和解成功

 ††††††迷宮一階入り口付近小部屋††††††


 その小部屋では七人の元中学生の、元クライスメイトの男女が、二人対五人で対峙していた。


「それで、話っていうのは何?」


 二人の側の片方の男子、孝太が冷たい目をしながら五人、日立達の居る方を向いて問う。

 それに対し、日立は四人を背中にして、一歩前に出ると、


「まずは俺達が知っている全ての情報をお前に全て開示したいと思う。」


 まずはそう切り出したのだった。


「……へぇ? ただでくれるっていうなら、喜んで。」


 おどけて返す孝太。 だが、横目でちらりと陽菜を見ると、彼女の右手は矢筒の上にあり、左手には日立達に向けられては居ないが、タイニーゲイルメイカーという小型の弓が、戦闘態勢で持たれている事を確認した。

 この距離ならば、後々に自分達は不利になるかもしれないが――初手は必ず取れる。

 事前にそう話し合って居た孝太と陽菜だが、それを確認するように見た孝太の視線に、予定通りこの体勢のままで居る、と、軽く頷いて返した陽菜。


「勿論、この情報を渡した時点で、何かの見返りを求めて居る訳じゃない。 だが、二ノ宮。 お前ならどう判断するかな?」

「もったいぶるねぇ。 けど、それで何かを判断をせざるを得ない程には重要な情報だって事かな。」

「――――まず、俺のスキルだが、他者の隠蔽を看破する事が出来る。」

「「なっ!?」」


 いきなり自分のスキルの秘密を話す日立に、呆気にとられる孝太と陽菜。


「加えて、光の光線系魔法を使える。 今のレベルは10だ。 ステータスは運以外はオール18で、まあ、他の4人も同じレベルで、同じ様なステータスだ。 多分18というのがこの世界での上限なんだろうな。」

「何で自分達の事をそんな簡単に僕達に話すんだ……?」

「お前と三島さんに信用して貰う為、かな。 さて、次の情報だが、織部さんを補足していたのは浅塚基樹、長谷川のグループの一人だったが、その浅塚も死んだ。 というか、殺された。」

「なん……だって?」

「犯人は俺のパーティに居た市川を殺したのと同一人物だ。 名前も顔も分からんが、探知能力者を特定するスキルを持つ者で、更に超遠距離誘導光魔法……まあ、これは俺達が勝手にそう呼んで居るんだが、紫色の光の玉を、超遠距離から飛ばして来るという厄介な魔法を使う。」

「まさか……あの殺人集団に目を付けられたのか?」

「察しが良いな。 俺も多分そうなのだと思う。 市川が殺された時の手口だが、紫の光の玉が、ヒーラーである小野寺さん、そして魔法使いである櫛田さんに向かって来た。」

「市川を狙っていた訳じゃなかったのか?」

「いや。 狙いは市川だったと思う。 櫛田さんはなんとか自分の魔法障壁でその魔法を弾いて、俺のすぐ近くに居た小野寺さんは、俺が盾になって回避した。 だが、それが囮だったと分かったのは、更に大きい紫の玉が、市川に向っているのが見えた時だった。 その玉が六つに分かれると、市川に一気に襲い掛かかり、その六つの玉は全部市川の頭部に向かった。 二発は市川が魔法障壁で弾いたが、残り四発は全部……市川の頭に当たり、あいつの頭は文字通り吹き飛ばされた。」

「そうか。 災難だったな。」

「二ノ宮。 お前、この話を聞いても顔色一つ変えないんだな。」

「何となくお前らが目を付けられそうなのは知って居たからな。 ちょっと目立ち過ぎたんだよ、日立。」

「……そうか。 この迷宮を攻略するという世界が、ある意味デスゲームなのはお前はもう知って居たんだな。」

「まあね。 不本意な形で知ったけど。」

「……秋月美緒の事だろう?」

「どうやってその事を?」

「あの念話は俺達も聞いて居た。 そして、彼女の死体が宿屋の部屋から運び出されるのを、浅塚が目撃して――彼女を殺した犯人がお前だと看破した。 それを長谷川達から聞いた俺達は……正直お前の事を見直したよ。 お前、あの子を、自分の手を汚してまでも、死ぬまで延々と繰り広げられる筈だった……その……蛮行を、止めてあげたんだな。」


