえる様にして、生唾を飲み込みながら、宿屋の端末を操作して、部屋の状況を確認する私。
140番台の番号が端末の画面に表示され……。
147の部屋番号に目を止める私。
その部屋は、現在空き部屋になって居た。
この世界の人達が……彼女を手厚く埋葬してくれたとは思えない。
誰がどう処理したのかの判断は出来ないが、そこで死んでいた筈の秋月さんは、既にどこか違う場所に連れて行かれ、処理されたのだ、と、それだけは言える。
彼女の命を失った後の青ざめた顔を思い出し、唇に渇きを覚える私。
と、私のマントの裾を軽くつまむパーシャ。
私がした悲しげな表情に、気を使ったのだろう。 心配そうに私を見上げるパーシャが横に居た。
大丈夫だ、と、私は軽く首を横に振り、再び画面に目を戻す。
そして、148号室、三人で借りた部屋が――――空き部屋になっているのを確認して、頭が真っ白になった。
「どういう……事なの?」
この部屋の料金は、今現在足りる分まで払っていた筈だ。
だから、鍵を持って居る二ノ宮君本人が、チェックアウトしていない限りは、その部屋が空き部屋になっているという事は有り得ない。
「なら、ここには……来た……んだ。」
そう呟いた私は、何日前からその部屋が空いて居るのか、端末の画面から色々と操作して履歴を調べようとしたがそういう機能は無いらしく、ただその部屋を借りるか否か、その画面だけを行ったり来たりを繰り返す。
何も無かった二人の足取りが、たった一つだけでも見つかったという嬉しさはあるが、反面、その足取りが今度は完全に途絶えてしまったという事実には、結局絶望感を覚えずには居られなかった。
膝が勝手に震え出し、立って居られなくなると、その場に崩れる様に両膝を付いてしまう私。
――その時、咄嗟に私の左腕を掴んでくれた人物が居る。
パーシャだった。
既に自分の涙で滲む彼女の姿が、有難くて、泣き顔を見せて居る自分が情けなくて。
でも、彼女に縋りつく様にして、抱き付いて、嗚咽を上げる事しか、今の私には出来なかった。
◇
時は遡り、加奈達が部屋の空き状況を確認した五日前の事。
深緑色のフードと、それと同じ色の長いマントを着た少年、二ノ宮孝太と、白銀の鎧、籠手、サークレットを身に纏った、車椅子に乗った少女、三島
「まだ織部さんの所に帰らないんですか?」
二ノ宮孝太の後ろを、器用に車椅子を操作しながら付いて来ていた三島陽菜が、迷宮の入り口方面では無く、宿屋方面へと通路を足音を立てずに進んでいた孝太の背中に声を掛けた。
「……秋月さんの事、さ。 ちょっとどうなってるかな、って。」
立ち止まって、振り返りながら言う孝太。 その表情には、必死に顔は笑おうとしながらも、完全に笑みにはなっていない、そんな苦笑が浮かんで居た。
それを見て、はっとする陽菜。
「あ。 ……そう……でしたね。」
口に片方の手を当てて、孝太が秋月美緒という少女に何をしたのかを思い出しながら、陽菜自身も複雑な表情を浮かべながら俯いた。
「三島さんにはちょっと気持ち悪いって思われるかもしれないけど、殺したのは……僕だから。 責任を取るって訳じゃないけど……。」
そこで、ああ、と、陽菜は孝太が先ほどピピナ商店で二つも買っていた、
「……いえ。 良い、と、思います。 宝珠って、その為に使うつもりだったんですね。」
「うん……。 勝手に一個2500ポイントもする物にポイントを使ったのは悪いと思ってるけど、せめて……亡骸は焼いてあげたいかなって思ってさ。 ごめんね。 我儘に付き合わせちゃって。」
「い、いえ。 でも、織部さんに焼いて貰えば良いだけの話では?」
「秋月さんの死体を背負って……迷宮に戻るのは……流石にちょっとね。」
と、嫌そうな顔をする孝太だったが、陽菜には察しが付いて居た。
弾ければ、今にもどこかに飛んで行ってしまいそうな程張り詰めた様子の織部加奈に、秋月さんの遺体を焼いてなどという頼み事は絶対にしてはならないし、ここに来た事を教えるつもりさえ無いのだろう。
まったく、どこまでも優しい人なのだな、と、改めて陽菜は彼の事を見る。
「ど、どうしたの?」
「なんでもないですよ。 ……ふふっ。」
なんだかなぁ、と、頭の後ろを掻きながら、また陽菜に背中を向ける孝太だったが、彼の頬が一瞬赤く染まって居たのを、陽菜は見逃さなかった。
自分が考えて居る事がバレて――照れているのか。
陽菜が彼の様子をそう判断した時、彼の優しさと強さを感じた彼女の瞳には、自然と涙が込み上げて来ていた。
秋月美緒、自分を好きだと言った可愛い同級生の女の子――――その子を、彼女が一番望まない形で若い命を散らせる事を回避させてあげた。