 蛮行、のところで少し口ごもる日立。 他の言い方も思いついたが、直でそれを言う事をはばかったのだろう。


「お前達なら僕の事を、秋月さんの件に関しても断罪しにくるかと思ったけどね。」

「もし、市川と浅塚の件が無ければ、確かにそう考えたかもしれないな。 どうにかして死を回避出来たんじゃないか、とか、何故二ノ宮、お前が殺さなくてはならなかったんだ、とか、そんな風な甘い事を言いながらな。 だが、俺達のパーティの中から一人、そして長谷川の方にも一人死人が出た事で、俺達がお前達三人に、どんな仕打ちをしたのか、ようやく理解出来たんだ。」

「宿屋で頭を下げたのには、僕達三人を見捨てた事が、この世界でどういう意味になったのか分かったって事への謝罪だったのか?」

「そうだ……。 だから、お前達が人を殺して居るのも、生き残る為に必死だからなのだと理解して、今に至る。」

「そう……言われると悪い気はしないな。 日立、僕は初めて君に感謝するかもしれない。」

「そうか。 有難う、二ノ宮。 そして二人共……本当にすまなかった。」


 再度、深く頭を下げる日立。 そして、彼に続いて、後ろに居た四人も頭を下げる。

 あの委員長の樫木までもが頭を下げるのを見て、感極まった陽菜は、弓を膝に置いて両手で口元を隠すと、嗚咽を上げ始め、彼女の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。


「……どうやら謝罪は受け入れて貰えたみたいだな。」

「そこまで誠心誠意謝られたら、僕には正直君達を、これ以上敵視する事は出来ないよ。」


 泣いている陽菜を背中に隠す様にして前に立つ孝太。 これで、彼女も矢を相手に向かって射る事は出来ないが、言葉通り、孝太達にもう殺意は無かった。


「そうか。 そう言って貰える、か。」

「ああ。 で、話の続きがあるんだろう? 聞かせてくれ。」

「俺達五人と、長谷川達五人は、話し合いの席を設けたんだ。 そして、お互いが持っている情報の交換を行った。 俺達がお前らに関して持っている情報は少なかったが、長谷川達の方からは、死んだ浅塚のスキルによって、織部さんが池谷さんを殺害した事、二ノ宮と三島さん、そして織部さんの三人のスキルが看破されて居た事を告げられたんだ。」

「なっ……僕達のスキルまで、知って居たっていうのか。」

「そうだな。 二ノ宮、君は隠蔽のスキル、三島さんは探知のスキル。 そして、織部さんが爆裂魔法を使える事と言った、大まかな事だけだがな。 だが、それでも俺達に有益な情報だったのは明白だ。」

「そうか。 殺された市川と浅塚、二人共探知系のスキルを持っていたが、その二人が居なくなって、君ら10人にはレーダー代わりになる人物、つまり、目が無くなった。 そこで三島さんに目を付けたって訳か。」

「全く持ってその通りだ。 だから正直に言うが、織部さんがこの場に居なくて、少しほっとしている。」

「彼女は怒らせると怖いからね。」

「その口ぶりだと、まだ織部さんは生きて居るのか?」

「そうだ。 そして、僕は彼女を裏切る様な真似はしない。 それを踏まえて、提案をしてくれると助かる。」

「大丈夫だ。 これは俺達全員で、この世界を脱出する計画だと考えてくれて良い。 織部さんも勿論含めて、だ。」

「なん……だって?」

「まず、提案の一つが、三島さんの足の事だ。」

「な……。」


 驚き、声を上げて陽菜を振り返って見る孝太。 彼女も、突然足の事を言われて、驚いて居るようである。


「小野寺さんの究極魔法で、その足を治せるかもしれない。」

「えっ!?」


 驚きの声を上げる陽菜。 そして、あまりにも突然の提案に、唇を震わせる。


「実際、長谷川さんのパーティの一人、サッカー部の越野の足なんだが、あの紫の光の玉の攻撃で、丸ごと一本粉々に粉砕されたんだ。 だが、その越野の足なんだがな……膝の調子が最近あまり良く無かったらしい。 が、小野寺さんの究極魔法、正確回復プリサイスリカバリーを使ってその足を復元した際、悪かった膝も良くなっていたらしい。」

「という事は、その魔法を三島さんの足に使えば……。」

「ああ。 治る……かもしれない。 その保障は俺には出来ないが……。」

「多分、正常に戻すって意味だから、三島さんの足にも、多分効果はあると思う……んだ。」


 日立の背中から、一歩前に出てそう言う小野寺里香。


「ただ、その小野寺さんの究極魔法だが、チャージに五日掛かる。 昨日使ったばかりなので、使えるようになるには今から丸四日は待たないとならないんだ。」

「それを、今から四日後に、無償で三島さんに使ってくれるっていうのか?」

「二ノ宮。 流石にそれは虫が良すぎると自分で言ってて思わないか?」

「分かってるからこそ聞いてるんだ。」

「ならば、それは無償とは言えないな。 三島さんには、お前が察している通り、僕達の目になって欲しいんだ。 そして、二ノ宮。 お前には俺達攻撃部隊のパーティに入って全員を隠蔽して……市川と浅塚を殺した奴を殺すという計画に手を貸して貰いたい。」

「殺す? もしかして、三島さんを餌に使って、市川達をやった奴を誘い出して殺すつもりか?」

「ああ。 その通りだ。 だが、餌とは言っても、三島さんが殺されては意味が無い。 対処方法としては単純だが、三島さんには魔法障壁の魔法を6重に掛けて、更にオーブを持って貰う事で、初手の攻撃魔法からは絶対に死なせない様にする。」

「言うのは簡単だが……そういう誘いに乗ってくる様な奴らなのか?」

「俺達も長谷川達も、丁度美味しく育って来たところだと思われて居るのだろう。 目を奪った後、まだもう少し俺達を泳がせて、後で食べるつもりだったのかもしれないが、そこにいきなり探知の能力を持った人物が仲間として現れたなら……俺なら試しに一度は攻撃してみるだろうな。」

「なるほど。 もう自分達は餌として認識されているだろうが、そこに新たな目が現れたのなら、自分達の意図が読み取られたと思って警戒し、試しに攻撃して来る……か。 というか、日立。 なんでお前は人を殺すと、経験値とポイントが大量に稼げて美味しい・・・・事を知っているんだ?」

「流石の洞察力だな、二ノ宮。 そうだ。 お前の想像通り、俺もこの手で人を殺して居るから知っているんだよ。 光線系の究極魔法で、敵と共に見ず知らずの他人を巻き込んで……その人を殺す味を知った人間なんだよ俺は。」

「日立……。」

「いや。 俺達五人全員が、その味を知ったと言えば良いか。 その何人かの人間を殺した後に、残った最後の一人を……。」

「――あたしが殺したわ。 遠距離からの、紫色の光線魔法で。」


 委員長である樫木は一歩前に出ると、胸に手を当てて自らの罪を告白したのだった。


「それは……つまり、自分の意思で殺したって事か?」


 孝太は樫木に、知らず憐憫の眼差しを向けて居た。


「そうね。 最後の一人に逃げられたら、私達が糾弾されるかもしれない、それを恐れて……殺したわ。」


 その憐憫の眼差しに対して自らの目を斜めに伏せ、そう告白する樫木。


「そっか。 人間って、追い詰められたら案外簡単に人を殺せるもんなんだな。」

「いや。 二ノ宮。 その認識はおかしい。 ……俺達の暴力性や残虐性が、迷宮の中に入ると増すんだよ。 それは感じた事は無いか?」

「それは……。」

「あるだろう? 何かが心の中から湧き上がって来る感覚が。」

「日立、お前に何かその心当たりがあるのか?」

「いや、推測だ。 だが、全員がそんな感覚を抱いているというのは、迷宮自体に何かしらの仕掛けがしてあると考えて間違い無いだろう。 そして一度人を殺してしまえば、次からはそれが自分が更に強くなる手段になるのだから……お前と同じ様に、俺達も二度と躊躇いはしないだろう。」