しかし、『させてあげた』と言うには容易いが、彼女を『犯して殺す』という罪を背負った事と引き換えにしての結果なのである。
その罪を背負った少年は、手にかけた秋月美緒の事だけでなく、自分、三島陽菜と、そして織部加奈の事をいつでも考えて行動して来た。
そしてこうして今も、自分達が、彼のその優しさと強さのお陰で、生きて来られたのだと実感してしまい、その彼の心根に、自身の心を震わせてしまう陽菜。
涙を流しながら、短い嗚咽を繰り返す陽菜を、孝太は絶対に振り返る事は無かった。
泣いている事を、彼が知らなかった筈は無く、ただの一度も彼女を振り返って見る事をしなかったその行動も、彼の優しさの一部なのだろう。
そう考えると、陽菜の瞳から、また大粒の涙がこんこんと溢れて来てしまう。
自分の口を押え、なるべく嗚咽が漏れない様にしながら、もう片方の手で車椅子の車輪を回す陽菜。
孝太はただ、真剣な眼差しで、自分が次に成すべき事は何なのか、それを集中して考えて居る――フリをしていた。
彼の左手に持たれて居る火の玉の宝珠は、主人の感情に反応する様に、一瞬だけその玉の中に炎を宿した。 ただの道具である宝珠に、物理的にそんな現象が現れる事は本来あり得ないのだが、孝太の資質により、その宝珠が何か特別な反応を示したのかもしれない。
だが、主人である彼が目敏くその炎を見付けると、その火はまるで身を隠す様に消えて行ったのだった。
◇
少年、孝太と、少女、陽菜は呆気に取られて居た。
借りて居た筈の部屋、147号室が、いつの間にか空室になっていたからである。
「どういう……事だ?」
自分達がもう一つ借りて居る部屋、その148号室は満室という表示になっており、実際に孝太の手に、148号室のカードキーが存在していた。
しかし、同じくある筈の147号室のカードキーが使用不可能になっていたのである。
「え? な、なんで……ですか?」
「分からない……。 本当に……なんで……。」
ならば147号室にあった筈の秋月美緒の死体はどこに行ったというのか。
そんな疑問を頭に巡らせる孝太と陽菜だったが、結局答えは出ず、溜息しか出ない二人は、眉間に皺を寄せながら、互いに顔を見合わせる。
――――その時だった。
「よう。 ここで待ってたら絶対来ると思っていたぞ。」
「っ!?」
と、孝太と陽菜の斜め後ろから、声が掛けられる。
孝太の隠蔽のスキルも、シャドウウォーカーという靴の効果があるのにも関わらず、彼、金色の魔法戦士、日立
「日立!! 貴様っ!!」
スキルや靴の効果を看破し、彼を特定した日立に、孝太は吼える様にして名前を言った。
「……何でお前はそうやって俺に対してはいつも喧嘩腰なんだよ、二ノ宮。」
「お前が僕に好かれる様な事を、一度でもしたと思うのか?」
「それに関しては……確かに、仕方ないよな。」
「仕方ない、で、済ませるってのか!?」
「……二ノ宮。 今回は、まず俺が謝る。 だからまず、話を聞いて欲しい。」
一触即発、そんな雰囲気で対峙していた二人だったが、白く光る立派な金色の鎧の金属音を鳴らしながら、日立幸之助は仰々しく
彼が孝太に普段見せていた不遜な態度とは全く違い、本気で頭を下げて居るのだと分かった孝太は、懐のダガーに伸ばした左手をゆっくりと引っ込めて、そのダガーの柄から手を離した。
「分かった。 話だけなら聞く。 だが、ここではダメだ。」
「……良いだろう。 迷宮の中で話すって言うつもりなんだろう?」
「日立……? お前……。」
「まあ……。 俺たちにも、この世界のルールって物がようやく理解出来たって言えば、話は早いか?」
「それで僕たちに今更、何の話があるって言うんだ。」
「二ノ宮、俺達は、ゲーム感覚でこの迷宮を攻略していた。 それを……市川……そう。 あの数学の得意な市川浩一だ。」
市川という名前に反応した孝太に、若干目を逸らせながら続ける日立。
「……あいつが殺されて、ようやく俺達も理解したんだ。」
すると、吐き捨てる様にそう言った日立の後ろから、かつての彼らの世界でのクラス委員長だった紫の賢者、
樫木の姿を見止めると、途端に表情を険しくする陽菜。
しかし、そう非難される事も認めるかの様に、一度目を伏せた後、陽菜を下から見上げる様に見る樫木。
「そうか。 市川君、殺されたのか。」
そう言う孝太の口調に、抑揚は無かった。 ただ事実を告げる、そんな言い方に、顔をしかめる緋色のローブを身に纏った、櫛田峰子。
櫛田と市川の間に、どんな関係があったのか孝太には分からないが、少なくとも孝太がそう吐き捨てる事に嫌悪感を感じる程には近しい関係ではあったらしい。