「確かに……。 それは尤もな推測だ。 そして、まるで人間の肉の味を知った狼の様に、俺達はなった、か。」

「だろう? まあ、それはそれで置いておいて話は戻るが、俺達から長谷川達に与えられたのは、その殺人による結果と、それから攻撃衝動の情報だった。 俺や樫木さんが人殺しをした事に、長谷川達も驚いては居たが、この世界の摂理をそれでようやく理解したらしい。 互いに協力して、どうやってこの世界から抜け出すのかを話し合う事にした。」

「抜け出す……全員が?」

「そうだ。 その為に二ノ宮と三島さん。 二人の力が必要なんだ。」

「ちょっと待ってくれ。 その前に、どうやって全員をこの世界から抜け出させるつもりなんだ?」

「そうだったな。 そこを話しておかなくてはな。 ――俺達は、長谷川達と話し合って居る合間に、この世界の人間、俺達は通称召喚士と呼んでいる人達とも、話をする事に成功したんだ。」

「何か良い情報でも聞き出せたのか?」

「ああ。 これが多分、お前にとって、協力する際の一番の見返りとなるだろうな。」

「もったいぶるなよ。 何が分かったんだ?」

「一つ。 この世界から転送する願いを叶える場合、召喚された時の全員を対象と出来る。」

「っ!!」

「驚いたか。 ああ。 俺達も驚いた。 生き残って居るなら、全員を六人の中の一人の願いで指定して、前の世界に帰る事が出来るという事だ。」

「それはパーティ内なら可能だと思っていたけど……そういうグループ指定も可能なのか……。」

「そうだ。 そして二つ目。 一つの願いで生き返らせる事が出来る人間は、一人。」

「人を――生き返らせる!?」

「そして、その願いは、前の世界で死んでいる人間に対しても、事象を上書きして生き返らせる事が可能だ。 つまり――――二ノ宮。 お前の母親を生き返らせる事も可能なんだよ。」

「そ……んな……。」

「それで残る願いは四つ。 市川、浅塚、そして秋月さんを生き返らせても、まだもう一つ余る計算になる。」

「秋月さんも、生き返らせてくれるっていうのか!?」

「だから、実質お前は願いを二つ叶える事が出来るという事だ。 どうだ? 乗るか?」

「でも……織部さんが……。」

「織部さんも、グループ指定して帰還すれば問題無いだろう。 その時に彼女がもしも死んで居たとしても、今ならまだもう一つ余っている願いで彼女を生き返られる事は可能だしな。」

「だけど、織部さんがこの話に乗るかどうか……。」

「分からない、か。 そうだろうな。 だから、俺はこう提案する。 彼女を現時点で切り離さないか? 彼女が今居なくて安堵しているもう一つの理由は、正直言って、俺達の計画に……彼女は必要では無いからなんだ。」

「そんな……。」


 陽菜はそう一言口にした後、震える口を押さえる。

 そして、孝太は開いた口が塞がらず、声を出す事も出来なかった。


「もし織部さんが居たら、どうやって説得しようか俺達も頭を悩ませて居たんだ。 俺達から彼女に出来るオファーは、何も無いからな。 だが、逆に言えば、俺達には彼女の協力も必要無い。」

「織部さんは、仲間が欲しいって……ただ、一緒に歩んでくれる、仲間が欲しいって……。」


 陽菜は、何も言わない孝太の代わりに、震える声で日立に伝える。


「その結果、例え俺達全員を殺す事になっても、か。 彼女はそのつもりだったんだろう? そして二ノ宮も、そして三島さん、君も。」

「それは……。」

「何なら、俺が首謀者だと言う事にしても良い。 残った元クラスメイト全員を救う為の計画に、お前らが唆された、そう彼女に打ち明けて、元の世界に返った後に、俺が彼女に何をされても構わない。 だが、俺は生きて――あの世界に帰りたいんだ! 自分達六人だけじゃない、今帰れる可能性のある、全ての人間と一緒に!」

「日立……お前の覚悟は分かった。 そして、お前の計画にも同意しよう。 だが、織部さんを裏切る事だけは僕には出来ない。」

「二ノ宮君!!」


 自分の気持ちを代弁してくれた彼に対し、胸の中に熱い物を感じる陽菜。


「僕から今出せる妥協点はこれだ。 三島さんの足を治す小野寺さんの魔法が使えるまでの期間、僕と三島さんが一時的にお前達に協力する事は約束しよう。 ただ、その先、お前達が迷宮を攻略する事には、織部さんを含めた僕達三人でなら協力する。」

「良いだろう。 敵を誘き寄せる作戦には参加し、その報酬と言っては何だが、三島さんの足を治した後には、織部さんを含めた三人として、この計画に協力してくれるという事だな。」

「そうだ。 だが、もし織部さんが、お前らを仲間として認めなかった場合は、残念ながら計画はお前達だけで進行して貰う事になる。 なる、が、僕からお前らに手出しをするつもりは無いし、織部さんにもその点だけは、厳守させるつもりだ。」

「だが、最初に話した様に、二ノ宮、お前の隠蔽は俺には意味が無いぞ。 むしろ、お前の様なスキルを持った人間のみを探す事が出来る能力が俺のスキルだ。」

「つまりは、僕達が織部さんと行動する場合、一方的にお前らから攻撃を受ける可能性もあるという風に聞こえるが、単純に考えればそれは僕達に対する脅しなのか?」

「何せ、俺達にはまだ終わりが見えて居ない。 完全協力体制ならば相互協力も出来るだろうが、自分達は勝手に行動するから、俺達に攻略を頑張れというのは理不尽すぎやしないか? なら聞くが、お前は秋月さんを生き返らせる事も、そして自分の母親を生き返らせる事も、両方とも放棄して尚、織部さんと一緒に居る事を選ぶって言うんだな。」

「……そういう……言い方は卑怯だ。 僕にその選択が出来ない事を知っていて言っているんだろう?」

「二ノ宮。 いや、この場合三島さんに聞くべきか。 君は二ノ宮の母親と、秋月美緒を生き返らせたくはないか?」

「わ、私……ですか?」

「そうだ。 三島陽菜さん。 君に聞いている。」


 日立は真っ直ぐに陽菜の目を見つめながらも、ちらりと視線を孝太に向けた。

 その視線の意味は、陽菜にもすぐ分かった。 何が孝太の為なのか、陽菜自身で考えてみろという意味なのだろう、と。


「二人共。 三島さんが困ってるわ。 ……女同士、二人だけでちょっと話をさせてくれない?」

「樫木……さん……。」


 声を上げる陽菜の正面から、ポニーテールのゴムの位置を直しながら、樫木佳苗は日立の横を通り過ぎて真っ直ぐと陽菜の方へやってきた。

 戦闘の意思は勿論無かったが、いきなりの佳苗の行動に、孝太は喉を鳴らして唾を飲み込む。


「このままちょっと外に出ましょう。 皆はここで待ってて。」

「あ。 ああ。 三島さん、敵の方は大丈夫?」


 日立は、佳苗の提案に頷くと、陽菜に状況を伺った。


「……はい。 通路の奥に何匹か敵が居るみたいですが、私が狙撃出来る位置なので問題ありません。」


 そうはっきりと言う陽菜の声に、驚きざわめく小野寺、本宮、櫛田の三名。

 陽菜にそれ程の攻撃力があるとはその三人は思って居なかったらしい。 樫木と日立には何となく予想が付いて居たのか、へぇ、と、感心する様な声を上げる。

 佳苗は前の世界でいつもしていた様に、自然に陽菜の後ろに回ると、彼女の車椅子を慣れた手付きで押し始めた。

 ――――自分で動かせる。 そう陽菜は佳苗に言おうと一瞬振り返るが、佳苗が未だに見せる後悔の念が彼女の表情に現れているのを見ると、何も言わずに前を見ると、佳苗に車椅子の操作を任せたのだった。