「長谷川さんから、話は聞いたわ。 織部さんが、池谷さんを殺した事。」
悔しそうな表情を浮かべる櫛田を押し退けて、前に出る委員長の早苗。 ただ、陽菜を見捨てた事でバツが悪いのか、多少目を泳がせながら。
「そうですか。 聞いたんですか。」
陽菜は、まるで孝太の真似でもするかの様に、抑揚の無い声で早苗に返事をし、まるで早苗の真意を見定めるかのように、目を細めて彼女を見る。
その時、普段はおっとりとした感じの印象が強い小野寺里香が、小さく驚きの声を上げ、陽菜を見ないように視線を逸らした。
他の四人の元同級生も、陽菜のその冷酷な言葉と視線に気圧される。
「樫木。 やはりここでの説得は無理だ。 迷宮に行こう。 二ノ宮もそれで良いな。」
「ああ。 ただし、僕等が先に迷宮の一階に行く。 時限魔法を設置なんかされて待ち伏せされたら大変だからね。」
「に、二ノ宮君!! 私達がそんな事する筈ないじゃない!!」
若干興奮気味に反論する小野寺里香。 彼女は、慈愛の心を持つ様にと育てられた、優しい少女だ。
しかし、その優しさは孝太とは相容れぬものであったらしい。
「そのそんな事する筈のない小野寺さん。 あんたは俺達を見捨てた事がどういう意味なのか、分かっていて、それを言ってるんだよね。」
そうやって孝太に馬鹿にされた事に、口をへの字に曲げ、顔をくしゃりと歪めて悔し泣きする里香。
そして、してやったりと冷たく彼女を見下ろす孝太の前に立ちはだかる日立。
「二ノ宮。 それに関しても、きちんと話がしたい。 小野寺さんも今は黙っててくれ。」
「……じゃあ、僕達は先に行く。 一階の、右伝いに進んだところにある小部屋で待ってるよ。」
「ああ。 わかった。」
何かを言いたそうに孝太を睨んで泣きじゃくる里香を背に、神妙な面持ちで頷く日立だった。
孝太は、以後彼らには何も言わずに陽菜の背中側に回ると、彼女の車椅子を押して宿屋区画の出口へと向かう。
自分でも車椅子は動かせるのだが……という考えが陽菜の頭に過るが、油断するつもりは無いという事なのだろうと解釈した彼女は、孝太に身を委ねた。
そうして黙って車椅子を押される事を良しとして、だが片手にはしっかりと弓を持つ彼女。
そうして孝太と陽菜は、迷宮の入り口方面へと消えて行ったのだった。
「日立君……織部さんが……。」
「ああ。 織部さん、居なかった、な。」
日立と樫木は、お互いに顔を寄せあってそんな事をどちらからとも無く織部加奈の名前を口にした。
「彼女を補足出来た……浅塚
「長谷川さん達は、立ち会わせなくて本当に良いの?」
「浅塚に加えて死にかけたのが二人も居るんだ。 今はそういう話をする気にもならないんだろうな。」
「今は宿屋の部屋に?」
「……ああ。 何とか作田さんの魔法で負傷した人を回復させているらしい。」
「そう。 小野寺さんにも手伝って貰った方が良いかしら。」
「いや。 そこまでする必要は無いと思う。 宿屋の部屋の中に居るだけなら安全だろうし、いざという時に小野寺さんには回復役として居てもらわないとな。」
「そう……そうね。」
「まあ、いずれにせよ長谷川達の意見は完全にこちらと一致しているんだ。 後は二ノ宮達の問題だが……。」
「彼等は聞いてくれるかしらね。 こちらの提案を。」
「切り札が一つだけあるからな。 それが使えず、分かり合えなかったら……敵同士になるしか無いだろう。」
そう言い張る日立だったが、顔は笑って居なかった。
本当に、二ノ宮達と殺しあう可能性も、ある訳で、しかも集団殺人方法を持っている、重要人物である織部加奈が同行していないというのが気になって居た。
今回二ノ宮達が彼女を連れて来なかった事には、何か彼等なりの意図があるのかもしれない。
そう勘ぐらない程、日立という男は頭の回らない男ではなかった。
「だが、俺達にとって一番重要なのは、三島さんだ。 彼女が居れば、最悪二ノ宮は居なくても良いと考えている。」
「最悪の場合、でしょ。 セットで使う事に意味があるのだから、ちゃんと説得することに専念してよね、リーダー。」
「まだ俺の事をそう呼んでくれるのか。」
「市川くんがやられたのは失態だったけれど、私たちの誰もが予見出来た訳が無いし、今の日立君の判断は間違って無いわ。」
「……すまん。」
それは皆に対しての謝罪の言葉だったのか、それとも自分自身に言ったのか、小さく一度だけ、そう呟いた日立だった。
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