 陽菜は、知らず自分の心に未だに抱いて居た、樫木佳苗に対しての憤怒の、最後の僅かな部分までもが一瞬で霧散して行くのを感じると、何故だか涙が込み上げて来てしまうのだった。

 その涙の理由は陽菜にははっきりとは分からないが、怒りで出す涙が冷たい涙だとすれば、今の涙は暖かい涙だ。 その解釈は陽菜に安堵をもたらし、陽菜自身の顔には自然と微笑が浮かんでいた。


「……もしかして、もう許してくれるの? あたしの事。」


 間髪入れず、陽菜の耳元で誰にも聞こえない様にそっと話しかける佳苗。

 その彼女の言葉に、小さく頷く陽菜。


「そう……有難う。」


 切なくも聞こえる様なそんなお礼を、またも陽菜の耳元で囁く佳苗だった。


 ◇


 小部屋を出ると、何も見えない暗闇の中、陽菜と佳苗、二人の魔法装備が僅かな光を出しているだけの状態だった事に気付いた佳苗は、自分の魔法で紫の光の玉を作り出し始めた。


「水面寄りて風吹かば、其処に眠りし賢者の晶石の影が揺らめいた。 戯れに見えた水辺の私に光をお貸し下さいな。」


 これが魔法の詠唱なのか? と、まるで歌う様な旋律の詠唱に首を傾げる陽菜。

 こちらの世界の魔法という概念を陽菜はあまり知らなかったが、賢者たる彼女の魔法は、加奈や孝太とは違うルーチンで動かさなくてはならない事だけはなんとなく理解した。


「いくつかと問われれば、いつもは六つ、でも今は一つ。 何の光かと問われれば、誘導爆破トレーサーエクスプロージョンを下さいな。」


 何も無い空間で一礼した彼女の右脇に紫の光の玉が一つ現れる。 彼女が召喚したその光の玉は、佳苗の命令一つで目標に向かい、閃光爆発するという本来光の攻撃魔法として使うものなのだが、その命令が発動するまでは最大6時間保持しておく事が出来るのだ。

 よって、光源として使う事が出来るという訳である。

 さて、その紫色の光が、陽菜と佳苗、そして通路を照らし出す。

 明かりが灯された直後、陽菜は矢を弓に番えると、連続で六本の矢を、佳苗には目視さえ出来ない場所に居る敵に向かって撃った。


「凄いわね……三島さん。」


 陽菜が、確実に敵を仕留めた事を感知した頷きを見た後、そう感嘆の声を漏らす佳苗。


「皆……変わってしまったんですよ。 さっきの話し方とか……もう私も二ノ宮君も、日立君も、そして樫木さん、貴女も全然中学生っぽく無いじゃないですか。」

「そう……ね。 でも、あたし達は元の世界に帰ったら、また中学生。 そうよね?」


 佳苗の意図が掴めず、首を傾げる陽菜。


「でも、私達……また、普通・・に中学生なんて出来るんでしょうか。」

「それには私も思うところはあるわ。 でも、元の世界に帰って、元の女子中学生に戻って――日立君に告白する事が、私の今の目的なの。」

「えっ……。 何でそんな事を急に……。」

「そんな不順な動機で、迷宮の攻略を考えてる私を、軽蔑する?」

「……しません。 誰だって思いはそれぞれ違いますから。」

「ねぇ、三島さん。 秋山さんを生き返らせようって、日立君が言った時、眉を顰ませたの、覚えてる?」

「な……そんな事……してないです。」

「自覚が無いのね。 二ノ宮くんのお母さんの話の時には、まるで自分の事の用に笑顔を見せたのに、秋山さんの言葉が次に出た瞬間、その笑顔が引きつって居たわよ。」

「樫木さん。 ふざけないで。 ――――私と二人きりになって、一体何の話をするつもりなんですか?」

「あなたと二ノ宮君の事よ。 彼、あれでも結構モテるのよ。 秋山美緒も、彼の事が好きだったらしいじゃない?」

「…………。」

「何で何も答えないの?」

「好きとか、私にそういうのは良く分からないです。 それよりも生きる事に必死だから……。」

「生き残るという意志の原動力にはなり得るわよ。 あたし、今から独り言言うんだけど、当たっていても間違って居ても、三島さんは特に返事をしなくても良いわ。」

「何を……。」

「それじゃ、始めるわね。 まず一つ。 あなたの恋愛感情は、その足の引け目のせいで、自分自身で歯止めが掛けられて居る。 二つ、その足がもし奇跡的に回復した場合、貴女にその引け目は全く無くなる。 容姿も淡麗だし、あなたは健常者の美少女の仲間入りよ。」

「っ!!」


 逆に健常者の対義語である障害者の事を指摘されたと、憤慨する陽菜。


「あなたの足が回復すれば、あなたは秘めてる思いを彼の前で口にしても何の負い目も無いのでしょうね。」


 だが、そんな陽菜を前にして、更に言葉を続けた佳苗。


「…………。」

「二ノ宮くんの隣を、あなたは普通に歩いて、普通に走って、普通に手を繋ぐ事が出来るかもしれないわね。 でもね。 二ノ宮くんは残念ながらあなたを今、見ては居ないわ。」

「な、何でそんな事!!」

「彼が誰を見ているのか、本当はあなたには分かってるんじゃないの?」


 唇に力を込め、口をつぐみ、歯を食いしばる陽菜。


「仮に、貴女の事が大好きなら、彼はぴったり12人全員で頑張れる今の現状を素直に取ると思うけど、どうかしら?」

「好きとか!! 嫌いとか!! そんなの関係無いです!! だって仲間なんですから!!」

「……そう。 まあそこまで言うのなら、好きにすれば良いわ。 私の独り言に付き合ってくれて有難う、三島さん。」


 そう言うと、紫の光の玉を手玉のようにして放り投げたり、宙で回したりして遊び出す佳苗。


「……何で、樫木さんも、日立君も、私に聞くんですか。 二ノ宮くんと、秋月さんの事を。」


 呟いた陽菜の声に、ぴたりと手遊びを止める佳苗。


「あなたが鍵を握って居るから、かしらね。 二ノ宮君はあなたの足の事を保証したでしょう? なら、あなたが彼に何かを与える番だとでも日立君は考えたのではないかしら。」

「……でも、答えは一緒です。 織部さんは裏切れません。」

「不思議よね。 何であなたも二ノ宮君も、織部さんがこの話に絶対に・・・乗らないと思うの?」

「なら、正直に言いますね。 織部さんなら、この話をした後、絶対に彼女一人で何処かに消えると思うからです。」

「責任感強いのねぇ、あの子。 そんな風には見えなかったけど。」

「織部さん、ね、今、いっぱいいっぱいなんですよ、色々と。」

「人を殺しすぎて?」

「……そういう事、彼女の前で言ったら私が貴女を殺しますよ?」

「や、やぁね。 冗談よ。 ……本当にあなた達でなんとか説得は出来ないの?」


 苦笑いを浮かべながらひらひらと右手を横に振ると、真面目な顔に戻って、そんな事を言う佳苗。


「……わかりました。 何とか説得してみます。 あと、さっきの独り言は、忘れますから。」

「あら。 そう。 いつ思い出しても良いんだからね。」


 口の減らない女だ、と、ため息を一つ付く陽菜。 そしてその後、前の世界から彼女はこんな感じだったのかしら? と、首を傾げ、今考えても詮無き事ね、と、車椅子を孝太の待つ小部屋の方に進めるのだった。


 ◇


 孝太達七人は、一旦準備区画の方に戻る事にし、そこでこれからの話をもう一度まとめた。

 まず、陽菜が足を治すまでの日立達との全面協力は確定しているが、それ以降の話は取り敢えず保留となった。

 つまり、迷宮の攻略の際の報酬である孝太の母親と、秋月美緒を生き返らせる事二つも保留となった訳だが、結論を出した孝太と陽菜の二人を日立は意外そうな表情で見送った。

 最後に陽菜と話した筈の佳苗を横目で見る日立だったが、その当人の佳苗は、一瞬気まずそうな顔を日立に見せるも、何か余裕がありそうな表情を返した。

 そんな日立達を背に、再び迷宮区画へと向かう孝太と陽菜だった。


 ◇


「二ノ宮君。 織部さんに、何て切り出したら良いんでしょうか……。」

「僕も……正直何て彼女に言ったら良いのか分からない……。」


 孝太と陽菜、二人で勝手に和解した事も、果ては日立達に協力する事を約束した事も、加奈にとっては逆鱗になり得ると考えて居るからだ。

 二階に戻った二人だったが、足取りは重かった。

 それでも適当に近づいて来る敵は、降り掛かる火の粉を払う様に陽菜の弓で、そしてのスローイングダガーで薙ぎ払われたが。

 しかし、そんな重い足取りでも、迷宮の入り口から目的地まではさほど遠い距離では無い。

 二人でそうして悩んでいる間に、遂に辿り着いてしまったのだ。

 加奈の待つ、キャンプセットの扉がある小部屋に。


「ここで良かったんだよね?」

「ええ。 その筈で……す……あれ?」

「どうしたの?」

「ちょっと……まさか……私、織部さんの事、感知出来ません。」

「えっ!?」


 慌てて部屋に飛び入る孝太。

 そして、あった筈の扉の方に歩いて行く彼。

 しかし、そこにあるのは何も無い空間。

 手探りで、床も壁も探すも、彼の黒い手袋を埃で汚すだけだった。


「場所を……変えたのでしょうか?」

「有り得ない。 彼女が待つって言ったら、待つんだ。 今も絶対そこで待ってる。」


 その孝太の言葉には、しっかりとした確信が込められて居て、陽菜もそう思う。

 それはつまり、この世界のシステムが、再び合う事を拒んでいる事に他ならない。

 そう思いつくのに大した時間は掛からなかった。


「僕と三島さんが二人で迷宮に入った時から……僕達二人だけが、パーティーメンバーなんだ。」

「……今まで、他の人たちからこのキャンプセットが見えなかったのは……。」

「パーティメンバー意外には感知する方法が無いという事になる。」


 時間は午後六時近く。 織部さんは、自分たちの為に夕食を作って待っている筈だ。


「織部さん!! 織部さん!! 返事をしてくれ!!」

「加奈ちゃん!! 加奈ちゃん!! お願いだよ加奈ちゃん!!」


 二人の叫びは虚しく小部屋に木霊する。

 肩で息をする二人は、その片方の孝太は、足を蹌踉めかせると、つい陽菜の車椅子に手を掛けてしまう。


「ごめん。 ちょっと……色々疲れてて。」

「わかってます。 私もですから……。」

「横から、車椅子に横掛かって良いですよ。」

「……そっか。 そういう事出来るんだ。 便利だね。」


 遠慮無く車輪の横に背中を置き、大きくため息を付く孝太。


「紙とかペンとかは、モンスターに食べられちゃうかな。」

「かも……しれないですね。」

「この148号室の部屋の鍵を、火の障壁の中に入れておいたらどうだろう?」

「さっきのファイヤボールの宝珠を使うんですか? でも、そんな使い方も出来るんですか?」

「中に居た精霊は、ゆっくり燃える事も出来ない事も無いって自慢気な顔をしていたよ。」


 精霊など存在しないが、この場を取り繕おうとする孝太は無邪気な嘘を付く。


「本当かどうかは分かりませんが、無邪気な精霊ですね。」


 それを理解したのか、同じく無邪気という言葉で返す陽菜。


「だが、それが僕達の出来る精一杯の事だ。」

「気付いてね、織部さん。 上で待ってるから……。 それか、出てきたら私が見つけますから。」


 鍵と宝珠だけでは、と、使っていない数本の矢を三本横に並べた彼女。

 三島の、三の意味だったのかもしれない。


 しかし、その少年と少女の願いは、悲しい事に何者かの手によって奪われて居た。

 所有権を放棄した鍵と2500Pもする宝珠を、小物だろうが狙う輩が居るのだ。

 その小部屋のキャンプセットの中で、仲間の帰りをいつかいつかと待つ少女が居るとも知らずに。

 世界は等しく残酷に、だがある意味簡潔に進められて居たのだった。

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